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ゲロムスの遺児  作者: 粟沿曼珠
幕間
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第九十六話 追憶 〜ファレオの魔獣をやめる時〜

「良い店だったな。また行きたいくらいだ」

「は、はい……!」


 料理を食べ終えて店を出た。ファンダルはブライグシャ地方の人間にはごく一般的な料理——だがファレオに所属してからはまともな食事を取っておらず、それもあってか非常に美味しく感じられた。

 それはきっと、ミーリィにとっても同じであろう。先程まで見せていた涙と恐怖に満ちた顔はどこへやら、今は満面の笑みを浮かべている。

 ……その代わり、俺の財布が泣いているが……まあ彼女の笑顔を見ることができたので良しとしよう。


 きっと彼女の内に刻み込まれてしまったものは、ふとした拍子に思い出してしまうだろう。それでも、今この時は安らかでいて、俺への警戒心が多少弱まったのは良かった。

 彼女がそうしているように、俺も空を見上げた。すっかり夜の帳が下り、爛然と輝く月と星々が闇夜を彩っている。


 ……久しく空を見上げてなかったな。


 きっとあの星々の中に殺されてしまった皆もいるのだろう。寂寥感と共にその一つ一つをじっと見つめ——


「……うっ……」


 ミーリィが小さな呻き声を上げて頽れた。石畳に膝を突き、小さな肩を微かに震わせている。


「お、おい、どうした……!?」


 屈んで声を掛けるが、彼女は顔を腕と脚に埋めていて、上げようとする様子は全く無い。

 俺達に往来を歩く人々の注目が集まる。皆が避けて通るから尚更だ。


 ——場所を移すか。


「ミーリィ、持ち上げるぞ……!」


 そう言って肩を震わせるミーリィを抱え、人混みを掻き分けて宿へと向かった。


「ごめ、なさい……」

「おい、だからどうし——」


 ぱん。


 往来の人々の声に紛れ、微かではあったが、確かに銃声が聞こえた。

 それが自分に向けられたか否か——そんなことは関係無い。それとほぼ同時に激流を願って自身を打ち出し、往来の中に身を突っ込ませた。


「何だ……!?」


 俺の体と巨槍でミーリィを守るように転がりつつ先程まで自分がいた場所を見る。

 一瞬だけ視界に映った銃弾は、俺の前を歩いていた人達の上を飛んでいった。こちらを殺すことは明らかだ。


 ——頭を狙ってきたか。


 異変に気付いた人々は、銃声の発生源から逃げるように悲鳴を発しながら往来を駆けていった。


 ——敵の数は不明、狙いは俺……恐らくミーリィといるところを見られている以上、一人にするべきではないか……


 体を起こし、恐怖に満ちた顔のミーリィを見て言う。


「一人でいるより、俺といる方が安全だ。俺の首にしがみついてろ」


 そう言うと戸惑いつつも彼女は首にしがみついてきて、俺はそのまま立ち上がった。重さはほんの少ししか感じず、こちらの想像以上に酷く痩せていることが窺える。

 巨槍を握り、人々の流れに逆らって敵がいるであろう方へと進んでいく。

 人混みの中にも、建物の上にも、それらしい姿は見つからない。

 ——人混みの中に紛れているか——


「ダスさんっ……!」


 ミーリィの叫びが聞こえ、意識が自身の周りに集中した。

 だからこそ、気付くことができた。


「——クソッ!」


 振り返って咄嗟に巨槍を盾のように構え——破壊される。

 塊はその勢いのまま俺の腹に直撃し、骨と内臓を粉砕しつつ打ち上げた。


「がっ……!?」


 口の奥から血が上ってきて口から噴き出した。

 激痛に耐えつつ、宙を舞う自身を激流で打ち出して屋根に飛び移る。


「……最悪の眠気覚ましだ……!」


 真っ二つになった巨槍、そして破壊された骨と内臓を再生の魔術で元に戻し、眼科の敵を見遣る。

 そこにいるのは特別な装いなどしていない、ここにいる事実さえ無ければ一般人に見える二人だった。

 敵もこちらの姿を認めると、その片方の右腕が爛然と輝き——次の瞬間には一方が大槌を、もう一方が銃を携えた。


 ——武器生成の魔術か。道理で気付けない訳だ。


「しっかり捕まってろ。お前には一切触れさせない」

「は、はい……!」


 ミーリィはそう言った。その顔は見えないが、最初に出会った時の彼女の有様から酷く怯えていることは簡単に想像できる。

 ……すぐに終わらせてやる。


 大槌持ちがこちら目掛けて跳躍してきた。大槌を構え——


 ——激流よ、首を斬れ。


 その首を、激流の刃で斬り落とした。

 首と体は屋根に届くことは無く、血を撒き散らしながら石畳


「——は?」


 銃持ちが声を零した。次の瞬間にはこちらに向けて銃弾を一心不乱に撃ち始めた。

 ——が、恐怖が心を支配しているからか、銃弾は掠りもせずに彼方へと飛んでいった。


「く、クソッ! 支援を頼む! 場所は——」


 全てを言わせる前に激流を願い、銃持ちの首も斬り落とした。その体は力無く倒れ、石畳を赤色で染める。


 ——通信の魔術か。ドライアにこれを渡す代わりに金を貰うか。


 屋根から石畳へと下り、屈んで背中に乗っていたミーリィを下ろした。


「ほら、もう大丈夫だ。ちょっとあいつらを調べて——」


 そう言いながら彼女を見て、涙に濡れた顔が酷く青褪めて固まっていることに気付いた。生物としての本能か、手を伸ばして触れようとするとびくりと大きく体を揺らした。


「……あー……」


 いつもこんな風に殺していることもあって、俺の中で殺すことが日常になってしまっている。でも、一般人からしたら殺人は非日常的で悍ましい出来事なのだ。

 そんな当然なことを、俺は忘れてしまっていた。


「……ごめん、次からは気を付ける。ちょっとあいつら調べてくるから、そこで待っててくれ」


 俺としては屑共を殺したいが、犯罪者の更生にも取り組んでいるファレオとしては殺すことは望ましくない。それに、これから行動を共にするミーリィがあんなに怯えている。

 ——悪人の悉くを殺す『ファレオの魔獣』、その看板を下ろすべきか……


 自分で名付けた訳ではないもののそんなことを思い、殺した二人を調べる為にその亡骸へと歩いていった。

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