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ゲロムスの遺児  作者: 粟沿曼珠
幕間
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第九十五話 追憶 〜できなかったこと〜

 ミーリィを包み込むように横たわってから、彼女の体の震えは徐々に収まっていった。こちらに向けられていた怪訝な目線も段々と穏やかなものになっていき、彼女の中の恐怖も——この一時だけであろうが——多少は落ち着いたように思える。


「だ、ダス、さん……」


 消え入りそうな声が耳を撫でた。横たわったままこちらを見つめる視線に俺の視線を合わせて反応する。

 彼女は左右をきょろきょろと見て躊躇いつつも、何とか言葉を紡いでいく。


「こ、これから……わたし、どうなるんですか……」

「これから……」


 保護したのは良いが、そこまで考えが巡っていなかった。確かに、どうするのが正解なのだろうか。

 ……取り敢えず、ファレオの本部に連れて行くのは確実だろう。本部で保護すれば誰にも襲われないだろうしな。

 思えば、彼女には聞くべきことがあった。昨日の件——何故、あの場にいたのか。全てが凍りついた中で、何故彼女だけが凍らなかったのか。

 だが心が傷ついている今この状況で聞くべきではないだろう。これについても、本部に戻ってからで大丈夫か。


 ——それから。


 ミーリィの顔と服をじっと見る。未だに痩せこけた顔と、羽織っている俺のキムから僅かに見える、汚れまみれの服を。

 再生の魔術で体の傷は治したし、服の破れも修復した——が、飽く迄再生させるだけで汚れを落とすことはできず、そして当然痩せた体を元に戻すこともできない。

 ——服と飯だな。


「……ファレオの本部に行くが、その前に服買って飯食うぞ。俺の奢りだ」


 万年金欠気味のファレオの団員としては好ましくない選択——しかし、まともな服と食事にありつけない方が何十、何百倍も好ましくない。

 そう言うと彼女はしきりに首を横に激しく振った。


「い、いえ……! わ、わたしは——」


 言いかけたところで、食事を求めて彼女の胃袋が野太い声を上げた。


「あ……」

「ほら、腹減ってるじゃねぇか。行くぞ」


 そう言って俺は起き上がって寝台から出た。

 背嚢に物を入れて背負い、巨槍を持ち——と準備している俺の後方から、


「……はい……」


 とあまりの申し訳無さに消えてしまいそうな声が聞こえた。






「ん、好きなの見つかったか?」


 彼女が両手で丁寧に持ってきたのは、白と黒の無地で質素なキムスであった。リアがそうだったようにこの年頃の少女は柄付きのものを選ぶ印象があったので、意外であった。


「……柄とか付いてなくて良いのか?」


 遠慮しているのかと思って一応尋ねてみた。

 すると彼女は「い、いえ!」と声を出して否定してきた。


「こ、これが丁度良い……というか……馴染む、というか……」


 そういえば彼女が今着ている服も白黒の無地だ。ずっとそういうのを好んで着ていたのだろうか?


「そうか。ほら、貸しな」


 そう言って右手を伸ばす。


「お、お願い……します……」


 恐る恐る手渡してきた服を受け取って会計を済ませ、今度は彼女に服を差し出す。


「流石にぼろぼろのまま飯屋に突っ込むのは問題あるから、更衣室で着てきな。流石に一緒には行けないから、ここで待機している」

「は、はい……」


 彼女は服を受け取って更衣室に入った。


 ——思えば、こんな風にリアと買い物をしたことは無かったな。

 ふと、そんなことを思った。いつも母さんと買い物に行ってきて、買ったものを俺に自慢してきたものだ。


 妹との買い物ならどんな風なのだろうか——そう考えているうちに時は過ぎ、ミーリィが更衣室から姿を現した。

 ぼろぼろで汚れていた服から解れや汚れの一切無い綺麗な服へと変わり、不潔さを感じてしまうような印象ががらりと変わった。


「おお、良さげだな」

「……あ、ありがとう、ございます……」


 恥ずかしそうに目線を横にずらして彼女はそう言った。


 着替えた服のまま俺とミーリィは服屋から出て、食事を取りに飯屋へ向かって歩き始める。

 その傍らで、妹はどのような料理が好きだったのかを思い出していた。この年頃の子がどのような食事を好むのか分からないが故に。

 ——甘いもの……は流石におやつ程度にしかならないか。確か野菜はあまり食べなくて、魚ばかり食べてたっけ……?


「ミーリィ、魚は好きか?」


 俺の側を歩く彼女へと視線を落として尋ねた。

 彼女はやはり周囲をきょろきょろと見て——


「す、好きですが、何でも、大丈夫です……」

「……分かった」


 遠慮が消える様子は無いが、出会ったばかりの人間に対して遠慮しない方がおかしいか。そう考え、彼女の遠慮を気にしないようにした。


 魚料理屋に入店し、ファルダル——様々な野菜や香辛料、牛などの乳と共に大きめの魚を煮たブライグシャ地方の料理——を注文した。

 葉菜や根菜が縁に沿って綺麗に並べられ、まるで白い海を泳いでいるかのような頭付きの魚の載った大皿が机に置かれた瞬間、彼女の目はきらきらと輝いた。

 僅かに身を乗り出してファンダルをじっと見ていて、こちらもつい微笑を零してしまう。


 ——料理を奢って、妹と二人で一緒に食べることもできなかったな。


 そう思っていたところ、彼女はこちらの視線に気付木、席に座って縮こまった。


「ご、ごめんなさい……」

「初めてか、これ? 俺の故郷の料理だ、凄ぇだろ?」


 ……まあ、その分値段もすんごいのだが。先程の笑顔が見られたということで良しとしよう。

 俺のその一言に彼女は小さく頷いた。


「は、初めてです……こんな、豪華な料理……」


 彼女は幸福を帯びた笑みを浮かべてそう言った。それだけで、彼女が過ごしてきたこれまでの環境が大変なものであったことが窺える。

 魚の肉と野菜、汁を小皿に載せて彼女の前に差し出した。


「骨に気を付けて食えよ」

「は、はい……!」


 そう言うと彼女は魚の肉をほんのちょっとだけ、恐る恐る口へと運び——舌に載せて胃に流した。


「——!」


 次の一口、そのまた次の一口は大きくなっていった。

 これまでまともな食事にありつけなかったからか、料理の美味さからか、彼女は笑顔で続々と口に魚の肉と野菜を運んでいった。


「……おいおい、気を付けろって言ったろ?」


 そんな彼女に呆れつつも安堵する。あんなに傷ついた後に、こういう風に幸せを噛み締められるのは大切なことだと思うから。


 ——ずっと傷ついて、幸せも感じられなかったら、俺みたいになってしまうだろうから。


 そんな彼女の姿を見て思った。

 俺が妹にできなかったことをできる限りやろう。妹にできたことだけじゃなく、できなかったことも。

 自己満足だとは理解している。だけど、だからこそやりたいのだ。

 ——妹がそうだったように、自分の手が届くのに何もできずに終わってしまうことが二度と無いように。

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