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ゲロムスの遺児  作者: 粟沿曼珠
幕間
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第九十四話 追憶 〜重なり〜

 保護した少女——ミーリィと少し話をした後に、意識が睡魔に抗えなくなりつつあったので俺は仮眠を取った。

 目を覚ました時には空が燃えているような赤に染まっており、かなりの時間眠っていたと気付く。


 ——ミーリィは……


 そう思い、寝ていた床に座って部屋を見回す——が、彼女の姿が見当たらなかった。

 その事実に体は打ち上げられて立ち上がり、手は自然と巨槍を握っていた。


 ——逃げた……!? それとも、連れ去られた……!?


 注意深くもう一度部屋を見回し——寝台の上の布団が山のように盛り上がっていることに気付いた。

 ……そこに隠れていたか。

 胸を撫で下ろして巨槍を置き、布団をそっと捲る。


「……!」


 そこには果たしてミーリィの姿があった。痩せさらばえ、涙を流しながら身を小刻みに震わせる彼女の姿が。

 そしてその傍らには短剣が置かれている。俺がそれを認めると——


「あ、ち、違、これ、は、その……」


 と、まちまちの声を零しながら彼女は短剣を背後に隠した。


「ご、ごめ、なさ……」

「お、落ち着け落ち着け」


 泣き崩れる彼女に咄嗟にそう声を掛けて宥めた。


「大丈夫だ、分かってる。殺す気は無いんだろ?」


 自己防衛であれ何であれ、殺す気があるなら短剣を寝台に置くなんて真似はしないだろう。だけど彼女はそうしなかった。

 きっと、彼女の心に恐怖が植え付けられ、根が奥へと伸びていったのだろう。

 だからなのか、或いは罪悪感からか、宥めても彼女は微塵も落ち着かなかった。ただ身を震わせて嗚咽するだけである。


 ……弱ったな……


 こうも怯えていると、こちらもどう対処するべきかと怯えてしまう。子供のあやし方を教えてくれとファレオに抗議したいところだが、きっと俺が子供に触れなさすぎただけだろう。

 さてどうするべきかと思考を巡らせ——


 ……お兄ちゃん、わたし……怖い。


 亡き妹が脳裏を過った。

 それが正しい選択かは分からない。だが、今の自分のするべきことが何となく分かった気がする。


「……隣、いいか?」


 そう尋ねると、彼女は考えるような素振りを見せ——


「……はい」


 そう言って布団の中から完全にその姿を現した。彼女は少し体を動かして俺が寝台に乗れる場所を作ってくれ、そこに身を乗せた。

 彼女は俺から視線を逸らしながらも時々ちらちらと見てこちらの様子を伺っている。


「……怖いか?」


 そう尋ねると、彼女の顔は見る見るうちに青褪めて首を激しく横に振った。嘘をつけ。

 ただ、彼女が抱いている恐怖はきっと俺に対してだけでは無いだろう。彼女の心に深々と植え付けられた恐怖——それが尚も彼女の心を蝕んでいるのではないか。

 ……こういう状況でやるべきでは無いかもしれないが……


「……横になれるか? ちょっとした儀式……じゃなくて、(まじな)い……でも無くて……あー、何て言うか分からんけど、まあとにかく良いことをしてやる」


 と言った後に、自分が犯罪者じみた発言をしていることに気付き、心の中に自責の叫びを響かせた。

 一方彼女はというと、言い方の悪さも相俟って「え、この人何する気?」とでも言わんばかりに怪訝な目でこちらを見ていた。

 ……うんまあ、これは俺の言い方が悪かった。


 しかし彼女はそれを拒否することはせず、小さく頷いて横になった。

 俺も横になって彼女に手を伸ば——そうとして止めた。


 ——いや流石にまずいか……?


 暴力を振るう訳では無いとはいえ、大の大人が触れるというのは彼女の思い出したくない経験を思い出させてしまうかもしれない。

 だとしたらこのままでいるのが得策か——


「あ、あの……」


 と、あれやこれや考えている内に彼女が声を掛けてきた。目を見て返事すると彼女はびくりと体を揺らした。

 視線を方々へぐるぐると移し、躊躇いつつも彼女は言葉を紡ぐ。


「そ、その、い、今から何を、するんですか……?」


 説明の機会を再び設けてくれたのはありがたかった。先程の発言では、俺がまるでファレオではなく変態性癖紳士の会所属みたいになってしまうから。


「あー……昔、妹がいてな。妹が怖くて眠れない時とかによくやってたことがあるんだ。体に触れるけど……大丈夫か?」


 彼女は目線を落としてしばし黙り——そして小さく頷いた。


「怖かったら、遠慮無く言ってくれ」


 そう言ってそっと手を伸ばし——彼女の体に触れる。

 その瞬間にびくりと揺れ、彼女は目を閉じた。そして恐る恐る目を開いてこちらを見てくる。

 そのままそっと抱き寄せ、彼女の小さくて細い体を俺の体で包むようにする。


「……大丈夫だ、俺が絶対に守ってみせる」


 嘗て妹に掛けたような言葉を、ミーリィに掛けた。


 ——ああ、俺はきっと、この子にリアを重ねているんだろうな。


 これはきっと、後悔によるものなのだろう。何もしてやることができなかった、守ることさえできなかった、最愛の妹への心に刻まれた後悔が、俺にこんな行動をさせているのではないか。

 彼女はリアではない——そんなことは分かっている。それでも、幼い彼女の姿を見ると自然と追憶してしまうのだ。妹と共に過ごした時を、妹が俺に優しい言葉を掛けた時を。

 ——妹が殺された時を。

 ミーリィもまた、そのような苦痛を今まさに味わっているのだ。だから、だからこそ——


 ——もう、あの時みたいなことは二度と起こさせない。


 ——彼女を——ミーリィを、守ってみせる。

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