第九十二話 追憶 〜ミーリィ・ホルムとの出会い出会い〜
地を這う者達を壊滅させ、『ファレオの魔獣』の異名で呼ばれるようになってから二年後——ある吹雪の激しい夜だった。
先代団長のゴルンが引退し、新たに団長の座に就いたドライア直々の指令が下った。ある魔獣——或いは魔術師の調査をして欲しいと。
ドライア達曰く、これまで目撃証言が無かったとのことだ。数日前に初めて存在が確認され、幾つかの街に甚大な被害を齎したとのことだ。
この手の街そのものが壊滅された事件は、本来であれば魔獣専門のヴォレオスの猟獣が担当する案件だ。しかし建造物に被害が及んでいないことから魔術師によるものだという可能性が高く、ファレオが担当することとなった。
そしてその被害というのが——人々を巻き込んだ街そのものの凍結。
調査によれば、建物だけで無く往来を歩く人々、作られた料理さえ、まるで時が止まったかのように固まっているとのことだ。
ある団員が実際に遠くからその現場を見た時、街の方から冷たい風がぶわっと吹いてきて、次の瞬間には街が凍りついた——ドライアは確かそう説明していた。
悪人を殺せないことの苛立ちもあってその残虐性に激しい怒りを覚えつつも、違和感があった。
……普通、ここまでするか?
実際に現場に行って見てみると、まさに言われた通りの——ありふれた日常を送っていた街が一瞬にして凍りついた景色があった。
生で見たからこそ、単に人を殺す為だけならここまでする必要が無いと強く思った。
……そうなると、殺人を目的としているのでは無く、単に凍らせることを目的とした愉快犯といったところか……
何であれ、殺すべき屑であることは間違い無い。凍てついた街に足を踏み入れ、調査を開始する。
探すべきは敵の痕跡——だが、苛立ちの所為で探すことに集中できなかった。
屑共を殺す為にファレオに所属したというのに、そのファレオから直々に殺すことを禁じられている。
その癖、防衛の為に殺すことが必要になりそうな非常に危険な存在には俺を宛てがう——そんな状況、苛立ちを覚えて当然だろう。
そもそも痕跡なんて残っているのだろうか。今ここにこうしているのも奴のこれまでの足取りから推測しただけで、これまで被害に遭った街では何の痕跡も取得できていないのだから。
「……どうせ、無駄足だろうよ」
そう一人でぼやきつつ、辺りを見回しながら歩き——
「——あ?」
凍りついた街の中に、ただ一人だけ凍りついていない人の姿が映った。その体には雪が積もり、遠目で見ても分かるくらいに酷くぼろぼろな服を着て、建物の壁にもたれ掛かっている。
咄嗟に近付き——その凄惨な有様に息を呑む。
何日もまともな食事を食べてないであろう痩せさらばえた体、明らかに殴られたことが分かる顔の痣、引きちぎられた形跡のある服。
——そんな有様の、十歳くらいであろう少女。
——強姦、された……? こんな餓鬼が……?
彼女の姿は生きているか死んでいるかの判別が難しかった。
「おい。おい、おい……!」
そう三度声を掛けたが、しかし反応は返ってこなかった。
「おい、お前どうした?」
屈んで声を掛け、それでも尚反応は返ってこない。
その目は、今にも永遠の眠りについてしまいそうに思える程薄く開かれている。そして体はぴくりとも動かない。
「……あぁ? 死んでんのか?」
苛立ちもあって、つい言葉遣いが荒くなってしまった。
彼女の体温を知る為にその手を、包帯の巻かれた右腕を、腹を触る。
……冷たすぎる。熱が一切感じられない。
今度は胸に触れる。すると、心臓の鼓動が未だに脈打っていることが分かる。風前の灯火のようではあるが。
——お兄ちゃん。
ふと、妹の声が聞こえてきた。
目の前の少女の姿も、心も、魂も、俺の妹とは全く違うのに。
「…………」
……まだ、救える。
少女に身を寄せて肩に担ぎ、街の外へと移動し始める。
「急に暴れるなよ、餓鬼が」
今ここで暴れたら避けられない。何より短剣を持っていたらほぼ確実に殺される。今や護身の為の道具は大人子供問わず必需品であるが故に、このような心配をしなければならない。
——屑共を殺し尽くせば、そんなことをする必要も無くなるのだろうか?
そんなことを考えながら、俺はこの街を後にした。
眠い。
尋常じゃないくらい眠い。
保護した少女に何かあっても困るから一晩中起きていた——のだが、その所為で眠気が酷く、今にも眠りたい。
ただでさえ苛立っていたのに、眠れなくて苛立ちが最高潮に達していた。
最寄りの街の宿に泊まり、俺のキムを羽織らせて寝かせたのは良いが、未だに起きる気配が無い。時々生存確認しているから、死んではいないのだが。
少なくとも彼女が起きるまで——彼女の無事が確認できるまで、俺が寝ることは許されない。
窓から見える空、その東の方が薄らと赤くなっていて、朝の到来を告げる。
——もう朝か。
そろそろ彼女も起きるだろうし、俺も腹が減った。
多分眠気覚ましにもなるだろう。背嚢から干し野菜と干し肉と調味料、鍋、そして椀と匙を取り出した。
——椀と匙が俺の分しかねぇしまともな食材もねぇ。
そのことに若干の申し訳無さを覚えつつ、料理を始めた。
水の魔術で生み出した水を鍋に入れ、野菜と肉と調味料を適当に入れ——
「あ」
塩を入れ過ぎてしまった。
「あークソ……」
再び苛立ちを覚えてしまったが、やってしまったことは仕方が無い。そのまま料理を続行し、火の魔術で鍋を火にかける。
しばらく待って、鍋が沸騰し始める。水の魔術で火を消し、鍋から汁を掬って椀に注いだ。
「…………」
質素を通り越し、貧困と呼べる域に達してしまった汁。まともな食事にありつけていない少女にこれを出すのが、本当に申し訳無かった。
「……良い飯、食わせてやるか……」
俺の所持金的には厳しいが、あまり惨めな思いはさせたくない。
……ただでさえ、辛い思いをしてきたのだろうから。
汁を匙で口に運び、舌に乗せる。
「……辛」
やっぱり作り直すべきか——そう考えているうちに夜は完全に明け、爛然と輝く太陽が昇っていた。
そしてその光が、或いはその温もりが刺激したのだろう。
少女がようやく目を覚ました。




