第九十話 追憶 〜ファレオの魔獣〜
ダス君の活躍は目覚ましいものであった。目覚ましく、苛烈で、凄惨で、悲痛で——悲惨な現場にある程度慣れている私でさえ、目を逸らしたくなる程に痛ましくて苦しいものであった。
あの時と同じような何かに苛まれている顔で敵の首と右腕を斬り、魔腑を徹底的に破壊する。彼はそれを何十回、何百回と繰り返していった。
世間は彼を礼賛する声で溢れていた。彼によって数多の魔術犯罪者が死に、それに伴って犯罪が発生しなくなりつつあるからだ。
……私も同じように喜べたらな、と何度思ったことだろうか。
氷雪の時代の名残が色濃く残る、ヴァザン地方の凍土。狙撃銃の照準器越しにその純白の大地を——武器を構えて待機する無数の敵の姿を見る。
「……あれ、絶対に勘付いてますね。どこかから漏れたか……或いは内通者か……」
「何であれ、流石は最悪の犯罪者組織だな。どこでどうやって情報を集めているのやら……」
何も無いはずの場所、本来なら人が一人もいないであろう場所——なのにそこには、何かを守るようにずらりと人が並んでいる。
その光景は先日入手した情報——地を這う者達の本拠地がヴァザン地方の凍土にあるということの信憑性を保証するに十分であった。
しかしそれと同時に、地を這う者達を壊滅させるという目的達成の難しさも物語っている。
今地上にいる人だけでも優に百を超えているだろう。二百、三百……或いはそれよりもっといるかもしれない。
そして奴等は当然地下にもいる。拠点の規模は分からないが、地上にいる人員の数を考えると合わせて千人いると見ることができるだろう。
「ドライアさん、どうします? 今日は撤退するべきかと」
照準器から目を離さずに尋ねると、彼は「うーん……」と悩ましげな声を零した。
私達も——流石にファレオの団員全員を集めるのは無理とはいえ——可能な限りの人員を集めた。
しかしファレオの団員はゴーノクル全土を巡っている上に、団員数は減少傾向にある為に少ない。今回集まったのは二百人程度であり、敵との戦力差は大きい。
……ただ。
「正直、悩ましいところだね……今ここで撤退すると、人員を増やせるのはこっちだけじゃ無いから」
「ですよね……」
ドライアさんの言う通り、ここで撤退したら敵に増員の隙を与えてしまう。しかも敵は盗掘等で多くの魔腑を得ている。そんな奴等が今より多く集まってしまうのだ。
何れにせよ不利であるのなら、今のうちに叩くべきか——
「ドライアさん!」
慌てる団員の叫びに、頭の中でぐるぐる渦巻いていたものが吹き飛ばされた。その叫びに呼ばれていない私もつい照準器から目を離してしまう。
丁度良い機会だ。二人を眺めながら小休止として水筒を手に取り、茶を口に含ませる。
「ん、どうかしたのか? そんなに慌てて——」
「ダスが単身敵陣に向かいましたぁっ!」
口の茶をぶちまけてしまった。
「おあーっ!? ナラばっちいっ!」
ドライアさんの服が濡れるが、そんなことはどうでもいい。
「はぁっ!? ダス君がっ!?」
蓋の開いたままの水筒を放り投げ、咄嗟に照準器を覗いて遠方の景色を——ダス君の姿を見る。
数百人の敵に向かって一人、巨槍を携えて歩く男の姿——彼の姿は容易く見つけることができた。
当然、敵にとっても彼の姿は見つけやすい。
敵は続々と各々の得物を構え、ダス君に銃口を向け始めた。
「ああもうっ!」
新人教育ができていないと咎められる——そんな懸念は、仲間が殺されるという瞬間には石ころみたいに些細なものであった。
「仕方無い……ナラ達はそこで狙撃を! 私達は援護に行く!」
「合点で——」
照準器越しに見えた景色に、思わず言葉を止めてしまった。
「ナラ……?」
訝しげに私の名を呼んだドライアさん。しかし私は照準器から目を離すことができなかった。
それはまるで、刃の豪雨だった。
ダス君の背後から無数の激流の刃が生じ、敵に向かって飛んでいっては血の雨を呼んだ。
魔術師の戦いには鉄則がある——如何に魔粒の消費を抑え、如何に効率良く敵を倒すか、という鉄則が。
果たしてダス君の戦い方がそういう意味で効率的なのか——それは分からない。けれど、一つだけ言えることがある。
——あれは、効率良く人を殺せる戦い方だ。
刃が直撃し、続々と体が、腕が、脚が、頭が、切断されて飛ばされていく。体の一部を失って転倒し、それでも刃は容赦無く襲い掛かる。
敵に逃げ惑う隙すら与えず、数百もの屍が頽れ、氷雪の大地は鮮血に染まる——ダス君はそれを、一瞬にしてやってのけたのだ。
そして次の瞬間には、大地を内側から穿つように塔の如き水の柱が生じた。
すると地中に隠された通路——地を這う者達の拠点に繋がる道が露わになった。
ダス君はその通路に吸い込まれるかのように入っていった。
その凄惨な光景を見た誰しもが言葉を失っていた。ただ茫然と屍の山を、恐るべき同胞を、恐怖の念と共に見ることしかできなかった。
「……魔獣、魔獣よ」
圧倒的な力を以て敵を皆殺しにする——そんな戦い方に魔獣らしさを見出したのは、きっと私だけでは無いだろう。




