第八十八話 追憶 〜ナラ・レッケンとダス・ルーゲウス〜
「新人の面倒を見ろ!?」
愕然としてそう聞き返すと、どこか険しい表情のドライアさんは黙ったまま頷いた。
「いやいやいやドライアさん! 私も半分くらい新人じゃないですか! それこそドライアさんみたいな結構経験積んでいる人にやらせるべきですよ!」
新人では無いと言えばそうなのだが、じゃあ「私は新人じゃありません!」と胸を張って言える訳でも無い。
ファレオに所属してから三年しか経っていない私の立場は、新人を世話するには微妙であろう。
私の仕事は諜報等で情報を収集し、それを本部に伝えることが中心だ。傭兵出身とのことだが、そうであるなら非戦闘員——と言っても銃火器の扱いには多少の自信があるけれど——の私が教えられることは少ない。
どういう意図で入ったのかは分からない——それこそ傭兵より楽な仕事をしたくて入ったのかもしれないが、何であれ傭兵出身なら私より戦闘能力は上であろう。少なくとも、私があれこれ教える必要が無い程度には。
ちゃんとファレオの仕事や戦い方を教えられない私が、新人をちゃんとした団員に育てることができなかったら、その責任は私に降り掛かるだろうに。
ちゃんと育てられないのではないかとか、何かやらかしてしまった際に起こるであろうあれこれを想像すると、不安を感じずにはいられなかった。
「それは重々承知しているが……ナラ、君の護衛を兼ねていると思ってくれ。ほら、君の魔腑は中々に貴重だろう? それに、君が殺されて魔腑が奪われた際の損失も大きい」
「ま、まぁそれはそうなんですけど……」
彼のその発言には反論ができなかった。
私に与えられた魔腑、その奇跡魔術は「相手に自身の思考を飛ばすこと」——謂わば通信の魔術だ。遥か遠方から命令を下すことができれば、諜報で得た情報をすぐに伝えることもできる、汎用性の高い魔術だ。
流星隊や天使隊の魔腑みたいな伝説の魔腑では無いけれども、様々な組織が欲しがる魔腑——ファレオはこれを、闇市場での魔腑の売買を取り締まるついでに何とか掻っ攫ったのだ。死守したい気持ちは分かる。
「だったらもっと熟練の人にして下さいよ〜。傭兵出身って言われても、『信頼と実績の強さ!』って感じでは無いじゃないですか〜」
——なんて言っても、私が担当することになるんだろうけどね。
諦めの混ざった苦笑を零して肩を竦めた。ドライアさんはそんな私を相変わらず真剣な眼差しで見つめ——
「……いや、あれは強い。オッディーガのお墨付きだし、何より纏っている雰囲気が他のどの傭兵とも違う」
しかし彼はそうきっぱりと言った。
そう言う彼の顔には喜色は一切無く、ただただ悲痛そうに顔を歪めていた。
「……ど、ドライアさん……? それは、どういう……」
そんな顔であんなことを言われると、怪訝を抱かずにはいられなかった。
しかし彼もまたどういう訳か分からないのか、言葉に詰まっている様子である。険しい顔のままじっと天井を見つめ——
「……分からない。分からないが……恐ろしく、そして悲しい何かを感じたんだ」
「……恐ろしくて、悲しい何か……」
心が苛まれているような声でドライアさんが言ったこと——それが何を意味するのかは、この時は分からなかった。
「はい! 私が貴方の教育担当、兼貴方の護衛対象のナラ・レッケンです!」
あれから数日が経ち、私はボリアで地を這う者達の情報収集をしていた。ダス君とはファレオの本部では会わず——と言うよりは会えなかった——ここで初めて対面することとなった。
……のだが。
「私が教えられることはあまり無いけど、よろしくね!」
「……ああ、よろしく頼む」
「…………」
怖い、怖すぎる。
私と比べてかなり身長が高くて、こっちのことずっと睨んできているし、口数少ないし、槍を常に握っているし大きいし、雰囲気が暗いし。
ドライアさんは悲しい何かを感じたと言っていたが、私の目がおかしいのか、そのような気配は一切感じられない。ただ恐ろしさと、殺意という名のやる気を感じるだけである。
遠目に彼の姿が見えた時はもうめっちゃ逃げたかった。勿論仕事だからそんなことは許されないんだけど……
今は無理して笑顔を作っているが、笑顔と真顔の行ったり来たりで頬の辺りが若干痛かった。
……もう帰りたい……
「……それで、何をすればいい?」
「え?」
沈黙を破ったのは彼の方だった。余計なことを考えていた為に変な声が出てしまった。咄嗟に思考を巡らせ、今日の仕事内容を思い出す。
そんな私を、彼はただ睨んでいた。まるで「さっさと仕事させろ」とでも言わんばかりに。
「え、えぇと……そうだそうだ、今日は地を這う者達の情報収集で、旧市街に行くんだった。ダス君はそこで私の護衛をお願いね。それと、悪いことしている人がいたら、けちょんけちょんにやっつけること!」
威圧感に内心びくびくしながら言った——が、彼の顔には怒った様子も呆れた様子も無かった。先程から変わらず、ただじっとこちらを睨んでいる。
まるで感情を失っているかのようで、より恐ろしく感じてしまう。
……或いは、ドライアさんが言っていた悲しい何かとはこれのことなのだろうか。
「……承知した」
「そ、それじゃあ行こうか……!」
再び笑顔を作り、旧市街へ向けて歩き始めた。




