第八十七話 追憶 〜戦役の終わりと戦いの始まり〜
村が襲われた日から数日経った後、後にブライグシャ戦役と呼ばれる戦いは終結した。
兵士だけでなく民間人も含め、総死者数は千万人近く出たそうだ。
ゲロムスの魔術師と東方の賢者、そして彼らの時代に終焉を齎した終わりの者による被害には遠く及ばないが、それでも魔術師の時代含めて戦争の被害は非常に大きい部類に当てはまる。
……そして、人間の時代では最大の被害を齎した、最も悲惨な戦争となる。
戦争の結果としては、帝国の圧勝だった。
ヘローク教団ネドラ派を国教とする帝国は、その教義もあって魔腑を喰らうことを——魔術師喰らいを推し進めている。
数多の完全な魔腑を有し、かつ魔術師の墳墓を保有していることもあって、高位の兵士であれば完全な魔腑を持つ魔術師であることが当然だ。
一方でブライグシャ地方の国々の兵士に完全な魔腑を持つ者は少なかった。もうこの時点で戦力に大きな差があった。
……そして帝国はそれに加えて、より強大な戦力を二つ投入した。
一つは、戦略兵器としての魔獣。
帝国は戦場に、そして街に魔獣を解き放ち、戦う者逃げる者分け隔てなく食わせたそうだ。しかも噂によれば、魔獣を制御しているのではないかと囁かれている。
理性を失っているとはいえ魔獣は膂力も魔術の性能も、獣や人、そして魔術師を凌駕している。
個体次第ではたった一体だけで街を壊滅させることができるのに、それを何十体、何百体と投入すれば大虐殺が起こるなんて簡単に想像できる。
実際、ブライグシャ地方の東部の国々はその所為で壊滅的な被害を受けた。それこそ、国が滅びる寸前までの被害を。
そしてもう一つが、ある男だ。
単体で一国の軍事力を遥かに高める二つの希少な魔腑——流星隊の魔腑と天使隊の魔腑、その後者を持つ男。
無数の紐の剣と、天使隊の魔術による異形の翼を持ち、兇猛な残虐性を以て己が快楽の為に悉くを殺す存在。
……俺の村を壊滅させ、友人や両親、そして妹を殺した男。
その名は、ロイン・ヒュー。
齢十五歳にしてただ一人ブライグシャ地方の西部から侵攻し、たった一人で幾つもの国を壊滅させた男。
ノトゥス谷の戦いでブライグシャ連合軍の熟練の兵士達を皆殺しにし、『骸谷のロイン』の二つ名を授かった、魔獣の如き男。
奴こそがオッディーガの追っていた敵で、俺が殺すべき仇だ。
あの日から八年間ずっとオッディーガのもとで特訓をし続けた。
彼女の言ったように、冥獄や冥海の如き苦痛を味わった。何十、何百、何千——或いは何万回も、生と死の狭間を彷徨った。
出血だけで無い。内臓が破裂し、骨が肉を突き破って露出し、腕や脚は捥げ、頭の一部が消し飛ぶ——そんなことは当たり前だった。
だけど俺は、どんなに吐きそうになっても、どんなに死にそうになっても、止めなかった。
——この世界の屑共を殺し尽くす為に。
「うーっす。ゴルンおるー?」
「ドライアーッ! オッディーガを入れるなって言っただろッ!」
「いやいや無理ですってゴルンさん! 私絶対負けますから! 殺されますから!」
いつものようにオッディーガに侵入され、いつものようにゴルンさんが憤怒する。
しかしもう慣れたのか、オッディーガの実力を認めているからか、ゴルンさんはこれ以上怒鳴ることは無かった。
「んだよドライアー、アタシとお前の仲じゃねぇか」
「数回一緒に戦っただけだろう!? 幼馴染でも無いのに!」
「共に戦い続ける限り、ソイツは友——アタシら傭兵の掟だ。んで、アタシら敵対したこと無ぇだろ? ほら仲良し」
「そんな無茶苦茶な!」
そう言って彼女は何度も酒や金を要求してきたし、断るとファレオが甚大な被害を被るし——どちらにせよ被害は免れない。
まさに燎原の火のような女性だ。彼女の監視して動向を逐一報告する部隊を作りたくなってしまう。
「ファレオの財政が……ただでさえ瀕死の財政が……」
頭を抱えて苦しむ声を出すゴルンさんの顔を見ることができなかった。
彼に代わって彼女に問い掛ける。
「……それで、今日は酒? 金?」
「いや、違う。貰えるなら嬉しいけど」
「はいは——え?」
酒でも金でも無い? 確かに彼女は「違う」と言った。これまで酒と金の為にしか来たことが無かったのに。
訝しげに彼女を見つめて更に問い掛ける。
「え、じゃあ何しに来たの?」
「紹介したい——と言うよりは、ファレオに入れて欲しい奴がいる。今までのはそれの前金みたいなモンだと思ってくれ」
「ファレオに入れて欲しい奴?」
私が反応する前にゴルンさんが反応した。真面目な話だと感じたのか、先程までの苦しみに満ちた顔はどこかに消えたようだ。
「構わないが——何、お前のところが嫌になったのか?」
彼は不満そうに疑念を露わにした。
彼の気持ちは分からなくも無い。実のところ、傭兵からファレオに転職する人は結構いるのだが、その理由が不快なのだろう。
転職の理由としてよく挙げられるのが、「傭兵の仕事が過酷すぎる」ということだ。
「これまで何度もそういった奴を受け入れてきたが……その多くが辞めているんだぞ。同じような奴を渡されてもこちらが困る」
そして彼の言うように、ファレオの仕事が傭兵の仕事と同等以上に過酷であるが故に、結局は辞めていく。
専ら完全な魔腑を喰らった魔術師を相手取る為に、より強力な敵を相手しなければならないし、その分死ぬ危険性は高まる。
更に魔術は往々にして犯罪に悪用され、傭兵の頃に見てきた以上の凄惨な現場を目の当たりにすることが多々ある。
そんな奴が何万人もいる。そんな光景を何万回も見る。犯罪者を捕まえたり殺したりしてもそれが減る気配は一向に無い。故に辞めていくのだ。
……だけど。
オッディーガは「そんなこたぁ知ってる」と言わんばかりににやりと笑った。
「保証するぜ、ソレは無ぇ。魔術を悪用する奴を殺し尽くす——アイツはその為にガキの頃から八年間もがき苦しんできたんだ」
「八年間? 子供が!?」
オッディーガの一言に思わず叫びが零れてしまった。
以前彼女の特訓のことを聞いたことがあるが、人体欠損が当たり前の、酷く凄惨なものであるとのことだ。
大人でも音を上げてしまうだろうに、況してやそれを子供にやらせるなど……!
「オイ、ドライア。てめぇ勘違いしてるだろ」
こちらの心を見透かすような鋭い視線を彼女は送ってきた。
「逃げられる瞬間は何度もあった。特訓以外の面倒なんて見てねぇからな。だけどアイツは逃げなかった——だから、アタシを咎めるのはお門違いだぜ?」
「…………」
だとしたら、その子は何を思って彼女の特訓を受け続けたのだろうか?
生きているか死んでいるか分からない程に過酷であろう彼女の特訓を、何故八年も——
「……あんなに心が壊れてちゃ、戦う術を——魔術師を殺す術を、教えねぇ方が酷だろうよ」
そう小さく呟いた彼女に内心驚いた。
どの程度かは分からないが、彼女にとっても特訓は辛いものだったのだろう。
災害のような人であっても、心までは失っていないから。
「……オッディーガ、その子は今いるのか?」
「いるぞ。おい、ダス!」
その一言と共に扉が開き——
「——っ!」
オッディーガと同じような巨槍を携えた男が入ってきた。
しかし、彼の纏う雰囲気は他のどの傭兵のものとも違った。最強の傭兵であろう彼女にも迫ると思わせるような雰囲気。
——それはこの上無く禍々しく、そして悲愴に満ち満ちていた。




