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ゲロムスの遺児  作者: 粟沿曼珠
幕間
86/168

第八十六話 追憶 〜師匠との出会い〜

 ()()()がここに現れたと聞いてエトロンに来た——のは良いが。


「……クソ、手遅れだったか」


 この村に入った時点で、アイツによる惨劇はとっくに終わっていた。

 無惨に斬られた人々、その薄い肉があちらこちらに散乱していた。


 ——いつも通りの、アイツの手口か。


 アイツは残虐的な性質を生まれながらにして持っていたらしい。だから、アイツの通った後には無惨に殺された人の骸が転がっている。

 誰かを痛め付け、殺すことに快感を感じるのだと、アイツはキモい笑みを浮かべながら言ってきた。

 うんざりする程見てきたそのイカれっぷりに、嘆息が自然と零れ落ちた。


「姐さん、この人達どうする?」

「火葬でもしときな。どこの宗派か知らんが、天に飛ばしときゃ間違いねぇ」


 そう指示を出し、アイツの痕跡を探し始める。

 ——さて、どっちの方に行ったか——


「——あ?」


 無惨に斬られた死体の中にたった一つだけ、どこも斬られていない死体が転がっていた。

 男で、見た感じ年齢は十歳程度だろうか? その傍らには無惨な死体があり、まるでそれに縋り付いているかのようである。

 巨槍を強く握り、その死体を注意深く見つめる。アイツの被害を受けた場所に、まともな死体など無いのだから。


 ……罠か、別の理由で死んだか……


「……あら?」


 ちょっとずつ近付くと、死体——と思っていたものが微かに動いていることに気付いた。

 ……生存者か……? 殺し損ねるなんて珍しい……いや、たまたま居合わせなかっただけか?


 何であれ、たった一人だけでもアイツの被害を免れたのは良かった。

 ……その代わり、冥獄や冥海に抱くような恐怖心を植え付けられたのだろうがな。

 こんな光景を見せられて、一人だけ生き残って、苦しくない筈が無ぇ。きっとその胸の内には、恐怖や苦しみ、後悔とか罪悪感とかが渦巻いているのだろうな。


 ……ガキの精神どうにかすんのはアタシの仕事じゃねぇしな……保護するだけして、ファレオにでも押し付けるか?

 そんなことを考えつつ、蹲るガキに問い掛ける。


「おいガキ! 無事……な訳は無ぇか。まだ死んでねぇか? 聞きてぇことがある!」

「……何ですか……?」


 アタシ達が来ても、アタシが接近しても反応しなかったガキが、ようやく反応した。

 彼は蹲った姿勢を一切変えず、まるで死ぬ直前のような貧弱な声でそう喋った。

 ……或いは本当に、じきに死ぬんじゃねぇかと思ってしまう。


「この村を襲った奴、どこ行ったか分かるか?」

「……あれを……殺すんですか……?」

「……あ?」


 質問したのに質問し返されて面食らった。


「おいガキ、アタシはアイツの居場所が——」

「ぼくは、魔術が嫌いになりました」

「は?」


 この惨状を見て気ィ狂ったのか、ガキは突然語り始めた。

 この調子じゃまともに会話することもできねぇだろう。取り敢えず、ガキの言葉に耳を傾ける。


「魔術さえ無ければ、あんな奴が生まれることも、大切な皆が殺されることも、ありませんでした」


 ……まあこのガキの言っていることも分からなくはねぇ。

 これまで同じような人間を何度も見てきた。こういう人間は片や魔術を忌避し、片や魔術に心酔する。このガキは前者だろう。

 そして——


「……だから、消し去りたいんです。こんな惨劇を齎した魔術を、この世界に悲劇を齎し続ける魔術を」


 そういう人間は、往々にして魔術を消し去りたいと願う。

 ……その願いを聞く度に、心底呆れる。魔術を消し去るなんて、今のこの世界を破壊するのと同義だ。

 呆れと苛立ちと共に嘆息を零し、蹲るガキを見据えて言う。


「ガキ、てめぇ何言ってるか分かるか? 良くも悪くも魔術はただの人間の世界、その根っこの部分にまで組み込まれちまってんだ。誰しもが魔術の恩恵に与る時代に、そんな——」

「家族を——妹を殺した魔術を」


 その時、初めてガキが体を動かした。蹲った姿勢のまま顔だけをこちらに向けてきた。

 言葉を紡ぎ続けることができなかった。血溜まりの血に塗れた顔、胸の内にはきっと復讐の情念が燃えているだろうに、その顔は一切の歪みのねぇ真顔であることに。


 ……ああ、コイツはもう、壊れちまったんだな。


 ガキはまるで死体が再び動いたかのように、大きく揺れながらゆっくりと立ち上がった。

 そしてこちらをじっと見てくる。その体に、その視線に——その意志に、一切の揺らぎは感じられなかった。

 ガキはただアタシに復讐、そして魔術の破滅を願う強固な意志をぶつけてきた。そんなガキの姿から、恐ろしさと言うべきものがひしひしと感じられた。

 ……アタシともあろう者が、その歪な強固さに、不気味さに、思わずぞっとしてしまう程の恐ろしさを。


「もし貴方が奴を殺すのなら……どうか、ぼくにその役目を譲って下さい。そして……奴を、魔術を悪用する人達を……魔術そのものを、その全てを消し去る力を与えて下さい」

「……はっ」


 思わず笑いが零れてしまった。

 決してバカにするつもりも、見下すつもりもねぇ。ただガキのこの言葉が気に入っただけだ。

 ……その言葉に隠された、魔獣の牙を見出してしまったが故に。


 ——こうも壊れ、殺意に満ち満ちたガキに、戦いを教えないなんてのは生きる意味を奪うのと同義だな。

 だったら、アタシがその牙を磨くだけだ。より鋭く、より強く——


 その仇敵を、殺すことができる程に。

 この世の全ての悪人を、皆殺しにできるまでに。


「……魔術を消すってのは非現実的だ。狙うべきは飽く迄魔術を悪用する連中……それで良いなら、テメェに戦う力を、技術を、知識を与えてやるよ。ただ——」


 笑顔を消してガキに、その瞳の奥にある心に訴えかける。

 ……壊れた心には届かないだろうと、心の中で理解していても。


「アタシの特訓は、そしてその特訓の先に見る景色はこれ以上の——それこそ冥獄や冥海じみた惨憺たるモノだ。それでも——」

「覚悟はできています」


 ガキがアタシの言葉を遮ってそう言った。

 まるで戦いに、殺しに——大義に、飢えているようであった。


「うし! じゃあ宜しくな! 音ェ上げんなよ! ——っと、そうだ、自己紹介忘れてたな」


 意志に満ちた力強い目でこちらを見るガキに手を差し伸べ、アタシの名を伝える。


「アタシはオッディーガ・ミッシャー、又の名を『燎原の火のオッディーガ』——そして、自称()()()()()()()()()()()

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