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ゲロムスの遺児  作者: 粟沿曼珠
幕間
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第八十三話 追憶 〜戦争の予感〜

「え、イギティ、ここ離れちゃうの……?」


 ぼくの家に来るや否や、イギティは躊躇いつつもそう言ってきた。


「うん……お父さんの仕事で——」


 気付けば涙が零れていた。たった一滴だけでなく、続々と目の奥から湧いて出てくる。


「……辛いのは分かるよ? 私もダスと離れ離れになるのは嫌だし……分かるけどさ……普通そんな泣く……?」

「だ、だっで……だっでぇ……イギディは……とっでも大切な友達だっだから……」


 ぼくの友達の中でも彼女は特によく遊んでくれたし、よくぼくを助けてくれた。

 ぼくが弱虫だから色々迷惑掛けちゃったし、実際呆れたり怒ったりしてた。でも、それでもぼくを見捨てずに一緒にいてくれた。

 イギティは、ぼくにとって命の恩人と言っても過言では無かった。


 涙で視界がぼやけても、彼女が肩を竦めて呆れている様子がはっきり見えた。そしていつものように嘆息を零した。


「分かった、分かったよ……私も、ダスのお陰で色々と楽しかったよ。ありがとうね」

「うっ、うわあああぁぁ————————ん!!!」

「急に大声出さないでよ!?」


 涙は益々溢れ、悲しみの叫びが自然と出てしまった。

 酷く呆れたイギティに見守られながら少し経ち、ようやく涙が止まった。


「はぁ……やっと泣き止んだ……満足した?」


 村の小さな公園へと移動し、ぼくもイギティもそこにある長椅子に座っている。

 彼女は薄く開いた目でこちらの顔を覗き込むように様子を窺ってきた。


「うん……ごめんね……」


 目の周りの涙で濡れてしまったところを服で拭いつつ、彼女に謝った。


「別に謝らなくていいのに……寧ろ謝りたいのはこっちだよ。ダスを置いてこの村から出ていっちゃうんだもん」


 確かに、イギティがいなくなってしまったらぼくを助けてくれる人はいなくなってしまうだろう。

 だけどいい加減、彼女の力を借りずに弄られたりいじめられたりしている状況から抜け出せるようになるべきだとも思う。


「ううん、大丈夫だよ……」


 そんなことを思い、そう言ったものの、本当は彼女がいなくなること、その結果自分がどうなるかということを想像して恐怖を抱いている。


 ふと、気になった——イギティのお父さんは何をしているのだろうか? 何をしに行くのだろうか?

 思えば彼女のお父さんは普段からあまり村におらず、実質的に彼女はお母さんと二人きりで暮らしているという状況だ。

 だから、二人が村から出ていく必要なんてあるのかなぁと思ってしまった。


「……ね、ねぇ……」


 意を決して聞いてみることにした。


「何?」

「い……イギティのお父さん、何してるの……?」

「あれ? 言ったこと無かったっけ?」


 既に伝えていたつもりだったか、彼女は大きく目を見開いてそう言った。

 小さく頷くと彼女は、


「あ、そうだったんだー」


 と呟いた。


「お父さん、兵士やってるんだよね」

「兵士?」


 その一言で、イギティが強いのはお父さんの影響なのかぁとつい想像してしまった。

 実際石投げる時の動きとか子供っぽく無かったし。


「うん。それで、普段はウルスにいるんだけど、東の方に派遣されるみたいなんだよね。まあ私とお母さんは当分ウルスにいるんだけどさ」

「東の方?」

「そう、しかも国外。何か、お父さんだけじゃなくて他の兵士さん達も国外に派遣されるみたいでさ、それのお手伝いをするの。お父さん、飽く迄エトロンの兵士なんだけどなぁ」


 それなら村を出ていくのも仕方が無い。何かしらの理由で兵士が国外に派遣されるということは、何か重大なことをするのだろうから。

 それで大掛かりな準備をする必要があるのだろう。


 ……仕方無いことだ。仕方無いこと……だけれど……


「そ、それなら、仕方無いね……」

「……ダス、声で嫌そうなのが丸分かり」

「う……」


 彼女はこちらの心を見透かすかのように目を細くしてそう言った。

 自分でもはっきりと分かるくらい声が震えていた。仕方無いことだけど、やっぱり受け入れ難い。


「だ、だって……イギティがいなくなっちゃって、もう二度と会えなかったとしたら……」

「や、やめてよ縁起でもない……」


 ぼくの一言に彼女は苦々しい表情を浮かべ、「ご、ごめんね」の一言が口を衝いて出た。


「……でも、大丈夫だよ! もしかしたら私とお母さんも東の方に行くことになるかもだけど……でも、今のところはずっとウルスにいる予定だから!」


 そう言ってこちらを安心させるよう、彼女はにこっと笑った。

 弱虫で心配性なぼくには、あまり響かなかったのだけれど。


「ほ、本当……?」

「うん! お父さんそう言ってたもん!」


 きっと彼女は、この村の子供で誰よりも強いイギティは、自分の意志で手伝おうとしているのだろう。

 だったらぼくは、そんな彼女をちゃんと送り出すべきだ。


「わ、分かった……頑張ってね……!」

「うん! あ、それから、お父さんのお仕事が終わったらこっち戻ってくるから!」

「……! じゃ、じゃあ、また会える……!?」


 その問い掛けに、彼女はより一層輝いているかのような笑みを浮かべて頷いた。


「約束! 約束、だよ!?」


 思わず身を乗り出してそう言った。

 彼女は両手を突き出し、また座ったまま体を動かしてそんな僕から距離を取った。


「わ、分かった分かった……近い近い。でも、絶対大丈夫だからね!」

「約束だよ!?」

「分かったから! いい加減にしないと殴るよ!」


 若干の苛立ちが混ざってような笑みで手を力強く握って見せつけてきた。


「ひぃっ!?」


 思わず情けない声を零してその場に蹲ってしまった。勿論、彼女のことだから本当に殴ってくることは無かったのだけれど。

 そんなぼくを見て、彼女はただ優しく微笑んだだけだった。






 数日後、イギティと彼女のお母さんは村から出ていって、ウルスへと向かった。


 更にその数日後だった。

 ブライグシャ地方の国々と新ダプナル帝国の戦争が始まった。

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