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ゲロムスの遺児  作者: 粟沿曼珠
幕間
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第八十一話 眠れない夜 〜高身長年上巨乳女性の添い寝〜

「はぁっ!?」


 あの悪夢のような瞬間が、未だに何度も何度も夢に出てくる。その度におれは飛び起きてしまう。

 もうまともに眠ることもままならない。お陰でここのところ睡眠不足気味だ。


 故郷であればあんな最悪な記憶なんて一瞬で消せるのに——頭では自然とそんなことを考えてしまう。

 だけど故郷は遥か遠く、帰るまではほぼほぼ記憶を消すことなんてできないだろう。


 だから、おれの力だけで、おれの意志だけで、この悪夢に打ち克たなければならない。


 ——だけれども。


「……はぁ……」


 荒ぶる心を落ち着かせようと大きく息を吸い、吐く。

 何か別のことを考える。例えばおっぱいとか。


 しかし、そんなおれの意志を嘲笑う蚊のように、悪夢は頭の中に割り込んできた。


「……クソッ……」


 如何にして悪夢に打ち克つかよりも、如何にして自分を落ち着かせるか、眠る以外の方法で睡眠不足を解消するか、といったことを意識した方が良いのでは無いか。

 そんなことさえ思ってしまった。


 寝台から降り、机の上の盃を手に取る。水を願って盃の中を満たし、それを一息に飲む。

 キムを羽織り、護身用の短剣を衣嚢に納め——


「ポン君……どこか行くの……?」


 ——あっ。


 声の方を見遣ると、眠そうに目を擦るミーリィの姿があった。ダスは夜の街の警邏に行ってて、宿の部屋にいるのはおれと彼女だけである。

 どうやら彼女を起こしてしまったようだ。


「起こしちゃってごめん……ちょっと気分転換に外に……」

「何か魘されている感じだったよね、大丈夫……?」


 ……聞かれていたか。ただでさえ迷惑をかなり掛けているのに、これ以上掛けてしまうのは嫌だから聞かれたくなかったのだけれど……

 でも、ばれてしまったからには仕方が無い。正直に打ち明けるべきだろう。


 心配そうにこちらを見る彼女の方へ向き直り、一呼吸置いて口を開く。


「……寝るとさ、あの時の——ボスカルの獣と戦った時の光景が、死にかけた瞬間が夢に出てきて、それで怖くなって……起き上がっちゃうんだ。ずっとこんな調子」

「……そりゃ、あんな怖い思いしちゃったもんね。仕方無いよ」


 彼女は悲痛そうに言うと、立ち上がってこちらへと歩み寄ってきた。

 ——一緒に来る気だろうか? ミーリィも警邏で疲れているだろうに。


「ミーリィ、気持ちが嬉しいけど疲れているだろうし、明日も仕事あるだろうから——」


 おれの前に立ったミーリィは微笑み、手を握ってきた。

 突然の出来事に心臓が跳ね上がり、顔が燃えるように紅潮する。


 ——え、何で手握ってるの?


 理解が追い付かないおれを彼女はにこにこと眺め——


「一緒に寝よっ」


 そう言ってきた。


 一緒に寝よっ。


 頭の中でその言葉を何度も反芻し、ようやく理解する。


「は、はぁっ!?」


 顔がまるで爆発したかのように、より熱く燃え上がった。

 一緒に寝る!? おれとミーリィが、一緒に寝る!?

 何故!? 何故そうなる!?


「いやいやいやいや! ななな何で急に一緒に寝るなんて——」

「退院した時から思ってたけど、ポン君寝不足そうだったもん。睡眠は大事! ちゃんと寝る!」


 彼女の右腕が輝き、次の瞬間には俺の体が軽々と持ち上げられた。


「お、下ろせっ!」


 じたばたと暴れて抵抗するも、魔術で強化された膂力に敵う筈も無く、寝台に戻されてしまった。


「——ッ!?」


 横倒し状態のおれに覆い被さるように彼女が同じ寝台に乗ってきた。彼女はさながら捕食者のように、美味な獲物を見つけたかのように笑みを浮かべている。


 ——おいおいおいおい!


 何故こうなった!?

 何故一緒に寝るという流れでこんな本でしか見たこと無いような状況になった!?

 何故おれは襲われる寸前なんだ!?


「……魔術で抵抗できるのにしないってことは、こういうのが好きなんじゃないの?」


 いやまあ否定はできないけどさ! というか単に魔術使うことを意識していなかっただけだし!

 そうだこういう時は沈黙! 沈黙は波風を立てない……!

 黙ったままじっとミーリィを見つめる。何もしないこともあってか、顔の熱がより強く感じられた。


「黙ってるってことは、そういうこと?」

「違うわっ!」


 そんなこと言われたら声が飛び出るわ。これに関してはマジで違うから。


「と、というか……何でこんなことすんだよ……!? 寝るんじゃ無いのか……!?」

「あ、これは単にわたしがやりたかっただけ。寝ることとは一切関係無いよ」


 こいつ……!

 彼女を睨んだまま大きく溜息を吐いた。そんなおれを見て彼女は「ごめんね」と小さく言って——


「じゃ、隣失礼します」

「ああ——ああ!?」


 おれの隣でミーリィが横になり、彼女と自分に布団を被せてきた。


 ——いやいやいやいやいやいやいやいや!


 これで寝られる訳が無いだろ!?

 こちとらもう性を知っている男だぞ!? 興奮して眠れないわ!

 彼女が視界に入らないように、彼女におれの顔が見られないように体の向きを変え——


「——ッ!?」


 今度はおれの体を優しく抱き寄せてきた!

 胸が! 胸が、柔らかい感触が背中に当たってる! ミーリィの身長の高さもあって、まるでおれが彼女に包まれているみたいだ!

 まずい! おれの…………がッ! おれの…………がーッ!


 そんなおれの興奮している様を意に介さず、彼女はただ寝ているようである。

 ただ抱き寄せ、何もしない。ただそれだけで、彼女の穏やかな呼吸が聞こえてくる。


「な、なぁ……何で急に、こんなことを……?」


 恥ずかしさと気まずさのあまり、思わず彼女に問い掛けた。


「……これね、ダスさんがやってくれたの」

「ダスが?」

「うん」


 意外というか何というか……実はダスも変態?


「ダスさんに拾われた頃、ずっと眠れなくてさ。その時にダスさんがやってくれたの。『怖くて眠れない時はこうすると眠れる』って」


 ダス、変態だと疑って悪かった。

 そこでふと気付く。悪夢が割って入ってこないということに。

 ……まあ、安心感というよりは興奮しているからなんだろうけど。


 こちらを安堵させるような優しい声音で彼女は言葉を紡ぎ続ける。


「辛くても誰かが傍にいてくれれば、辛さが和らぐ。辛い時はわたしやダスさんが傍にいるから、遠慮無く頼ってね」

「…………」


 彼女の小さくて優しげな言葉は、とても力強く感じられた。

 ……ちょっとアレなところもあるけど、本当に、この人達が一緒で良かった。


「……うん、ありがとう」


 ……まあ、辛さは確かにどこかに言ったのだけれど、興奮して結局眠れなかった。

 …………ずっと痛かった。

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