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ゲロムスの遺児  作者: 粟沿曼珠
幕間
80/168

第八十話 ダス・ルーゲウス流魔術訓練、再び

 ダスの後を追って街に出た。

 歩いていって辿り着いた場所は、まだまだ再建されていない街の一画だった。ボスカルの獣との戦いで崩壊した建物、その残骸があちこちに散乱している。


 ダスは立ち止まると周囲をきょろきょろと見回し始めた。何かを探しているようである。


「なあダス、何をするんだ?」

「ああ……ボスカルの獣と戦った時、お前、障壁の魔術で魔獣を押し潰しただろ?」


 彼はこちらに一瞥もくれずに言った。


「うっ……」


 嫌な思い出である。耳の奥にこびりついた肉や内臓が潰れて破裂する音、血肉の飛び散る音が、彼の言葉を聞いて一気に強まった。

 あの時は目を閉じていたけれど、その音だけでそこにあった凄惨な光景がありありと思い浮かべられる。

 心を蝕む不快感、喉の奥から微かに込み上げてくる吐き気を堪え、彼の紡ぐ言葉に耳を傾ける。


「あと、大きな障壁を展開して動かしていたこともだな。単に障壁を発生させた時と、動かしたり大きくしたりした時とで、魔粒の消費量がどのくらい違うのか気になってな」


 そう言うとダスは「お」と声を零し、石ころ程度の小さな瓦礫ばかりの場所へ向かった。

 そんな彼を目で追って問い掛ける。


「えっと、魔術を行使し続けて、どのくらいの時間で魔粒が尽きるかを確かめる、ってことで合ってる?」

「そうだ」


 彼は小さな瓦礫を一つ手に取り、それを真上に投げては掴んでを繰り返し始めた。


「魔粒の消費量が何で決まるか——知っているか?」

「消費量……?」


 以前の魔術の行使の仕組みもそうだが、正直なところゲロムスの魔術師の癖に魔術の仕組みを理解しきれていない。

 ダスに色々と言われて初めて知識不足を自覚できたという有様だ。


 魔粒の消費量が何で決まるかというのも、全然分からない。消費量では無いが、子供の魔腑は成長しきっておらず、その分尽きるのが早いことは知っている程度である。


「……いや、全然分かんない……」

「そうか。まあ実際、消費量まで気にするのは俺達みたいな敵と戦う奴くらいだからな、無理も無い」


 そう言うとダスは投げては掴んでを繰り返していた瓦礫をぐっと強く掴んだ。

 そしてこちらの瞳を見据え、言葉を紡ぎ続ける。


「消費量を決めるのは——()()()()()()()()()()()()()だ」

「異常性?」


 何となく分かるような、分からないような、そんな回答であった。


「ああ。神話では始まりの者がそう説明したとされるし、実際研究の結果その通りだと判明している。例えば——」


 するとダスの右腕が爛然と輝き、次の瞬間にはおれの頭に冷たい何かが当たって弾けた。

 頭頂部を触ると冷たい感覚が指の先端を包んだ。ダスの奇跡魔術による水だとは明らかだ。


「たった一滴の水を生み出すのと——」


 再びダスの右腕が爛然と輝き、今度は眼前に水が滝のように降ってきた。


「滝のような水を生み出すの、どっちの方がより異常だ?」

「そりゃ……滝のような水でしょ」


 勿論一滴であれ無から水を生み出すことは異常であるが、一滴より滝のような量の方が異常であろう。


「正解だ。じゃあ今度は、最初に出したのと同じ一滴の水でも——」


 そう言って彼は握っていた瓦礫を放り投げ、そのままその手を銃のような形にして瓦礫に向け——

 右腕が輝くのと同時に、一滴の水が指先から高速で放たれた。水が直撃した瓦礫はより高く飛んでいった。


「高速で出した場合、どっちの方がより異常だ?」

「高速な方」


 成程、分かってきた。

 異常性、正常からの乖離度合い——自然現象から見て有り得なければ有り得ない程魔粒の消費量が多くなる、といったところか。

 一滴の水を生み出すという『小さな有り得ないこと』、それが無数に合わさることで滝のような水という『大きな有り得ないこと』になる。

 また同じ一滴の水でも、重力のままに滴るのでは無く、小さな瓦礫を高く打ち上げる程の勢いで飛んでいくのであれば『大きな有り得ないこと』と言えるだろう。


「理解できたようだな。特に戦闘に於いては、継戦の為に異常性を強く意識しないといけない。魔術師同士の戦いは、魔術が行使できなくなった方が負けるからな」

「成程……」

「それと、消費量は奇跡魔術の性質によっても異なる。例えば水は現実に存在するから魔粒の消費量が少ないが、ポンの障壁のような普通なら存在しないものは消費量が多い」


 それを聞いて内心安堵した。だって障壁の魔術をあんな風に使わない大義名分ができたのだもの。

 次障壁の魔術で押し潰せと言われたら、「おれは子供で、普通なら存在しない障壁を出すから魔粒の消費量が多いんですー!」って言ってやろう。


「……お前今、『魔術で敵を押し潰すのを拒否できる』って感じで内心喜んだだろ」

「い、いや!?」


 何故心の中が分かる。イギティもそうでダスもそんな感じだと、ブライグシャ地方ないしエトロンの人間は皆そんな感じなのだろうか?


「まあ実際、あまり使うべきでは無いな。基本的には単に障壁を出すだけ、動かす場合は可能な限り小さな障壁を展開する——そうすれば長期戦でも問題無く行使できるだろう」

「う、うん……分かった」


 おれの返事を聞くと、ダスは小さな瓦礫の山から再び瓦礫を手に取った。

 そしてこちらを見据え、言い放つ。


「それじゃ、実際にどのくらいで尽きるか試すぞー」


 その言葉と共に彼は投擲の構えを取った。


 ……いや待て。


 そんな彼をじっと見つめ、ふと疑問に思った。

 まるでダスが投げる瓦礫に対処するような流れになっているが、消費量を確認するだけならそれは不要では?


「な、なあダス、それ試すんだったら別に瓦礫を投げる必要は——」

「ああ、無い。だけどただ魔術を行使するだけだと退屈だろ? だから、俺が投げる瓦礫を十回連続で押し潰して貰う。障壁の大きさはこの瓦礫と同じくらいだ。失敗したら俺達三人今日の晩飯は貧相なものになる」

「はぁっ!?」


 オイオイオイ急に何を言い出すんだコイツは。しかも失敗したら晩飯がしょぼくなるときた。

 というかただでさえ貧乏飯——ダスだけそう思っていない——なのに、アレより上があるのか!?


「いくぞー」

「いやちょっと待——」


 彼は有無を言わせずに瓦礫を投げ始めた。


 今日の晩飯には、人の食事として最低限の形を保ったものが出されたのだった。

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