第七十五話 お喋りクソ亡霊
「夢とは何か?」
「私とて、何度か考えたことはある」
「嘗ては——そして恐らく今も、夢は天啓だの何だのと言われてきた」
「しかし私は、今この瞬間を以て夢が何かを理解した」
「夢とは人間の意思、願望である」
「貴様が睡眠を取り、夢を見てこうして私と出会った。そして魔術の本質とは人間の意思、そして願いである」
「我々は再びこの世界での逢瀬を果たした。貴様が眠りに就いた後にな」
「そうであるのなら、夢とは人間の意思、願望と捉えるのが妥当ではなかろうか?」
「何で貴方がここにいるのよ……」
何も無い灰色の世界、魔腑の中の世界。
眠って目を開いたらわたしはここにいた。
目の前にはシャールが横たわっている。その顔にはやはり憎たらしい笑みが浮かんでいる。
「違う。貴様がここに来たのだ。ここは私の世界、私の魔腑の中だ」
「はいはい……」
こうなっては寝たのに寝た気がしないだろう。
しかしだからといって起きたとしても、眠気は取れないだろう。
……ちょっと待って。
「ねえもしかしてずっとこうなるの?」
「知らぬ。しかし先日の一件で貴様と私の繋がりが強くなった——と捉えることもできるだろう。であるならば、或いは暫くはこうなのかもしれぬな」
「あ゛ぁ゛~……」
最悪だ。これから毎日夜をシャールと共に過ごすことになるなんて。
また前のように色々と言われる羽目になる。こっちは昔のことを思い出したくないし、貴方のことを受け入れたくも無いのに。
「流石の私とて何度も言うつもりは無いぞ?」
……そうだ、心が読めるんだった。
「その通りだ。魔術は願って行使するものであるからか、貴様の思考は読める」
「本っ当に思考を読むの止めて貰える? 流石にちょっと、精神的にきつい」
「残念ながら私にも止められない」
「……無能」
「のう貴様、私にだけ当たりが強すぎないか? 差別だぞ?」
そう言うと彼は立ち上がり、こちらへとずかずかと歩み寄りながら言葉を紡ぎ続ける。
「良いか? 私は差別が嫌いだ。いや、違うな。差別すべき対象を差別するのは良いが、差別する謂れの無い人間を差別するのが嫌いだ。そして貴様がやっているのは後者だ。私が貴様に何をしたと言うのだ? 貴様が進むべき道を提示しただけであろう? 寧ろ感謝して貰いたいところだのに、何故貴様は私を差別するのだ? 私には甚だ理解できぬ」
彼が一歩一歩こちらへと近付くと同時に、わたしは彼から一歩一歩下がって距離を取り——彼が口を閉じたところでお互いに止まった。
そう不平を言った彼であったが、その顔からは怒りとは不快感とかは窺えず、寧ろ笑みを浮かべたままでどこか楽しそうでもあった。
「……もしかして今、楽しんでいる?」
「勿論だ。元より私は喋ることが好きでな。良いか、喋れるうちに喋っておけ、後で後悔することになる」
「え、ええ……」
彼のよく分からない言動に、声音には困惑の色が混ざる。
——でもまあ、気持ちは分からなくは無いかな。
シャールは長い間ずっと魔腑の中にいた。
「その通りだ」
「割り込まないで」
それで今まで退屈だったのだろうから、こうも何かを楽しみたくなるのも理解できる。
「故に、定期的に私と入れ替わってくれ」
「駄目に決まってるでしょっ! また暴走する気!?」
「ぬぅ、悪逆無道……」
暴走する可能性があるという正当な理由で断ったのに、悪逆無道と謗られるのは納得いかない。
とはいえ、そうして何もせずに彼を苛立たせ、その結果わたしが不利益を被ることになるのは避けたい。
先日みたいに苦しくなるだろうから。
そう考えると、彼に何かしらの楽しみを提供するべきだろう。
「最初に言っておくが、貴様と違って男児は興味無いぞ。私には男児の良さが理解できん」
「ひっ、人の趣味を悪く言わないでっ……!」
古臭い人間には、少年の素晴らしさなんて分かんないでしょうね……! これだから昔の凝り固まった頭の人間は……!
それはさておき、実際何を提供するべきだろうか? 勿論入れ替わるのは駄目だとして——
「——って、直接聞けばいいか。シャール、何やりたい?」
そう問い掛けると彼は灰色の空をじっと見つめ、何かを考え出す。そしてしばらくして——
「……貴様が眠りに落ちて此処に来た時に、私の話を聞くだけで良い」
返ってきたのは意外な返事だった。
「それだけ?」
口を衝いて出た困惑の声に、彼は頷いて肯定する。
「そうだ。まあ一番やりたいことは外の感覚を味わうことだがな。欲を言えば本や新聞を読んでくれると助かるが、それに関しては好きにするが良い」
彼は笑みを浮かべてそう言った。先程と変わらない笑みなのに、不思議と憎たらしくは感じなかった。
——まあ、本を読むくらいだったら。
「分かった。頻繁には読めないけど、可能な限り読んでみる」
「感謝するぞ、ミーリィ・ホルム……やはり私は、貴様が好きだ」
「それどういう意味よ……」
憎い存在に唐突に「好き」と言われ、薄気味悪さを感じずにはいられなかった。
「勿論人としてだ。恋愛的なものでは無い。そも、貴様にはダ——」
「わーわーわーっ!」
叫び声を上げ、彼の声を掻き消した。
唐突な彼の発言に、汗と荒い呼吸と動悸が止まらない。そんなわたしを、彼はきょとんとした顔でじっと見ている。
「貴様、私は心が読めるのだぞ? それにここには貴様と私しかいない。言っても問題無かろう」
「き、気分の問題!」
確かに彼の言う通りではあるのだが、胸の内に留めておくのと声に出して言うことは全くの別物だ。
「……ねぇシャール、こんな感じのやり取りが何回も続くの?」
シャールは口数が多くて煩いだけでなく、性格が悪く、現代の常識を知ってはいるだろうが定着はしていない。
そんなお喋りクソ亡霊と表現できそうな彼と、これから毎日こんなやり取りをすることになる——それがわたしの、最大の懸念だ。
その思考を読んだからか、彼は笑みを浮かべた。
その笑みはやはり、憎たらしく感じられた。
「勿論」
或いは、のような推測では無く、断言。
救いは無い。
「嫌゛だぁ゛~っ!」
これから暫く、或いは永遠に、わたしは碌な睡眠が取れないだろう。




