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ゲロムスの遺児  作者: 粟沿曼珠
第二章 千変万化の魔獣
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第七十三話(第二章最終話) それでも尚道を行く

 ボスカルの獣との戦いが終わってから数日が経過した。


 戦闘の余波でウルスの街は殆ど崩壊している。建物の瓦礫は散乱し、崩落した箇所には海水が流れ込んでいる。

 当然駅も利用できず、列車がここに来ることも無い。復興がある程度為される迄、俺達はエトロンでの停滞を余儀なくされた。


 だが、丁度良いかどうかと言えば、丁度良かった。

 ボスカルの獣との戦いを経て、俺達は多くのものを失い、多くのものを得た。

 その何れもが俺達の心を惑わせ、悩ませ、苦しめるものであった。


 だからこそその苦悩を和らげ、或いは向き合う為に小休止するのに、この停滞は丁度良かった。

 それに、二人には申し訳無いがエトロン出身の人間としてはこの状況が心苦しく、見過ごすことなどできなかった。


 色々抱えていたこともあってか、時間はあっという間に過ぎていった。


 街は市民が多少問題無く生活できる程度には復興し、列車も再び通るようになった。


「いやー私としては完全に復興するまではいて欲しいんだけどねぇー」


 駅まで見送りに来ていたイギティは微笑みつつも名残惜しそうにそう言った。

 彼女の気持ちは分からなくも無い。戦いの後の街は犯罪が発生しやすく、実際俺も何件か対処した。

 街がある程度復興した今なら以前よりは落ち着いているだろうが、それでも脅威が無くなった訳では無い。

 しかし——


「すまないが、俺達にはやるべきことがある」


 俺達の旅の目的——帝国と戦い、ポンを故郷へ送り届けること。

 彼女の瞳をじっと見つめ、そう言い放った。

 その返事に彼女は微笑んだまま肩を竦めた。


「だろうねー、まあ分かってたよ」


 残念そうな彼女だったが、しかしどこか嬉しそうにも見えた。

 そんな彼女の表情はすぐに一転し、真剣なものへと変わった。彼女もまたこちらをじっと見て、口を開く。


「ダスが活躍するのは大いに結構。けど、それで大きな怪我をしたり、死んだりしたらミーリィちゃんとポン君、あと私も悲しむんだから、無理はしないでよね」

「……善処する」


 無理しなければ倒せない敵もいるだろうし。

 それを聞くや否や彼女は大きな嘆息を零し、ミーリィの方を向いた。


「ミーリィちゃんも何か言ってやってね。多分何度も言わないと聞かないだろうから……」

「は、はい!? そ、そうですよダスさん!」


 動揺を帯びたミーリィの声が響いた。


 ——戦いが終わって以降、ずっとこの調子だ。


 イギティは一本結びの茶髪を揺らしながら視線をミーリィからポンへと向け、彼に語りかける。


「ポン君も無理しないでね。辛い時は『辛い』って、苦しい時は『苦しい』って、ちゃんと言うんだよ」

「……おう」


 彼の暗く小さな声が微かに聞き取れた。


 ——ポンも戦いが終わって以降、ずっとこの調子だ。


 そんな二人を、イギティは物憂げな表情で見た。そして彼女は視線をこちらへと移した——まるで、「二人の面倒をしっかり見てね」とでも言わんばかりに。

 俺は一度頷き、


「じゃあ、もう行く。元気でな」


 そう彼女に別れの挨拶を言った。

 それを聞いて少しの間こちらをじっと見つめ、彼女は不服そうに嘆息を零した。


「……毎度のことだけど、もっと名残惜しそうにとか、元気良くとか、そういう風に言いなさいよ……ちょっと悲しくなるわ」


 その一言に、先日ボリアでミーリィと二人で行動していた時のことを思い出す。

 ——やっぱり、感情が薄いんだろうな。


 彼女はミーリィ、そしてポンへと視線を移し。微笑んで言う。


「ミーリィちゃんとポン君も、またね。これから大変だと思うけど、頑張ってね!」

「はい! ポン君を送り届けてみせます!」

「……おう」


 二人は各々の返事をし、そしてこちらへと体ごと視線を移した。


「それじゃ、行くぞ」

「はい!」


 ——ミーリィは、ずっと元気だと装っている。


 先程のように彼女は元気そうに振舞っていながらも、どこか上の空であった。

 先日の件——ミーリィの体に宿った別の存在の話、そして暴走の話はしていない。なのに、それを自覚しているように感じられた。

 ——或いは、別の存在が体を乗っ取っていても、意識は残っているのかもしれない。


「……おう」


 ——ポンは、ボスカルの獣に殺されかけたことで恐怖を植え付けられてしまった。


 あの時の彼の姿——下半身、そして魔術師の命とも言える魔腑を失った凄惨な姿——を見た時点で、そうなるだろうと察せられた。

 その推測が、色々と話を聞いて事実だと分かった。

 死ぬことの恐怖を強く感じ、今でもまだあの時の死が迫ってくる感覚を明瞭に思い出し、帰郷の旅をすることさえも辛いとのことだ。

 今こうしている瞬間も、彼はその悪夢に苦しめられている。


 それでも、こうして再び旅に出る選択肢を取ってくれた彼を、誇らしく思う。


「じゃあな。暫くしたらまた来る」


 イギティに再び別れの言葉を告げ、俺達は駅の構内に、そして列車に足を踏み入れる。

 次なる行き先はヴァザン地方の国のリュドワール、そこが擁する大都市のクァヴァスだ。

 列車の席に着くと、出発を告げる鐘の音が鳴り響き、列車はゆっくりと動き始めた。


 ボスカルの獣との戦いを経て、俺達は多くのものを失い、多くのものを得た。

 その何れもが俺達の心を惑わせ、悩ませ、苦しめるものであった。


 その悩みや苦しみが完全に消えた——とは言い難い。俺にとってもそうだし、ミーリィとポンは特にそうだ。

 ともすれば一生続くかもしれない悩みや苦しみに、これからも耐えなければならない。


 だが、俺達はそれでも尚道を行く。行かねばならない。

 俺達には為したいこと、為すべきことがあるが故に。


 ポンを故郷に送り届け、帝国の暴虐を止める為に、例え悩み苦しみながらでも俺達は進まなければならないのだ。

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