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ゲロムスの遺児  作者: 粟沿曼珠
第二章 千変万化の魔獣
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第七十二話 死の感覚

 大地が揺れた。


 一瞬の出来事だった。


 ボスカルの獣が復活の咆哮を轟かせたのと同時に大地が揺れ、次の瞬間には戦車の装甲を突き破って襲い掛かってきた。


「がっ゛!?」


 その次の瞬間には槍と化した大地がおれの右腕と腹を貫いた。

 そしてその次の瞬間には右腕と下半身が離れていた。


 これまで感じたことの無い激痛が全身を駆け巡った。青天の霹靂のような痛みに、苦悶の絶叫が口を衝いて出た。

 槍の大地に打ち上げられ、落下していくのと同時に右腕と体の断面からは血が溢れ、内臓が零れた。


 ——痛みを消せ! 体を再生しろ! 痛みを消せ! 体を再生しろ——


 などと何度も何度も願っても、魔腑を失った魔術師が魔術を行使できる訳が無い。

 ただただ全身を巡る激痛と、体から血と内臓が零れ落ちていく感覚に耐えること、そしてあまりの痛みに空中で体をくねくねと動かして悶えることしかできなかった。


 思わず目を開いてしまうような痛みなのに、眠りに落ちるかのように意識が遠のいていく。

 ここにはミーリィもダスもいない。一緒に戦車に乗っていた人達もまた、おれと同様に槍の大地に貫かれた。


 こんな状況だからこそ、感じずにはいられなかった。


 ——嫌だ、死にたくない。


 おれのすぐ後ろにまで迫った死、それへの恐怖を。

 汗と動悸が止まらない。何かに縋りたくても、縋るものは無い。


 ——嫌だ、嫌だ、嫌、嫌、嫌、嫌、嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌——


 意識は次第に薄れ、死の刃が喉元にまで迫っている。


 ——死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない——


 死への恐怖と共に、悲痛な祈りと共に、おれは地に落ちた。






 幸運にも、おれは生きていた。


 話によれば、瀕死だったおれをミーリィとダスが発見したとのことだ。二人はおれを連れてボスカルの獣から逃げて、ウルスにある病院へと連れてきた。

 お陰でおれは、死なずに今こうして生きている。


 次の日、突然銃声が響いた。一発だけでなく、何発もの銃声が。

 それとほぼ同時に人々の悲鳴も聞こえてきた。

 ざわめきがウルスを包み、人々は街の外へと逃げていく。すぐに看護師が部屋に入り、おれもここから逃げることになった。


 ウルスから出るところで耳を劈いたのは、ボスカルの獣の咆哮だった。

 その瞬間に昨日の恐怖が脳内に蘇り、動くことすらままならなかった。

 看護師に運んで貰ってエトロンを脱し、ヴォレオスの猟獣の団員達に守られながら近くの街へ避難することになった。


 避難の最中、ついついウルスの方を何度も振り向いた。

 飛び交う激流に、戦闘の余波で崩壊していく街、そして巨大な魔獣と戦う二人の人間の姿——ミーリィとダスの姿が映った。


 ボスカルの獣は天高く飛翔し、真下の街目掛けて急降下し——その後、ボスカルの獣は姿を見せることも、咆哮を轟かせることも無かった。

 これ以上街は崩壊しなかったし、ミーリィとダスが戦っている姿も見えなかった。


 ボスカルの獣が討伐された。

 どうやって討伐したのかは分からないが、目と耳で得た事実からそうであると察せられた。


 ボスカルの獣の脅威は終わった。


 ——なんて、おれには言えなかった。


 おれにとっては、ボスカルの獣の脅威はまだ終わっていなかった。

 或いはそれは、決して終わることが無いのかもしれない。


 ——怖い。


 死ぬことが、怖い。

 戦いに行って傷付いて激しい痛みを感じるのが、全身を巡る痛みと意識が遠のく感覚に苦しむことが、そして死んで今の自分という存在が消えることが、怖い。


 唐突に、何度も、痛みが、苦しみが、死の感覚が、蘇る。


 大地が揺れた後に体が貫かれ、右腕と下半身を失った際に感じた激痛。

 その痛みと、体から血と内臓が抜け落ち、意識が遠のいていく苦しみ。

 そして、それらによって急速に迫ってくる、死。

 何度願っても痛みから解放されることも、体が再生することも無かった。

 助けを呼ぼうにも、あの場には助けてくれる人がいなかった。

 痛みと苦しみの中で、何度願ってもおれの願いが叶うことは無く、ただ死んでいくだけ。


 その悪夢のような経験が何度も蘇っては、おれの心を苦しめている。

 寝台の上に横たわっている体は起こされ、汗も呼吸も動悸も酷い。

 身も心も疲弊しきっているのに、その所為で眠ることもできない。


 ボスカルの獣の脅威が、奴によって齎された恐怖が、おれの体を、心を、完全に支配していた。


 そして、自らあの戦いに参戦したのに奴の討伐に貢献できず、死に怯えきっている自分が情けなかった。

 結局自分は非力なのだと、碌な活躍はできないのだと——ミーリィとダスを守ることはできないのだと、酷く痛感した。


 おれはこれから、再び故郷に帰る為の旅路に就く。

 その中で敵と遭遇し、死ぬかもしれない戦いに身を投じることになる。


 その時におれは、戦えるのだろうか?

 死ぬことに恐怖していないのだろうか?

 ミーリィとダスを守れるのだろうか?


 ——そんな訳、無いだろう。


 今のおれには、その旅路に就くことさえ怖かった。

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