第六十三話 闇夜を征く流星のように
多数の魔獣をヴォレオスの猟獣の団員が対処しているうちに、ポンの魔術でボスカルの獣の猛攻を掻い潜り、ミーリィの魔術で不意を突き、そこで生じた隙に討伐する。
先程討伐した魔獣には通用しただけでボスカルの獣本体にも通用するとは限らない、他の仲間達を犠牲にするも同然の作戦——等々、問題もある。
だが、俺達が今やらなければこちらが敗北する。そうなってしまえばエトロン、ひいてはブライグシャ地方が滅び、ボスカルの獣が帝国の手に渡りかねない。
だからこそ、今やらなければならない。例え成功するか分からず、そして多大な犠牲を払うことになろうとも。
希望が微かにしか見えない、暗い闇夜のような戦いを仕掛けなければならない。
「皆、準備はいいか?」
俺の問い掛けに、この戦車に乗っている全員が頷いて応える。真剣な表情で、社内を包むのは緊張の空気。
誰しもがこの一回に賭けている。
「ポン、行くぞ」
そう言って彼に手を差し伸べる。
彼は俺の手をじっと眺め——そして力強く握った。
握ったまま昇降口を上り、体を覗かせる。視界に映ったのは多数の魔獣と戦い続ける団員達と、遠方のボスカルの獣の姿。
あの魔獣はこちらの戦意を喪失させるかのように、尚も砲撃を放ち続けている。
だが、その程度でこちらの戦意が折れることは無い。列車の如き獣を睨み——
「——始めるぞ」
その一言と共に、眼前の空間の歪みが消えた。
そして同時に、戦車が魔獣へと向かって動きだした。仲間も無しに強大な獣に挑む、その様はさながら自殺行為のようで——
「砲撃が来る!」
だからこそ、奴はこちらに砲口を向けたのだろう。ポンの叫びの直後、砲撃音が轟いた。再び黒い肉塊がこちらへと飛来してくる。
勿論、これは想定の範囲内だ。これだけでなく、恐らく魔獣が地中から襲撃してくる。
「ポン、障壁を張れ。俺達の真下にもな」
「おう!」
そう言ってポンは頷き、すぐに周囲の空間が僅かに歪んだ。
障壁越しに飛来する肉塊を見据え——
左右両側から響いた爆発音のような轟音が耳を劈いた。
巻き上がる土と煙、そして巨大な獣の影——大地から現れたのは、果たして魔獣であった。
大口を開け、己が体を武器のように変えて迫り来る魔獣の群れ。その威容に、しかし一瞥も与えず——
「がぁっっっ!?」
奴等は障壁に触れることもできずに爆散した。
後方の仲間の砲撃、それが魔獣に命中したのだ。
障壁に付着した血肉は進行する勢いに剥がされ、俺達は魔獣目掛けて突き進んでいく。
「ポン、真下の障壁はそのまま残して、それ以外は消してくれ」
死角となる真下は常に警戒し、目に映る範囲は都度対処する——可能な限り魔粒の消費量を減らす為に。
その言葉の直後に障壁の展開が解かれた。空間の歪みが消え、ボスカルの獣の姿が明瞭に映る。
獣は再び蠢き始め、背中にそそり立つ塔は溶けるように消えていく。
更に大蛇の如き巨躯が丸まって巨大な黒い肉塊となり、それが体、脚へと変わっていき——
「……ようやく、獣らしい姿になったか」
四足の獣に成り果てた。赤く爛然と輝く瞳がこちらを捉え、魔獣は猛然と迫り来る。
「ここからどうするんだ!?」
戦車の中から操縦士の叫びが聞こえてきた。
「進め! ポンが守ってくれる!」
そう叫んで巨槍を強く握り、眼前に迫り来る魔獣を睨む。
瞬く間にその体が大きく映る。巨躯は目前、跳躍する瞬間を見計らい——
——激流よ、俺を打ち出せ。
その願いの直後、俺の体は中空に打ち出された。
そんな俺の真横には、こちらを目で捉える魔獣の頭があった。狙っていた瞬間だからか、不思議と時間の流れがゆっくりと感じられ——
——激流よ、魔粒を放出しながら奴を斬れ。
構えた巨槍の穂から激流の刃が生じ、そして再び激流を願って己が体を打ち出し、魔獣の巨躯を一瞬にして横に切断した。
猛然と迫ってきた勢いのまま、切断された魔獣の体の上部は吹き飛んでいき——
「——流石に死なないか」
身を翻すと、魔獣の巨躯が再び蠢いているのが映った。
飛んでいった上部は巨大な鳥の姿となって下部へと急降下し、獣はその二つがそのまま合体したかのような姿を取る。
——死ななかったが、これで死ぬとは思っていない。
焦るには早すぎる。緊張感に僅かに苦しくなる胸を無視し、魔獣へと視線を送る。
通り過ぎていった魔獣はこちらへと向き直り、再び猛然と迫ってくる。
激流で自身を打ち出して戦車へと戻り、
「もう一度、あの魔獣に突っ込んでくれ!」
そう叫んだ。
戦車内部から絶叫が響き、戦車もまた魔獣目掛けて猛然と草原を走っていく。
再び眼前まで迫ったところで——激流によって跳躍する。
今度は魔獣より少し高い位置に飛び——
「——ッ!」
たった一瞬だけで、その巨躯の側面を埋め尽くすような夥しい数の銃口が見えた。
激流の刃を願った瞬間とほぼ同時に、銃口から無数の弾丸が放たれた。
「ぐっ……!」
咄嗟に右腕と頭を守るように巨槍を構え——
弾丸の雨が降り注ぐ。砲弾より少し小さい程度の大きさであるそれは、それでも人を殺すには充分だった。
守られていない部分に弾丸は直撃、体に穴が開くだけで無く、腕や脚は千切れ、そしてその衝撃に吹き飛ばされる。
——痛みを消せッ……!
その願いの直後に痛みは消え、通り過ぎていった魔獣目掛けて激流を願って体を再び打ち出す。穂から溢れ出す激流が、打ち出された勢いでさながら流星のように伸びた。
奴がこちらを向いた瞬間と、こちらが奴の眼前にまで迫った瞬間はほぼ同時であった。
——激流よ、魔粒を放出し、回りて奴を切り刻め。
構えた巨槍から生じた激流、その猛烈な流れの向きが変わり、その勢いに体が持っていかれる。
魔獣に襲い掛かるかのように動いた巨槍は、その勢いのまま俺ごと回転し——魔獣の頭に穂が当たる。
次の瞬間には魔獣の頭は真っ二つになり、しかし斬撃はまだ止まらない。
回転する俺と巨槍は魔獣の体内へと侵入、徹底的に切り刻む為に縦横無尽に動き回り——
「——はァッ!」
鮮血を纏って魔獣の体内から抜け出した。
咄嗟に激流で自身を戦車目掛けて打ち出し、その昇降口を掴む。
「うわっ!?」
体の大部分を失ったからか、その瞬間にポンの悲鳴が響いた。
すぐさま体と服を再生させ、昇降口に体を入れる。
先程切り刻んだ魔獣に視線を移すと、切り刻まれた肉は幾つもの肉塊となり、蠢きつつ大地へと落ちていった。
やはりまだ、奴は死なない。
——これでいい。今重要なのは、奴の体内に魔粒を流し込むこと。
「ポン、ミーリィ」
「ん」
「はい!」
そう名前を呼ぶと横から、そして真下から二人の声が聞こえてきた。
「ここからが正念場だ。いけるな?」
奴を討伐する為の準備はした。後は隙を作り、そしてその首を落とすだけ。
エトロンを、ブライグシャ地方を守る為、そして帝国の非道を止める為の、命懸けの正念場。
俺の問い掛けに——
「勿論!」
「はいっ!」
二人の快活な返事が返ってきた。その言葉に思わず笑みが零れ——
「よし、行くぞ!」
決戦の始まりを声高に告げた。




