第六十二話 大地からの奇襲
殻を突き破るかのように、大地を穿ってその姿を現す魔獣の群れ。今やその姿は肉塊では無く、獣の形を取っている。
——どう足掻いても障壁を破ることができない——ならば、障壁を潜ればいい、という訳か……!
「糞ッ……!」
続々と現れる魔獣は地表諸共戦車を打ち上げ、それに一瞥もくれずに別の戦車へと襲い掛かっていく。
その中に一体、こちらへと迫り来る魔獣の姿があった。上半身が異様に発達した、人の如き魔獣。
巨槍を握りしめ、昇降口から魔獣目掛けて跳躍する。それに呼応するかのように、魔獣もまた跳躍し——
——激流よ、奴を切り刻め。
激流の斬撃を願い、巨槍を振り上げて放つ。
砲撃の如き勢いで飛んでいった波は魔獣の頭部に直撃——大剣の如き斬撃は爆発したかのように無数の斬撃となり、魔獣の頭を徹底的に切り刻む。
頭を失った首から血飛沫をどばどばと吹き出しながら魔獣は落ちていき——
「があぁっっっ!!!」
落下しながら頭を再生させ、その剛腕を以て着地した。
——正面からだと再生されるか。
明らかに普通の魔獣とは格が違うということを、改めて痛感した。普通の魔獣なら倒せたのに、この魔獣は頭部を破壊される前に再生の魔術——或いは変化の魔術を使い、死を免れた。
やはり正面突破はほぼ不可能であろう。ならば、まずやるべきはどう不意を突くかを探ることだ。
着地して魔獣へと向き直り——
『総員ッ! 次の魔獣が来るぞッ!』
「ッ!?」
脳内に響いたのは、新たな魔獣の襲来を告げる叫び。
咄嗟にボスカルの獣の方を向くと、確かに幾つもの肉塊が飛来するのが見えた。眼前の魔獣達がそうであったように、その肉塊もまた周囲の大地へ落ちていく。
——物量でこちらを全滅させるつもりか……?
激流を生み出して自らを打ち出し、ポン達の乗っている戦車へと向かう。その昇降口が眼前に迫り——
「ポンッ! 地面にも障壁を張れッ! ミーリィ、来いッ!」
昇降口を掴むと同時に叫んだ。
「ああッ!」
「はいっ!」
彼の叫びが聞こえ、ミーリィが昇降口から姿を現した。
伸ばされた彼女の手をぐっと掴んで引き上げ、再び激流を願って俺達を魔獣の方へと吹き飛ばす。
「ボスカルの獣をどう倒すか——あいつで一度試したい!」
「はいっ! どうすればいいですかっ!?」
どうすればいいか、か——取り敢えずは——
「俺が水を出す! それを凍らせるだけでいい!」
「分かりましたっ!」
魔獣の姿はすぐ目の前、こちらを認めると猛然と迫ってきた。
魔術で膂力を強化し、ミーリィを魔獣の反対側へとぶん投げる。悲鳴のような叫びを上げながら飛んで彼女を見届け——
——水よ、大地に満ちろ。
そう願って着地する。
すると大地に水が生じ、さながら広大な水溜まりのような様相を呈する。
その変化を意に介さず、剛腕の魔獣は猛然とこちらへと迫ってくる。奴は跳躍して剛腕を掲げ、落下すると同時に振り下ろされ——
その一撃を、水の上を滑るように躱す。
頭の中で水の流れを想像することで操作し、魔獣の死角へと回り込む。魔獣はすぐさまこちらを向き——
「ミーリィ、今だッ!」
「はいっ!」
彼女の返事と同時に、寒波が襲い掛かってきた。再び迫り来る魔獣を睨み、ぎりぎりまで引き寄せ——跳躍。
——水よ、柱となれ。
そう願うと大地を覆った水から激流の柱がそそり立って魔獣を呑み込んだ。さらに寒波も魔獣を呑み込み——
「がっっっ!?」
その体が氷に包まれ、魔獣は動揺の咆哮を響かせた。
——今だッ!
その隙を逃さず、無数の激流の斬撃を願って魔獣の頭部へと飛ばす。
刃は魔獣を氷の柱諸共斬り落とし、氷漬けの頭部は血を撒き散らして大地へと落ちていった。
魔獣の動きは——
「…………止まった、か……?」
氷漬けなのもあってかぴくりとも動かない。同時に頭も生えてこない。断面からただただ血をだらだらと流しているのみ。
念の為激流の斬撃を二発、三発と飛ばして氷漬けの体を切断し——しかしやはり、その切断された体が透明と赤の飛沫を上げて大地へと落ちただけだった。
こちらの目論見通り、魔獣の体が再生されることは無かった。
——冷気の魔術で動きを止めつつ動揺させ、魔術を行使できないその隙を突いてボスカルの獣を討伐する、という流れになるか。
水の魔術は意に介さなかったのに、氷漬けになった瞬間に動揺したとなれば、未知の魔術に驚いたと見て良いだろう。
問題は——
「やりましたねダスさんっ!」
魔獣討伐の糸口を見出せたからか、ミーリィが黒の長髪を揺らしながら嬉々として駆け寄って来た。
「これでボスカルの獣本体も倒せそうですね!」
「ああ、だが——奴の対処だけじゃない。ここにいる皆をどうするかだ」
俺とミーリィは勿論のこと、できればポンも連れていきたい。だがそうすれば奴が飛ばした魔獣に向ける戦力が減るし、何よりポンの障壁で部隊を守るのが難しくなる。
しかし本体をどうにかしなければ、奴の物量に押されて俺達の魔粒や弾が底をつき、最終的に負ける。
「……このまま部隊と一緒に戦うか、ミーリィとポンを連れて本体を討伐しに行くか。どちらを取るべきか——」
「オレなら後者を取るな」
その言葉に体がぴくりと微かに揺れる。声の主は、同じ戦車に乗っていた男だ。
こちらの様子を見に来たのだろう、戦車から出た彼はこちらへと歩いてきていた。
「このまま戦い続けてもこっちが押されるだけ——だったら、多少の犠牲を払ってでもオレは奴を殴りに行くな。それに——」
こちらを勇気付けるように、己が矜持を誇示するかのように、男はにこりと笑って言葉を紡ぐ。
「オレ達はヴォレオスの猟獣だ。ボスカルの獣本体と比べたら、あの程度の魔獣は何てこと無い」
彼のその言葉を聞いても尚、躊躇いは消えない。が——
——俺達が本体をどうにかしなければ、勝ち目は無いだろう。
今俺達が討伐しに行かなければ、負ける。だったら今行くしかない——例え犠牲を払ったとしても。
それが合理的だと、理解はしている。
目を閉じて大きく息を吸い——
「——分かった。ここは皆に任せる」
きつく締まる胸を堪え、内なる思いを殺し、彼にそう告げた。
彼はその言葉を聞いても尚——その選択が当然であるかのように——微笑み続けていた。




