第六十一話 草原に咆哮は轟く
水の魔術で徹底的に切り刻んだ上で、その肉片を砲撃によって跡形も無く消す。
正直これで終わって欲しいところだが……相手が相手だ。これで終わるとは思えない。
集中砲火を浴びる肉片がどうなっているのか、遠い上に爆発でその様子が全く見えない。だが、先程竜巻で切り刻んだ肉片が動き出したと考えれば——
「——やはり、か」
遠方で何か大きな影が蠢くのが見えた。
ボスカルの獣は、まだ死んでいない。その巨躯を蠢かせ、こちらへと迫り来る。
『——ッ!? 総員ッ! 魔獣に備えろォッ!』
動揺を隠しきれない声が脳内に響き、準備をしていたとはいえ他の団員達もその叫びにざわめきだす。
しかしその一方で——
「急げ! いつでも撃てるよう備えろ!」
「オレ達はどこで待機していればいい!?」
「こっちはいつでもいけるぜ!」
彼らは弱音を一切吐くことは無かった。流石は魔獣討伐の専門家——と言ったところか。
だが、だからといって問題が無い訳では無い。
——どうすれば、ボスカルの獣を討伐することができるのか。
体全体が魔腑となる魔獣の討伐の定石は、脳を破壊すること。それを狙うという点は他の魔獣と同じであろう。
しかしただ破壊するだけでは駄目だ。
推測だが、あの魔獣は脳が破壊される直前に変化の魔術で肉片に姿を変えるよう指示を出していると思われる。
だとすれば、奴にその魔術を行使させる隙を与えずに脳を破壊しなければならない。
重要なのは、どうやってその瞬間を生み出すかだ。奴の意識を別の何かに向けさせる方法は——
「ポン君! ダスさん! 乗って下さい!」
と、あれやこれやと考えていると昇降口から体を出したミーリィが呼び掛けてきた。
その声を受けて緑の大地に座っていたポンが立ち上がり、彼と共に戦車を上って中に入る。
「いやぁダスさんもポン君も急に二人だけで行っちゃうから不安でしたよ……お陰様で助かりましたけど」
戦車の中に入ると、胸を撫で下ろしたミーリィがそう言ってきた。
——そうだ、ミーリィがいる。
思えば、彼女はこの戦いでまだ冷気の魔術を行使していない。それを上手く利用すれば、或いは魔術の行使をさせずに脳を破壊できるかもしれない。
「なあ、ミーリィ」
「何でしょう?」
その呼びかけに、彼女はきょとんとした表情を見せた。
「ボスカルの獣の脳を破壊する必要があるんだが、お前の力が必要になると思う。頼めるか?」
この問い掛けに彼女は——
「勿論です!」
と、二つ返事で承諾した。
「今のところまだ活躍できていませんからね! ポン君を守りつつ、やってみせましょう!」
「ああ、助かる」
そうやっていつも困難に立ち向かっていくミーリィ。毎度のことだが、彼女の存在がとても心強い。
「ポンにも何か手伝って貰うことになるかもしれないが、いいか?」
そう言ってポンを見遣ると、彼は黙ったまま頷いた。彼の存在も、ミーリィと同様に心強い。
「ところで、具体的に何をすれば?」
……当然の質問ではあるが、彼女に痛いところを突かれてしまった。先程思いついた作戦なので、まだそこまで考え付いていない。
「正直なところ、まだそこまで考え付いていない。先程思いついた作戦で——」
「ごがああああぁぁぁぁ————————っっっ!!!」
ボスカルの獣の雷鳴の如き咆哮が、戦車の装甲越しに俺達の耳を劈いた。
その咆哮が示すのは——ボスカルの獣の復活であろう。やはりそう簡単には死なないのだと、苛立ちに胸が苦しくなる。
昇降口を上って戦車から体を出し、遠方の魔獣を睨む。
大蛇の如き魔獣は体を蠢動させながら猛然とこちらへと迫っている。背中には背鰭のようなものが生じ、次第に幾つもの塔へと形を変え——
「——列車砲、か」
数回しか見たことが無いが、その威容から強く記憶に残っている列車砲。大蛇の姿と背中に生じた巨大な大砲は、それを想起させた。
その砲口は、当然こちらに向けられている。
「ポン、障壁を出せ! ここにいる全員包める奴だ! 砲撃が来る!」
「おうッ!」
そう叫ぶと、すぐに俺達を包み込むように空間が歪んだ。
砲撃を防ぐ障壁を出し、魔獣を迎え撃つ準備は整った。
——来い。
手に取った巨槍を強く握り、遠方の魔獣を鋭く睨み——
魔獣の大砲が咆哮を轟かせた。
それと同時に砲弾の肉塊がこちらに猛然と飛来し——
「——ッ!?」
その全てが、障壁に掠りもしなかった。
ある肉塊は障壁の遥か前方で落ち、ある肉塊は俺達の左右の大地を穿ち、またある肉塊は障壁の真上を通過して飛んで行った。
「どういうことだ……!?」
走る列車や戦車にさえ砲撃を外さなかった魔獣が、止まっている格好の的への砲撃を外すなど考えられない。
——だとすれば、ただ外したのではなく、敢えて外した……?
最も近い肉塊——丁度右側にある穿たれた大地を咄嗟に見遣る。土煙は徐々に消えていき——
無い。
あるはずの肉塊が、無い。
背筋にぞわりと悪寒が走る。口は自然と開き——
「通信ッ! 全員に伝えろ——下に気を付けろとッ!」
動揺を帯びた咆哮が口を衝いて出た。
『総員! ダス・ルーゲウスより——下に気を付けろ!』
同じく動揺の声音を帯びた言葉が、俺の言った通りに脳内に響いてきた。障壁の内側は困惑のどよめきに包まれ、戦車の外で待機している誰しもが緑の大地をじっと眺める。
大地を穿ったはずの巨大な肉塊が無い。そしてその肉塊が魔獣の姿となるのなら、その魔獣があらゆるものに姿を変えられる千変万化の魔獣であるのなら、当然——
「ごがああああぁぁぁぁ————————っっっ!!!」
出てくるのは、大地の中からだ。




