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ゲロムスの遺児  作者: 粟沿曼珠
第二章 千変万化の魔獣
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第六十話 激流に乗りて獣を討て

 激流によって障壁の穴から押し出され——その瞬間に、無数の肉の銃撃を浴びる。

 障壁の魔術が弾いている——とはいえ、猛然と襲い掛かってくる銃弾に、ぐぢゃびちゃと音を立てる肉に戦慄が走る。


 障壁に包まれたおれ達は激流に押し流され、空中をぐるぐると回っている。

 しかしボスカルの獣はまるでこちらを意に介していないかのように——或いはこちら諸共——斉射を続ける。


 ——これじゃ埒が明かない……!


 焦りは徐々に強まっていった。このままでは魔粒が枯渇して魔術を行使できなくなる。

 行使できなくなれば——


「うわっ!?」


 と、こちらの焦りが吹き飛んでしまうような衝撃が加わった。

 気付けば眼前には黒い肉の壁が無く、青空とその下に広がる緑の大地が見えた。


「ポンッ! 障壁を解けッ!」


 耳を劈いたのは、攻撃を告げる咆哮。

 巨槍を構えるダスの姿が目に入り、咄嗟に願う。


 ——障壁よ消えろ——


 その直後、眼下で爆発の如き何かが起こった。

 水の柱が天に伸び、すぐさま捩じれながら太くなっていき、さながら竜巻の如き激流は獣を呑み込んだ。


 神の奇跡の如き一撃を呆然と眺め——


「——てる場合じゃねぇッ!」


 段々縮まる竜巻との距離、このままでは呑み込まれ——


「っおぉっ!?」


 服を掴まれ引っ張られ、風を切る勢いに体が靡く。

 掴んできたのは、勿論ダスであった。激流に乗って流星のように飛んでいき、すぐ側にあったあ竜巻から一気に離れていく。


 よく見てみると、激流の竜巻が赤い液体と物体——間違い無く魔獣の血肉——を撒き散らしている。

 ダスの水の魔術による斬撃、それを竜巻の形にしているのだろう。『ファレオの魔獣』と呼ばれているとのことだが、流石の実力だと思わず感心してしまう。

 ……と同時に、その内側の凄惨な有様を想像すると気持ち悪くなってくる。


 少しして竜巻が消え、辺りに撒き散らされた夥しい肉片と無傷の戦車が視界に映った。


 ……やったのか……?


 壁の如き魔獣の姿は最早無く、あるのはかつて魔獣だった肉片のみ。

 肉片はぴくりとも動かず、静謐に胸を撫で下ろす。


 ——障壁よ消え——


「まだ障壁を消すなよ」

「え」


 さらっと言ってきたダスの言葉。そのちょっとした一言が酷く重く感じた。頭の中の願いは一瞬にして断ち切られ、視線が肉片に吸い寄せられる。

 激流に乗るダスに掴まれ、どんどん離れる肉片。しかしダスの言葉とは裏腹に肉片は生きている様子を見せず——


「——いや、嘘だろ……?」


 否。肉片は動いていた。

 蠢き、結びつき、塊となり——その獣の形と成る過程でこそ気付くことができた。

 撒き散らされた肉片は続々と集まって大蛇のような形となり——


「——ッ! ダス、来るッ!」


 巨大な黒い肉塊が這いずってこちらへと迫ってきた。

 こちらへと距離を詰める最中、尚も魔獣の肉片は肉塊へと集っていき——


「ごがああああぁぁぁぁ————————っっっ!!!」


 大剣へと変じた魔獣が、その刃を天高く掲げた。

 その威容は、障壁という絶対的な守りがあっても尚恐怖を覚えずにはいられない。


「——障壁よっ!」


 悲鳴じみた叫びが口を衝いて出たのと、右腕が自然と魔獣に向けられたのは同時であった。


「おれ達を——」

「待てッ!」


 耳を劈いたダスの叫びに再び願いが止まる。

 おれの視線は自然にダスへと向けられた。


「はぁっ!? 障壁で守らなきゃ——」


 そこで気付いた。ダスが後目に魔獣を睨んでいると。巨槍もぐっと強く握られていて、まるで今から魔獣と刃を交えに行くようで——


「え、ダスあれとやりあうつもりっ!?」


 動揺混じりの叫びの問い掛けに、しかしダスは答えなかった。

 しかし、その目とその巨槍だけで答えとしては充分だった。


「うわっ!?」


 ダスの乗っていた激流が消え、途端にダスはその身を翻し、同時におれの体もぐいっと動いた。

 彼の体はボスカルの獣を向いており、やはり魔獣と刃を交えるのだろう。

 その行為は、死にに行くも同然だ。だが——


「——ぁあ分かったよッ! ヤバくなったら障壁出すからなッ!」


 危険だと分かってはいるが、おれもミーリィもダスを信じてここまで来たのだ。実際——討伐できなかったとはいえ——先程の状況を脱却したのは彼のお陰だ。

 そして、おれが今ここにいるのはダスを守る為で、ひいてはボスカルの獣を討伐する為だ。

 だったら、恐ろしくても彼を信じ、彼を補佐するだけだ。


 ダスの腕をぎゅっと握り、魔獣を睨み——


「——行くぞッ!」


 激流がダスを吹き飛ばし、釣られておれも吹き飛ばされた。

 猛然と魔獣へと迫り、思わず目を閉じたくなってしまうが、その思いを何とか堪えて再び魔獣を睨む。

 確実に家数件分に、或いは巨大な礼拝堂にさえ匹敵する巨躯。それから生み出された、さながら塔の如き大剣の切っ先がこちらへと迫り——


「しっかり掴まってろッ!」


 そう叫ぶとダスは魔獣と同様に巨槍を掲げ——


「ぁぁああああぁぁ————————っ!?」


 おれ諸共猛烈な勢いで回転し始めた。視界に映る世界は覚束無く、ただただ悲鳴を上げることしかできない。

 そして何より吐きそう。

 しかしそんな中でも魔獣の黒い影ははっきりと認識でき——


 直後、金属の削られるような音が響いた。すぐさま視界は暗い赤に染まり、血の雨が降り注いでくる。

 またすぐに視界が明るく鮮やかになり、それと同時に回転が止まった。吐き気を堪えつつ後方を見遣る。


「——ッ!?」


 血の雨で察してはいたが、ボスカルの獣を貫通した——と言うよりは回転して切り裂いたようだ。

 その巨躯は血と内臓を撒き散らしながら大地へと落ちていき——


 その真っ二つになった体から無数の激流の柱が、その巨躯を貫通するように生じた。

 柱は乱舞するかのように動き始め——その巨大だった体を細かく刻んでいく。そうしてできた肉片は重力に従って落ちていく。


「す、凄ぇ……」


 ただ真っ二つに斬るだけでなく、あの瞬間に魔獣の内部に魔粒を放出し、時間差で魔術を行使する。

 魔術師でも魔術をそう上手く使える人は、そうそういない。


 あの肉片同様落下しているおれとダス。彼は再び激流を生み出してそれに乗り、停車している戦車の車列へと向かっていく。

 おれ達の乗っていた戦車の側へと着地すると同時に、昇降口から体を出した通信の魔術の団員が声を掛けてきた。


「おい! あれを討伐したのか!?」


 喜色に満ちた顔、その声もまた嬉しそうで——


「戦いの準備をしろ」


 無情に告げられたダスの言葉。

 彼だけで無く彼と同じ気分だったおれも、まるで思いきり殴られたかのような、喜びの気分が軽く消し飛ぶ衝撃を受けた。


「あと、あの魔獣に砲撃してくれ。奴の生存の可能性をできる限り潰したい」


 にべもなく指示するダスに、彼の笑顔は見る見るうちに消えていき——


『総員ッ! 戦いの準備だッ! まだ終わってないッ! 砲手は魔獣に砲撃ッ!』


 通信の魔術による叫び、苛立ち混じりの咆哮が脳内に響いた。直後にヴォレオスの猟獣の団員達はきびきびと動き始め、戦闘の準備に取り掛かり始めた。

 緑の大地に落ちた肉片への砲撃も始まり、続々と戦車が砲撃の咆哮を轟かせる。

 遠方で着弾した砲弾は大きな爆発を生み、まるで大地を消し炭に変えているようであった。


「……爆発する砲弾……どこで手に入れやがった……」


 と、ダスが何か独り言ちた。


「どうかした?」

「いや、こっちの話。それより、ポンも準備をして——と言うよりは休憩しておけ。さっきので疲れただろ」

「……なぁ、まだ終わらないの?」


 その問い掛けが口を衝いて出た。

 ダスのあの攻撃を以てしても死なない、ということがおれには信じられなかった——いや、信じたくなかった。


 そうだとしたら、おれ達が本当に討伐できるのか不安になってしまう。


「……俺も、さっきので討伐できていて欲しいと思っている」


 遠回しな肯定に、思わず嘆息が零れ落ちた。


「まじか……」

「昔からこの手の魔獣は簡単に死なない。だが、それでもやるしかない——エトロンの為にも、そして、お前の故郷と魔術師の為にも」


 ——そうだ。

 この戦いは帝国が原因だ。勿論エトロンを守る為でもあるが、それと同じくらいに帝国の暴挙を止めたいという思いもある。


 そして、それができるのは今やおれ達しかいない。


 ダスの言葉を聞いて落胆が消し飛んだ。緊張はするが、いつまでも落ち込んでいたり怖がったりしている場合じゃ無い。


 ——例え強大な敵でも、おれ達が倒すんだ……!

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