第五十九話 千変万化の魔獣
ボスカルの獣——通常の戦車、そして並の魔獣の数倍に及ぶ巨躯を誇る戦車の魔獣。
眼前に躍り出てきた獣は、その砲口の全てをこちらに向けていた。
——ヤバいッ!
「ポンッ!!!」
死の気配と同時にダスの叫びが耳を劈いた。そして反射的に願う。
——障壁よ砲撃を防げ——
願いと同時に、魔獣の大砲が咆哮を轟かせた。
ぐぢゃびぢゃと音を響かせて肉の砲弾が障壁に直撃し、破裂したかのように弾けた血肉を撒き散らす。
——ギリギリ……!
放たれた砲弾をすんでのところで障壁が防いでくれた。少しでも遅れていたら、確実に死んでいた。
……こんなにも、死が近いのか。その思いと共に冷や汗が垂れた。
魔獣はこちらに接近した勢いそのままにおれ達の横に進んでいった。
戦車の車列と魔獣——両者が相対する形となった。
「うわっ!?」
どぉん、という砲撃音と共に全ての戦車から砲撃が放たれた。その反動で戦車ががくっと動き、おれの体もつられて揺れた。
魔獣を逃すまいと砲弾が一斉に飛んで行き——
「——ッ!?」
ボスカルの獣の巨躯が、大地に溶けていくかのように消えた。その巨躯があった空間を砲弾は通り過ぎ——
大口を開け、無数の牙を光らせた獣が大地から現れた。先程とは打って変わって大蛇のような姿を取り——
車列の後方の戦車を一気に呑み込んだ。
……一瞬で……
眼前に繰り広げられた、たった一瞬の悲惨な光景。戦慄に身を震わせるには充分だった。
しかし後悔などを感じる余裕など無く、無情にも戦いは続いていく。
車列が回転し、おれ達の乗る戦車を先頭にボスカルの獣と相対する——障壁の魔術に用いる魔粒を節約する為に。
大蛇の姿と化した獣を睨む——攻撃の準備の為か、奴は這いずってこちらから距離を取っていた。
そして先程と同様に大口を開けて跳躍し——
その頭が大橋の如き長大な砲身へと変じた。
「ポン防げッ!!!」
「ああッ!」
砲口をこちらに向けたまま迫ってくる魔獣に右腕を突き出し——
——障壁よおれ達を守れ!
空間が歪むと同時に、砲口が戦車のすぐ先にまで迫り——
大蛇が咆哮を轟かせた。
放たれた砲弾は再び障壁に阻まれ——
——白!?
放たれた砲弾は先程の黒い肉塊とは異なり、白い物体であった。しかも衝突した際の音も違っていて、まるで硬いものが割れたかのような音が響いた。
——さっきのが肉なら、これは骨……!?
心に生じたのは違和感だった。肉塊の砲弾の次は、骨の砲弾——そこに何らかの意図があると感じられた。
「ポン、奴を注視しろ」
ダスの言葉を受け、ボスカルの獣の巨躯を追う。
おれ達の真上を跳躍した獣は再び溶けるように姿を消した。瞬時に地面に視線を移し——
——いた!
大地を這う液体のような黒い肉塊、線を描くかのようにそれが後ろからこちらへと伸びてきて——
「ポン! 全部包むように障壁を展開しろ!」
「え!? お、おうっ!」
唐突に叫んできたダスに、理由はよく分からないが思わず言われた通り願う。
——障壁よ、おれ達を包め!
おれ達を包むように時空が歪み——
それと同時に、大地から壁がそそり立った。動き続けていた戦車も、これには止まらざるを得なかった。
肉の壁は更にその身を蠢動させ、無数の小さな砲塔——と言っても恐らくこの戦車と同じくらいかそれ以上だが——を生み出す。
背筋にぞわりと悪寒が走った。
この魔獣、障壁を突破する方法を探っているんじゃないか。或いは、魔粒の枯渇を狙っている……?
その姿を自在に変え、こちらを殺しに来ているとでもいうのか?
——流石は、千変万化の魔獣……!
斉射が始まった。砲塔が咆哮を轟かせ、障壁にぐぢゃびぢゃと肉塊が当たっては弾ける。
数だけ見ればこちらの方が圧倒的なのに、単体でその物量を凌ぎ、肉塊の雨が降り注ぎ続ける。
「ダス! どう突破するべき!?」
「…………」
そう問い掛けると彼は黙って考え——
「……一瞬だけ、障壁のどこかに穴を開けられるか?」
「え、穴?」
あの集中砲火の中、ダス一人で対処するとでも——
「俺がどうにかしてみせる——と言っても、流石に倒せはしないだろうが」
その通りだった。しかし——
「それだいぶ無茶じゃないの!?」
ミーリィ達からは無理するなと心配されているし、ダスがやられてしまう可能性が高い。
そしてこの作戦でダスは、戦車以上の活躍をするであろう重要な存在だ。彼の死はほぼ作戦が失敗したと言っても過言では無い。
そんな彼を単身突っ込ませるのは、得策で無いように思える。
「まあ無茶だろうな——だが、ずっとこのままじゃ全滅は免れない」
彼のその発言を否定する言葉が出てこなかった。
確かにこのままでいたらおれの魔粒が枯渇し、おれ達が集中砲火を浴びる羽目になる。だけど——
……いや、ダスを信じる他に道は無い、か。
「……分かった、だけど——」
おれの言葉に彼は首を傾げる。そんな彼の目をじっと見て、高鳴る心臓の鼓動を堪え、言葉を紡ぎ続ける。
——障壁の外に出てダスの身が危険なら——
「おれも行く」
この言葉に、彼は大きく目を見開いた。彼もまたおれの目をじっと見て、何かを考えるような素振りを見せる。
「……この障壁、維持できるか?」
「……ッ! できる!」
その問いは、連れてってくれることを意味しているのだろう。
おれの返事に彼はにこりと微笑み、戦車の上に立っておれの手を掴んできた。そして昇降口の中を覗き——
「ミーリィ、ポンを少し借りるぞ」
そう彼女に投げ掛けた。
「はい、借り——借りる!? 何するんですかダスさん!?」
「この状況を切り抜ける。安心しろ、ポンがいれば絶対に帰ってこれる」
「で、ですけど……!」
そう言って彼女は「うぅ~……」と唸り、俯いた。
「……分かりましたっ! 分かりましたよっ! ……無理しないでって言ったのに……」
おれを抱えていた彼女の手が離れ、おれはダスに持ち上げられて戦車の上に立った。
「絶対、絶対ですよ! 帰ってきて下さいね!」
彼女の不満げな怒声が響き、おれとダスは昇降口の中を見遣った。
ぷりぷりとした彼女に彼は微笑を零し、「ああ」とだけ言って——
「よっと」
巨槍を握りながらおれを軽々と抱き上げた。
「あ、ずるい!」
「状況考えろ……」
彼女の発言に思わず嘆息を零し、ダスに抱えられて戦車から降りた。そのまま障壁の側まで連れていかれ、そこで立ち止まる。
——やるか……
最も死に近いであろう場所に飛び込むのだ、酷い緊張に戦慄を覚えない訳が無い。
だけど絶対に、ダスを守る為にもおれが手伝うべき状況だ。
「ダス、行けるか?」
彼に一瞥もくれず、集中砲火を続ける肉の壁を睨みながら問い掛けた。
「ああ。飛び出したのと同時に、俺達を守る障壁を展開してくれ」
と彼が返事したのを聞き、目を閉じて情景を想像する。
——目の前の障壁、その一ヶ所に一瞬だけ、おれとダスが通れるような穴を。
「——開くぞ!」
その叫びと同時に、大の大人が通れる穴が開かれ——
——障壁よ、おれ達を守れ!
その願いと同時に、おれ達はダスの激流に打ち出された。




