第五十七話 戦車の中の一時
ウルスを出て、ボスカルの獣の縄張りに侵入する。縄張りを示す鳥達のけたたましい鳴き声は、対魔獣戦車の中でも煩く感じられた。
——まずはここを突破する、か。
ボスカルの獣を討伐する上で最初に直面する大きな壁——縄張りの突破。
飛来する無数の魔獣を対処しつつボスカルの獣に接近するという難題であり、事実これまでは突破することができなかった。
帝国とボスカルの獣を交戦させ、ポンの魔術を駆使する——これで突破できるかどうか。
『今のところ、ボスカルの獣は問題無く交戦中っすね。そっち方面の鳥もまだ鳴いてないっす』
通信の魔術で飛んできた斥候の声が脳内に響いた。
「きゃぁっ!?」
「うぉっ!?」
それと同時にミーリィとポンの絶叫が耳を劈いた。
「……ポンはともかく、ミーリィは慣れろ。ファレオでも使われてるぞ」
「そ、そうですけど——」
『鳥が鳴いたっす!』
「きゃぁ————————っ!?」
言ったそばからミーリィは悲鳴を戦車内に響かせた。
——始まるか。
「通信、ボスカルの獣の反応は?」
俺の問い掛けに反応したヴォレオスの猟獣の団員の一人が頷き、彼もまた通信の魔術で斥候に問い掛ける。
「反応はどうだ?」
『あー……何と言うか、困惑している感じっすね! 帝国と交戦しつつ、時々そっちの方を振り向いて……まあとにかく、今のところは大丈夫だと思うっす!』
その言葉を聞き、安堵の息を零す——が、まだ安心はできない。奴なら何かしらの策を講じるはず。
「ポン、準備しておけ。来るならそろそろだ」
そう言って彼を見遣ると、彼はどこか一点をじっと眺めている様子であった。
——緊張か。無理も無い。
自ら進んで飛び込んだ戦場とはいえ、仲間の命、この戦いの命運を託されている状況だ。彼次第で勝負が決まると言っても過言では無い。
そう、勝つことだけでなく、負けることに関しても。
「……ポン」
彼の肩に手を乗せる。ようやく気付いたのか、はっと頭を上げてこちらを向いた。
「な、何?」
怪訝そうな視線をこちらに送るポン。その言葉を受けて己の過去を思い出し——
……緊張していた時にどうしていたか言おうとしたが、これまで全然緊張していなかったことに気付く。
特に昔は感情のままに突っ込んでいたな、失敗も死も恐れずに、取り敢えずやらなければならないと——
そうだ、取り敢えずやる、これだけでいい。
「確かにお前は重荷を背負わされている——或いは、自ら背負ったと言うべきか。だが、取り敢えず、やるだけやってみろ。俺達は戦いの専門家だ、その後のことは上手くやってみせる」
「…………」
そう言うとポンは目を見開き、黙ってこちらをじっと見て——
「……気楽でいいな」
そう呟いてそっぽを向いた。
……どうやら掛ける言葉を間違えたらしい。この業界にいるとやはり感覚がおかしくなるのだろうか?
「まあ気持ちは分からんでも無いけどなー」
そう言って猟獣の団員が会話に混ざってきた。
「ダス・ルーゲウス程の優秀な奴だと感覚が麻痺しているかもしれないけど、やっぱりオレ達って命を守る仕事だから、めっちゃ緊張するんよねー」
苦笑交じりに彼はそう言い、黙って聞いていたミーリィも激しく頷いた。
……業界で感覚がおかしくなったというより、あのクソ師匠の所為だな、これ。それか俺の性格か。
「でも、だからこそキミが失敗したとしても、オレ達は誰も責めないと思うよ。子供だし戦闘経験も無いだろうし、そんな状況だから酷く緊張するってことは皆分かってる」
勿論信頼していない訳じゃないよ、と付け加えた彼の優しい言葉を、ポンは彼をじっと見ながら黙々と聞いていた。
……勉強するか、常識。
『ヤバいっす!』
と、緊張感と和やかさの混ざった雰囲気を斥候の叫び声が破った。慌ただしい声、やばいという一言——
「——来るか」
『ボスカルの獣が分離、大砲の形になったっす! 帝国側は壊滅寸前っす!』
壊滅寸前——ということは、じきに攻撃がこちらに集中する。
対魔獣戦車は最高速度で走っているが、列車と比べたら遅い……それまでに果たして間に合うかどうか。
だが、最悪の結果では無い。砲撃を許してしまったが、体を分離した上での砲撃となれば、一発一発は列車の襲撃の時程大きくないだろう。
戦車の昇降口をじっと見つめるポン、再び彼の肩に手を置く。
「やるぞ、行けるか?」
そう言うと彼は黙って目を閉じ——
「……ああ」
そして目を見開いて力強く言い放った。その姿につい笑みが零れてしまう。
ジャレンとの戦いの時といい、今のこの状況といい、ポンは子供ながらに意を決し、戦いに身を投じていった。
それがとても痛快であった。何かを恐れていない訳では無いのに、それでも戦いに身を投じるという彼の勇気が。
——或いは、心のどこかで過去の俺と比較しているのかもな。
全てを失って、心が壊れ、その果てにようやく戦う力と意思を手に入れた、あの時の俺と。
そう思い胸が苦しくなる——が、今は傷心を気にしている場合では無い。
ポンの体を抱え、昇降口の梯子を掴む。
「それじゃ、行くぞ」
その一言にポンはゆっくりと、そして力強く頷いた。




