第五十四話 少年の決意
「——とまあそんな感じで、そのボスカルの獣っていう魔獣の所為でヴァザン地方行きの列車は運休中、ここは滅亡寸前。それでダスが手伝ってくれる、っていうのが今の状況」
目が覚めた時には宿にいて、おれはこのイギティ・メゼルという女性から今の状況について聞いていた。
ミーリィとダスはどこに行ったのか、今この都市の脅威は何なのか、これからどのようなことをしていくのか——
そして、帝国がそのボスカルの獣を捕獲しようとしていることも。
その意図はおれでも察しがついた。先日始まった戦争、そこでその魔獣を解き放つつもりなのだろう。
そうであるのなら——
そしておれは考え始める。この戦いで、自分に何ができるかと。おれの魔術なら、敵の動きを止めることができるだろうか、或いは——
「ポン君」
重く放たれた彼女の言葉に、顔がはっと上がった。先程も終始真剣な表情であったが、今の彼女の顔は、まるでこちらの目を覚まさせてくるような凶器のように思えた。
その髪の色と同じ茶色の瞳、鋭利な目がこちらをじっと捉えていた。
「君が考えていることは、まあ分からんでもないさ。多分それ相応の魔術を行使できるってことだしね。でも——」
すると彼女は屈み、おれの両肩を掴んできた——まるで、こっちの考えはお見通しだと言わんばかりに。
「君はまだ子供で、ダスに自分を故郷に送り届けるようにと頼んだ依頼人で、そして恐らくダスやミーリィにとって大切な存在だ。それを忘れちゃいけない」
子供。
依頼人。
大切な存在。
確かにそれは否定できない。自分の意思とはいえ子供を戦場へと送り出すのは色々とまずいだろうし、今まさに故郷に送り届けて貰っている人間が死んではやりきれないだろう。
そして二人——間違いなくミーリィは、おれを守る為に命を捨てることさえ厭わない。
——だけど。
——困っている人がいたら、苦しんでいる人がいたら、そんな人達を守れるような魔術師になってね。当たり前のことだけど、それが私達——ゲロムスの魔術師が生まれた理由なのだから。
亡き母さんの言葉を反芻し、おれは右腕の包帯を取る。
「ん、どしたのポンく——」
露わになった光輝の右腕、それを見て彼女は愕然とした。
「魔術師……!? え、でも、ダスの右腕より光って……!?」
その驚きっぷりもあってか、彼女の手がおれの肩から離れ、床に尻をついた。
人間が魔術師喰らいを経て魔腑を獲得して魔術師となると、その魔腑は、その右腕は僅かに輝きを失う。
完全な魔腑を持たない彼女でも、ダスとの付き合いがあるが故か、光の強さの違いが分かったようだ。
「……確かに、おれは子供だし、故郷まで送るよう頼んだし、特にミーリィは命を捨てるような勢いでおれを助けてくれる……でも、おれは——」
「——ゲロムスの魔術師なんだ……!」
イギティに放った言葉をダスにも言い放つ。
「困っている人や苦しんでいる人がいたら助ける——それこそがゲロムスの魔術師の生まれた理由だって、母さんが言ってたんだ……! それに、おれの魔術でしかできないことだってあるはずだ!」
ダスもミーリィも、黙ってこっちをじっと見ている。だがそこには、おれを止めようとするような威圧感は一切感じられない。
——あったとしても、知ったこっちゃない。
これはゲロムスの魔術師として為すべきことであり、おれのやりたいことであり——そして、二人のようになるというおれの決意でもある。
決して怖くない訳じゃない。話を多少聞いただけでも、あの魔獣の恐ろしさは痛く理解できる。
だけど、それでもおれは戦うべきで、そして戦いたい。
こちらを見つめるダスを、こちらも目を見開いて見つめ返す。彼はただただこちらを見つめるだけで——
「——ポン」
ようやく、その重い口が開かれた。
「死ぬ覚悟はできているか?」
その重々しく放たれた言葉に思考が吹き飛ばされた。頭の中がぐちゃぐちゃになり、心臓の鼓動はどんどん高鳴る。
死について考えなかった訳では無い。でもこうして幾つもの死線を越えてきたダスに言われると、死がより近いもののように感じてしまった。
その分死の恐ろしさも強く感じられた。死の恐ろしさ、暗さ、そういったものがおれの心を支配している。
「……正直、覚悟はできていないと思う……でも」
それは多分、他の人だって同じだ。仮に天を信じていたとしても、痛みと苦しみの中での死は誰にとっても辛いものだろう。
だけど、死を恐れていたら何もできない。この国とここに住む人々を救うことも、帝国がボスカルの獣を捕獲するのを止めることも——ミーリィとダスのようになることも。
恐怖に支配されて苦しむ心を堪え、再びダスの目をじっと見つめ、言い放つ。
「ただ怖がっているだけじゃ、何もできない。多分皆怖い思いをしているけど、それでも戦っていると思う。おれも怖くない訳じゃない……けど、それでもやらないと、守れるものも守れないんだ……!」
言い放ち終え、尚もダスは黙ったままこちらをじっと見ている。そして彼は何かを考えるように目を閉じた。
「……ダス?」
彼は口を開く様子も無く、思わずそう声を掛け——
「ミーリィ」
ようやく口を開いて出した言葉は、ミーリィの名前だった。
「あ、はい——って、わたし?」
「俺もなるべく守るつもりだが——ポンを頼めるか?」
その言葉に、おれもミーリィも「え」という声が口から零れ落ちた。
「だ、ダスさん!? さっき止めるって——」
「俺もそうするつもりだったが、ここまで言われて尊重しないのもどうかと思う。それに、ポンがいれば色々な策が取れるようになる」
「で、ですけど——」
尚も心配するミーリィに嘆息が零れた。それを耳にし、彼女はこちらへと視線を移してきた。
「ヤバそうな時は、おれの魔術で自衛するから大丈夫だよ」
「た、確かにそうだけど……!」
宥めようとしたものの、彼女は未だに納得がいかずにうんうん唸り——
「——ええい分かりましたよっ! わたしが命を捨てる覚悟でポン君を守ってみせましょうじゃあないですかっ!」
深夜の宿の一室に咆哮を轟かせた。
「いや命は捨てないでくれ……おれが心配になる……」
本当に命を捨てる勢いで助けに来るから、正直助けられる側は怖い。
——というか、ミーリィ「さっき止めるって」とか言ってなかったか?
「なあダス、実は最初からおれを連れていくつもりだった……?」
知りたくなったので尋ねてみると、彼はばつが悪そうに天井を見遣った。
「あー……正直に言えばそうだが……考え無しだったというか、何というか……」
彼は歯切れ悪くそう言い、最後に「すまん」と一言謝ってきた。
——戦力として見ていたのは嬉しいけど、逆に考えればそこまで心配はしていなかったってことなのか……?
などと考え、喜び半分もやもや半分のぐちゃぐちゃな心になった。




