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ゲロムスの遺児  作者: 粟沿曼珠
第二章 千変万化の魔獣
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第五十二話 夜の潜入調査

 マートから帝国が駐屯しているであろう場所を聞いて街を出て——すっかり夜が更けた。

 東方——バイドーグシャ地方方面へと進み、とある村へと着く。

 ボスカルの獣にやられたのか、家々は粉々に破壊され頽れ、辛うじて家らしい形を保っている建物に明かりは灯っていない。


 ——或いは、帝国にやられたか。


 その崩壊ぶりの一方で、村のあちこちには篝が置かれて暗闇を照らしており、夜空の下というのもあってある種の祭のような様相を呈している。

 そこにいるのは、帝国の兵士達であった。崩壊の被害を免れた箇所、不規則に張られた天幕を出入りし、ある者は歓談に、またある者は食事に興じている。

 その数は流石帝国と言うべきか、村の入口からぱっと見ただけでも百近くは確実にいる。奥の方まで行けば、きっともう数百人いることだろう。


 ——それ程までに、ボスカルの獣が重要ということか。


 対ゲロムスの魔術師用の切り札——ラードグシャ地方で勃発した戦争で、あの魔獣をそのように運用するつもりなのだろう。

 帝国がボスカルの獣を捕獲すると聞いてそう考えた——が、よくよく考えると奇妙な話のようにも思える。


 何故、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()


 これはブライグシャ戦役にも言える。

 魔獣は確かに戦略兵器にうってつけだ。大虐殺を起こし、対峙する兵士の戦意を喪失させ、戦火の中の人々を絶望させ、敵国を降伏に導く——その事実は戦役で示された。

 だが、それは帝国側も同様だろう。魔獣は見境無く攻撃を仕掛ける存在だ。だが、思えばブライグシャ戦役で魔獣が帝国側を襲ったという話は聞いたことが無い。


 ——もし、魔獣が帝国側を襲っていないのだとすれば。

 それは、ボスカルの獣の性質によるものなのか? だが、運用した魔獣はそれ一体だけでは無い。

 だとすると——何かしら魔獣を制御する方法を持っているのか?

 或いは本当は犠牲者は出ていて、それを承知で運用したのか? それとも——


「ダスさん?」


 訝しげなミーリィの声で我に返る。彼女は不思議そうな顔でこちらを覗いていた。


「どうかしました?」

「いや……すまん、少し考えていた。帝国が魔獣を捕獲して、その後どういう風に運用するのかを」


 一言詫びを入れ、村の内部、その凄惨な雰囲気とは裏腹に賑やかな帝国の兵士達の姿をじっと見る。


 マートに帝国を利用すると言ったが、これは魔獣の縄張りを突破する為である。

 帝国とボスカルの獣を交戦させ、その隙に縄張りを突破し、ボスカルの獣と交戦する——かなり強引な策なのだが。

 とはいえ、前例が無い以上失敗の可能性も成功の可能性もあり、また縄張りを広げる可能性もある以上、これが最善だろう。


 ——それに、()()()()()()()()()()()()


 この作戦には帝国がボスカルの獣の捕獲に向かう日を知る必要があり、その為にこうしてここに来た。


「魔術で姿を消して侵入、その後俺が服を奪って奴等に紛れ、そこで情報を得てからウルスに戻る——いいな?」

「わたしは中に入るだけで大丈夫なんですか?」

「ああ、都度魔術を使ってくれれば大丈夫だ」


 彼女の問い掛けに答えると、彼女は俺の体にそっと触れた。


「了解です——では」


 そして彼女は目を閉じて何か願ったような素振りを見せる。すると俺達の体は消えて透明となった。


 つくづく実感する、彼女と一緒に行動するようになってから仕事がかなり楽になったと。

 ファレオの基本的な仕事は魔術を濫用する奴の対処。潜入する必要がある仕事も少なくない。

 これまでは潜入、と言うよりは強行突破であったが、彼女の魔腑のお陰でこのようにちゃんと潜入できるようになった。ミーリィ様々である。


 ミーリィが腕をしっかり掴んでいるのを感じ、村の中へと入っていく。

 そこでようやく気付いたのが、この村を襲った存在の名残であった。

 村の中心部の辺りであろう、そこには家二、三軒程もあろう巨大な窪みができており、その緑に満ちていたであろう大地は赤く染められている。

 更に村のあちこちには血が撒き散らされ、肉片もまた散乱している。その一方でまともな人の形をした遺体だけが無かった。


「……惨い……」


 ミーリィの口からぼそりとその言葉が零れ落ちた。

 視界に入ってくる光景は確かに悲惨だ。だが、この程度なんて、まだ——


 ……いや、これでもまだましな方だと思ってしまうのは、俺がおかしいのだろう。


 しかし、村の有様に気を取られている場合では無い。一呼吸して思考を切り替え、服を奪えそうな人はいないかと目を配り——


「——お」


 と、小さく声を零した。

 目を引いたのは、家——と呼べないくらいに崩壊した建物——の間で寝ている男だ。


 ——あれなら服を奪いやすそうだ。


 群衆に体を当てないようにあちこち行ったり来たりしながら接近し、その男のすぐ側に辿り着く。男の腕を掴み——


「ミーリィ、頼めるか?」


 彼女のいるであろう方を見遣って小さく言うと、すぐに男の姿は消えて透明と化した。

 瓦礫に隠れるように男を引っ張り、群衆の死角となるところで腕を放す。


「魔術を解いてくれ」


 そう言うと今度は俺達の姿が元に戻り、肉体が姿を現した。

 服を脱いで投げ捨て、男の服を脱がせ始める。


「じゃあ、聞いてくるから——」


 そう言ってミーリィを見ると、彼女はじっと俺のことを見ていて思わず言葉を紡ぐことを止めてしまった。

 頬は微かに紅潮しており、緑色を帯びた瞳をきらきらと輝かせている。


「……どうした?」


 そう声を掛けると、彼女は「はっ!」と叫びを零した。


「あ、いやその、に、肉体美……」

「肉体美?」


 体に見惚れていた、ということなのだろうか?

 確かに世間一般からすれば筋肉質な体は少し珍しいのかもしれないが、ファレオに属する人間からすればそんなに珍しいものでも無いだろう。

 筋肉質でない人からすれば、筋肉質な人は人以上の何かなのだろうか?


 などと考えつつ服を脱がせ、それを己の身に纏わせる。

 胸に帝国の紋章の付いた暗い褐色と黒色の服、形状は各国で兵士用の服として愛用されているアカスだ。

 キムスが下半身全体を包み込むようなものであるとすれば、アカスは皮や鎧のように脚の表面を覆うようなもの、とでも言うべきか。

 上半身と下半身で服が別々となり、腰の辺りからさながら人間の脚のように二つに分かれている。北方の戦の民や東方の賢者の服装もこれで、魔術師の奴隷たる人間も一部はこれを着ていたらしい。

 機能性はキムスより良いらしい——が、服の裏側に毛皮が付いていて保温性に優れており、氷雪の時代が終わったとはいえ未だに寒いので、キムスを愛着する人の方が断然多い。


「それじゃ、行ってくる。こいつが変な動きを見せたらすぐに姿を消せよ」

「了解です!」


 その言葉を聞いてから、俺は瓦礫の山を横切って群衆の方へ戻る。

 目に付いた男へと歩み寄り、


「なあ、ちょっといいか?」


 と声を掛けた。男は干し肉を噛んで引き千切りながらこちらを向いた。それを口に含めて咀嚼し、胃へと送って喉を動かした。


 ——美味そうに食いやがる。


「んあ、どうした?」


 まだ口に含んでいるかのように、声は少し太い。


「次ボスカルの獣とやり合うのはいつだっけ?」

「おいおいちゃんと聞いてなかったのか? 三日後の昼だろ?」


 まあ当然のことであろうが、欲しい情報はあっさりと手に入った。もうこれ以上用は無い。


「分かった。それと、干し肉は他にも持っているのか?」


 この問い掛けに男は目を大きく見開いた。


「干し肉? あるけど……え、欲しいのか?」


 そう聞かれ、無言で頷く。

 そんなに美味そうに食っていたら俺だって食いたくなる。それに食費も浮くだろうし。


「ちっ……ほらよ」


 不服げに干し肉を手渡してきて——受け取った際にたったの一枚だけだと気付く。


「…………」

「……なあ何でお前が不満そうなんだ? こっちが不満だよ」

「……もっと貰えると思ったんだが」


 嘆息を零し、この場を後にした。後ろから何か色々と言ってくる声が聞こえてきたが、それが脳に届くことは無かった。

 ……食費が多少浮くと思ったのだが。

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