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ゲロムスの遺児  作者: 粟沿曼珠
第二章 千変万化の魔獣
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第五十一話 ボスカルの獣

 ボスカルの獣。


 その名は魔術師の時代に成立した絵本『ボスカルの冒険』、加えてその元となった魔術師の時代に存在したとされる伝説の人種『千変万化するボスカル』に由来する。

 ブライグシャ戦役で数多の人々を虐殺し、幾つもの村や街を壊滅させた、千変万化の魔獣。


 ——だが。


「何故、今になって活動を再開した? 手さえ出さなければ、何も起こらないはずだろ」


 その兇猛さ故にボスカルの獣は長らく放置されてきたが、ブライグシャ地方の国々が放置という選択をした理由はもう一つある。

 それは、破滅を齎す兇猛さの一方で、こちらが手を出さなければ相手も手を出してこないという温和な性質を持ち合わせているからである。

 言うなれば、ブライグシャ地方の静謐はかの魔獣を放置することで維持されてきた。


 ——それを、誰かが破った。


 俺の疑問の声を聞いたマートの顔が、悲痛に染まった。


「……マート?」

「マートさん?」


 その様子に俺もミーリィも口から疑問の声が零れ——


「……()()()


 そのたった一言に、俺達二人は言葉を失った。

 今の俺達の敵である帝国がこの件にも関わっていることに愕然とする——が、ブライグシャ戦役の戦禍の中にいた俺にとっては、そのことはより大きな意味を持つ。


「帝国が……ボスカルの獣に手を出した? 何故……?」


 真相を確かめるべく、その理由を聞かずにはいられなかった。口からは自然と問い掛けの言葉が零れ——


「……ボスカルの獣の捕獲だ」


 果たして返ってきたその答えに、心の奥から憤怒が爆発するかのようにこみ上げてきた。

 その行為によって齎されるものなど分かりきっている。


「奴等……()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()?」


 自ずと声音には怒りが纏っていた。


 狙いは戦略兵器としての運用だろう。だがその結果、あの戦役によりここで夥しい程の死人が出た。あの惨劇を再び起こすつもりなのか……?

 そしてそれを運用する場所も、薄々察しがついていた。


「ダスさん……これってもしかして、ポン君の……」


 動揺した表情のミーリィも同様に、捕獲する理由を察していたようだ。


「ああ……ラードグシャ地方、更に言えばポンのところとの戦争で運用するつもりだと思う」


 帝国とラードグシャ地方の国々との、先日始まったばかりの戦争。

 帝国側の魔術師とソドック王国側の魔術師とでは訳が違う。物量だけに注目すれば帝国側の方が有利だろう。

 しかし王国側にはゲロムスの魔術師、しかもフェラーグ直系の魔術師がいる。言い換えるならば、戦況に応じて魔術師が行使できる魔術を変更できるし、流星隊や天使隊のような非常に強力な魔腑を作ることだってできる。

 帝国はそれに対抗する為にボスカルの獣の捕獲を決断した——といったところであろう。


「こんなところで話が繋がるとはな……」


 ただでさえ厄介な相手である帝国が、これまで以上に厄介な相手となる。ここで帝国と関わるのなら、尚更止めるべきだ。


 ……問題は、どう戦えばいいかだが。


 そう考え、手渡された資料に目を通す。


 ボスカルの獣(千変万化の魔獣)。

 その名の通り、自身の体を様々に変化させる魔術を行使する。

 魔獣としては知能が非常に高く、変化の魔術以外にも様々な魔術を行使する他、変化の魔術の練度も非常に高い。

 例えば体を武器のように変化させる他、攻撃を躱す際も体を変化させる。更に体を分離させて同一の魔術を行使できる魔獣を生み出すことも可能。

 ボスカルの獣が展開する鳥は縄張りを示すもので、鳴くことで敵の位置を本体に知らせ、体を分離させて生み出した魔獣を飛ばしてくる。本体と交戦する為にはこれを突破する必要がある。


 大凡の内容はこのようなものであった。


「問題は、これだ」


 隣に立ったマートが、魔獣の縄張りについての記述を指さして言ってきた。


「はっきり言うと、()()()()()()()()()()()()()

「何だと?」


 その発言に驚きの声がつい零れた——が、納得もできる。

 列車で交戦した時のように、遠くから魔獣の群れを飛ばし、物量に物を言わせてエトロン側が送った部隊を壊滅させてきたのだろう。

 如何に魔獣討伐の専門家がいるとはいえ、相手が悪すぎた、か。


「問題は、どう突破するかだな」

「うーん……行けないなら、引き寄せるとか?」


 ミーリィが黒髪を揺らしてこちらに視線を移してきた。


 ——引き寄せる、か。

 彼女の言葉に色々と思考を巡らせ——


「……他に良い案が思い浮かばなかった場合、だな。時間が掛かり過ぎる上に成功しない可能性も高い」


 ボスカルの獣は体を分離させて魔獣を生み出すとのことだが、その分離させた分は魔術で再生できると思われる。

 仮にそうだとしたら、体全体が魔腑という魔獣の性質上、最悪の場合飛んでくる魔獣との戦いが数日に及びかねない。

 そして、それに対処できる程の人員が残っているのだろうか?


「他に良い案……うーん……」


 ミーリィは唸って資料をじっと眺めだした。彼女はぶつぶつと資料の記述を一言一句読み上げている。

 俺も資料に視線を移し——


「……帝国……?」


 ふと、その言葉が脳裏を過った。

 今回の騒動の発端にして、ボスカルの獣の捕獲に躍起になっている——


「——あ」


 そう思ったところで、一筋の光明が差し込んできた。


「ダスさん?」


 ミーリィの言葉も、マートの視線も気にせず、咄嗟に資料を捲って縄張りについての記述に目を通す。彼女がやったように、一言一句逃さぬようじっと文字の群れを睨み——


 ——が、欲しかった情報については書いてない。


「マート。ボスカルの獣の縄張りについて把握しているのはこれだけか?」

「あ、ああ……残念ながら」

「そうか、帝国はどのくらいの間隔で縄張りに入っている? 或いは、どこに拠点を置いている?」

「帝国? 知らないが……拠点については大凡察しが付く、がしかし……」

「帝国ですか?」


 俺の問い掛けにマートもミーリィも疑問の声を零した。

 確かに、縄張りを突破する方法の流れで帝国の名を出すのは些か急であろう。

 それに、この状況で帝国を攻めてもほぼ無意味だ。返り討ちにされる可能性もあれば、仮に勝ったとしてもまともに戦える人員が全然残っていない可能性もある。


 ——だが、俺の狙いはそこじゃない。


「……()()()()()()()()()()()

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