第四十八話 魔獣襲来
眼前の禍々しい肉塊はまるで生きているかのように蠢動し続け——
「ごがぁぁぁぁ————————っっっ!!!」
「ッ!?」
咆哮を轟かせた。それと同時に肉塊は激しく動き——獣と化す。
その姿は大剣の両腕を持つ、人型の魔獣。獣はこちらを睨み、大剣の腕を大地に何度も突き刺しながらこちらへと迫ってくる。
——何だ、あの魔獣は?
眼前の魔獣に訝しさを覚えつつ、巨槍を構え——
「ふッ!」
——激流よ、真っ二つに斬れ。
願いと同時に跳躍し、巨槍を振り上げて一回転する。一閃と共に激流の刃が飛び、縦真っ二つに獣の巨躯を切断した。
血を噴き出して頽れる魔獣を一瞥し、列車の壊れた窓に脚を入れる。
——生きている奴が——
「がっ!?」
腹部に激痛が走った。そして次の瞬間には下半身が落ち、断面から血と内臓がどばどばと零れ落ちていく。
「ぐっ!」
——激流よ、俺を打ち上げろッ!
そう願い、上半身だけの体を砲弾のように打ち上げる。そして再生を願って下半身と内臓を元通りにし、大地を見下ろす。
「——糞、なんだッ!?」
切断したはずの魔獣の死体は無い——その代わり、新たな二体の魔獣が出現した。
——元々二体だった魔獣を、一体だけしかいないように見せていた……?
そう考え、不吉な予感が脳裏を過った。
そうだとすれば、かなり厄介な手合いだ。
——だが、やるしかない。
再び激流を願って今度は大地の方へ自身を打ち出し、巨槍を突き刺して着地する。
大地に足を着いて巨槍を引き抜き、分離した二体の大剣の魔獣を睨み——
ひゅー、という音が再び聞こえてきた。
「ッ!?」
咄嗟に空を見遣り——飛来する幾つもの肉塊が視界に映った。
次の瞬間には隕石のように大地を穿った。巨大な肉塊は、眼前の二体の魔獣がそうであったように蠢動を始め、その姿を獣へと変えていく。
——流石に分が悪すぎる……!
こうして魔獣が何体も襲撃してくる以上、もっと魔獣が存在してもおかしくない。だとしたら、魔獣を倒すどころかこちらが倒される。
魔獣はその巨躯全てが魔腑である以上、魔術の性能はこちらより遥かに高い。眼前にはそれが何体もいる。或いは大剣の魔獣のように複数の個体が一つの個体を成している可能性もある。
だが、ここで逃げればまだ生きているかもしれない乗客達が魔獣に殺される。
魔獣の群れと列車、両方に何度も視線を移し——
ポン、そしてミーリィの姿が脳裏に浮かんだ。
目を閉じ、歯を食い縛る。
「……すまないっ……!」
苛まれる心を堪え、助けるべき人達ではなく元々俺の乗っていた車両へと振り返る。
その車両に駆け寄り、激流の斬撃を発生させて横転した車両を切断しし、内側をさらけ出させる。
迫りくる魔獣の群れを後目にミーリィとポンの体を掴み——
——激流よ、その流れで俺を運べッ!
足下に激流を生み出し、その流れに乗って魔獣の群れから逃げ出した。
鳥の群れのけたたましい鳴き声が、非力な俺のことを嘲笑っているかのように思えて仕方無かった。
エトロンの都市ウルスに着いたのは、日が傾いて空が赤く染まった頃であった。
入口の門に入るや否や肩に乗せていたミーリィとポンを石畳の上に下ろし、俺も腰を下ろす。
俺の心にあるのは、非力な自分への怒りであった。
そもそもあのような魔獣は一人で相手にするべきでない、場所的に救援が望めない——そんなのは関係無い。
ミーリィとポンを守る為——その考えも勿論あった。だが、あの場には俺しかいなかったんだ。だから、俺がやらなければならなかった。
俺の力は魔術に対抗する為に付けたもの。なのに、あの数の魔獣を前にして、俺の力では全てを倒せないと判断せざるを得なかった——否、判断してしまった。
「……糞っ……!」
今頃、生き残っていたであろう人達は、助けられた人たちは殺されている——俺にもっと力があれば、逃げるという選択肢を取る必要なんて無かった。
……あの糞師匠のような力が、俺にもあれば……
しかし、過去を悔いていても仕方無いとは頭で理解していた。
心と脳の苦しみを堪え、思考する。考えるべきことは一つ——
「……どう、殺すか」
そこで思い出す——ブライグシャ戦役以降のエトロンの歴史は、魔獣と共にあったと。
ブライグシャ戦役が人間の時代で最も悲惨な戦争と呼ばれる所以——その一つは、魔獣の軍事運用にある。
帝国はこの戦争で初めて魔獣を戦略兵器として運用した。その所為で夥しい程の死者が出て、さらに一部の魔獣は戦争終結以降も生存している。
エトロンはヴォレオスの猟獣と協力し、生き残った魔獣を討伐してきた。その魔獣が討伐されずに生き残っている可能性がある。
だとすれば、あの魔獣の群れに関する記録が何か残っているはずだ。
そうと考えれば、向かうべき場所は一つ。
「……ヴォレオスの猟獣のところ」
そこで魔獣の群れの詳細について聞き、あの魔獣の群れを討伐しに向かう。
……ミーリィとポンには申し訳無いが、俺の故郷の問題は片付けておきたい。
故郷のことで、俺をどん底に突き落とした戦禍の名残で、何より俺の所為であの魔獣の群れに人々が殺されたのだから。
——絶対に、討伐してやる。
ミーリィとポンを肩に担いでヴォレオスの猟獣のエトロン本部——ではなく、その前にある場所へと向かい始めた。
……だが。
あの時脳裏を過った不吉な予感を思い出す。
それが正しければ、あの時対峙した魔獣はブライグシャ戦役で最も凶悪な魔獣だ。




