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ゲロムスの遺児  作者: 粟沿曼珠
第二章 千変万化の魔獣
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第四十七話 不穏な奇襲

 忘れてはいけない。あの凄惨たる戦禍を。私利私欲の為に攻め入った、かの愚かな帝国を。


 我々はただ生きていただけであった。各々の仕事に従事し、信じたいものを信じ、家族や友人と共に平穏な日常を過ごしていただけであった。

 しかし、奴らは我々の平穏を穢した。帝国とネドラ派の支配領域の拡大——その私利私欲を満たす為にブライグシャ地方、そしてエトロンにまで侵攻してきた。

 兵が人々を殺し、魔獣は解き放たれ——この大地は屍に満ちた。そしてその戦禍は今尚残り、我々を苦しめている。


 私はこの帝国の悪行を許しはしない、決して。水神エヴリアを穢した帝国を、我々の大地に屍を積み上げた帝国を、そして、無辜の人々を殺した帝国を。


 だから、どうか私と共に、帝国への反逆の道を歩んで欲しい。


           ——エトロン統治者マート・フィルスの就任時の演説より






 目を覚まし、いつの間にか寝ていたことに気付く。目にかかった黒髪を払い除け、窓から外を覗けば快晴の空が広がっている。

 窓を開けて体を乗り出せば冷たい風が体に当たり、重い瞼が一気に開かれた。


「お」


 列車の音もあって気付けなかったが、鳥がけたたましい鳴き声を上げながら飛んでいる。

 こんなはた迷惑な鳥が飛んでいては、碌に眠ることができないだろう。


 よくよく空を見てみると、奇妙な光景が広がっていた。

 沢山の鳥が広めの間隔を開けて四方八方を飛んでおり、群れは地平線の向こうにまで続いているように見える。


 鳥の群れはこれまで何度も見てきたが、どれも一ヶ所にまとまって飛行するものだった。

 こんな数の群れで、こんな間隔を開けて飛ぶ鳥は初めて見た。


「ミーリィ……寒い……あと煩い……」

「あ、ポン君起きちゃった? ごめんね」


 後ろを振り返ると、眠そうに目を僅かに開くポン君の姿があった。


「風に当たる? 目が覚めるよ」

「んぁ……そうする……」


 彼は徐に立ち上がり、ゆっくりとした足取りで窓に寄って顔を出し——


「お」


 彼もまた、眼前に広がる鳥の群れに感嘆の声を零した。冷風に当たったからか、珍しい光景によるものか、その目は大きく開かれている。


「すげぇ……外の世界にはこんな光景が……」


 思えば、ポン君は外は危険だと言いつけられていて、碌に外に出たことが無かったんだっけ。

 確かに危険な世界ではあるけれど、美しいものも沢山ある。彼にはこれから、そういった美しいものに触れていって欲しい。

 それがその一度壊れてしまった心を直す方法だと思うから。


 そんなことを思いながらポン君を見つめ——


「何か騒がしいな」

「あ、ダスさん。おはようございます」


 後ろからダスさんに声を掛けられた。顔は濡れていて、自分の水の魔術で顔を洗ったのだろう。

 彼もまた窓から外の世界を覗き、物珍しげに鳥の群れをじっと見つめだした。


「あ! あの鳥って珍しいんですか!? わたしもポン君も初めて見た——」

「何あれ? 怖」


 いや知らないんですか。

 ダスさんも知らないとなると、やっぱり珍しい——


 そう思いかけて、違和感を覚えた。


 昼から夜まで彼の故郷について、それこそ現地の人でもあまり知らなそうなことも含めて語り続けたダスさんが、この鳥について知らないなんてことがあるだろうか?

 目で見るにしては確かに珍しいのかもしれない。けど、図鑑なり何なりで存在を知ること自体はできるはずだし、それ以前に彼の知識量的に知らない方がおかしいように感じる。


「ダスさん、本当に知りませんか?」


 この違和感——というよりは、謎に抱いた不安感を解消する為に、一応聞いてみる。


「いや、知らないな。そもそも、鳥って普通あんな風に群れを成すか?」


 告げられたのは、わたしが初めてあの鳥を見て抱いたものと同じ奇妙さであった。

 もしあの鳥が何か異質なものだとしたら、何故そのような群れを——


「なあ」


 思考に割り込むようにポン君の声が耳に入った。


「どうしたの?」


 彼を見遣ってそう応えると、彼は再び外を見て口を開く。


「何か変な音がしねぇか?」


 そう言われ、わたしも耳を澄ませ——

 すると、列車の轟音と鳥のけたたましい鳴き声の中に、僅かだが「ひゅー」というような音が聴こえ——


「——あれ? 何か、段々大きくなって——」

「衝撃に備えろッ! 何か来る——」






 何かが列車に直撃した。

 空から飛来した何かが、列車を線路の上から突き出して破壊した。


 幸い、直撃したのはこの車両では無かった。しかしながら、列車の乗客に重傷を負わせ、また死者を少なからず出すには充分な衝撃であった。


 線路から突き出され、二転三転と横転し、列車は止まる。

 多くの乗客は寝ていたが、その尽くが重傷を負い、中には死者もいる。ミーリィとポンも例外では無く、死んではいないが唐突に頭や体を打ち付けられて気を失っている。


 ——もっと早く気付いていれば——


 後悔を抱いたが、考えるのを止める。まずはこの状況を把握しなければ。


 体全体を巡る痛みを魔術で消し、立ち上がる。

 割れた窓から外に出て、何かが直撃した車両へと向かい——


「——!?」


 列車の破片が突き刺さり、べったりと血の付着した蠢動する黒い肉塊に、言葉を失った。

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