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ゲロムスの遺児  作者: 粟沿曼珠
幕間
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第四十六話(幕間最終話) 出立の日

 ボリアで五日過ごし——遂に出立の日が来た。


 わたし達はボリアの駅に来ている。ここで列車に乗り、ブライグシャ地方へ向かう。


 ゲロムスの魔術師の社会は、当然ながら魔術を前提としていた。人間の時代に移行するにあたって魔術による社会基盤は崩壊し——代わりに台頭したものがある。

 それが、東方の賢者の遺物だ。


 魔術師の時代、人間が奴隷だった頃、東方の賢者の道具や武器などといったものがここバイドーグシャ地方の奴隷都市に流入した。

 今と違って魔術を使えなかった当時の人間にとっては仕事の効率が向上したり、移動や作業などが楽になったりと、革新的なものであった。


 その一つが列車である。長らく魔術師の時代から残っている数少ない列車を使っていたが、構造や仕組みを解明して量産に成功し、ゴーノクルの交通を大いに発展させた。


 ちなみに東方の賢者は型落ちの道具などを敢えて人間の社会に流入させ、性能の低いものをありがたがって使っている様を嘲弄していたのだとか。

 何とも胸糞悪い連中である。


 実は列車に乗るのは楽しみであった。

 子供の頃に乗ったきりで、それからは今に至るまで一度も乗っていないし、子供の頃も長距離を移動した訳では無い。

 そしていつものファレオの財政事情でそもそも乗りたくても乗れないのである。


 それもあってか、列車を目の前にして心が昂っている。


 ダスさんとポン君は便所に行っていて、今わたしは長椅子に座りながらじっと黒鉄の巨躯を見つめる。


 そういえば以前ファレオで銃の使い方を教わった時、こういった技術には魔術が組み込まれていったということを学んだ。

 例えば銃は、射撃する際に引き金を引いて何かを燃やすか爆発させるだかしてうんたらかんたら——というのが初期の仕組みであった。

 現在主流の仕組みは、銃弾の中の火薬を火の魔術で爆発させて射撃するというものだ。それに伴って引き金などの部品が消えている。


 その説明を聞いた際に、別の例として挙げられたのが列車だった。

 銃と違ってこちらは昔からの仕組みを引き継いでいるが、水や火、燃料などを魔術で賄っていたのだという。

 面白いことに、列車を動かすことに特化した魔腑が存在しているらしい。鉄道会社はその魔腑を探して各地の墳墓を漁っているのだとか。

 それが見つかれば、列車の仕組みも大いに変わるのかもしれない。


「戻ったぞ」


 その声が聞こえた方を向く——ダスさんとポン君が帰ってきた。


「それじゃ、列車に乗るか」

「はい!」


 その言葉に返事をし、置いた荷物を手に取って列車の中に入る。胸の高鳴りは最高潮で、自然と微笑が浮かんできた。


 客車に足を踏み入れると、ふかふかの椅子が奥まで等間隔に並んでいる光景が広がっていた。

 派手では無いが、高貴な印象の装飾が施され、その景色は壮観である。


「良さげな椅子! 列車最高!」


 最前列の窓側の座席に駆け寄り、背負っていた鉄棍や荷物を置いて座る。

 普段の足腰が死ぬような移動とは大違いだ。諸々の出費を削減して列車代に充ててくれと上申したい気分である。


 ダスさんはじっとこちらを見ていると、徐にこちらに寄ってきて——


 巨槍と荷物を置いてどすんと座り、足を大きく広げて寛ぎ始めた。


 ……実はダスさんも普段の移動にうんざりしているのかな……?


 ファレオの移動は基本的に徒歩、時々馬車である。

 金掛けなくても歩いていればいつか目的地に着くだろ、とはダスさんのありがたいお言葉である。

 その所為で移動の旅に辛く苦しい思いをしている人がいるんですけど。


「……はぁ」


 ポン君がこちらを冷ややかな目で見て嘆息を零した。彼もこちらに寄ってきて、ダスさんの隣に腰を下ろす。


「お前ら、子供かよ……自分で言うのもなんだけどさ、ここ数日お前らと交流して、おれの方が大人っぽいって思っちまったよ」

「それに女性に興味があるしね」


 そう言ってからかうと、頬を赤らめた彼の拳がダスさんを横切って飛んできた。

 咄嗟に胸を手で押し上げ、首の下辺りに当たりそうだった拳を防ぐ。


「おっぱい盾」

「なっ!?」


 彼の頬は爆発したかのように益々紅潮し、咄嗟に手を引っ込めては後ろを向いて顔を隠した。

 うむ、実に可愛らしい男の子である。

 欲を言えばもっといろんなことをしたいが、場所が場所なのでやめておこう。


 そうしているうちに続々と人が入ってきて——そして鐘の音が響き渡る。


「あ、そろそろですね」


 鐘の音が聞こえたということは、もうすぐ列車が移動し始めるのだろう。

 行き先はブライグシャ地方の国エトロン——ダスさんの故郷である。

 その次に行く場所がヴァザン地方のクァヴァスなのだが、その為に一度列車を降りて別のものに乗り換える必要がある。


「……エトロン、か。いつぶりだったか」


 そう小さく呟いたダスさん。その顔は郷愁に満ち、そしてどこか悲しくもあった。

 彼は何か考えているかのように、或いは何かに思いを馳せているかのように客車の天井をじっと見て——


「ああところで、エトロンの名産品といえば魚なんだけど、種類が豊富でな。魚ごとにそれぞれ違った料理が存在していて——」


 突然故郷について熱く語り始めたダスさんに、わたしもポン君も驚きを禁じ得なかった。


 ダスさんの故郷語りは、太陽が沈んで月が昇る頃まで続いて、ポン君は途中から碌に聞いていない様子であった。

 わたしもわたしで、右の耳から入った言葉が左の耳から出ていったような気分で、いつの間にか寝てしまった。






 ——この時までは、楽しかった。

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