第三十四話 三人の旅立ち
バイドーグシャ地方のとある名も無き平原。ファレオの本部は意外な——と言うよりは変な場所にあった。
一見すると草しか無い草原——ファレオの本部は、その真下にある。つまり地中だ。ゲロムスの魔術師、並びにヘローク教団にとって地中は忌むべきものの一つである——が、まあ今ではおれ達魔術師の間でもその意識は薄れてきているのだけれど。
その入口の横で、ささやかではあるが父さんと母さんの葬式を行っていた。ファレオ本部にいる人達総出ドーグシャ地方のとある名も無き平原。ファレオの本部は意外な——と言うよりは変な場所にあった。
一見すると草しか無い草原——ファレオの本部は、その真下にある。つまり地中だ。ゲロムスの魔術師、並びにヘローク教団にとって地中は忌むべきものの一つである——が、まあ今ではおれ達魔術師の間でもその意識は薄れてきているのだけれど。
その入口の横で、ささやかではあるが父さんと母さんの葬式を行っていた。ミーリィとダスだけでは無く、ファレオ本部にいる人達総出で執り行っている。
ぱちぱちと音を立てながら炎は揺らめき、煙は天高く上っていく。ゲロムスの魔術師の弔いはいくつかあるが、煙に乗って魂が天に還っていくと信じられているのが、火葬だ。
上っていく煙をじっと眺め、おれは誓う。
——おれ、父さんと母さんに誇れるような魔術師になってみせるよ……!
葬式の後、おれは呼び出された。
呼び出しの主は、ファレオの団長であるドライア・ルース。白い髭を蓄え、なびく白髪を持つ、どこか荒々しい印象の初老の男性だ。
「……君が、ポン・ゲロムス君かね?」
「お、おう」
その印象とは裏腹に、丁寧な口調であった。しかしそれが、却って緊張感を抱かせる。値踏みするかのようにこちらをじっと見て——
「何と言うか、その……凄く大変だったね……」
途端に親しみやすい口調になって面食らった。その表情は緩み、先程まであった威厳はどこかに消えていた。
「え、あ、はい」
その衝撃に、思わず敬語で返事をしてしまった。
「うち、色々と支援できるからね、色々と頼っていいんだよ……? あ、お菓子食べる?」
「あ、はい、ありがとうございます……」
そう言ってお菓子を受け取った。口に含み、さくさくとした食感と口の中に広がる甘い味を楽しむ。彼もまたお菓子を口に含んだ。
……何と言うか、穏やかと言うべきか、緩いと言うべきか、ともかく独特な人だ。
「いやぁでも本当にゲロムスの魔術師が生き残っていたとはねぇ……もしかしたら、って思ってはいたけど、実際に見ると衝撃も大きいなぁ」
「あ、あはは……」
愛想笑いをすると、隣にいたダスが嘆息を零した。
「ドライア、ポンが困惑しているぞ……早く本題に入ってくれ」
「お、そうだそうだ。忘れてた。君がラードグシャ地方、ソドック王国に帰りたいという件だな」
思わず突っ込みたくなるのをぐっと堪え、ドライアをじっと見る。彼は咳払いをし、おれ達を見て口を開く。
「……また、戦争が始まった」
厳格な声で放たれた重い事実に、緊張が走った。
「帝国がラードグシャ地方に出兵している、ということは把握しているだろう。長らくラードグシャ地方の国々と帝国は睨み合っていたが——つい先日、遂に戦いが起こってしまった」
その言葉に心臓がきゅっと苦しくなり、思わず俯いてしまう。その原因は、自分にあるのだろうから。
「君が責任を感じる必要は無い。帝国はゴーノクル全土を統一しようとしていた。遅かれ早かれ、ラードグシャ地方の国々もその戦争に巻き込まれていたことだろう」
確かにそうかもしれないが——と思ったところで考えるのを止めた。
落ち込んでくよくよするくらいなら、もっと為になることをすべきだ。
「戦力は恐らく、ブライグシャ戦役以上のものだと予想される。そうだとすると、直接ラードグシャ地方に向かうべきでは無い」
ラードグシャ地方はバイドーグシャ地方の南東に隣接しており、直接向かえば数日で着く。それができないのは、戦争が始まって仕方無いとはいえ痛い。
「ダスが提案した、ゴーノクルを右回りするような行き方が良いだろう。それなら、恐らく戦争を回避してラードグシャ地方に向かうことができる」
ダスの提案した行き方は、詳細に言えばブライグシャ地方、ヴァザン地方、ユール地方、モダール地方を経由してラードグシャ地方に向かうというものだ。
時間はかなり掛かるが、一番安全なのはこれである。
「我々ファレオの目的は、君を故郷へ送り届けること——君の身の安全の為にも、このような迂回する道程を取らせてもらったが、大丈夫だろうか?」
その投げかけに、二つ返事で答える。
「おう、それで頼む」
「——承知した。ファレオが全霊を以て君を守り、故郷へ送り届けてみせよう」
威厳に満ちた言葉は、非常に心強さを感じさせるもので——
「——あ、お菓子いっぱいあげるからね、お腹すいたらいつでも食べてね」
……故にその温度差に困惑せざるを得ない。
その後もドライアと色々喋り、そして解放されてダスと共に部屋に戻っている。
「ポン」
ずっと黙っていたダスが、唐突に口を開いた。彼を見遣り、
「何?」
と返事をする。すると彼は向かっていた部屋のある方とは違う廊下へと歩き出した。その顔は真剣で、また何か言いたげでもあった。
「話がある」
そう言って彼は歩き出し、おれはそれに付いていく。廊下をずっと歩き——ファレオ本部の端にあるであろう部屋の前に辿り着いた。ダスが入り、それに続いておれも中に入る。
すると彼は扉の鍵を閉め、埃の被った椅子にどかりと座る。
「それで、話って何?」
真剣な表情のダスを見て問い掛けると、彼は躊躇うような素振りを見せ、少ししてから口を開く。
「……ミーリィの過去を探ろうとするな」
突拍子も無い発現に、「え?」としか声が出なかった。
「ミーリィの……過去……?」
俺の疑問の声に、彼は「ああ」と言ってから答える。
「あいつは何か隠している——が、それが何なのか、あいつは頑なに話そうとしない。だから、それについて探らないで欲しい」
何か隠している——それで思い出した、あの時の様子がおかしかったミーリィのこと。人を殺そうとしなかった彼女が、人を殺した、あの瞬間。
どこか暴走しているようだったが——あれが、彼女の秘密に関係しているのだろうか?
「……なあ」
恐る恐る口を開く。聞くべきではないのかもしれない——だが、聞かずにはいられなかった。
「その秘密で……もし、何かミーリィに問題があったら——」
「いや」
おれの言葉が遮られた。
「問題は無い。きっと」
彼はそう力強く断言した。
ファレオの魔獣と呼ばれ、孤高の存在と言えるであろう彼が、何故かどこか幼く、また何かを受け入れられていないようにも感じた。
思えば、おれがゲロムスの魔術師であることを隠していた時も、二人はそのことについて探ろうとしなかった。それは単に、話したくないことは無理に話さないで良いという意思の現れだったと思う。
だけど、これは——何となくだけど、それ以上の何かを感じずにはいられなかった。
おれは何も言えず、頷くことしかできなかった。
ファレオの本部で諸々の準備をして、数日が経過した。
「ポンくーん! 大丈夫ー!?」
ドライアから貰った様々な食べ物が詰め込まれた背嚢を背負って本部の入り口から出る。あまりにもぎちぎちに詰め込まれたのもあって重く、出て大地を踏み締めたと同時に体がふらつく。
「……ドライア……」
そんなおれを見てダスは嘆息を零し、こちらに近付いて背嚢から袋詰めにされたお菓子や干し肉などを取り出して自身の背嚢に詰めた。
これから列車に乗って移動する為に再びボリアに向かうところだ。列車に乗ってまず向かうのはエトロン——ダスの故郷だ。
おれが本部の入口から出た後に、本部の皆も続々と出てきた。
最初に出てきたドライアが駆け足でこちらに近付いてきて、心配そうな表情でこちらをじっと見てくる。
「ファレオの団員は各地にいるからね、遠慮せずに頼ってね。何か欲しいものがあったら遠慮せずに二人に言うんだよ。あとそれから——」
「落ち着けドライア……面倒はちゃんと見る」
「ちゃんとだぞッ!」
呆れるダスと、やけにおれのことを心配するドライア——この絡みは、本部の中にいる時に嫌という程見せられた。
やけに心配してくるのもあってか、正直苦手意識を抱いてしまっている。ありがたくはあるのだけれど。
「それじゃ……行ってくる」
「うむ。ミーリィも、ポン君のことを頼んだぞ」
「任せて下さい!」
先の方を歩いているミーリィが快活に応えた。ドライアに一礼し、おれはダスと共にミーリィの元へ歩いていく。
彼女の隣に並ぶと、彼女はこちらを見て優しく微笑んだ。優しくおれを包み込んでくれるかのような、温かな微笑だ。
「それじゃ、行こっか!」
「……おう」
彼女の微笑みに、思わず微笑みが零れた。
そして三人は一歩を踏み出す。
ここから、三人の旅が始まるのだ。
目覚めてしまった。
あれが——殺しの意志が目覚めてしまった。
ダスさんもポン君もそのことに触れなかったが、絶対に気付いている。わたしの中にある何かが、目覚めてしまったということに。
……殺意だけじゃなくて、怒りでも目覚めてしまうの……?
きっとわたしは、また大虐殺を引き起こしてしまったのだろう。
……幸い、ダスさんとポン君は被害を免れた。それに、あの後のボリアの様子から、市民には被害が出ていない……と思う。
抑えなければならない、己の感情を。剥き出しにしてはならない、殺しの意志を。振るってはならない、己の力を。殺してはならない、誰一人として。
——わたしは、この世に生まれるべきでは無かった、呪われた命なのだから。




