第三十三話 亡き両親に捧げる決意
己の視界にぼろぼろのミーリィとポンの姿が映り、胸を撫で下ろす。下手すれば二人共殺されかねない相手なだけに、安堵も大きい。ミーリィへの負担が大きすぎただろうが——
——本当に、良くやった。
そしてその奥にいる敵——ジャレンを見遣る。俺の登場に愕然としている、といったところか。
兵士を全員投入すれば俺を倒せると思ったのだろうが、生憎こちらはあの数以上の敵を何度も相手にしている。あの程度の練度の兵士を多数用意したところで、力の差を埋められる程では無い。
激流を願い、己の体を打ち出して流星の如くジャレンを強襲する。奴がこちらを睨んで右腕を突き出し——炎が迸る。
襲い掛かる烈火が俺の身を呑み込むが、勢いが打ち消されることは無くジャレン目掛けて炎の中を突き進む。
赤く燃えていた視界が開け、ジャレンの姿が眼前に迫る。炎を突き抜けた俺を見るや否や剣を構え——
剣と巨槍が衝突する。小気味良い金属音を轟かせ、刃をへし折り、その体を貫いて斬り落とす。
「がぁっ!?」
切断された体は血と内臓を零しながら落ちていき——
「まだだァッ!」
「ッ!?」
その断面から烈火が噴き出し、俺の身を焼く。その勢いに後退りつつ水を願って浴び、己に纏わりつく炎を消す。
視界が開け——
「——ッ、どこ行った……!?」
その姿を探して四方八方を見遣り——
「——ぐっ!?」
急襲する何かが視界に入り、躱そうとするも避けきれず、体が穿たれる。さらにそれと同時に断面から着火し、火が体全体に広がっていく。
——クソッ、何だ……!?
再度水を願って浴びて炎を消し、次いで再生の魔術で肉を再生させ、飛来した何かを目で捉え——
「まだ終わらんぞッ! ダス・ルーゲウスッ!」
切断された断面から噴き出す炎を推力に変えているのか、上半身だけと化したジャレンが烈火を噴き出しながら宙を舞っていた。
その発想力に面食らうもすぐに気を取り直し、生ける流星の如き敵を目で追う。
俺の真上、列車の真上、ミーリィの介抱をしているポンの真上、そして何も無い空間——こちらを翻弄するかのように、或いは何も考えていないかのように縦横無尽不規則に飛び——
「——ッ!」
その意図を理解する。
これよりジャレンが下すであろう一撃——偶然にもそれは、俺の糞師匠の技の一つと同様のものであり、故にこそ気付くことができた。
——ここで逃げれば、ミーリィとポンが——!
激流を願って己が身を砲撃のように打ち出し、宙を舞うジャレンを追う。さらに空中で何度も打ち出し、その勢いを増す。しかし猛然と飛行するジャレンの勢いになかなか肉薄することができず——
「終わりだァッ! ダス・ルーゲウスッッッ!!!」
その咆哮と共に、奴は天高く飛んで行く。自分は安全圏に逃げ、その技を使うのだろう。
結局追いつくことが、奴を止めることができず、二人を守れなかった。
——すまない、ポン、ミーリィ——
直後、何も無い空間から炎が生じた。四方八方から噴き出した炎はこの広大な大地を消し炭に変えんと燃え盛り——
「…………ッ?」
何故か、炎がこちらに届かなかった。宙を舞っていた俺の体は落下していき——空中で、何かに当たって止まった。
尻に、足に、手に、硬い感触が伝わる。しかしそこには何も無い——否、これは、見えない何かがある。
——これは、氷壁隊の魔術か……?
あらゆるものを通さない不可視の障壁を出すという氷壁隊の魔術——これは、その特徴と合致している。では、誰が——
——まさか……!
その事実に、思わず笑みが零れる。
炎が消え、視界が開ける。それと同時に障壁が消えて落下していく。手を突いて着地し、ミーリィとポンのいる方を見遣り——
「……ははっ」
焦土と化した大地の上、果たして二人は生きており、思わず笑いが口から零れ落ちていた。
安堵し——そして空を見る。星空を背景に、ジャレンが炎を噴出して飛んでいる。その顔は怒りと苛立ちに満ちており——
「まだ生きているかァッ!」
その口から、憤怒の咆哮が襲い掛かってくるかのように飛び出した。
「いい加減ッ! 冥土に堕ちろォッ! ダス・ルーゲウスゥ————————ッッッ!!!」
その咆哮から、怒りの余り我を忘れているかのように思える。烈火を噴き出してこちらへ強襲するジャレンを余所に、俺はポンを見遣る。
こちらに気付いたポンは、意図を察したかのように頷き——
「終わりだァ————————ッッッ!!!」
ジャレンは一気に眼前にまで肉薄し——
「あがぁっ!?」
不可視の障壁に衝突した。切っ先を向けていた剣は折れ、骨の粉砕される不快な音が響く。骨が肉を突き破って血と共に露出し、血飛沫が障壁に付いて垂れ落ちていく。
「が、がぁ……ぁっ」
肉を突き出た骨、普通なら曲がらない方向に曲がった腕、歪に歪んで小刻みに震える体——最早まともな人の形では無い憐れなジャレン。
しかし憐憫の情も無く、その血塗れの肉塊を見下す。
「……気分はどうだ? 両親を殺してまで心を折って利用した子供によって負けた気分は?」
ポンの両親はジャレンの手によって殺された——だからこそ、この戦いの決め手がポンで本当に良かった。
——仇に手向ける最期は、やはりその仇を憎む者が下すべきだ。
「ぁが……ぁあぁ……」
肉塊が言葉にならない声を出すと、その右腕が仄かに光り——
「がぁ————————っ!?」
すかさず巨槍で斬り落とした。
「させねぇよ、再生なんてな」
そして巨槍の穂先を歪な頭に向け、永訣の言葉を告げる。
「お前達ネドラ派が目指す未来——魔術師の時代の再来。全人類が魔腑を持つ世界——俺から言わせてみれば、そんな世界は糞でしかねぇ」
脳裏に浮かぶのは、あの時の光景。
家族が、友人が、村の皆が——あの魔物によって滅ぼされ、戦争で故郷が壊滅した、あの時。
全てを失った、あの時。
慟哭する胸をぐっと堪え、眼下のジャレンを睨む。
「誰しもが魔術を使えるようになれば、その分魔術を悪用する奴も増える——が、今はそんなことはどうでもいい」
今度は別の光景が蘇る。
奴に無惨に殺されたポンの両親、そして安置されたその頭と右腕を見たポンの顔と涙。
それは偶然にも、昔の俺に重なった。
故にこそ——
「ポンの両親を惨殺したお前を、生かしておくつもりはねぇ……!」
お前を決して許さない。
巨槍を振り翳し——
疲労によるものか、寝てしまったミーリィの側でダスを待つ。何かをジャレンに告げているような素振りを見せ——巨槍を振り翳したと同時に、目を背けた。
如何に仇とはいえ、それに続く光景は見たくなかった。
「終わったぞ」
そう声がして、その声の方を向く——ダスが巨槍を担いでこちらに歩いてきていた。
「お疲れ。お前、あの時俺を——あと、ミーリィを守ったのか?」
そう言われてどきっと心臓が跳ねるが、頷いて肯定する。
「おう……おれの、奇跡魔術で……」
すると彼はこちらへ歩み寄り、屈んだ。その一連の挙動を訝しげに眺め——
「右腕、出しな」
「……は?」
唐突に放たれたその言葉に疑問を抱きつつ、言われた通り右腕を出し——
巨槍の穂先が、軽く当てられた。
それは魔術師の時代より伝わる、健闘を讃える仕草。お互いの得物を軽く当て、戦った者への敬意を示す仕草。
「良くやった。きっとお前の両親も、あの天で喜んでいる」
優しく微笑み、優しい口調で彼はそう言った。
ファレオ最強格の男、『ファレオの魔獣』ダス・ルーゲウス。彼からの称賛の言葉。
だからこそ、その言葉には重みがあった。
全身にじーんと感動が走る。重苦しかった心は解放されて晴れやかで、目には涙が自然と溜まっていた。
縛っていた鎖から解き放たれたかのようにおれは倒れ、天を仰ぐ。暗闇の空は黎明に明るみ、太陽がその顔を覗かせていた。
「……父さん、母さん。おれ……立派な魔術師に、なれるかな……?」
思わず、明るむ天に向かって声が飛び出していった。この声は、父さんと母さんにきっと届く——不思議と、そう思えた。
何者にもなれなかった自分が辿るべき道。魔術師としての責務、父さんと母さんとの約束——そして、おれのやりたいこと。
ミーリィとダスの二人みたいに、おれの魔術で誰かを守りたい、救いたい、そしてこの世界をより良い世界に変えたい。
それがおれの——ポン・ゲロムスの、なりたい自分だ。
「もう充分立派だと思うが——だったら」
こちらを上から覗くように見てきたダスが、微笑んで言う。
「ファレオに来るか?」
その言葉に面食らう。ファレオの魔獣からの直々の勧誘、突然の事態に少し思考がこんがらがるが——
「……考えておく」
にこりと微笑んでそう答えた。




