第三十話 ファレオの魔獣
敵の数は数百、そのうちジャレン以外の完全な魔腑持ちは恐らく四人。数は圧倒的に敵の方が有利だ。
正直なところ、俺の魔術の性質もあって数の差は大した問題では無い——普段であれば。
ジャレンは確実にミーリィとポンの所に向かった。最悪の場合二人が、そうでなくてもミーリィはジャレンに殺される。
早急に二人のもとに向かいたい——が。
「奴を包囲しろ!」
数百もの敵がそれを許すはずが無かった。さながら分厚い壁のように列車の前に陣取っていた兵士達が、俺を囲むように動き出した。
すぐに人の檻が出来上がり、刃を、銃口を、こちらに向けてきた。合図一つで、それらが俺に飛んでくるだろう。
心なしか、敵の表情に緊張感が足りていないように感じられた。中には勝ち誇ったかのような表情をしている奴さえいる。圧倒的な人数差、そして完全な魔腑を持つ兵士が四人——それによる慢心なのだろう。
ファレオにいると忘れてしまう、奴隷であった頃より語り継がれていた対魔術師戦での心得——魔術師は、一人で千人をも殺す。
奴らも同じなのだろう。完全な魔腑持ちが仲間にいることはあれど、ファレオに属さない限り敵として戦うことは極稀だ。
「……自分で言うのもなんだが、お前達、目の前にいるのが誰か分かっているのか?」
——戦場で真っ先に死ぬのは緊張感の無ぇ奴。
あの糞師匠は、敵を眼前にしてしばしばそう言っては豪快に笑っていた。
今なら、その気持ちが分かる。
巨槍を強く握り、屈んで巨槍が地面に平行になるよう構える。そして勝ちを信じて慢心している敵を鋭く睨み——
「——『ファレオの魔獣』、ダス・ルーゲウスだ」
——激流よ、刃となれ。
跳躍すると同時に、巨槍の穂先から激流の刃が生じた。遥かに伸びる刃は敵の体を貫いて斬り落とし、そしてさらに巨槍を一回転するように薙ぎ——
人の檻を壊滅させた。
敵の胴体を腕ごと斬り落とし、草原を血の海に変える。切り落され、また頽れた体はまるで血の海を泳ぐ魚のようで、魔術も使えず敵達は苦悶の呻きを上げる。
この一撃で、数百もいた敵は壊滅。しかし——
——やはり、あいつらは別格か。
その白と金の豪奢な鎧は、その完全な魔腑は実績故か、四人の完全な魔腑持ちだけが一撃を跳躍して躱していた。
翼の魔術師が純白の翼を一度力強くはためかせると、一気にこちらへと肉薄してくる。激流の刃を纏った巨槍を盾のように構えると同時に大剣が振り下ろされ——
「なっ!?」
巨槍で己の一撃を受け止めると思ったのだろう。しかし大剣の一振りは、そして猛烈な勢いで飛来したその体は、ただ横に構えただけの激流の巨槍に切断された。
包丁で野菜を切るかの如く、その金属の塊と肉は激流の刃をすっと通って切断され、血と内臓を零しながら落ちていく。
「クソッ、何だッ!? 水の魔術じゃ無いのか——」
黙らせるように動揺する翼の魔術師の右腕を切断する。苦悶の絶叫を上げる敵を後目に睨み、たじろぐ他の魔術師を睥睨する。
水の魔術は出力次第ではあらゆるものを切断する刃となる——普通に水を扱っている人は決して知ることの無い知識であろう。
「さて——次は誰だ?」
数百もいた仲間が為す術無くやられて数に於ける圧倒的な有利が崩れ、完全な魔腑を持つ仲間も一瞬にしてやられた。連中が動揺するのも無理は無い。
二人の兵士は目を合わせ——跳躍。大剣と両刃斧がこちらに迫り——
「これならッ!」
「——お」
突如としてそれぞれの得物が巨大化した。軽く面食らいつつ激流を願って自身の真下から発生させ、自身を打ち上げることで躱す。
そしてすぐに視線をもう一人の兵士——銃を構えてこちらを狙っている敵に向ける。上に躱すことを予想していたかのように既に銃口が向けられており、視線を向けた瞬間に銃弾が放たれる。
——単発なら——
「——!」
石ころくらいの銃弾、それが一瞬にして巨大化した。大きさはぱっと見ただけでも俺の数倍以上——避けられない。
咄嗟に巨槍の穂先を巨岩の如き銃弾に向けて激流を願い、自身を再び打ち出す。砲撃の如き巨槍は巨岩の銃弾を貫通し——
「——ぅわぁ——」
その先にいた敵をも貫いた。爆発するかのように裂けた五体が血肉を撒き散らして落ちていく。背後の敵を後目で睨み——
「くそォッ!」
二人の敵がこちらへと迫ってくる。地面に突き刺さった巨槍を引き抜き——
「——ッ!」
体ががくりと倒れそうになり、片膝を突いてしまった。体が思い通りに動かない。
視界の端で、頭だけになった銃の兵士が苦しみの中で笑っているのが見えた。恐らく奴の魔術は、体の自由を奪う類の魔術。この手の相手に干渉する魔術と銃を組み合わせるのは定石だ。
そして、その魔術を銃弾に込めるのでは無く、さながら霧のように奴の周辺に魔粒を散布させたのだ——己を犠牲にしてまで。
——賢い選択だ。だが——
「終わりだァッ!」
両刃斧を振り下ろす姿が視界に入り——
——激流よ、俺の体を斬り飛ばせ。
「——ッ!?」
斧が大地に深々と刺さる様子が見えた。
俺の体は激流で切断され、残された首と右腕は飛ばされて血を撒き散らしながら宙を舞っている。
——体が動かないのなら、動けるようにすればいいだけだ。
再生を願い、首から下の斬り落とされた部分を一瞬にして再生させ、眼下の苛立ちに満ちた敵の顔を睨む。
「何なんだよアイツ!?」
斧の魔術師は怒りや焦りに満ちた叫びを上げ、俺を追うように駆け出す。そして奴は軽く跳躍して斧を掲げ——大地に深々と打ち込む。
次の瞬間、大地が轟音を上げて隆起した。一帯がその様相を変貌させ、剣山の大地と化す。
敵を目で捉えて激流を願い、己を打ち出して敵へと肉薄する。すると奴は再び斧を掲げて大地に打ち込み——
「——ぐっ……!」
大地の獣が腹を抉った。斧の打ち込みに呼応して剣山が動き出したのだ。
体勢を崩された俺は落下していく。再び大地は鳴動し、今度は大口を開ける。びっしりと鋭利な歯のような剣山が生え、俺の落下を待ち——
——激流よ、爆発のように溢れ出せ。
瞬間、大口から爆発の如き激流が溢れ出し、大地の獣を内側から粉砕した。大小様々な大地の肉は宙を舞って散らばっていく。
「はぁ!? 何で——」
動揺して叫ぶ敵を睨んで巨槍を投擲する。宙を飛ぶ巨槍を、激流を願ってその勢いを増し——敵の頭を貫き飛ばして大地に深々と突き刺さった。頭を失った体は力無く倒れ、断面から血をどばどばと零す。
着地した俺は荒れ果てた大地を慎重に歩き、剣山を避け、突き刺さった巨槍に辿り着く。それを引き抜き、残された最後の一人を見遣る。
奴は大地に尻をついて怯え、涙を湛えた目でこちらを見ている。
「く……く……くそぉ————————っっっ!!!」
慟哭と共に奴は大剣ごと己を巨大化させた。巨人は大剣を天高く掲げ、俺を悲憤の目で睨む。
「お前さえ! お前さえいなければ——」
——激流よ、奴の首を斬れ。
その願いの直後、血の雨が降り出した。
巨人と化した大剣の魔術師の首と得物は大地に落ち、首を失った体は力無く倒れて轟音を響かせる。
「……巨大化は大きな的になるだけだ、阿保」
忠告を聞く魂を失った亡骸に思わずそう声を掛け、溜息を吐いた。勝てるという絶対的な自信があっけなく崩され、その果てにこのような狂った選択をしたのだろう。
或いは、元からそこまでの実力が無かったか。
「——さて」
——雑魚は倒した。後はお前だけだ。
ミーリィを飛ばした方——列車の先頭車両がある方を見遣る。そこにポンが、そしてジャレンがいる。
——早く向かわなければ。
跳躍して激流を願い、先頭車両の方を目掛けて自身を打ち出した。




