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ゲロムスの遺児  作者: 粟沿曼珠
第一章 謎の少年との邂逅
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第二十九話 君は一人じゃ無い

 転倒した列車の中、横になったこともあっておれは檻の上に座っている。横に倒れているからといって、当然そこから逃げ出す手段は無い。

 寧ろ難しくなっただろう。襲撃されたこともあって、この部屋には何人もの兵士達が駆けつけている。列車の幅と檻の存在もあって、奴らは屈んで待機している。


「大丈夫か……? 相手はあのダス・ルーゲウスだぞ……?」

「いや、ファレオの魔獣とてこの物量の前には負けるだろ」


 奴らはこの状況について様々に言い合っていた。正直、おれはダスがどこまでやれるのかが分からないが——


 どん、と何かが列車に衝突する音が響いてきた。突然の事態に、奴らはどよめき始める。


「お、おい、今の音なんだ?」

「だ、ダス・ルーゲウスか……?」

「おい、お前見てこいよ……」

「はぁ!? 何で僕が!?」


 奴らは自分以外の誰かを行かせようと言い合い——最終的に全員で行くことになったようだ。一人ずつ列車の中から出ていき、列車に上るような音が聞こえ——


「敵だァ————————ッ!!!」

「やれッ! 殺せッ!」

「こ、こっちに来るなァッ!」


 列車の上から、叫び声が聞こえてきた。それと同時に金属同士がぶつかり合う音、銃声、悲鳴——様々な音が響き続けた。

 しばらくして音は止み、誰かが下りてくる音が聞こえてくる。列車の扉が開かれ、おれは息を呑み——


「——ポン君!」


 そこに現れたのはミーリィであった。焦っているかのような表情、その顔には以前見せたような笑顔は無いが、安心感を覚え——しかしその感情は一瞬にして罪悪感に呑み込まれた。


 ——何でおれなんか助けに来るんだよ……お前を、お前達を求める人はもっといっぱいいるのに……


 奴らから奪ったであろう鍵で檻の扉を開け、おれの手を掴んで檻から出してくれた。

 合わせる顔が無かった。彼女達のことだから、助けに来る——そんなことなんて、簡単に想像できたであろう。

 二人を巻き込まないような選択をしたつもりだったのに、結局は巻き込んでしまった。おれがもっと上手く動いていれば、深く考えて行動すれば、二人を巻き込まなくてすんだのに。


 ——自分が悪い。けれど、問わずにはいられなかった。


「……何で——」

「何でっ!!??」


 一瞬、その声が誰から放たれたのか理解できなかった。


 おれの肩をがっと掴んだミーリィ——怒りの形相で、彼女が怒声を投げかけていた。

 思考が止まった。何故彼女が怒っているのか、何に怒っているのか、そもそも彼女が怒っているということにも。

 だから、彼女の怒りの叫びを、ただ呆然として頭の中で反芻することしかできなかった。


「何で、こんなことをしちゃったの!?」

「……何で、って……」


 自分の選択に対する怒り——そのことを、たった今ようやく理解した。

 しかし、答え辛かった。帝国とネドラ派を終わらせようと願い、二人を突き放し、しかし恐怖に震えて涙を流し、結局二人を巻き込んでしまい、そして彼らが来て安心感を抱いてしまったが故に。

 結局自分は、何も為せなかったのだから。


「…………それは……」


 それでも、答えるべきなのだとは理解していた。胸が苦しく、言葉が上手く出てこない——そんな中で、何とか言葉を紡ぐ。


「……父さんと、母さんが……殺されて……それで、帝国も、ネドラ派も……全て、終わらせようと思った……それに、二人を巻き込みたくなかった……もっと、必要としている人がいるし……おれは、きっと他の魔術師にも見捨てられて……何も残されていないし——」

「そんなことは、無いっ!」


 再び、彼女の怒声がおれの声を遮った。

 おれの言葉が、思いが——彼女に力強く否定された。


「確かに、ポン君のご両親は殺されて……理由はよく分からないけど、他の魔術師に見捨てられるのかもしれない——でも!」


 おれの目をじっと見て、彼女は力強く、意思に満ちた真っ直ぐな言葉を放つ。


「わたし達がいるっ!! 君は一人じゃ無いっ!!!」


 何の迷いも無く放たれた、その言葉。こんな、何者にもなれない、碌でも無いおれを受け入れ、守り、寄り添う——そんな意思に満ちた、力強い言葉。


 どうしてそんなことを言えるのか、どうして見ず知らずの碌でも無い餓鬼を受け入れてくれるのか、どうしてそれを己の責務とし、己の命を賭しているのか——彼女の過去を聞いても、未だに完全には理解できない。


 でも、そんなことはどうでもよかった。


 彼女がそう言葉を掛けてくれたことが、おれの思いを真っ直ぐに否定してくれたことが、僅かにでもおれの心を救ってくれたことが、嬉しく、頼もしく、そしてありがたかった。

 こんな碌でも無いおれに、何者にもなれなかったおれに、それでも彼女は寄り添ってくれた。

 そこにそれらの理解なんて、必要なかった。


 気付いた時には、涙が頬を伝っていた。

 既に壊れかけていた心が完全に壊れ、その中に溜まっていたものが溢れ出して止まらない。


 自分の情けない顔を、思いを隠すように、或いはそれを吐き出すかのように、彼女に縋り付く。


「おれのせいで……父さんと、母さんが、殺された……おれが、殺した……」


 そんなおれを、彼女は優しく抱いてくれた。夜の寒さに冷やされた彼女の体——それでも、温かく感じられた。


「奴らを終わらせようと思ったのに……怖くて……何も、できなかった……」

「大丈夫、大丈夫だよ」


 先程とは打って変わって、彼女は優しく声を掛けてくれた。その声は、これまで聞いてきた馴染みあるミーリィの声だった。


「君は何も悪く無いよ。でも、それでもその苦しみを背負うのなら……わたしが、わたし達が寄り添って、苦しみを和らげるから」


 その言葉に、思わず顔を上げてしまった。彼女は慈愛に満ちた微笑みを浮かべておれをじっと見ていた。


「苦しまなくていい。無理なんてしなくていい。助けが欲しければ、誰かが傍にいて欲しければ、求めていい。その為のわたし達なんだから」


 彼女は慰めるようにそう言い——


「——ッ!?」


 おれを抱いていた腕が、ぐっとおれを締めてきた。それと同時にミーリィは前傾姿勢で跳躍し、鉄棍を大きく振って車両の壁を破壊して外に出て——


 その直後に、おれ達のいた車両が炎に呑み込まれた。


 咄嗟に逃げ出したこともあって、ミーリィは上手く着地できず、おれを守るように抱えたまま大地の上を転がる。


「大丈夫っ!?」


 止まると同時に、彼女は心配の声を投げかけてきた。大丈夫でないのは、ミーリィの方なのに。


「お前こそ……大丈夫なのか……!?」

「うん、大丈夫。これくらい慣れているよ」


 そう微笑んで言うと、彼女は立ち上がって鉄棍を構える。彼女は真剣な面持ちになり、炎上する車両を見遣り——


「……殺し損ねた、か」

「……ジャレンさん……!」


 炎上する車両の側から現れた仇敵、魔卿ジャレン・ラングル。おれ達をここまで追い込んだ、ネドラ派の為なら手段を選ばない狂信者——そして、父さんと母さんの仇。

 ゆっくりと迫りくる恐ろしい威容を、おれ達はきっと睨んだ。

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