第二十七話 少年の苦悩
おれがミーリィとダスにできることは、これだけだった。
この腐りきった世界、その中で苦しんでいる人達の誰しもが二人を——ファレオを必要としている。そして何より、誰よりも優しかった二人には死んで欲しくなかった。
いつの日か起こるおれ達魔術師と帝国の戦争で、確実に数百、数千——或いは数万もの命が失われる。そんな戦いに、二人を巻き込みたくない。
それに、おれにはもう何も残っていない。父さんと母さんは既に殺され、故郷に帰ったところで、皆がおれを許すはずが無い。
教えを破って外の世界に出ていったおれを、結果的に父さんと母さんを殺したおれを、皆はきっと憎む。
何も無い、虚ろな存在。だったら——もう、全てを終わらせよう。
心の底から願った時、その願いに応じて発現する奇跡魔術。基礎魔術、特化魔術、奇跡魔術——それらの中で最高の性質を持つ魔術。
おれはまだ、奇跡魔術が発現していない。
故にこそ、怒りと憎しみを以て強く願うのだ。
新ダプナル帝国に、ヘローク教団ネドラ派に、終わりを。
憎き我等魔術師の仇敵に——父さんと母さんを無惨に殺した奴らに、死を。
——例えおれが死ぬことになろうとも、奴らを終わらせるだけの力を。
——だのに。
ペリーエングシャ地方にある帝都ザラオスに向かう列車。星空の下、煙を上げて列車は進んでいく。
『神の大地』を意味するペリーエングシャ。始まりの者が天より降臨した地であることが由来で、雄大なガロア山脈と霊峰であるグーラス山があり、その中腹にザラオスは存在している。霊峰にどんどん近付いていくのが、窓から見える景色で分かる。
その列車の中、檻に囲まれ、手錠を掛けられ、おれは一人で震えて泣いていた。
——怖い。
いつの間にか、おれは恐怖を抱いていた。帝都に近付くにつれ、その恐怖は強くなっていく。
新ダプナル帝国とヘローク教団ネドラ派に終わりを——そう願ったのに、これから起こるであろう何もかもが怖かった。
奴らと戦うことが、自らの手で人を殺すことが、自分が殴られ、斬られることが、自分が死ぬことが、怖い。
全てを失い、何も残っていない——そう思っていたのに、死への恐怖は残っていた。
そして、そんな自分が情けなかった。
昔から父さんと母さんを振り回し、言いつけを破って父さんと母さんを殺し、ミーリィとダスに迷惑を掛け、唯でさえ碌な奴じゃ無かった。
だからこそ、自分は戦うべきなのだ。なのに、心は恐怖に満ちて震え、一歩を踏み出す勇気が出てこない。
そんな酷くみっともない自分が、恥ずかしく、情けなく、腹立たしく思った。しかしそれでも尚、おれには戦う勇気が湧いてこなかった。
今になって、何となく理解できた。
——父さんと母さんは、ダスとミーリィは、その苦しみを経て、或いは最初からそんな苦しみなど抱かずに、己の信じる道を選択してきたのだろう。
彼らと同じ立場に立ち、初めて知った選択の苦しみ。それは想像以上に辛く、胸は酷く暴れ、自然と涙は流れ、吐きそうな気さえし——
——おれは、父さんと母さんみたいには……ダスとミーリィみたいには……なれない。
その事実が、重々と突きつけられた。
それさえも、おれの心を貫いて苦しめる。
しかし、そんなことが意に介されるはずもなく、無情に列車は進みゆく。おれを監視している二人の兵士も、おれの心など気にしていない。
列車は揺れながら夜闇を進み——
「——ッ!?」
「な、何だッ!?」
突然の異常な揺れに驚き、それに体が吹き飛ばされて檻に頭を打った。二人の兵士も混乱しており、その内の一人が窓を開けて外を眺め——
「お、おい! 敵だッ!」
敵の襲撃によるものだと知った。
魔術師の時代の頃は列車がしばしば襲撃されていた、という話を聞いたことがある。それは今の時代も変わりが無いのだろう。
「敵!? いつもの破落戸か!? 地を這う者達か!?」
檻から離れていない兵士が、檻をしっかりと掴みながら窓から頭を出した兵士に問い掛ける。すると奴は頭を引っ込め——
「水が迫ってくる! 奴だ——ファレオの魔獣だ! あともう一人いる!」
ダスとミーリィが助けに来たという事実に、愕然とした。
——何、で。
「流石にあの威力じゃ、列車を倒すことができないか」
水の砲撃を数発放ったダスさんが舌打ちと共にそう零した。ぱっと見ただけでも十両以上ある長大な列車は、尚も帝都に向かって進んでいく。
水の魔術を常時行使し、列車の進むが如き勢いの激流を生み出し続け、ポン君が乗った列車を追いかけてきた。その列車は今やわたし達の目の前にある。
冷気の魔術と水で作った舟から頭を覗かせて列車を睨み、わたしはダスさんに問い掛ける。
「ダスさん、どうします? 二手に分かれてポン君を探しますか?」
長大である分、ポン君を探すのにも時間が掛かる。その隙にジャレンさんに殺されてしまうかもしれない。
その問い掛けに、彼は後目にわたしを見て答える。
「ジャレンが出てくるまでは二人で行動する。そして奴が出てきたら、お前はポンを探しに行け。残った奴らは俺一人で片付ける」
列車の規模から考えるに、敵の数は数百にも及ぶだろう。百人くらいは二人で倒したとしても、まだまだ敵の数はある。それを一人で倒すことができるような発言、流石はダスさんである。
「ミーリィ、手を出せ。列車を倒す」
「はい!」
そう返事をし、差し出されたダスさんの手を握る。その直後、後方から噴き出した激流が氷の舟を撃ち出し、わたし達は宙に投げ出された。
出し続けていた列車の如き激流は消え、ダスさんは列車に右腕を突き出し——
突如発生した雄大な波が、長大な列車を丸呑みした。その勢いに列車は線路から押し出されて転倒する。
ダスさんは背負っていた巨槍を構えて眼下の列車を睨む。
「——さぁ、おっ始めようぜ」
わたしも鉄棍を掴み、同様に列車を睨む。
「やりましょう、ダスさん!」
——待っててね、ポン君。絶対に、君を助け出すから。




