第二十六話 冷酷なる死
冷酷なる死が迫ってくる。
あれは最早人では無く、死が人の形をしていると言っても過言では無いだろう。ファレオの魔獣、ダス・ルーゲウスと行動を共にしている女性。脅威となるのはダス・ルーゲウスのみ——それだけの認識だった。
「や、奴を止めろォッ! 怯むなァッ!」
仲間達を奮い立たせるようそう叫ぶ——が、戦意を失っていることなど、その絶望に青ざめた顔と震える体で分かる。俺だってあんなのと戦いたくない。
俺達に残された選択肢は二つ——あの女と戦って死ぬか、逃げてジャレン卿に殺されるか。
いずれにせよ、死ぬことしか許されていない。それだったら、この街を守って死のう。
俺の前に立っている仲間達が銃を構えて撃つ。狭い廊下に銃声が轟き、その直後に女の体を貫く——
「ッ!? 効いてない……!?」
が、痛がり苦しむ素振りを見せない。虚ろな目でこちらを見遣り——
「あぁ——」
それとほぼ同時に、仲間達は逃げることも、悲鳴を上げることすらできずに凍て殺された。
その体がどさどさと倒れ——俺と奴の目が合う。身の毛がよだち、自然とその体は後ろを向いた。
足が縺れて転倒し、みっともなく這うように逃げる。
「はぁっ……! はぁっ……!」
かつ、かつ、と一歩一歩死が迫ってくる音が聞こえる。その音が聞こえる度に、大きくなる度に、死がすぐそこまで来ていることを痛感する。
荒い呼吸で階段へと手を伸ばし——そこで、増援が駆けつけたのが見える。続々と階段を下りてくる仲間達は数十人もいて、僅かに希望を抱き——
死の寒波が襲い掛かってくるのと同時に、その僅かな希望は儚く砕かれた。
礼拝堂を脱してから、いくらか時間が経った。星空の天辺にあった月が、西の方へ少し落ちていった頃である。
祈りの声では無く絶望の悲鳴が響いてきた礼拝堂、その声がようやく止まった。
騒ぎを聞きつけた教団の教徒達が何十人——或いは百人以上も駆けつけて入っていった。彼らの悲鳴が止み、礼拝堂から出てこないということは、つまりそういうことなのだろう。
礼拝堂付近の民家の屋根に座っていた俺は立ち上がり、そこから下りて礼拝堂へ近付く。
悲鳴を聞いて来た見物人達に見守られながら礼拝堂の扉を開け——
「——ッ!?」
その瞬間に寒波が襲い掛かってきた。一瞬にして凍ってしまうのではないかというその冷たさに、体は自然とその扉から距離を取っていた。
「おい! 死にたくなければさっさと逃げろ!」
状況を理解していない見物人達にそう叫ぶと、彼らはすぐに距離を取った——が、それでもこの状況を目に収めようと、遠巻きにこちらを眺めている。
その状況に舌打ちを零し、巨槍を構えて礼拝堂に入る。
——この中に、ミーリィがいる。
思い出すのは、あの時に見た彼女の姿。どこか虚ろで、冷気の魔術で直接敵を殺す——冷酷なる死そのもの。
礼拝堂の内部は、極寒の冷気に満ちていた。その冷たさは、実際には体験したことの無い氷雪の時代を思い起こさせる。
——炎よ、宙に生じて俺に付き従え。
そう願い、宙に炎を生じさせて暖を取る。俺が歩き始めると、炎は俺の後を付いてくる。
大広間、廊下、物置部屋、塔——どこにも教徒達の姿が無ければ、ミーリィの姿も無かった。
つまり——地下にいる。
地下に続く階段へと駆け足で向かう——と、地下にミーリィ達がいることを示すかのように、空気がより冷たくなっていった。
階段の前に着いた俺は、下りようと地下の方を見下ろし——
「……!」
言葉を失った。
凍て殺された数十人もの教徒達の屍の山ができていた。屍は地下に行く程増えていく。
——これを、ミーリィが一人で……
彼女が決して使わなかった、冷気の魔術の殺しの側面。それによって生み出された凄惨な光景に、その魔術の真の恐ろしさに戦慄が走る。
巨槍を構え、一歩一歩ゆっくりと階段を下りていく。屍を踏まないように慎重に下りていき——地下の廊下の前に出る。顔を上げ——
「——ッ! ミーリィッ!」
屍の山の中に、倒れたミーリィの姿があった。咄嗟に駆け寄り、彼女の体に触れる。その体は凍っているかのように冷たい——が、まだ息はあるようで、その体は呼吸で微かに動いている。
——炎よ、ミーリィを温めろ……!
彼女の体を抱えてそう願い、彼女のすぐ側に宙に浮く炎を生み出す。そしてすぐに踵を返し、屍を気にすること無く階段を駆け上る。
——ミーリィ……無事でいてくれ……!
月がさらに西の空へと落ちていった頃。
「…………ぁ……」
「ミーリィ!」
ようやくミーリィは目を覚ました。彼女はゆっくりと目を開け——状況を理解したかのようにがばっと起き上がる。
「だ、ダスさん! ポン君は——」
「待て。お前……大丈夫か? 突然倒れて気を失っていたぞ」
先程起きたこと——彼女が起こしたことを伝えるかは、彼女の反応次第だ。あれを認識していなかったら、無理に伝えるべきでは無いと思う。
彼女のことだ、ポンを助けに行くべきこの状況で伝えたとしたら、その事実に気を取られて支障をきたす可能性が高い。
「……気を、失って……それじゃ、ポン君は……」
「ジャレンに連れていかれた。恐らくもう、ボリアにはいない」
それを聞くと彼女は暗い顔で俯き——
「……ごめんなさい、ダスさん……わたしの所為で……」
震える声で、か弱く零した。
俺は溜息を吐いて屈み、彼女の顔を覗くように見て言う。
「らしくねぇな、ミーリィ。諦めるにはまだ早いぞ」
その声に、彼女ははっと顔を上げる。
「やらかしたんなら、その分活躍すればいい。奪われたんなら、取り返せばいい——それだけだ。おら、行くぞ」
立ち上がり、彼女に手を差し伸べる。彼女はじっと俺を見つめ——そして意を決したかのような凛とした顔になり、手をぐっと掴んで立ち上がる。
そこにはもう、先程までのか弱い彼女はいない。
「はい——助けましょう、絶対に!」




