第二十五話 暴走
ポンがジャレンに連れていかれる瞬間だった。
「ッ!? おいミーリィ!?」
教団の教徒達に押さえられ、それでも頭だけは上げていたミーリィ。しかしその頭ががくっと下がり、石の床に打ち付けられた。
この事態に、何もしていなかった教徒達も訝しげに彼女を見つめる。気にしていないのは、ジャレン達だけであった。
「クソッ、俺がやるしか——!」
ジャレンの背中を睨んで巨槍を構え——
ばたり、と音がした。咄嗟に音の方を見遣る——と、今度はミーリィを押さえていた教徒達が倒れていた。
「あ? 何だ——」
その時、強烈な違和感を覚えた。何の声も上げずに倒れた教徒達、ミーリィの方から漂ってくる冷気、そして、ふらりと覚束無く立ち上がるミーリィ。
——何だ……? 様子がおかしい……
「女が動いたぞ!」
それに気付いた教徒達が、この部屋に続々と入ってくる。
「……愚かな。この少年の命が惜しくは無いのでしょうか……?」
俺達の入ってきた扉の向こうからジャレンの呆れた声が聞こえ——
「——ッ!?」
突如発生した寒波が、俺と教徒達に襲い掛かってきた。その発生源は——当然、ミーリィだ。
咄嗟に彼女から距離を取り、壁の如き幕で寒波を防ぐ。それと同時に——
——炎よ、宙に生じろ……!
そう願い、宙に浮く炎を発生させて熱波を生む。そして、僅かに幕から顔を覗かせ、ミーリィを見る。
鉄棍を握って棒立ちする彼女は、ずっと冷気を生み出し続けている。そして彼女の前に立ちはだかっていた教徒達は——
「……!」
悲鳴を上げることもできずに凍て殺されている。
そして理解する——強烈な違和感の正体を。
冷気で敵を殺すことができる——俺はそれを理解していたし、それはミーリィも同じであろう。しかし彼女は冷気の奇跡魔術を、あくまで水を凍らせることだけに用い、それで直接誰かを殺すような真似は決してしなかった。
しかし彼女は今、冷気で直接敵を殺した。それ故の違和感なのだ。
——これが……ドライア達の話していた……!
より強烈に襲い掛かってくる寒波に、幕がぶわっと持ち上げられた。直接浴びれば腕が一瞬にして凍るのではないかと思わせるような冷気が、幕越しに伝わる。
——クソッ、一旦退くしか……!
水の奇跡魔術を使わないと彼女を助けることは厳しいが、しかし強烈な冷気の所為でそれもままならないだろう。
——膂力を強化しろ……!
そう願ってから巨槍を天井に投擲して突き刺し、俺も跳躍して巨槍の柄を握り、さらに願う。
——激流よ、穿て——!
それと同時に巨槍の穂先から激流の砲撃が放たれた。地下の天井を、そして大地を貫き、地上に繋がる逃げ道を作る。
石の床に着地した俺は、再び跳躍してこの地下から逃げ出した。
教徒達がミーリィ・ホルムを止めに行った直後であった。
「——!?」
猛烈な寒波が俺の背中に襲い掛かってきた。その勢いに金髪は持ち上げられ、体は震える。
「何事ですか——!?」
振り返ると、彼女を止めに行った何人もの教徒達が倒れていた。その体が僅かにでも動く様子は無く、凍らされたと分かる。
「……ミーリィ……?」
餓鬼がそう声を零した。俺達以外に今立っているのは、ミーリィ・ホルムしかいなかった。
——面倒な真似を……!
「貴様らはあの女を止めろォッ!! 俺は増援を呼んでこの餓鬼をザラオスに連れていくッ!」
「は、はいッ!」
側にいた教徒達をすぐに向かわせ——
「——ッ!?」
先程まですぐ側にいた教徒達が一瞬にして凍て殺されたのと、ミーリィ・ホルムが俺の眼前に躍り出てきたのは、ほぼ同時であった。
振り上げられた鉄棍を目で捉えることはできた——
「がぁっ!!??」
しかし、その一撃を防ぐことはできなかった。鎧を纏っていない脇腹に激痛が走り、それと同時に飛ばされて壁に打ち付けられ、体はずるずると床に落ちていく。
——痛みを消せッ!
そう願うと同時に、体全体に走っていた激痛が消える。俺は頭を上げ——
その視界に、再び眼前に躍り出てきたミーリィ・ホルムの姿があった。
「させるかァッ!!!」
——炎よ、ここを火の海に変えろッ!!!
願いと同時に石の床から炎が湧き出て、廊下が火の海と化した。餓鬼を燃やさないよう掴んでこちらにぐっと寄せ——
「——はぁ……!?」
俺の目の前で、炎上しているのにさも何も起こっていないかのように立っているミーリィ・ホルムの姿があった。
体には炎が纏わりつき、肌は焦げ、服は焼失し——しかしその姿はすぐに元通りになり、そしてすぐに燃やされ、を繰り返している。
それだけでは無かった。燃えているのに、寒い。その冷気は次第に強くなっていき、それに応じて体の震えも激しくなる。冷気の魔術で熱を打ち消しているのだろうが、それにしてもここまでやる必要性は無い。
——何だ……? 魔術が制御できていないのか……? これは……暴走しているのか……? 何故、このようなことが——
その瞬間に思い出した、メイ・ゴートン、ヴィラス・ノルバット様、そして他の人達が語った、冷気の魔術師の話。
——ああ、この女は——
胸の奥に僅かに生じた恐怖心を感じつつそう考え——思考を止める。今はそれどころでは無い。この餓鬼を連れてザラオスに行くことが最優先だ。
ミーリィ・ホルムは再び鉄棍を構えた。そしてすぐに振り下ろし——
——炎よ! 燃やし尽くせッ!
突き出した右手から、砲撃のように炎を放つ。ミーリィ・ホルムの体はより激しく炎上し、その勢いに吹き飛ばされて壁に打ち付けられる。
「ミーリィッ!?」
「黙れッ!」
床に倒れた、その一瞬の隙を突いてこの場から逃げ出す。掴んでいる餓鬼の腕を、苛立ち交じりに思いきり引っ張って歩を進めさせる。
上の階へと続く階段へと駆け——そこに着くと同時に、増援が駆けつけてきた。この騒ぎが聞こえたのだろう、全員が武装している。
「いいか! 殺してでもあの女を止めろッ! あの女は——危険すぎるッ!」
今のミーリィ・ホルムを地下から出してしまえば、大きな損害は免れないだろう。教団だけでなく、この大都市ボリアもそうだ。過去の事例が示す通り、奴はそれを簡単にできてしまう程の力を持っている。
だからこそ——この場で、殺してでも止めなければならない!
「貴様らの死は——ボリアの人間の死を意味すると思えッ!」




