第二十三話 熱狂
わたし達は一斉に悲鳴の聞こえてきた鉄扉を向いた。いかにも誰かが苦しめられているかのような悲鳴——あの鉄扉の向こう側で、今まさに拷問が行われている。
ボリアから脱出する際に聞いた言葉から察するに——鉄扉の向こうにいるのはジャレンさんだ。
そうだとすると、完全に予想外だ。ポン君の両親を救出して礼拝堂から脱出した後に交戦する可能性は考えていたが、まさかこの段階で出くわすことになるとは。
「クソ、一番重要なところで……」
ダスさんが小声で愚痴を零した。それに続いて、
「取り敢えず牢屋を確認するだけして、拷問が終わるまで待つしかないな」
苛立ち交じりの声で彼は囁いた。
「そうですね——」
透明なポン君を掴んでいた腕が大きく揺れた。
「ぽ、ポン君?」
その原因がポン君だとすぐに察せられた。その揺れは徐々に強まっていき——
「ッ!?」
その激しい揺れに、ポン君を掴んでいた手が離れてしまった。それと同時に、心臓がきつく締まるような感覚を覚える。
——まずい、ポン君が——
ポン君が着地する音が聞こえ、わたしは手を伸ばし——しかし、その透明な体を掴むことはできなかった。
「ポン待て!」
小さいながら強い声を上げ、ダスさんも彼を止めようと動いた音が聞こえる。しかし、段々と小さくなる駆け足の音が聞こえ続けた。
「クソ、取り逃がした……!」
「ポン君……!」
そう声を掛けた——が、反応が返ってくることは無かった。
この場で待っていられるかよ。
父さんと母さんが、目の前で拷問されているのかもしれないのに!
おれの体は自然に動いていた。脇腹を掴んでいたミーリィの手を振り解き、鉄扉へと駆けていく。
鉄扉に近付くにつれ、心臓の鼓動が高鳴っていく。焦りや不安、苛立ちでぐちゃぐちゃになり、悲鳴を上げている心を堪え、一歩一歩駆け足で進む。
鉄扉の前に着き、両手を当てて——
——この扉を押す力をくれ!
そう願い、鉄扉を強く押す。重厚な鉄扉は一気に開かれ——
「——おや、どうしたのですか?」
そこにいたのは、果たして魔卿ジャレン・ラングルであった。金の髪を揺らし、こちらへと振り向く。
部屋には壁のような大きな布の幕と、いくつもの鉄の大きな机があり、それぞれの机の上には横たえられて拘束された人がいる。その体は震え、呼吸は荒く、悲鳴のような声が零れている。特に、ジャレンの隣の机の人は、体が黒く焼け焦げている。
さも善人ぶっているかのようなその顔が、酷く憎い。
——父さんと、母さんを、返せッ!
「……おや? 誰もいない……?」
怪訝にこちらを——彼にとっては何も無い空間をじっと見つめ、疑問の声を零している。
——やるなら、今しかない——!
衣嚢から短剣を取り出して構え——跳躍する。ジャレンとの間合いは一気に詰められ——
「——ああ、そういうことですね」
視界に映っていないはずのおれを睨むかのように奴は目を細め——右手を突き出してきた。
「——ッ!?」
その右手から炎が迸り、おれを呑み込んだ。
「あ゛あ゛っ゛!? があ゛あ゛っ!?」
体が激しい炎と熱に包まれ、おれは石の床へと落ちる。体が焼かれ、苦悶の叫びを上げてのたうち回る。
——熱い! 苦しい! まだ死にたくない!
そう強く思い、何度ものたうち回る——も、おれの体を包む炎が消える気配は無い。
「姿を消す魔術を行使する方とは過去に交戦したことがありましてね。いかに透明であろうとも、燃えていることは隠すことができない——貴方の姿はもう見えておりますよ」
ジャレンはおれを燃やす炎を意に介さずに体を掴んで持ち上げる。
「その声から察するに——先日ぶりですね。貴方には散々振り回されたので、暫くはこのままで——」
どばぁん、と背後で起きた何かが爆発するような音が耳を劈き——直後、おれとジャレンは激流に呑み込まれる。
おれをがっしりと掴んだジャレンは激流に押し出されて壁に激しく打ち付けられ、「ぐ」と苦悶の声を零す。
「そこかッ!」
ジャレンは座ったまま中空を睨んで右腕を突き出し——砲弾が打ち出されるかのように火炎が生じ、その先にいる誰かを呑み込んで燃やした。
炎に包まれた体の上から滝のように水が落ちてきて、炎ごとその体を呑み込み——その中からジャレンが現れる。
「姿を消す魔術を使っても無駄、か……流石はジャレンだ」
苛立ち交じりの声でダスは零した。すぐにミーリィも駆けつけてきて、ダスの隣に立つ。透明になっていたおれの体も、いつの間にか元通りになっていた。
「ポン君と、ポン君のご両親を返して下さい!」
彼女はジャレンを睨んで言い放った。
——この状況になったのはおれの所為なのに、何でまだ助けようと……
今になって、おれは後悔を抱いていた。二人はおれを助けようとしているのに、おれは自分勝手な行動をしてしまった。それで今、危険な状況に陥っているのに——
「そうでしたか。彼のご両親を返して欲しい、と」
ジャレンはしっかりとおれの体を掴んだまま応える。奴は上を向いて考えるような素振りを見せ——
「それでは、会わせてあげましょう」
「は?」
「え?」
奴は微笑んでそう言った。てっきり拒否するのかと思ったが、あっさりと合わせてくれることにおれもミーリィも驚きの声を零す。
しかし——奴の顔には不敵な笑みが浮かんでいる。絶対に何かを企んでいる顔だ。
ジャレンは立ち上がり、尚もおれの体をしっかりと掴んでいる。
「ああ、変な真似はなさらないように。この少年が殺されても良いのであれば、大丈夫ですが」
その一言に、息を呑む。改めて、おれがいつ殺されてもおかしくない状況だと理解する。
おれが連れていかれたのは、壁のような幕の前だった。まるで部屋を区切るような大きな幕——この向こう側に、父さんと母さんがいるのか。
緊張や不安などの様々な感情が混ざり合い、胸の辺りがきゅっと苦しくなる。
ジャレンはおれを幕の中央の前に立たせ、手を放す。そして奴は幕に触れ——
「元々、貴方をここに連れてきたら会わせるつもりでした」
「……は?」
突然、何かを語りだした。訝しげにジャレンを睨むと、奴はおれを見て憎たらしい微笑を浮かべ、続ける。
「理由は至って単純です——」
そして奴は幕を引っ張り——
その向こうにあった机の上に、父さんと母さんの首と光り輝く右腕が置かれていた。
「——貴方の心を折る為ですよ」




