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ゲロムスの遺児  作者: 粟沿曼珠
第一章 謎の少年との邂逅
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第二十二話 潜入

 ボリアから出た日の翌日、夜の帳が下りて月が星空の天辺で輝く頃。先日の騒動もあって深夜ながらに街は騒がしい。

 街を徘徊するヘローク教団ネドラ派の教徒達は、ゲロムスの魔術師であるポン君と、教団に敵対するわたし達を探している。その数は夥しく、姿を消す魔術が無ければ突破するのは難しかっただろう。


「帝国の増援が無かっただけマシか……」


 ボリアのあるバイドーグシャ地方と、帝国の帝都ザラオスがあるペリーエングシャ地方は隣接しており、かつボリアはかつて奴隷たる人間の居住区ということもあって、ザラオスから近い。

 列車を使えば一日で増援が駆けつけてくることができるが、ラードグシャ地方に出兵させているのもあってか、増援は無いようである。


 現在わたし達がいるのは、教団の礼拝堂の屋根だ。五つある塔の一つの、窓の側で待機している。

 窓から礼拝堂の内部に侵入し、わたしの姿を消す魔術で隠れつつ、ポン君の両親を探す——という寸法だ。

 ダスさんは以前からジャレンさんと交流があり、礼拝堂に何度か入ったことがある。そのお陰で両親の大凡の居場所は見当がついている。


「ここに来る前にも言ったが——恐らく、ポンの両親は地下にいる。俺は直接見ていないが、牢屋があるはずだ」


 ダスさん曰く、教団に敵対し、捕まった者は地下牢に入れられるらしい。拷問が行われていることについては知らなかったとのことである。ゴーノクル全土で屈指の善人として世間から認知されているから、無理も無い。


「俺が先導する。行くぞ」

「はい。ポン君は大丈夫?」


 ポン君を見遣る——彼は不安、焦り、恐怖など、様々な感情に押しつぶされているかのように顔を歪めている。

 それも当然だろう。自分の両親が拷問を受けていて、そんな痛ましい姿を今から見ることになるのだから。


「…………」


 彼は黙って俯いている。呼吸は若干荒く、その音がわたしの耳に届く。


「ポン君、きつかったら——」


 ぱん、と軽快な音が響いた。

 まるで自分を奮い立たせるかのように、彼は自分の頬を叩いたのだ。突然のそれに、わたしもダスさんも驚いて彼を見る。


「いや、大丈夫……力加減間違えた……」


 最後は小声でそう零し、彼はわたしを見て言い放った。

 一番怖い思いをしているのはポン君だ。それでも彼は勇気を振り絞り、わたし達に付いていくと決めた。

 そんな彼に、わたしは微笑んで応える。


「うん、分かった。それじゃあ——ダスさん、お願いします」

「ああ。ポン、もう一度言うが——声を出すことができない以上、お前がその目で両親を見分けることが重要だ。いけるか?」


 ダスさんの言葉に、ポン君は頷いて応える。ダスさんはそれを認め——


「じゃあ、行くぞ」


 そう言って塔の窓を押して開けた。


「誰だ!?」


 早速塔の内部から声が響いてきた。わたし達は窓の死角に隠れ、息を殺す。

 かつ、かつ、と階段を上り、段々と窓に近付く足音が響く。徐々に徐々に大きくなり——止まる。

 教団の男が顔を窓から出し——


「——ッ!?」


 その顔がダスさんに掴まれ、塔の外に放り出される。


「何だ——」


 男は頭を巨槍の柄で思い切り殴られ、その勢いのまま体全体が礼拝堂の屋根に打ち付けられる。

 ダスさんは屈んで倒れた男に手を伸ばし——


「——いや、どうせ武器でばれるか」


 そう言って服を剥ぎ取ろうとするのを止めた。彼はわたしを見遣って言う。


「ミーリィ、魔術を」

「了解です」


 ——わたし達の姿を消せ。


 そう願うと、わたし達の姿が透明となって消えた。


「よし、入るぞ」


 ダスさんがそう言い、わたし達は礼拝堂の中へと入った。






 塔の階段を下り、礼拝堂の廊下に出る。数は少ないが、やはりネドラ派の教徒がおり、廊下を行ったり来たりしている。

 透明な姿となっているわたし達に気付くこと無く、彼らはわたし達の前を通り過ぎる。とはいえ、緊張しない訳では無い。

 わたしはダスさんの透明な肩を掴み、動き出すのを待つ。


「…………」


 わたし達は黙って教徒達が過ぎ去るのを待ち——誰もいなくなったところで、ダスさんが動き出した。

 ダスさんの肩をしっかり掴み、彼に付いていく。ポン君もわたしの服を掴んで後ろを歩いている。

 ダスさんは迷う様子も無く歩を進める。真っ直ぐ進み、時に曲がり、それを繰り返し——


 ——階段だ。


 体感では礼拝堂の中心の辺り。わたし達の眼前には地下に続く階段がある。壁には等間隔で燭台が掛けられ、地下へと続く道を薄らと照らしている。

 ダスさんが階段を下り始め、わたし達もそれに付いていった。


 一歩一歩、一段一段階段を下る度に、緊張が強くなっていく。心臓が高鳴り、体が熱くなる。

 それはポン君も同じだろう。服が僅かに引っ張られ、彼の力が強くなっているのを感じる。宥めたい——が、状況が状況なので声を掛けることができない。


 ——大丈夫だよ、ポン君。


 彼には聞こえないけど、心の中でそう言った。


 そうして階段を下りていき——段差が無くなったところで立ち止まって顔を上げる。

 今まさにわたし達が足を踏み入れた廊下は、階段と同じ薄暗さであった。壁には同様に燭台が掛けられ、長い廊下の先には重厚そうな鉄扉がある。

 階段のすぐ側には長机があり、看守と思しき教徒が椅子に座っている。そしてその背後の壁には鍵が掛かっており、ここが牢屋のある空間なのだと理解する。


 ——ポン君のご両親は、すぐそこだ。


 その時、ダスさんの肩を掴んでいる手が、透明な手に優しく触れられた。手を放すよう促す合図だと察し、わたしは手を放した。

 少しすると、看守が壁に激しく打ち付けられた。その体は力無く石の床にばたりと倒れ、動く様子を見せない。ダスさんが気絶させたのだろう。

 今度は壁に掛かった鍵が一つに纏まる。鍵の束は宙に浮いているかのように動き始め、わたし達に寄ってくる。


「鍵は取った。ポン、頼むぞ」


 姿の見えないダスさんが、わたし達の前でそう囁いた。鍵は廊下の奥の方へと動き出し、わたしとポン君はそれに付いていく。

 そして、一つ目の牢屋の前で立ち止まる。奥に見えた扉と同様に重厚そうな鉄扉で、上部には人が中を覗けるような穴が設けられている。

 わたしの服を掴んでいる手を頼りに、ポン君の体を手探りする。その体を舐めるように指を這わせ、そして両手を彼の脇腹に当てて持ち上げる。


 牢屋の中にいる人が両親だったら二回、両親じゃなかったら一回、わたしの体を叩く——ボリアに再び乗り込む前に決めたことだ。

 彼の大きさを思い出して、見えないながらに上手く調整し、彼が中を見ることができる高さに持ち上げる。そしてその高さを維持し——


 一回、わたしの腕が叩かれた。この牢屋では無いようである。

 わたしは振り返って背後の牢屋へと向かい——


「があ゛あ゛あ゛あ゛あ————————————っ!!!」


 廊下の奥の鉄扉から響いてきたもがき苦しんでいるかのような悲鳴が、わたし達の耳を(つんざ)いた。

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