第百四話 歓楽街へ行こう
……とまぁ、シャールとそんなことを話したのは良いものの、結局今まで言えずにいるという有様である。
列車が来るまでの一週間のうちに、あるかどうかすら分からないこの街の闇を暴く——流石にそれは厳しいだろうし、無駄骨になる可能性が高い。
しかし彼の発言が間違っているという訳でも無い。実際わたし達は今心に傷を負っているのだから。
……この状態のまま無理に旅を続けてしまえば、いつか破綻してしまうだろう。
実際に歓楽街に行ってどの程度わたし達の心の傷が癒えるのかは分からない——けれど、行かないよりも行く方が遥かに良い。
「ここにいたか、悪い」
と、少しばかり荒い息の混ざったダスさんの声が聞こえてきた。小走りでこちらに来て、わたし達の座る長椅子の前で立ち止まった。
「やっと来たかー……」
肩を竦めたポン君は立ち上がり——
——言うなら今しか無いか……!?
「あの!」
そう声を出すと、二人は体をぴくりと揺らしてこちらに視線を移してきた。
「どうした?」
きょとんとした顔でダスさんは尋ねてきた。ポン君もまた不思議そうにこちらをじっと見ている。
……言いづらいけど……えぇいままよ!
少しの沈黙と往来の喧騒に包まれた後、息をすっと吸って口を開く。
「歓楽街に行きましょう!」
裏側に獣の毛を贅沢に使ったキムスに着替え、わたし達は歓楽街の入り口——と言っても駅を出てすぐなのだけれど——にやってきた。
煌びやかな金色や、妖艶さを感じさせる薄紅色や紫色で大通りは彩られており、それだけでこの街がどのような場所なのかがひしひしと伝わってくる。
大通りは果たして往来する人々で埋め尽くされており、その景観は人の海に呑み込まれてしまっている。遠くの建物は、その頭を視界に収めることさえできない。
——そしてこの中には犯罪者がいる。盗みのような軽い犯罪に手を染める者から、強姦や殺人といった行為で人に手を掛ける者まで。
……或いは、あるかもしれないこの街の闇に繋がっている者も。
そう考えると一歩踏み出すのを躊躇ってしまう——が、歓楽街に行こうと誘ったのはわたしであるし、ここで退いては傷心を癒す機会を失ってしまう。
「久しぶりだな……相変わらず人だかりが凄い」
さざめきを響かせる人の海を見て、ダスさんは目を細くしてどこか鬱陶しげに言った。
……やっぱり、まずかったかな……?
ダスさんは歓楽街に行くことを二つ返事で了承してくれたけど、この反応的にどうなのか……まぁ普段はあまり感情を表に出さない人なので、以前のようにわたしの勘違いの可能性もあるのだけれど。
一方でポン君はというと、そわそわしている様子である。大通りの左と右を交互に見ていて、まるで何かを探しているようである。
……というか、子供を連れてきて大丈夫なのかな……?
「ところでミーリィ」
こちらを見遣って声を掛けてきたダスさんの目を捉え、「はい、どうしました?」と返事をする。
「歓楽街で何するんだ?」
「…………」
……まずい。
歓楽街に何があるか分からない。いやまぁある程度の察しはついているのだけれど、賭け事には一切関わったことが無いので、具体的に何があるのかが分かっていない。
「……えーっとぉ……」
言い出しっぺがこの有様では駄目であろう。背中に冷や汗が伝うのを感じながらあれこれ考え……
……たは良いものの、結局何も思いつかなかった。
「……ポン君、どこか行きたいところとかある……?」
「お前歓楽街に何があるか分かってないだろ」
淡々と、しかし的確にこちらの図星を指してきた。思わず「う」と声が零れて体が縮こまり、彼も彼で「分かってないのに歓楽街に来たのか……」と肩を竦めた。
「じゃ、じゃあポン君は何があるか分かるの!? 言ってみなさいよぉ!」
彼の方に僅かに身を乗り出し、感じる恥ずかしさを消すように叫んで問い掛けた。すると彼は視線を上に送り——
「風俗だろ? それから……」
……とだけ言って、彼は黙り込んでしまった。
——あぁ、そわそわしているのはそういうことなのね。
どっかの誰かさんみたいな憎たらしい笑みが浮かぶのを感じつつ、それを隠すように口を手で隠し、顔はポン君の方を見たままダスさんに視線を送る。
「……これまでどういうものに触れて育ってきたのかが窺えますね、ダスさん」
「同感だ」
「う、煩いっ!」
わたしの足を何度も蹴ってくるポン君に若干の興奮を覚えつつ、顔をダスさんの方に向けて照れ隠しの笑みを零しながら尋ねる。
「……それでなんですけど、どこか良いお店ってあります?」
「良い店、か……」
先程ポン君がそうしたように、彼もまた視線を上に送る。彼の口が再び開いたのは、その後すぐであった。
「そうだな、クァヴァスに来たら絶対に行けって店——いや、闘技場がある」
「闘技場ですか?」
首を傾げると彼は頷き、
「大通りを真っ直ぐ歩けば着く。取り敢えずそこに行ってみるか」
と言って人の海の中に飛び込んでいった。
「ほら、ポン君がわたしの足が好きなのは分かったから行くよ!」
「いや別に足には興味無ぇよ!?」
そう否定するポン君の手を握り、わたし達もまた人の海の中に飛び込んでいった。
「つ、掴むな恥ずかしい!」
「掴んでないと逸れちゃうかもしれないでしょ——あその照れ顔可愛いぃんふふふぅ……!」




