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ゲロムスの遺児  作者: 粟沿曼珠
第三章 白熱の冷海
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第百三話 シャール・ウェイスの助言

 クァヴァスに到着する前日、寝ている間のことである。

 灰色の何も無い世界、いるのは私と彼の二人だけ。無の大地に座ってわたしは床を、彼はわたしをじっと見ている。


「ヴァザン地方か、懐かしいな。私も何度か戦いに行ったものだ」


 シャールは哄笑を伴ってそう言った。

 ボスカルの獣との戦いで彼が覚醒してからというものの、寝る度に彼が夢の中に現れてあれこれと語ってきている。

 正直もう慣れてしまったのだけれど、煩いものはやはり煩い。このおしゃべりクソ亡霊をどうにかできれば良いのだけれど——


「無理だ。貴様が私を——この魔腑を捨てなければ、私は永遠(とわ)に現れるだろう。まぁ貴様には無理であろうがな」


 ……といった具合に、毎回こちらの思考を読んではどうしようもないと言ってくるのである。


「耳を貸せ、ミーリィ・ホルム。私は殺し屋であったが、時折戦場に駆り出されることもあってな。その折、今は滅びたとされる北方の戦の民と交戦した。あの頃は氷の大地がまだ溶けていなくてな、そこを戦場として戦ったのだ」

「はいはいおじいちゃん楽しそうですねー」

「ああ楽しいぞ? それで、戦の民というのは実に——」

「嫌味で言ったんだけど……」


 こちらの嫌味を微塵も意に介さず、嬉々として当時のことを語る彼に思わず嘆息が零れた。


「知能が低いからか、戦略というものが分かっていない様子であった。しかし魔術込みの魔術師の膂力と同等以上のそれを持ち、魔術無しで——いやあれが魔術、或いはそれに近しい何かだった可能性もあるが——欠損した体を再生することもできる。比較的賢い個体は自らの体を引き千切って武器とする行動や、再生の延長で棘や翼などを生やす行動も見られた。単調ではあったが、同じ人の形をしていてもここまで違うのだと感心したものだ」

「正直途中から何言ってるか分からなかったけど、凄そうとだけ言っておくよ」

「左様。久方ぶりに一戦交えたいものである。クァヴァスに末裔でもいれば良いのだが……時にミーリィ・ホルムよ」


 何かを思い出したかのように頭を僅かに上げてそう言った彼に、目線を送って反応する。


「貴様に一つ、助言を送ろう。クァヴァスの歓楽街で遊んで来い。数年前に貴様の目と耳を通じて得た情報故、実際に、そして今も存在しているのかは分からぬがな」

「遊ぶ? 歓楽街で?」


 彼の突拍子もない発言に驚きと呆れの混ざった声が零れた。にやりと口角が上がり、いつにも増して憎たらしい笑みである。

 確かにクァヴァスは歓楽街で有名だと聞いたことがある。記憶が正しければ、ゴーノクルで最大級の歓楽街を擁しているのだとか。

 しかし、そうだとしてもだ。


「シャールねぇ……今の状況分かってる? ポン君の故郷に早く向かいたいのにまた足止めを喰らうし、ボスカルの獣と戦ってから皆どこか暗い雰囲気だし……とてもそういうのを楽しめる気分じゃ——」

「だからこそ、である」


 彼は憎たらしい笑みのまま言葉を紡ぎ続ける。


「貴様、その暗澹とした雰囲気のままでいるつもりか? 負の感情は関係性の悪化や士気の低下等に繋がる。今の貴様達の精神状態は——先程貴様が言ったことから分かるであろう?」

「う……」


 否定の言葉も反論の言葉も出てこなかった。

 確かにわたしもダスさんもポン君も、ボスカルの獣との戦いを通じて得た経験が枷になっている。

 エトロンにいた頃よりはましにはなっているものの、それでもやはりその枷は重いままだ。


 ダスさんには、己の無力さが。

 ポン君には、死の恐怖が。

 わたしには、シャールの覚醒が。

 各々に括り付けられた枷が、各々の心をきつく苦しめているのだ。


 わたしの顔が僅かに歪んだのを見てか、彼は再び哄笑を響かせた。


「それに、ここは確か事件が多いであろう? 事件に遭えばファレオの仕事ができ、ともすれば貴様達の心の枷を外すことができる——違うか?」

「う、うーん……それはどうかな……?」


 殺人や誘拐といった事件が多発しているのも聞いたことがある。しかし、その程度の事件を解決したからといって、二人の心の枷を外せるのだろうか?

 二人に括り付けられた枷は、そんなことで外れる程のものでは無いだろうに。


「良いこと——否、悪いことか? まぁ何でも良い。一つ教えてやろう、ミーリィ・ホルムよ」


 そう言うとシャールは灰色の大地を見遣り——そこに十体程度の白い人形が現れた。

 魔腑の中だから、こういう風に想像したものを具現化させることができる——らしい。わたしはまだやったことが無いのだけれど。


「千年も前の魔術師の時代からそうであるが、斯様な歓楽街、特に犯罪が多発するような治安の悪い所は——」


 彼は一瞬言葉を紡ぐのを止め、憎たらしい笑みを消した。その瞬間に白い人形は黒く染まった。人形の顔には悪意に満ちた笑みが浮かんでいる。


「往々にして、その絢爛な装いの裏に闇を宿しているものだ。軽々と足を踏み入れた者の命を喰らう、どす黒くて兇猛な闇がな」

「兇猛な、闇……」


 人形は溶解して灰色の大地に消え、再び彼は笑みを浮かべてこちらに視線を移す。


「尤も、確実にあるとは限らないがな。飽く迄私が仕事で赴いた歓楽街の悉くが、偶然にも闇を隠していたに過ぎない」

「つまり、実際にあるか分からない闇を暴いて、ダスさんとポン君の悩みを消す、ってこと?」

「左様。とはいえ、歓楽街で遊ぶだけでも良いとは思うがな。貴様達にその気があれば、闇を暴くが良い」


 ……うーん。


 もし闇があるのであれば、それを消すに越したことは無い。それでダスさんとポン君の枷を外せるのなら尚良し。

 だけどそれにどのくらい時間が掛かるか分からないし、そもそもこの歓楽街が闇を抱えているのかも分からない。そして仮に闇があったとして、ポン君を連れていくべきなのか、暴いたところでダスさんとポン君の悩みが——


「のぅ、ミーリィ・ホルム。()()()()()。貴様も、闇を暴いて枷を外すのだ」


 彼の呼び掛けに思考が止まった。

 その言葉の意味することがすぐに分かってしまい、気持ち悪さを覚えてしまった。


 ……そんなことなんて、忘れてしまいたいのに。


「……貴方を受け入れろ、って?」

「左様。期待しているぞ、ミーリィ・ホルムよ」


 こちらをじっと見つめてくる憎たらしい笑みに、激しい苛立ちを覚えてしまう。


「……わたしは、貴方を受け入れはしないから」


 受け入れてしまえば、きっとまた暴走して、そして終わってしまうからだ。皆の命も、街も、わたし達の旅も。

 ——わたしという存在も。


「……貴様、分かっているのであろう? 今のミーリィ・ホルムという存在は、()()()()()()()()()——()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。だからこそ、この魔腑を捨てないのであろう?」


 ……分かっている。分かっているよ、そんなこと。


 わたしは彼の言葉を無視し、心を苛むものに耐えながら目覚める時を待った。

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