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ゲロムスの遺児  作者: 粟沿曼珠
第三章 白熱の冷海
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第百二話 極北の都市、クァヴァス

『行方不明者相次ぐ——犯罪の坩堝クァヴァス』


 クァヴァスにて今年で六十三件目の行方不明者の報告があった。例年では三十件から四十件程度だが、今年は例年より遥かに多く発生している。


 クァヴァスは華々しい歓楽街であるが、その一方で昔から節々に薄汚さを垣間見せている。暴力や窃盗は日常茶飯事で、時に強姦、殺人、誘拐といった痛ましい事件も発生しているのだ。噂ではあるが、地下には奴隷や魔腑を売り捌く闇市場があるという話もある。

 行方不明者の報告は毎年上がっている。例えばそれは単に美しい女性を拉致するという事案もあれば、借金を踏み倒そうとしているが故に拉致されたという事案もある。


 しかし例年なら三十件から四十件のところ、今年は六十三件も発生している。今年が終わるまであと三、四ヶ月もあるというのに、だ。

 この件について市は確実な原因は分からないとしつつ、地を這う者達(アポラスト)などの近年増えつつある犯罪組織によるものではないかと見解を述べている。

 また市はファレオや教団、帝国などと協力して本件の調査をしていくとの声明も出している。


 地を這う者達(アポラスト)や変態性癖紳士の会といった大規模な犯罪組織による犯罪は全国的に発生件数が増加しているが、特にクァヴァスでは発生件数が多い。

 市はかねてより犯罪に巻き込まれたくない人は来ないよう宣伝しており、近年ではゴーノクル全土で増加する犯罪を受けてより強く発信している。

 しかしながら我々の調査ではクァヴァスに来る人の数はあまり減っていないことが分かっている。


 金、物、賭け、性、そして戦に溺れた者達が最期に行き着く街——クァヴァスという街は時にそう表現される。

 甘美な餌で誘惑し、それに狂った人間を次々と喰らう——クァヴァスという街はまさに蠱惑的で狡猾な獣であろう。


                       ——ある年のニーフォン新聞より






「寒いッッッ!!!」


 列車を降りるや否や襲い掛かってきた兇猛な寒波に、わたしは思わず叫んで列車の中に戻ってしまった。

 このクァヴァスという国、そして同じ名を持つ都市はゴーノクル北端のヴァザン地方に存在する。それもあって、実際に経験したことの無い氷雪の時代を想起させるような極寒の国となっている。

 冷気の魔術を使うと(いえど)も、寒いものは寒いのである。


「おおおいダスふふふ服買わない?」


 震えて上手く喋れないポン君と列車に戻ったわたしを一瞥し、寒がる様子を見せないダスさんは口を開く。


「そうだな……金が入ったことだし、買うか」


 そう言って一人で先に行ってしまった。

 ポン君は遠ざかるダスさんの背中をじっと眺めた後、呆れたような、不安そうな表情でこちらを見てきた。


「……な、なぁ、ミーリィ。もしかしてだけど……例えばこういう寒いところに来て暖かい服を買うとか、暑いところに来て涼しい服を買うとか、そういうのってこれまで無かった?」

「え、うーん……」


 その環境に合わせた服とか道具とかを買ったことがあるか——ということだろう。

 そもそもわたしは新人で経験が浅いが、思い返せばそういう経験はないし、それ以前に万年財政難のファレオには「環境の変化くらいで道具を変えるな」という暗黙の了解がある。


「無いかな。ほら、ファレオって懐事情が厳しいし」

「……なぁ、仕事変えた方が良くないか……?」


 こういう話をすると、いつもこういう返答が返ってくるのである。


 ……子供に警鐘を鳴らされる組織、かぁ……


 仕事を変える気は毛頭無いが、多少の切なさを覚えてしまった。

 心に若干の苦しさを覚えつつ、彼と一緒に歩き始める。駅のすぐ側には海があり、乗降場からもそれを眺めることができた。

 海は巨大な氷で満ちており、それぞれが飛沫を上げてその巨躯をぶつけ合っている。初めて見る圧巻の光景に、わたしもポン君も寒さを忘れて見惚れていた。


「流氷か……本で知ってはいたけど、思ったよりでかいなぁ」

「ねー。もっと小さいのが沢山あると思ってたよ」


 氷雪の時代では海は氷の大地だったが、魔術師の時代を経て温暖化していったことにより、こうして氷の大地は崩れて流氷になった——らしい。


 流氷に満ちた海を眺めながら歩を進め、駅の中へと入る。魔術によるものか、構内は暖気に満ちており、わたしとポン君は入ってほぼ同時にほっと一息吐いた。


「あぁ……わたし達の天……遥けき明星の地はここにあったのね……」

「何死に際みたいなことを……まぁ、同感だけどさ……というか、ダスはどこ行った?」


 ふと彼はそう言った。歓楽街ということもあってかそもそも駅が巨大で、中には様々な店があり、通路は人で埋まっている。

 燎原隊の追跡の魔術が込められた魔術包があるにはあるが、仕事以外で使うのは好ましくないであろう。


「人も多いし、取り敢えずここで待とっか」

「分かった……ここで一週間待機か……」


 物憂げな、しかし安心しているような、そんな複雑な顔で彼はため息混じりに零した。

 その反応も無理は無い。わたし達の中で彼は誰よりも早く故郷へ戻りたいと思っている——その一方で、ボスカルの獣との戦いで実感した死の恐怖故に、前に進むことが怖くなっているのだから。


 詳細は語られていないが、ユール地方——ヴァザン地方の東南にある地方——で何かがあったようで、それを受けて列車の本数を一週間に一本だけに減らしているとのことだ。

 帝国とラードグシャ地方の国々との戦争は既に始まっている。今こうしている内にポン君の故郷が凄惨な状況になっている可能性もある。

 勿論わたしも早く彼の故郷に行きたい……しかし、列車を使わずにユール地方まで行くというのは非現実的な話でもある。


 わたし達はただ心を攻めてくるものに耐え、列車に乗れる日が来るのを待つことしかできなかった。

 ……或いは、それ以上の時をここで過ごすことになるのか。


 しかし実のところ、クァヴァスという歓楽街に一週間滞在するというのは、今のわたし達にとって悪い話では無い。

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