第百話 追憶 〜少女の道の始まり〜
ミーリィがファレオの本部に来てから数日が経過した。
「はっ! ふっ!」
本部内にある地下訓練場で、ファレオの団員となった彼女に仕事をする上で必要な能力——戦いの技術を教えている。
彼女の希望もあって棍を用いた戦い方を教えている。クソ師匠の教え方は覚えていないし思い出したくもないので、取り敢えず振り方や狙うべき箇所を教え、後は人の模型の相手をさせつつ気になったことがあれば指摘するという形を取っている。
……のだが。
「はぁっ!」
流れるような動きで模型の右腕を打ち、振り下ろした姿勢のまま棍で足払いをし、そして転倒した模型の首を目掛けて跳躍したミーリィの棍が振り下ろされた。
立ち上がると転倒した模型をじっと見つめ、少ししてそれを立たせた。
再び彼女は模型の右腕を打ち——今度はそれと同時に彼女の脚で模型の膝を蹴った。
「う!?」
しかし模型は揺れるだけで倒れず、彼女は蹲るように脚を抱えて痛がる素振りを見せる。
無駄な動きや失敗は勿論あるが、彼女はかなり筋が良い。考え無しに棍で殴るような真似はせず、攻撃をどのように繋げていくかを自分で考えて実践している。
しかも俺は棍を用いた戦い方しか教えていないのに、先程の足払いのように棍以外の攻撃を交えている。
この調子だから俺が教えることは少ない。或いは彼女は俺以上の実力を持つ存在になるだろう——かつての己と比較してそう思ってしまう程に、彼女の動きには目を見張るものがあった。
「ミーリィ、流石にその体格じゃ無理だ。棍だと右腕を切断できないから、腕じゃなくて脚を狙うか、別の攻撃を交えた方が良い」
「は、はいぃ……!」
彼女は蹲ったまま返事をし、立ち上がって再び模型と向き合う。そんな彼女の肩は、荒い息と共に上下に揺れていた。
強いて彼女の欠点を挙げるとすれば、体力の無さであろう。これに関しては仕方の無いことではあるし、今後体力を付けていけば良いだけの話なので、大きな問題では無いのだが。
「一旦休憩を挟むぞ」
「わ、分かりました……!」
彼女は棍を置くとこちらへと駆け寄ってきて、空いている椅子では無く床に座った。
水を願って盃を水で見たし、それを彼女に手渡す。
「ほら、ミーリィ。今のうちに水飲んどけ」
「あ、すみません、ありがとうございます……!」
微笑んで差し出した盃を受け取ると、彼女はそれを一息に飲んだ。空になった盃を床に置き、彼女は「はぁ」と大きな息を吐く。
「二人共お疲れー」
扉が開かれるのと同時に間延びした声が聞こえてきた。音の方を見遣ると、ナラがにこにこと微笑みながら手をひらひらと振っていた。
「ちょーっと覗いて見てたけど、ミーリィちゃん良い動きだったね! やっぱり強い人が教えると強い人に育つのかなー」
「あ、ありがとうございます……」
ミーリィは照れ臭そうに俯いてそう言った。
「いや、ミーリィはかなり筋が良い。動きが単調じゃない上に、俺が教えた以上のことを自分で考えて実践している」
「へぇ、あのダス君がそう言うってことは将来有望ってことね」
「だ、ダスさんまで……!」
ミーリィは自分の脚で顔を隠すように前屈みになった。
そんな彼女を見て思わず微笑を零し、そしてナラを見遣る。
「ところで、何か用か?」
「ん、ああ、そうね。ドライアさんがミーリィちゃんを連れて団長室に来てくれって」
ドライアの呼び出しを受けて訓練を中止し、団長室へと向かった。
「それで、用って何だ?」
恐らく突然呼び出された緊張で固まっているミーリィから視線を逸らさずにドライアに問い掛けた。
きっと彼女はこれから何が起こるか分からないのだろう——が、俺も同じような経験をしたので、これから起こることの察しは付いている。
「大丈夫だ、ミーリィ。少なくとも悪いことは起こらない」
「は、はい……」
そう言って宥めたが、何が起こるか分からない以上何を言っても緊張してしまうのだろう。
ドライアが立ち上がり、こちらへと歩いてきた。そんな彼の姿を彼女はじっと見つめて追っている。
あれがあるのだろう、ドライアは何かを隠すように両手を背中に当てて見られないようにしている。
彼は立ち止まり、ミーリィの見上げる視線とドライアの見下ろす視線がぶつかった。
何が起こるか、何をされるかが分からないという恐怖が眼前にまで迫ったからか、彼女の体は小刻みに震え始めた。
「安心したまえ、ミーリィ君。何も悪いことはしない。私はただ——」
そう言って彼は屈み、彼の背後に隠されていたもの——革が用いられている小さな箱を彼女の眼前に差し出した。
それを見た彼女が首を傾げると、ドライアはその箱をそっと開いた。
「……あ……!」
箱に入っていたのは、爛然と輝く大きな盾と二本の剣、そして「平和」、「救済」、「安寧」——などと古来より様々な意味を背負わされている白い鳥の翼の徽章——即ち、ファレオの徽章である。
「これを渡したかっただけさ。これで君は今日から正式にファレオの団員だよ」
先程までの緊張や恐怖は一瞬にして消え、彼女の顔はぱあっと明るくなった。
「あ、ありがとうございます……!」
彼女は箱ごと徽章を受け取り、その笑顔のすぐ前にまで持ってきてじっと見つめた。
——本当に、ファレオに入って自分の使命を成し遂げたかったんだな。
そんな彼女の姿を見て、俺も思わず笑顔になってしまった。
これからミーリィの使命を果たす戦いが——ミーリィの道が始まるのだろう。




