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18 王立学園の学園祭


 ロバートとテオから練習後、「ちょっと話がある」と声を掛けられたのは、学園祭の三日前。


 彼等の突然の提案を受け、三日間、練習後の時間を使って準備をし、学園祭の前日、すっかり暗くなった帰り道をテオに送ってもらって、別れ際、柄にもなく悪戯っ子みたいににやっと笑って、「明日、思い切りやってやれ」とテオに背中を押された。




  * * *



 そして迎えた学園祭当日。


 学園祭は、授業の成果を披露する場でもある。

 外国語のスピーチや、学生が考えた政策のポスターセッション、剣術や馬術の演舞などなど。様々なブースが設けられる。私が受けている授業では、裁縫の授業で作った作品が展示され、声楽の授業で合唱を披露する。


 ちなみに、裁縫の展示に私の作品はない。展示する選りすぐりの作品に、当然ながら私の作品は選ばれなかった。

 その代わり、では全くないが、合唱は短いがソロパートも任されることになった。



「シャーロット様のコースター、とっても素敵ね」

「皆様、選ばれるだけあってとても上手ですけれど、一際目を引きますわね」

「色使いも良いわ。きっとセンスが良いのね」


 展示ブース内から、そんな声が聞こえてくる。

 そうでしょうそうでしょう。

 シャーロットの針仕事の腕前は、この私のお墨付きよ。私のお墨付きに、価値などないかも知れないけれど。




 学園祭には、父兄や王宮の関係者等、部外者も訪れる事が出来る。

 我が家は遠方。そして私は四人兄妹の末っ子。両親には、毎年は大変だし、そう出番もないから今年は来なくて良いと言ってきた。

 何故そんな事を言ったかって、トランペットの事を言い出せなかったからに決まっている……。



 合唱は大講堂のステージで、午前中最後にある。

 これまで入学式、親睦会と大講堂での催しに参加したが、ステージ上に立つのは初めてだ。

 午後の最後には管楽部のステージもある。


 講堂全体が薄暗い中、ステージ上だけが明るくて、それでも多くの人達がそこにいて、ステージ上の私達に注目しているのが分かる。


 おおーっ。ステージに立つって、何だかとっても気分が高揚する!


「緊張するわ……」

「うん。いい緊張感よね。楽しみだわ」

「……ちょっと私の緊張と違うわね」


 隣には、同じクラスのメアリーという友人がいる。声が震える彼女は、私の返答が思ったものと違ったらしく、更に語調を弱くする。


「こんなにたくさんの人に歌を披露するなんて、きっと二度とないわ。楽しみましょ」

「……そうね」


 メアリーがふっと表情を緩める。

 

 合唱で披露する歌は二曲。

 一曲目はコーラスが美しい叙情的な歌。西の地方の歌を元に作られた合唱曲で、王国の東部の生まれである私には、新鮮な旋律と和音の組み合わせが面白い。


 二曲目は、古い物語が主題となっていて、一曲目よりもややテンポが速い。物語の登場人物らしいソロパートがあり、よく聴くと、ちょっとした劇のようでもある。

 私のソロは、主人公の友人だ。明るく主人公を励ますような歌詞で、そんな雰囲気を想像して、努めて明るく歯切れ良く歌う。


 歌うって、楽器ではなく鳴らすのは自分自身の声であるはずなのに、意外と自在に思うように上手くはならなかった。

 勧められなければ声楽の授業は受けていなかったかも知れない。でも、面白かったな。



「アメリ、お疲れ様。とっても良かったわ。メアリーもお疲れ様」

「アメリがあんなに歌えるなんて知らなかったわ」


 合唱の舞台が終わると、歌い終わった私やメアリー達を、シャーロットやナディア達クラスメイトが笑顔で迎えてくれた。


 そのまま、友人達と食堂にランチを買いに行く。

 食堂も学園祭とあって、いつもよりもメニューが多い。サンドイッチも種類が増えている! が、卵サンドが好きなので、迷ってやっぱりいつもの卵サンドを注文する。シャーロットが、こんなにあるのに信じられない、という目で見ていたが気にしない。



「テオはいつも何を食べているの? 学生時代を思い出して、私も一緒にいただきたいわ」


 聞き覚えのある、高くて軽やかによく響く、アイリスの声だ。ふと声のする方を見れば、やはり、テオの腕に自分の腕を絡ませて近くに寄り添うアイリスの姿があった。


 テオはと言えば、いつもと変わらない涼しげな顔で、「別に、特に決めてないです。その日の気分で」とか答えている。涼しげだったらまあ良い方かな。機嫌が悪かったら氷点下だしね。

 おっと、あの天使のようなアイリス様を前に、不機嫌はないわ。他の部員達なら浮足立ってふわふわ宙に浮いてしまうところだ。地に足をつけて平常心でいるのは、彼がアイリスと親しく、その隣に慣れているからだろうな。


 それはそれで、ちょっと、何だか……。

 いや、公爵家のご令嬢と伯爵家のご子息の付き合いに、私が口を出せる筋合いじゃないんだけど。


「アメリの楽団での出番はいつ頃だったかしら」

「三時からよ。聴きに行かなくちゃ」

「楽しみにしてるわね、青百合の君様」

「その呼び方やめてー」

 まあいっか。

 それより今は、楽団の演奏に集中しなくては!




  * * *



 控室に行くと、既に数人が来て音出しを始めていた。

 テオもその中にいる。

 いつもと変わらない、ようでどこか緊張感というか、張り詰めた空気を纏っているような……。


「珍しいですね。緊張してるの?」

 まさか。これまで王宮とか大舞台にもたくさん立ってて、管楽部としての他の本番にも、動じる事がなかったテオが。周りを固まらせても、自分が固くなることなんてないと思っていた。


「まあ、多少は」

「剣術大会も馬術大会も平気そうだったのに」

「ああいうのは、舞台とはちょっと違うだろ……。主役はあくまであっちで、俺等は引き立て役というか」

「そうですか?」

「そうだろ。多少は場面ごとに合わせて意識してくれ」


 まあ、そうか。初めて大勢の人前で吹くから必死で、そこまで意識出来ていなかったけど。もっともだわ。


「でも、もっと大舞台にも慣れていそうなのに、意外」

「お前、俺を何だと……。まあ、ピアノならまだましかもな。トランペットでの舞台はまだ慣れないし、今日は外部の観客も多いし」

「あ、国王陛下とか」

「いや、親とか」

「え?」

「聴く前からトランペット吹く俺に否定的な人間がいると思えば、俺だって気が重くなる」


 そう言えば、テオの父親であるエドワーズ伯爵は、テオにピアニストになって欲しがっていると聞いた事がある。緊張というか、固くなっている割に多弁なテオは、何だか不安そうにも見える。

 親の目を気にして不安になるなんて、そんな可愛いところもあったのね。って、反応が怖いから絶対言えないけど。


「アメリは平気そうだな」

「緊張ならさっきしてきたところなので。今ならそのまま勢いで何とかなりそう」

「羨ましいな、その神経。そっちこそ今日は家族が来てるんじゃないのか? まだ言ってないだろ」

「いいえ。学園祭の事自体言ってないので。もし来てても、楽団の事を知らないから多分いないし。でもきっと、遠いから来てないと思いますよ」

「なるほどな」


 そんな会話をしながら、トランペットのピストンの動きを確認しているテオは、力なく椅子の背凭れに身を預けて、何だかいつもより小さく見える。

 大丈夫だよー、テオなら上手く吹けるよーって、頭をぐしゃぐしゃ撫でて励ましてあげたくなる。反応が怖いから絶対出来ないけど。


「そういや、合唱聴きに行った。上手かった」

「え。聴いてくれたんですか? ありがとう」

「緊張したようには見えなかったけどな。楽しそうだった」

「うん、楽しかったの! 舞台の上って気持ち良くて……!」

「へえ、そう。良かったな」


 あ。ちょっと表情が和らいだ気がする。この調子で……、


「どうせ今回の曲目は目立たないんだし、気楽に行けばいいのに」

「おい、伴奏パートを舐めるな。きっちり吹けよ」

「分かってますよ。ちゃんと気合は入ってるつもりです」

「アメリの場合、意気込みすぎて酸欠がいつもの落ちだからな。いい加減調整出来るようになってくれ」


 ……いつものテオだ。さっきまでちょっとしおらしくて可愛いとすら思えたのに。相変わらず緊張はしているようだけど、あの冴え冴えとした眼光が蘇ってしまったわ。そこは抑えてくれて良いのに。


 そのうちユージンが来て、パートでも音合わせをして、全パートで音出しが終わったところで、全員で一通り曲の出だしなどを合わせて、時間が来る。

 いよいよだ。




  * * *



 音楽好きの祖父母と両親の元に生まれて、祖父は音楽庁長官という地位にもあって、私も音楽に囲まれて育って、ヴァイオリンを弾き始めたのももういつの事だったか分からない。

 物心がついた頃にはもう夢中で、自分はヴァイオリンなしでは生きていけないって思っていた。


 けれど、家族は、一緒に音楽を聴く事は喜ぶのに、私がヴァイオリンで前に出ようとすると、良い顔をしなかった。外での祖父、ロンドベル公爵は、女性音楽家を認めないと公言していたらしいので、そういう事なのだろう。


 幼い私があんまり駄々を捏ねるから、自邸でのサロンコンサートには、ちょっとだけ立たせてもらえた。

 九歳で初めて人前で演奏したその時、伴奏を務めてくれたのがテオだった。


 私よりも三歳も下の男の子で、正直随分軽く見られたものだとは思った。

 しかも、それでもテオはその頃既に天才と呼ばれていた少年だった。この舞台は、私よりもテオのために用意されたのだ、もしくは天才少年との抱合せで私の怪我を軽くしようと考えたのか、と思うと悔しかった。


 けれど、テオは私のそんな思いなどどこ吹く風で、私の拙いだろう演奏にも真剣に合わせてくれて、歳下なのに、幾つかの舞台を踏んできた彼は、もう一端の演奏家に見えた。

 とにかく色々、圧倒されてしまった。


 サロンコンサートが終わって、ありがとうと、せっかく合わせてもらったのに失敗してごめんなさい、を伝えに行くと、テオは少し驚いた顔になった。


「別に、僕に謝る程のミスじゃないと思うけど」

「でも、下手な演奏に付き合わせてしまったわ……」

「うーん。下手じゃないよ。あいつの格好つけた演奏より、僕は好きだけど」

「あいつって?」

「ハリーだよ……あ、やばい、怒られる。誰にも言わないで」


 一体誰に怒られるのか、そう言って焦って周りを見回すテオは、いたずらが見つかってしまったこどもみたいで、途端に年相応に幼く見えた。

 それが微笑ましくて、可愛くて、つい笑ってしまった。

 何より私の演奏が好きだと言ってくれて、それが嬉しくて、心が暖かくなった。


「また一緒に演奏してね」と言うと、「いいよ」と言ってくれて、以来、我が家でのサロンコンサートでは、毎回テオに伴奏してもらっていたのだけれど。


 あんまり私が毎度テオを指名するからか、両親は私がテオを気に入っている事も把握している。我が家には兄もいるし、「アイリスが望むなら、彼との婚約を打診しようか」と言われた事もある。

 あれからテオも随分大きくなったけれど、やっぱり私には特別可愛く見える。彼が隣りにいて、いつでも一緒に演奏出来るなら、それも悪くない。



 けれど最近、テオはピアノよりもトランペットに熱を入れているらしい。

 そして今年、そのトランペットを一緒に吹く女子学生が入部したらしい。


 一度、私の練習にかこつけて見に行った。どんな子が、テオの横に並んで演奏しているのか気になって。


 男爵令嬢だという彼女は、髪を肩まで短くして、テオの手を取る私を呆然と眺めていた。

 まあ、綺麗といえば綺麗な顔をしていたけれど、これと言って目立つ子ではなかった。正直、拍子抜けだった。



 それが。


 こうして舞台で一人立ち上がって、トランペットを構える彼女に、まさかこんなにも目を引きつけられるなんて。




  * * *



「今回の学園祭、ロンドベル公爵が来るらしい。アイリス様が誘ったらしくて、楽団の演奏も聴いていく」

 と聞かされたのが、三日前。


「あの爺さんに、アメリがどれだけ吹けるか聴かせてやろうか」

「衣装着たアメリはやたら映えるからな。ついでに青百合の君の人気も知らしめてやれ」


 と、大人気なく企む部長とコンサートマスターの策により、私は舞台に部員が揃ったところで、一人、雛壇の上に立ち上がった。


 いつもなら、指揮者が出てきて、指揮者の合図でチューニングをして、一旦楽器を下ろして静まったところで、演奏が始まる。

 だが、チューニングが終わっても指揮者は動かず、代わりに私が立つ。



 舞台の一番高い所に立ち会場を見渡せば、合唱の発表よりも多くの観客が、一様に私に注目している。ぞくりとする興奮を覚える。

 あ、シャーロット達が見えた。また楽しくなってきたわ。


 くるくるくるっと三回程度トランペットを回転させて、口に構えると、大きく息を吸って吹き始める。

 吹くのは、一曲目の旋律をアレンジして、急遽付け足したトランペットのソロ。

 優しい曲調は崩さないように、でもソロなのでしっかり歌い上げて。気分が高揚しているので、自然とメロディに入り込んで、抑揚がつく。やり過ぎてても良いわ。

 元々トランペットが吹いている旋律ではないので、私のソロが終わったら一旦演奏を切って、曲に入る。だから少々脚色しても良いか、と思って、最後のロングトーンに勝手に昨日までなかったトリルも追加してみる。あ。この後の旋律に上手く繋がるかしら。


 最後に、一礼して着席すれば、拍手と演奏前だからか控えめながら黄色い歓声とで会場は沸き、管楽部の舞台は幕を開けた。

 隣のテオはといえば、やり過ぎだと冷たい視線を向けてくる事もなく、目を細めて小さく笑った気がした。






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