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14 新学期のはじまり

ここからお話も第2部です。

よろしくお願いします。


ちょこちょこと色んな人の視点が入って来ます。

まずは部長のロバートから。


 今年の部長は、骨が折れる出来事が多い。


 誰より有能で音楽に煩い2年生のコンサートマスターは、時に俺にすら厳しいし、学園始まって以来の女子部員は、男装して目立たなくしていたはずが、その男装姿がやたら目立つし、気苦労が絶えない。


 今日だって、新学期初日だというのに、早速こうして呼び出されて偉い人達に睨まれている。どうせなら、とテオも道連れにして来た。

 学園長室奥の応接間なんて、初めて来た。王宮かというくらい豪華なんだが。無論、王宮には入ったことがないので想像だ。だが、いつもいる学園内と同じ空間とは思えず、緊張で身体が強張ってしまう。


 隣のテオは、幼少期から天才だの神童だのと言われ、王宮や公爵家のサロンやコンサートホールで演奏してきたからか、表情にも余裕がある。余裕を通り越して、退屈そうにすら見えるのが小憎らしい。同席する顧問の教員すら、一言も喋らずに小さくなっているというのに。



「今年の管楽部には、女子部員がいると風の便りで聞いたのだが、本当かね?」


 俺達と向かい合うのは、王宮音楽隊のケビン・レイモンド隊長。

 王国内屈指のトロンボーン奏者で、ファンファーレや行進曲の作曲も手掛けている。低い声、威圧的な眼、無骨な髭を蓄えた口元、何故かある頬の傷は、音楽家であるはずの彼を、まるで軍人にのようにも見せている。


 こんな時ではなければ、頭下げてでも会いたい憧れの存在だ。そのはずなのだが、この面会のチャンスにはトロンボーンパートの連中すら、「羨ましい話だけど、今日は都合が……」と、目も合わせずに逃げて行った。部長の俺が言うのに、放課後の楽団で何の都合があるんだ。


 噂の確認のふりして、とっくにそんな情報の裏なんて取っているだろうに。

 目の前のケビンを何て狸親父だと思いつつ、「本当です……」と答える。


「王立学園音楽団に、女子部員とは前例がないが?」

「そうですが、女人禁制という規則もありませんし……、別に、前例がないだけで、問題とまでは……」

 思っていません。まで言い切れなかった……。音楽隊長の眼光が鋭くて。俺の小心者め。



「今までは入団希望がなかっただけと聞いています。女性も音楽に長けた人はいます。いつかはこうなるはずだった事が、今だったというだけでしょう」


 隣で退屈そうな顔をしていたテオが、退屈そうな顔はそのままに、俺に変わってケビン・レイモンドに意見を返す。

 ケビンはテオを改めて見ると、おや、と表情を僅かに緩める。


「君は確か……」

「管楽部二年のテオ・エドワーズです」

「そうか、エドワーズ伯の三男坊だな。こんな年になっていたのか」


 ケビンの顔が綻ぶ。やはり、幼い頃のテオを知っているらしい。「ふむ……」と、ケビンが顎先の髭を撫でる。

 うん? これは意外と、王宮音楽隊長は女子部員に否定的ではないのか……?


 だが、



「いつかこうなるなんて、そんな訳はない。王立学園の楽団は、言わば王宮音楽団の雛形だ。王宮音楽団に女性がいないのだから、学園だって同様だろう」


 テオに対して気を緩めたケビンに代わり、そう憤慨するのは、マーク・ロンドベル公爵だ。

 御年六十を超え、今も尚現役で音楽庁長官として、王宮音楽団の上に君臨する、名実ともに王国の音楽会の頂点だ。

 古典や伝統を何よりも良しとするこの御仁が頂点に立つ限り、何かしらの反対に合うと思っていた。



「男勝りな変わり者の女子学生一人のために、王国の音楽の歴史が変えられるなんて事があっては、」

「その変わり者が今や人気団員です。学園が貴族社会の雛形なら、今は彼女一人が変わり者って訳でもないんじゃないですか?」


 年も爵位も実績も何もかも、俺たちなんかよりも遥かに高い公爵の言葉を遮るテオは、やはり平然としている。


 おい。いつまでも神童だとちやほやされていたこどもじゃないんだぞ。やめてくれ! 

 って肝を冷やすのは、どうせ俺一人なんだよな……。いや、隣に泡を吹きそうな顧問という同士がいた。


「小僧が……」とロンドベル公爵が顔を赤くする。そりゃそうだ。天下の公爵様相手に、音楽界のトップを相手に、時代遅れだと言ったに等しい。


 歯ぎしりが聞こえてきそうな公爵の様相にも、テオはどこ吹く風だ。これだから無駄に肝の据わった奴は。

 俺、もう逃げ出したい……。



 一方ケビンは、そんな二人の様子に、やれやれ、と呆れた様子だが、一つ大きな溜息をつくと、すっと表情を変え俺の方に向き直る。


「まあいい。本来学園の活動に、私達が口を挟むべきではないからな」

 

 だったら何故来たんだよ、とかテオが言い出さないよう、隣のテオを横目に牽制する。さすがに言葉に出す事はなかったが、俺の視線を受けてこちらに向けられた目は、二人のお偉方に対する不満を伝えるに十分な色を映し出している。


 そんな俺とテオの様子に構う風もなく、ケビンは「本題に移ろう」と、今日の本題とやらを切り出した。





  * * *

 


 私、アメリ・クラインが王立学園創立以来の女子部員として、この楽団の管楽部に入部したのは半年前の事。

 体力不足とか、男性用の衣装しかないとか、赤点の危機だとか、紆余曲折……という程でもないが、あれこれありつつも、何とか半期乗り越えてきた。


 そして始まった後期。


 後期の日程は今日からだが、後期の科目選択、受講手続き、テキストや資料、教材の受け取りのため、一昨日から登校している。

 久し振りに会うクラスメイト達と、つい土産話に花を咲かせる中、何人かの知らない学生に、「楽団の活動頑張ってね」とか、「次の演奏を楽しみにしているわ」と声を掛けられた。


 最初は、女子だと知られる事を警戒していたが、いつの間にか知られていたらしい。

 まあ、こんな男子学生はいないし、別に変装をしている訳ではないのだから、知られない道理もないのだけど。


 とは言え、公言していなかったので、「えっ……?」とか「あ、うん……」とか、戸惑う事しか出来なかった。




 久し振りの部室では、クラス同様、土産話が盛り上がる。


「僕は実家が既に避暑地みたいなものだから、ずっと実家だったよ」

「羨ましいな。二か月避暑に赴いていたようなものですね。我が家はむしろ、家業のついでに南方に行きましたよ」

「アメリの家は、貿易もしているんだったね」

「男爵家と言いつつ、領地もないしほぼ商家ですから」

「うちも似たようなものだよ。子爵家の領地経営だけでは賄えないからね」


 いや、盛り下がってきたな。

 同じトランペットパートのユージンは、子爵家の次男。私は領地を持たない男爵家の次女。お互い、今は一応貴族と呼ばれているが、その足元は不安定なものなのだ。

 そうは言っても、それなりに恵まれていて、こうして楽器を嗜む事が出来ているのはありがたい。



 南方の港町に出掛けた話で、そういえば、とふと思い出した話を切り出す。


「港の近くのレストランで、トランペットの演奏を聞きました。多分この国の演奏家じゃなくて、旅をしながら吹いて回っているらしくて」

「へえ。流しのトランペッターか。気になるね」

「演奏も格好良かったんだけど、楽器を構えたり下げたりする時に時々、こうやってトランペットを回してて……」


 そう言いながら、手元のトランペットをゆっくり回して見せる。ユージンは、へえ、と興味深そうに聞いている。


「で、演奏が終わったところで、お手洗いに行く振りをして、こっそりやり方を聞いてみたんだけど」

「えっ。わざわざ聞きに行ったの?」

「だって気になって。初めて見たので」


 トランペットの三番管のトリガーの輪っかに中指を通してそれを軸にしてくるっと。


「おおーっ。凄いね!」


 私がその流しのトランペッターに教わった方法で、トランペットを手元で回転させてみせると、ユージンは瞼どころか瞳孔まで大きくして、興奮気味になる。

 そうでしょー。格好良いよね。


 もう一回、くるっと回してそのままトランペットを口元に構えてみる。


「へえー。格好良い! 僕にも教えてよ」

「うん。まずはマウスピースが抜けないようにぐっと固定して……」


 とか話していると、部屋の外から近付く足音と声に、部員達が顔を上げる。

 どこも練習の音は疎らで雑談なんてしていたから、部長とコンマスの接近に、俄に空気が固くなる。



「何であそこで、公爵の火に油を注ぐような事を言うんだよー……」

「どうせ何言ったって納得しないんだから一緒だろ。そもそもあの爺さん、自分だって……」

「もういいって。そりゃそうだけどさ……、ん? 何だ?」


 そこに学園長室からロバートとテオが戻って来て、部員達が一斉に自分たちに向ける視線を、不思議そうな顔で見る。

 二人は、女子部員の存在を知られると一番厄介だと思われていた、楽団OBの偉い人達に呼び出されていたのだ。


「いや別に。どうだった?」

「どうもこうも、怒った顔で難癖つけられて終わりだよ」

「テオ、お前言い方……」

「元々、OBにここの事をどうこう出来る筋合いはないんだろ。ただ煩いだけで。特にあの長官が」

「そうだけどな……」

「いるものは仕方ないんだから、もう腹を括るしかないだろ」


 こら。いるものは仕方ないって、何だその言い草。しかも言いながらこっちを指すんじゃない。

 久し振りに会うテオは、やっぱり失礼な人だった。この人本当に伯爵家の育ちなのかな。帰省して会った幼馴染みの商家の次男の方が、よっぽど紳士なんだけど。



「で、音が聴こえてこないんだけど、練習もせずに何してる?」


 私の横に来たテオが、耳元で尋ねる。距離が近くて少しどきっとする……、のではない。声の低さと、そこから漂う冷気に、背筋がひやっとする。久々に魔王様降臨である。

 ユージンが音も立てずに数歩下がって、そっと楽器を持ち上げる。裏切り者め。




  * * *



 管楽部の次の舞台は、来月の学園祭での演奏だ。

 王立学園では、年に一回、学生の学業や部活動の成果を披露する学園祭が開催される。王宮関係者も多く訪れ、学園祭の後に実務実習に行く四年生にとっては特に、希望する進路を示し、その道の権威や担当者の目に触れる絶好の機会となる。

 楽団にとっても、王宮お抱えの音楽家を目指す学生にとっても、学園祭での演奏は重要な舞台となる。


 そんな訳で、四年生部員主体で選曲されており、一、二年生しかいないトランペットパートにとっては、比較的出番がやや控え目な曲目となっている。 



 今日、部長のロバートとテオは、学園長室に呼び出されていた。正確には、呼び出されていたのはロバート一人だが、小心者のロバートはテオを引き連れて行った。


 ここにこうして降臨されたという事は、その学園長室での偉い人達からのお話が終わったという事。一体どんな話が……


「何か用か? さっさと練習しろ。もうすぐ合奏だろ」

「…………はい」


 さすが氷の色をした瞳で氷点下の視線。

 そわそわする私とユージンが、その視線を浴びて凍りつく。いや、練習を怠けていたのは悪かったけど、そんなに怒らなくても……。


 それとほぼ同時に、ロバートが部室の前側中央にある指揮台の前に立つ。「皆、聞いてくれ」と声を掛け、部員達の注目を集める。



「練習の前に連絡がある。今度、新しく王立歌劇場が建てられているんだが、そのお披露目の演奏会で、我々王立学園の楽団も演奏させていただくことになった」



 現在、この王都にある歌劇場は二つ。一つは王宮内、一つは民間の小さな歌劇場だ。王宮内には庶民は簡単に立ち入る事が出来ず、民間の歌劇場は老朽化が進んでおり、この度、王都の真ん中辺りに、新しく大きな歌劇場が建てられている。

 もう外観はほぼ出来上がっており、約二か月後にお披露目となる予定である。


 完成したら行ってみたいな、とは思っていたけれど、まさか観客としてよりも先に演者として行けるなんて。 

 他の部員たちもざわめいている。


「管楽部と弦楽部で二曲ずつになりそうなんだが、時間の都合上、どちらかが一曲になる可能性もある。また、あっちの部長と相談して決めるが……」

 うん? それは…。


「短い曲を選べば、ニ曲ずつ演奏できるんじゃないか?」

「あいつら、いつもやたら長い曲やってるよな」

「だったら向こうが一曲にすれば良いだろ」

「えっ? せっかくなら一緒に演奏すれば良いのに」


 管弦楽。やればいいじゃない。

 でも、私の言葉で皆静まり返ってしまう。えっ、そんなにおかしかった? もしかして禁句を述べてしまったの?


「人数のバランスが悪すぎる。全員参加だと、弦の音が掻き消されてしまうだろうな。まあ、管楽器の人数を減らせば出来なくはないけど、編成とか練習時間も考えると厳しいかもな」


 その不自然な束の間の沈黙を破ってくれたのはテオだ。


「そっか。人数……」

「管楽器の方が、圧倒的に音が大きいからな。アメリは知らないだろうけど、昔、それで管楽部と弦楽部が分かれた経緯があるんだよ」

「まあ、元々別々で活動する事が多かったようだし」


 ロバート達が補足して教えてくれる。一緒に演奏すれば、この同じ楽団の二つの部のぎくしゃくも、少し緩和されると思ったのに。残念。



「観客も重複するだろうし、せめて一曲は学園祭と別の曲を入れたい。今年の秋は忙しくなりそうだが、皆よろしく」


 でも、練習も舞台も多いだなんて、大歓迎だ!

 後期の学園生活が、早速楽しみになってきた!






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