惚れない方がどうかしている
「すいません。我がまま言って」
「いやいや、大事な写真なんだから」
結局私は私にまつわる様々な事情も話してしまった。
すっかり意気投合した私達は2日間お互いの話をしあって彼の家で過ごした。
少しいい雰囲気にもなりかけた。
一人なので髭をそのままにしていたという彼が髭を剃ったら、イケメンとは言えないかもしれないけれど、私の好みの顔だったのだ。
それに日頃から身体を鍛えているようで、服の下のは筋肉質だった。触らせてもらったシックスパックはかちんこちんだった。
吊り橋効果があったとしてもさすがに2日間過ごしただけで男女の関係になるわけもなく。微妙な距離感の二人となった。
「この雑木林は時々オークが出るんだよ」
「あ、それ、先日倒しました」
「さすが。俺も倒したけど、沸いて来るんだよねえ」
鏑木さんが笑った。
二人で話し合った結果、別の避難所の様子を見に行こうということになった。
私は家から離れることになるし、なんとなく鏑木さんとずっと行動を共にすることになるかもしれないという予感がしたので、両親の写真を取りに戻ることにした。
今まさにその我が家に向けて二人で自転車をこいでいるところだ。
「わん」
「あれ?誰かいる」
ハチが反応するのと同じくらいのタイミングで鏑木さんが言った。
うわあ。
私は私のアパートの前にある車を見て頭を抱えた。
車には「カプリコン7」と書かれている。唯一の社用車だ。
私達の姿を認めて車から降りて来たのはカイト。
「あれ、ひょっとして?」
「ええ、彼です」
鏑木さんの言葉に頷く。
「やっぱり来たか」
両手を広げて笑みを浮かべるカイトの姿になんとなく嫌悪感を覚える。
「実は困ったことになってね。戻ってほしいんだ」
「嫌です」
私の二つ返事にカイトの顔が歪む。
「その男は?」
鏑木さんに険しい視線をカイトが向ける。
「鏑木と言います」
「誰?」
その前に自分も名乗りなさいな。
「友人、ですかね」
「ふうん。ま、いいや。話を戻そう」
戻す必要なんてない。帰ってほしい。
「マナの回復が追い付かないんだよ」
スキルや魔法を使うのに使われるマナは食事をして寝ていれば徐々に回復する。しかしこちらの世界ではその回復量があちらの世界よりも少なくなっている。
「だから?」
「マナポーションが必要なんだ」
「だから?」
マナポーションは飲むとマナが回復する飲料だ。
「お前の「収納」に入っているマナポーションが必要なんだ」
「だから?」
「は?」
こっちが「は?」だ。
「私はもう婚約も解消したし、会社も辞めました。あなたとは何の関係もありませんが?」
「何拗ねてるんだよ」
拗ねてるんじゃないわい。
「マナが無いとスキルが使えなくなるだろう?困るんだよ」
「知りませんよ。しっかり食べてしっかり寝ればいいでしょう?」
「それだと少ししか回復しないって言ってんだろうがっ」
カイトが声を荒げる。
「ちょっと、あんた」
鏑木さんがカイトの物言いに口を挟んだ。
「うるせえ。部外者は黙ってろ」
「あなたの方こそ部外者じゃないですか?」
「なんだ、こいつ?もう乗り換えたのか、この尻軽が」
はい?
「いい加減にしろよ」
鏑木さんが猟銃を構えた。
「は?何だそりゃ」
「実弾が入ってる。死ぬぜ」
「ははは。おもしれえ、やってみろよ」
カイトが両手を広げて鏑木さんを嘲る。
「鏑木さん」
鏑木さんに声を掛けるが、彼は猟銃を構えたままだ。
「ではせめて訂正しろ。一色さんは尻軽などではない」
うーん。やばいな。
惚れそう。
「撃てよ」
「訂正しろ」
「撃てって、ほら。それとも口だけの腰抜けか?」
「一色さん、ごめんなさい」
鏑木さんはそう言うと猟銃の引き金を引いた。
ものすごい音がするのかと思ったけど、それほどでもなかった。大きい音だけど。
「む?」
そうなのよ。
私は鎧兜に身を包んだカイトを見た。
自動的に防御が必要な時に出現して装備される防具なのだ。しかも防御力はものすごい。魔王の攻撃もなんとか防ぐのだから。
「ほら、どうした?」
カイトが笑いながら言う。
もう一発鏑木さんが銃を撃つ。銃弾がカイトの鎧に跳ねてどこかへ行った。
「マジか」
「雑魚が。そんなもので俺を倒せると思うなよ」
そう言うとカイトが剣を手にした。
「ちょっと」
「俺は撃たれたんだ。正当防衛だぜ」
「あなたが撃てって言ったからじゃないの」
「命を狙われたんだから、その逆をされても文句は言えねえよなあ」
あー、ダメだ。
もうこいつには愛想を尽かした。
「アイスウォール」
こちらへ向かって歩き出そうとするカイトの前に氷の壁を出現させる。
「そこまでよ。帰って。さもないと実力行使するわ」
「やっぱりお前達、出来てんだろ?」
まだ言うか、こいつ。
「一色さん。あの鎧を切れる剣はない?」
鏑木さんが猟銃を自転車に差し込んで言う。彼がカスタムしたという自転車には猟銃を差し込んでおけるパーツがくっついているのだ。
「鎧は無理です。でも腕なら、腕の防具なら斬れます」
私はネックレスを「収納」から出して言った。
「え?ネックレスで斬るの?」
「違います。これから出す剣は普通に持つと呪われちゃうんで」
「うえ」
「止めます?」
「いや、やる」
笑顔の鏑木さんに魔剣を渡す。
「うわあ、確かに禍々しいや」
彼の言葉の通り。この魔剣は持ち主の生命力を吸うのだ。
ばぎゃっと氷の壁が壊れた。ああ、スキルを使ったみたいね。マナが残り少ないって言ってたのにね。
「おいっ。ふざけるなよ。死にたいのか?」
「いいえ、全然」
「だったらマナポーションを寄越せっ」
ぶんぶんと魔剣を振っていた鏑木さんが剣を握って構えた。
「それは、魔剣「ブラッドジャック」じゃないか」
「ええ、そうね」
「ちっ。物騒なものを。だが付け焼刃で戦えると思うなよ」
うん、普通ならそうだよね。
でもこの鏑木さん、すごいのだ。
どうして身体を鍛えているのかを聞いたら、武道をたしなんでいるからとの返答が来た。
猟銃とともに持って来たと言う木刀での素振りを見せてもらったが、はっきり言ってすごい。
しかも剣道とかじゃなくて、武術としての剣術なんだと言う。ほんの少しだけ技みたいなのを見せてもらったが、それはまるでカイトが使うスキルのような体捌きだった。
「あ、防具も」
私は「収納」から防具も選んで鏑木さんに装備させた。
動きを妨げない防具。防御力よりも身体能力が向上する効果が付与されているものだ。
すでに昨日、「収納」から直接身体に装備させることが出来るところは見せている。
「ん」
感謝の意思をカイトから目を逸らさずに顎を少し下げて私に示してくれた。
「魔王を倒した俺を侮るなよお」
カイトが走る。だがいつもの加速のスキルは使っていないようだ。マナ残量に不安があるからだろう。
私は「ブースト」を鏑木さんに掛けるか迷った。身体能力向上の魔法「ブースト」は、掛けられる本人が分かっていないと自分の身体の動きに判断が追い付かない場合がある。
ここは鏑木さんを信じよう。
「タイ捨流、参る」
うは。
かっこいい。
「ブースト」いらない。
ちなみに鏑木さんがマスターしているという「タイ捨流」と言うのは元々九州にあった剣術の流派らしい。
今もタイ捨流を名乗る流派は日本にあるけれど、鏑木さんのお祖父さんのそれはだいぶ趣が違っているそうだ。
彼が自転車の一人旅でここまでたどり着けたのは、猟銃だけでなく、このタイ捨流があったからなのだ。
「ほざけっ。ヘビィストライク」
対してカイトは一刀両断のスキルを使った。ああ、本当に鏑木さんのことを甘く見てしまったのね。
一撃の威力はものすごいけれど、剣を振った後の隙が大きいのだ。
果たして鏑木さんはカイトの剣をギリギリで躱して、斜めに魔剣を振った。いわゆる袈裟斬りだけれど、狙うのは当然腕である。
「ぎゃあっ」
カイトが剣を取り落とした。右腕を押さえて蹲る。
「腕がっ。腕があああっ」
鏑木さんがぶんと魔剣を振って血を払おうとするが、魔剣はすでにカイトの血を吸収してしまっていた。鏑木さんが奇妙な表情で剣を見つめた。
「これ、やばいね」
「うん、やばいの」
しかしそれを見事に使いこなし、魔王をも倒したカイトの剣を躱した鏑木さんはもっとすごいと思う。
「おいっ。腕っ。治癒魔法を掛けてくれっ」
カイトが腕を押さえたまま叫ぶ。彼の右腕は半ばまで腕に付けた防具ごと斬られている。血がボタボタと道路に血だまりを作っていく。
「帰る?」
「は?」
「だから、帰ってくれる?」
「ふざけんな。いいから早く治癒魔法をっ」
「帰ってくれないなら、や」
ぷいっと横を向くと鏑木さんがぷっと吹き出した。
「か、帰るっ。帰るから治癒魔法を使えって」
「使ってください、でしょう?」
「使ってくださいっ。お願いしますっ。う、腕が取れちまう」
仕方ないなあ。このままだときっと彼は片腕を失うだろう。片腕でもそこそこ戦えると思うけれど、戦闘力はがた落ちだ。
「カプリコン7」のビルにいる人々をこいつには守る役目があるから。
「ハイヒール」
高度な治癒魔法を唱える。ここまで切断されていると「ヒール」では治癒が出来ないだろう。
ぼうっとカイトの腕が淡い光に包まれて出血が止まり、傷口が塞がっていく。
「はい、終わり。じゃあ、帰って」
「な、なあ」
「おい、しつこいぞ」
治ったとたん約束を違えてまだ私にすがろうとするカイトに向かって鏑木さんが魔剣をすっと向けた。
「わ、わかったよ。わかった。帰るよ」
とうとうあきらめてカイトが車に乗り込んで、そしてタイヤの音を立てて走り去った。
「これ、返すね」
「はい」
私は魔剣を「収納」した。
「これはもらっておいてもいい?」
鏑木さんがネックレスを指さして言った。
「いいけど」
「俺から何も上げられなくて申し訳ないけど」
「あいつを追っ払ってくれたじゃない」
もう、ぶっちゃけ惚れているのだ。
これから避難所を探し、そして追々は彼の田舎へと向かう旅が始まるのだ。
「お父さん、お母さん、一緒に行きましょう」
部屋の写真立てを回収して私は写真の両親に向かって言った。部屋のものも今度は根こそぎ「収納」しておく。
「お待たせ」
「おう」
部屋の外で待っていてくれた鏑木さんに声を掛けると、にかっと笑顔を浮かべてくれた。
この人にいつか好きだと言わせたい。
世界はモンスターが跋扈する世界になってしまったけれど、私の隣には好きになってしまった人がいて、これから二人の旅が始まるのだ。
これはもう間違いなく恋の始まりじゃない?
「わん」
ああ、そうね。二人と一匹だったわね、ハチ。
これにて完結です。お読みいただきありがとうございました。




