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羽根

 今日から研修期間と聞かされて指定された時間に出勤すれば、1階ロビーに羽田(はだ)さんが待っていた。これも昨日言われていたことだ。


「おはようございます」


「おはようございます。では調査課の部屋まで行きましょう」


 彼とともにエレベーターへ向かう途中、金蚕(きんさん)支部の調査員の人たちに自己紹介をさせられることになっていることを知る。そういえば確かに昨日はする間もなく、テストを受けさせられていたので挨拶はしていない。


 いつかそのうち挨拶することになるだろうと思っていたが、それが今日とは考えていなかった。エレベーター内で私の掌は汗が滲んで湿っていた。


「どうぞ」


 そう促され、は既に羽田さんが乗ったエレベーターへ乗る。


「改めて……これから国海(くにうみ)さんの教育係となります、羽田アマトです。よろしくお願いしますね」


「はい! 国海チカです。こちらこそよろしくお願いします」


 羽田アマトさん……と名前を心の中で咀嚼し復唱する。名前を覚えるのが苦手なのでこれから起こるだろう挨拶ラッシュも正直気が進まない。進まなくてもしなければいけないからするが。


 気づけばエレベーターは5階に着いて、また羽田がボタンを押しており、私は遠慮がちに感謝を伝えながらエレベーターを降りた。私は下っ端なのに羽田さんボタンを押す係さをさせてしまったことに申し訳なくなる。少しだが、鼓動の高鳴りを感じる。


『調査課』と書かれた扉を押し開けて中へ入る彼の後ろに続く。


 部屋の大きさは意外とコンパクトで、デスクがいくつか置かれており、電話をしている人やパソコンを打っている人がいる。私はキョロキョロとあたりを見渡したり、こちらを見てくるがまだ挨拶のタイミングではかない雰囲気の人に対してぺこぺこと頭を下げたりしていると、羽田さんは奥の方にある扉の前で立ち止まった。


 コンコンとノックして、


「支部長、入ってもよろしいでしょうか?」


 羽田さんが尋ねると扉の向こうから、「どうぞ」と短く許可の声が聞こえた。


 入っていく彼に遅れないようについていくと、中には見覚えのある男性が座っていた。その人は以前私を勧誘した人だった。思わず目を見開いて顔を注視してしまった。


「国海さん、こちらが対策局本部の金蚕支部の支部長である金手(かなで)さんです」


 羽田さんは手で支部長を示して私を紹介してくれた。そして「君も簡単でいいので挨拶してね」と言われていたので、羽田さんのアイコンタクトを受けて、会釈しつつ支部長のデスク前へ移動した。


「国海チカと申します。この度は対策局に採用していただきありがとうございます。慣れないことばかりではありますが、精一杯努力いたします」


 そう私が言うと、金手支部長はにっこりと微笑んだ。


「まあまあ最初はみんなそうだった。大変だとは思うけどよろしくお願いしますね」


「はいッ!」


 ホッと密かに私は息を吐いた。そんな私を置いて、二人は何やら話しはじめたため数歩下がる。彼らが話している内容は私の研修についてだとは思う。


 改めて支部長を見ると、失礼だが小太りでだいぶん可愛らしいお腹をされている。以前会った時は真剣な面持ちだったが、今は穏やかな笑顔を浮かべているため、印象が違う。


「……金手支部長、そのような感じでいいですか?」


「うん、頼むよ羽田くん」



 私と羽田さんは一例して支部長室を出て、私のデスクだという場所へと案内された。軽く研修内容の説明を受けた。ゴフト研修を優先的にするけれど、局としての座学も必要だから最低限やるとのこと。


「即戦力が求められていてね、制圧隊ならば3か月、君のような調査員は2週間が一般的だ」


「そうなんですね……結構短いのですね」


 困ったことにね……、と彼は頬に手を当てて苦笑いを漏らすのだった。その後同室にいる私と一緒に働くであろう人たちに羽田さんは私を紹介して回った。名前は全然覚えることができず前途多難だ。







△△△


 運動場へ移動した後、理性薬を飲んだか確認するための検査をされたり、着替えたりしていよいよ研修が始まる。楽しみでもあったのだ。家などではゴフトを使用することはできない。

 こんな、フィクションのような力を行使することができることにワクワクしない奴なんているだろうか。私は無駄に肩を回してストレッチしていた。



「さて、改めだけど……よく漫画とかでさ、強くなるための練習をするって場面あるよね。でも、君の場合はまず人殺さない努力が必要だよ」


「……おっしゃっていましたね」


「うん」


 思わぬ言葉にぎょっとする。いや感じてはいたが羽田さんに言い方にその重大さを改めて実感した気がする。私は銃を持ったことはないが、私は銃と同じように些細な動作で人を死に至らしめる力を持っているのだ。


「まあ出力が大きい人は割かしいるから安心して。それをコントロールするために勉強や練習をするんだよ」


「うーん君結構喧嘩っ早かったりする?」


「ええ……まあ……若干?」


 ヒロくんに侮辱されて、頭が沸騰したことを思い出して、喧嘩っ早くないとは言えないなと言葉を濁す。



「僕たちは調査員なんだけど、やっぱりゴフテッドと会って、戦闘になることもある。戦闘が予想されるときは制圧隊と一緒に行くんだけど、うっかりというか。偶然そうなってしまうこともあるんだ」


「まあ、そうですよね」


「そういったときに身を守るすべと相手を殺さずに無力化、もしくは逃げ切る力が必要なんだ」


 羽田さんは少しだけ後ずさって私から距離を取る。


「僕が例を見せるね」


 ワイシャツの裾を腕まくりをして手を握る動作を繰り返して何かをチェックしている。どんなゴフトなんだろうとワクワクしていると「見ててね」と私の目の前に手のひらを見せつけられる。


「一条三項」


 何もない空間に何かの輪郭が創られていく。オレンジ色で、カラスくらいの大きさの羽根が空中に生成されていく。

羽根の先の方だけ少し黒い羽だった。


「羽根……ですか?」


「そう、羽根。僕は審判の神マアトのゴフテッドだよ」


 すごい! あれだ、エジプトの心臓と羽の天秤のやつだ! という驚きと、羽田「アマト」で「マアト」のゴフテッドか。なんだかややこしいなと思っていると、羽田さん目線だけで笑われた。まるでよく言われますとでも言うように……私は声に出してませんよ。


「こう、バトル漫画みたいな感じで技名をいうものかと思ってました。なんかこう、違うんですね」


「技名言うとなんとなく出す技想像つくことあるからね。代わりに番号を設けて言っているんだ」


 言い方はいろいろあるけれど、自分だけが覚えていられるよう且つ順番にはならないようにするのが常識らしい。1、2、3……と並んでいるよりも3、8、102などととびとびの方が相手が技の数や傾向を推測しにくいとのこと。確かにすぎる。

 結局は人による、とのことだから技名を叫ぶ人もいるのかもしれない。


「無詠唱でもできるんですか?」


「無詠唱ももちろんできるよ? ブラフってやつ」


「その羽根をどう使うんですか?」


「これを握りしめて相手を殴る」


 私はつい眉間に皺を寄せ、目を見開いた。ちょっと聞いたことが理解できていないみたいだ。どうやら、羽根を握りしめて相手を殴る? マジで?


「まあそうなるよね」


 頬を搔きながら羽田さんは説明を続けた。マアトとはエジプトの女神で冥界に来た人間の心臓を一方の天秤の皿に載せて、もう一方の皿に自身の羽根を載せて、その人間の罪を測るのだという。


「罪を量るのにその……殴るんですか?」


 思わず訊いてしまった。

 私の疑問を聞いた羽田さんは小さく吹き出した後、くっくっと肩を震わせていた。そしてひと段落すると口を開いた。


「僕も最初はそう思ったよ、でも国海さんもわかるでしょう? 力の使い方は神の意思が教えてくれる。自然とわかるものなんだ」


「ええ、まあはい。なんとなく」


 確かにどうやったら雷を出すことができるか、今の私はわかる。手をどうやって動かすのかというように当たり前すぎること、のようにはならないかもしれないが、言語しにくいが確かにその感覚を何となくではあるが知っているのだ。


 しかし実際に出したことは暴発時とテスト時くらいだ。文脈とは関係ないかもしれないが、なんだか急に自分のギフトが怖くなってしまう。ふんわりとは自分のゴフトを理解しているものの正しく使えるのか、と。私がモジモジとしている様子を見かねたのか、羽田さんは優しい声色で話を続けていく。


「僕の場合はね、僕が天秤なんだ。こう、僕の中の正義があって、その正義のもとに判断しているようなんだよね、それでもって罪の重い人間ほど僕の拳は重く感じるんだ」


 『僕が天秤』という思わぬパワーワードに思考はすぐにそちらへ向く。そして小さな疑問が湧いたのをそのまま聞いてみる。


「ち、力強い正義ですね。あーでも罪のない人を殴ったらどうなるんですか?」


「僕的にはその人がとんでもなく硬く感じるだろうね、相手は痛くないみたいだよ」


 殴ったんだ……過去に。ついついぎこちない笑みを浮かべてしまった。


「ははっ、いやまあ反応に困るよね? まあみんなそんな反応だよ」


 

 1片の羽根を握り込んで笑う彼はやたら爽やかに見えた。サイコパスってこういう人なのかな。


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