勧誘
「長時間拘束して申し訳ございません。私はゴフテッド対策局の金手と申します」
金手と名乗った男はガラスの向こうの椅子に座って話し始めた。この人も何かの書類を持っているが、もしかしなくても私についての書類だろう。
挨拶しかしていないが、さっきのおっさんと比べて緊張感のある空気が私と男との間にできていた。
「いきなりこんなことになって混乱しているかと思います」
ゆっくりと聞き取りやすい声で話し始めた金手さんは一般的にみんなが知っているようなゴフテッド対策局の概要を教えてくれた。
もちろん知っていると思うがという前置きはあったが、今やそんな常識を知らない人間はいないだろうに。舐めているのだろうか?
曰く、3年前にインドネシアでアッラーの声を聴いたと言った男が現れた。その男は超自然的な力を使いアッラーから賜ったものだと主張した。そのほぼ同時期に続々と世界各地で神の声を聴き、力を得た人々がいた。
現在、日本はゴフテッドの出現数が総人口比率で世界1位、約2000人程度のゴフテッドがいるとされている。混乱の最中作られた組織が「ゴフテッド対策局」である。ゴフテッドを雇用しゴフトに関する事故・事件の解決にあたっている。
警察に似ているが超自然的な力を相手に治安維持に貢献する役割を担い始めてわずか3年。はじめこそかなり情報もデマばかりで国内がパニックになっていたが、安定した役割を果たせるようになってきている。
まあニュースでもよく特集されているようなペラい内容に「まあ」「はい」「聞いたことあります」と相槌を打つ。
そしてそんなつまらない話がひと段落すると、おもむろに彼は告げた。
「単刀直入に言うと君にはゴフテッド対策局に入っていただきたいと思っています」
概要の流れですらすらと出てきたその言葉に私は息を呑んだ。ゴフテッド対策局(Gofted Countermeasures Organization)、通称GCOへの就職。
実験にでも使われるのか? それとも管理したいが故に近くで事務員でもさせられるのだろうか? 転職しようしようと思いつつ面倒で今に至っている為公務員への道を提示されて魅力的に感じる自分がいる。思ってもみないところから突然しかもスカウト……普段ならとてつもなくドキドキしているところだが、ここに着いてすぐに飲まされた薬が効いている為か比較的落ち着いて考えることができるようだ。
「スカウトですか? まさか制圧隊、ですか?……」
とても興味はあるがどんな仕事をさせたいのだろうか。制圧隊は警察でいう機動隊のようなもので危険な仕事であるイメージがある。私の困惑をくみ取ってか金手さんは話し始めた。
「あなたにしていただきたい仕事は実働調査です。一般人に花形のように思われているのは制圧隊ですが、ゴフトを使った戦闘というよりもゴフトが関わっていると思われる事件・事故についての調査や相談に乗る仕事です」
「実働調査、というとデスクで仕事というよりも聞き込みなどをするのでしょうか?」
「その通りです」
金手さんは頷き、簡単に業務内容を教えてくれた。事務員が集めたゴフト関連と思われる目撃情報や現地で聞き込みをしたり痕跡を確認したり、一般人からの相談を受けたりするのだという。
「我々は常に人手不足で、ただ秘匿性も大切でしてゴフテッドの公募はしておらずスカウト制にしております」
彼は組んでいた指を解いて再度組み直した。
「私もゴフテッドです。ガネーシャのゴフテッドで2年前発現しました」
「ガネーシャ、ああと聞いたことあります。インドの」
「そう、別に今までガネーシャに思い入れがあったわけではないのだがね。ゴフトを人は選べないので、だからといって今は文句もないですよ」
金手さんは就業条件等が記載している書類を持ってきていたようで、それをボードごとガラスに立てかけ見せてくれた。このくらいですと見せられたその給料の額に私は瞬きした。とてつもなく高い!目線が彼と書類を2回ほど往復する。
「まあゴフトを扱う仕事のため危険なことなどもありますので、様々な手当がつくとこうなります」
なるほど、まあそうですよね。制圧隊ではないとはいえ危険はつきものですよね。
仕事は主に調査、その他にゴフテッドになった一般人として生活するひとに対しての講習、相談が主な内容であるという。ゴフトが関わるうえで事前調査・相談の段階で戦闘になる場面もしばしばあるようで、基本的にツーマンセル以上での行動をしているとのこと。
本当はよく考えるべきことなんだろうと思う。しかしやはりなんというか、運命とでもいうのだろうか、私の勘がそうするべきだと思い、後ほど食事とともに差し入れられた契約書にサインしてしまったのだった。