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合掌

 でもさ、私なら……私ならできるんじゃない?


 脳裏に甘い言葉が響いた気がした。


【使いナさィ?】


 そんなことを言われている気がする。ああ、そういえばもうそろそろお薬の時間だなって思ったけれども、飲んでいる暇はない。大丈夫、大丈夫、死なないよ。羽田さんに見てもらったし、静電気より少し強めなバチッとするだけ。


【邪魔ナら……コろシなさイ?】


 ごめんねイザナミ様、それは出来ないや。そう心の中で謝り、私は立ち止まり、少年の方へ指先を向けて両手を合わせる。


(手から生まれ出づるは山雷(やまつち)


パンッ


「人殺しは犯罪なの」


 己の手による乾いた音が耳に入ると同時くらいに、細い電撃が少年へと伸びていく。



「うわあっ‼︎」


 驚き混じりの小さな悲鳴が上がる。



 自転車から転げ落ちた少年が、立ち上がり自転車は乗り捨てて足で逃げようとするが、私たちと反対側からは、見知らぬ男性……いやGCOの制圧隊の男性が2人立っていた。


「おい、ボウズ。逃げんなよ」


 1人が縄を取り出して、胸の前に構えて縄の先を少年に向かって投げる。するとまるで意思があるような縄がシュルシュルッと少年の細身な身体に巻きついてあっという間に捕縛された。さらに近づいて逃げられないように固定する。

 もう1人の男性は何やら電話をかけ始めた。


 素早い動きで行われたそれらは非日常的で、自分の目の前であったことなのに、画面の中を見ているような心地がした。


 後ろから追ってきたミズキさんは、「お疲れ様ですー」と男性たちに挨拶をすると私を手招きする。2人のGCO制圧隊の男性の足元に座り、縄でぐるぐる巻きの少年。その前にいるミズキさんの横へと移動する。


 情報の引き継ぎをするから、私には少年になんで逃げたかを聞いてみてほしいと言われた。突然のお仕事に私は顔を青ざめさせる。この少年もゴフテッドなのだからまた何か別のゴフトを使用するのではという考えが頭の中をぐるぐる巡っていく。



「大丈夫、その縄で縛られるとゴフト使えないんですよー、ね? ニ木(にき)さん?」


「ええ、そうですけど…………そっちの、新人ですか?」


 ニキさんと呼ばれた男性は、最後の新人かというところだけ声を潜めてミズキさんに問いかけた。ミズキさんは頷いて肯定する。「アタシはあっちで情報引き継ぎちょっとしますー」と言って、電話をかけている男性の方へ歩いていった。


 私は意を決して、しゃがみ少年と目線を合わせて問いかける。


「あの、なんで逃げたんですか?」


「わかんだよっ! あんたみたいな奴らは」


 喚く少年は、私と目を合わせようともせずそっぽを向いた。


「わかるって?」

「…………」


 口を閉ざした少年は、二木さんに小突かれる。


「ほら、捕まってんだ。素直に話せよ」


 チッと舌打ちをすると、少年は嫌そうな顔を隠しもせず、私の方に向き直って吐き捨てた。


「あんたたちの……オーラが、不自由ありません〜って言ってんだよ」


 さっきも逃げる前に、彼は『幸せそうな”モノ”しやがってっ! 俺を馬鹿にしてるんだ‼︎』と言っていたな。やっぱり……ミズキさんが教えてくれた予想通りなのかな、と確信めいたものが生まれる。


「未申告の……付喪神系のゴフテッド、ですか?」


「んなッ?!」


 付喪神……私もミズキさんに仮説を聞いたとき内心驚いた。


『多分アニマ型……付喪神系のゴフテッドでー、愛着のある物をどうにかできるゴフト。ペットボトルが使い込まれていたでしょうー? それに聞いた子供……男の子の外見もみすぼらしかったって。まあ仮説なんで勘ですけどー』


 使い捨て容器に愛着が湧くような子供が貧しさゆえにやったことではないかとミズキさんは言っていた。そういえばアニマ型ってなんだろう……今度聞こう。


 おそらく図星をつかれたであろう少年は肩を跳ねさせ、後ずさろうとする。しかし縄で縛られているためろくに動けず、横にごろんと転んだだけだった。

 一方でニ木さんは「へー」と面白そうな声を漏らしただけだった。


「そうなんですね?」


 私が確認のために、再度問いかける。


「そうだよ、んだよっ!知ってんのかよ‼︎ キショいんだよ、ババアが」


 少年は私を睨んでくる。は? ババアとか言われる年でもないですけど? ぐわっと私の瞳孔が開いたのが見えたのか、目の前の少年の身体がわずかに揺れた。


「で、逃げたのはどうして?」


 フレンドリー感を醸し出そうと今更ながら、敬語を取り払って聞いてみる。


「客じゃないって分かったから……騙した客の家族とかかと思ってめんどくて……」


しょんぼりと急に覇気のなくなった少年は、素直に理由を答えた。



「どうですかー?」


 ミズキさんが話終わったのか戻ってきたので、聞いた仮説通り、付喪神系のゴフテッドだと認めたこと等を話した。何度か相槌を打っていたミズキさんは、少年に向き直り、片手を振って別れの挨拶をした。



「じゃあーお兄さんさたちに大人しく着いていってお話してくださいねー」


 アタシたちはこれで、と去ろうとするミズキさんに慌てて後を追いつつ、「よろしくお願いします」と私はお二人に会釈をした。


 並び歩きながら私は質問する。


「帰るんですか?」


「応援呼んでいましたからねー、これから先は制圧隊の管轄ですー」


 そう言ってミズキさんは改めて「帰りましょうー」と支部までの道を調べていた。


 少年が転んだときに置き捨てられた自転車の横を通る。倒れた自転車を見ると、チェーンが切れていた。あの時は考える余裕がなかったが、チェーンが壊れたのに気づいたから乗り捨てたのか。


 私は自転車には手を出していないから偶然このタイミングで切れたと思われる。





「どうなるんですか? あの子」


「しかるべき人たちが、しかるべき処理をしてくれますよー。アタシらができんのはこのくらいですー」


 法的な処分が聞きたいなら羽田さんに聞くようにと、何気に面倒くさいことを羽田さんに押し付ける気満々だろう指示をいただいた。



「未申告ですしーゴフテッドは管理すべきってのが、国の方針ですからねー。登録は少なくともしますよー」








△△△


 支部に帰ってきて、ミズキさんは今回の結果をまとめているらしく、私はその作業を横から観察している。

 一応、こういうことをすると教えながら作業してもらって、私もこれをできるようにならなくちゃなーと焦りを感じ始めていた。




「神の水なんてあるんですかね?」


「ありますよー」


 

 雑談のなかで、質問してみた私の問いに即答するミズキさんに私は、おお!と感嘆を上げる。


「大きな怪我をしたときにお世話になると思いますー」


「ええっやばい状況でないと使えない感じのものなんですか?」


「ですねー、回復ができるゴフトは非常に貴重なんですー。金手支部長も血眼で探していますよー。母断支部長が、その神の水……まあ、賜物によって人の外傷を癒すことができるんですよー」



 外傷を癒せるその水を『変若水(おちみず)』といって、満月の夜に作る神の力が込められている賜物だという。

 一般的なものを指せば、飲めば若返るといわれる霊薬だが、GCOで扱われるその賜物は、なんで不老不死になれるわけではない。しかしよほどの重傷でなければ回復するらしい。


 エリクサーや仁丹といった方が想像しやすいだろうと言われて、ゲームの回復薬が頭に浮かんだ。


「じゃあ念のため私たちにも配布してほしいですよね!」


「ですねー。だけど作れる数が限られててー原則GCO制圧隊のみにしか携行が許されないんですー」


 残念ですねー、と残念そうでもない声で教えてくれる。金蚕支部の治療室にも配備されているので、見たければ見に行っていいよーと言われるが、そこまでして見たいわけでもない。


「私も何か作れないかな?」


 両手を見つめて溢した独り言に、「チャレンジはただですよー」とミズキさんは笑った。







********


これは後々聞いたのだが……


あの少年は通りすがりの人間の持ち物を視て、その物から不幸な感じがした人間の家にチラシを投函していたそうだ。


少年はギャンブル漬けのシングルマザーと二人暮らしで、暮らしを良くするためにお気に入りの”モノ”を売っていた。


神のペットボトルに限らず、動く人形だの、選ぶ鉛筆だの商品はまちまち。自身が長く使ったものを動かしたり不思議なことを起こさせたりするゴフトだった。


モノを売って得たお金は自分の食事を買った後、母親に渡していたが、母親はギャンブルに使い果たしていたとか。


 ゴフテッドになったからといって、幸せになれる訳じゃない。


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