モノ売り少年
「おっとおっと‼︎ 当たりですよーこれ」
ペットボトルに入ったほんの僅かな水滴を眺めながら、ミズキさんは少しだけ声を弾ませて私に言う。
「当たり?」
私が聞き返すと、「持ってみてー」と小汚いペットボトルを手渡され、おそるおそる手に取る。手に取った瞬間わかる。皮膚に感じる違和感、なんらかの反発力を感じる。
「それが他人のゴフト」
ミズキさんは私に耳打ちする。顔がこわばり、驚きに手が離れそうになるのを抑えて両手でペットボトルを握る。そこへ、目的のものと思しき、くしゃくしゃにされたチラシを片手に男が戻ってきた。
それをまた机の中央に載せて見せてくる。
「今朝連絡した時におっしゃってましたけど、同じようなチラシがまた入っていたというのがこれですかー?」
「そうです」
「行くつもりはないですよねー?」
「もちろんです」
男は無意識かどうか知らないが、視線が定まらず貧乏ゆすりをしている。ミズキさんがチラシを開くと、拙いじ筆跡で『神の水売ります』『幸せを手に入れられるゴフトで作ります』という文言と、日付と場所が書かれている。
その場所は少し遠いが、車で行けば大した時間はかからない。日時は……今日っ!?
「あーまず、ペットボトルを先ほど確認したましたがーその子供もしくは関係者が、ゴフテッドなのは間違いないでしょう」
断言したミズキさんの言葉に、男は食いついた。
「でも! 何もっ……何もなかったんです‼︎ 騙されたんだ、ゴフトでもないんじゃ? これって詐欺ですよね、金は返ってくるんですか?」
質問を重ねる男に対してミズキさんは腕を組み、慣れているのか冷静に返答する。
「んーまあ、いくつか可能性はあります、多少ゴフトを水に流し込んだとて、生産系のゴフトでなければ効果なんて出ないですよ―。これはゴフトを浴びたただの水だったり……とか」
「そんなっ! 金はっ!?」
金、金とうるさいけれど、ボラれて1万だろ、私さっき15万の被害者見てきたんだが。唾でも飛んできそうな男に私は顔をしかめそうになる。隣のミズキさんは平然としており、ひよっこの私との違いを感じさせられる。
「それは今の時点ではなんとも言えないですねーアタシらはただの調査員なので、詳しくは別途担当部署からへ連絡させます」
しぶしぶ納得したようで、ペットボトルとチラシはこちらで預かることを了承してもらい、ようやくこの家から出ることとなった。
「さて、わかると思いますけどー、行きましょうかーここ」
「はい!」
約束の時間は、夕方なのでまだ時間がある。今回の内容について聞いてみる。
「まあーチカちゃんに分かりやすく言うなら、佐々木っつー汚いおっさんが買った賜物、つまりはゴフトによる製作物は、ペットボトルの方だったんですよー」
「すごいっ、そんなことまでわかるんですね」
「だって水が全然入ってないけど、賜物だって解ったでしょうー?」
「ああっ! てっきり残った水滴に反応したのかと思ってました。は、初めて賜物に触れたものでして……」
言われてみれば確かにと思い、気づかなかったことに恥ずかしさを感じる。
目的地へ向かう途中で「疲れちゃいますよねー」と飲み物も奢ってくれて……キャラメルフラペチーノを飲んだ私は、今日だけで大分ミズキさんに懐いていた。
なんというかどんと構えた感じでユルいのが安心感がある。
△△△
件のチラシに書かれていた場所、人気の少ない廃公園に私たちが着くと、くたびれた洋服を着た少年が手持ち無沙汰に、止めた自転車に寄りかかっていた。自転車のカゴには使い古されたトートバッグが入っている。
先ほどの男から聞いた、子供の特徴とも一致している。そのキャップを目深に被った少年はちらっとこちらを見た。
皺だらけになったチラシを無理やり伸ばしたものを、振りながら近づいていくと少年の表情は、私たちが近づく度にくぐもっていった。
「こんにちは、チラシ見てさ。売ってくんないかなー? 神の水」
ミズキさんがそういうのを聞きながら、少年は値踏みするように私たち二人をぎょろぎょろと見た。その頬は痩せており、目はギラついていて怖い。体は骨張っているが、中学1年生くらいの体格のようだ。
「お前ら客じゃねーな‼︎」
値踏みが終わり次第彼は怒鳴った。
「んー分かりますー?」
こてんと首を傾げたミズキさんは、逃げないようにと自転車のハンドルを押さえつつ、立ち塞がる。
「まあまあーお話ししませんかー?」
「くそがっ、話なんかするかよ! 幸せそうな”モノ”しやがってっ! 俺を馬鹿にしてるんだ‼︎」
「わーあ」
ミズキさんを両手で突き飛ばして、少年は自転車へとまたがり走り出した。一瞬、ミズキさんに触れた時に「はっ?」と疑問をこぼしていたが、ゴフテッドに対する反射だろう。緊張感のない反応をしたミズキさんは地面に倒れ込む。
羽田さんに研修してもらったときに教えてもらったが、ゴフテッド同士が触れるとなんとなく分かるのだ。あー自分とは別の神の寵愛受けてるな、というような感覚だ。
ま、あ? それは置いておいて……あり得ないっ!?あのクソガキ! ミズキさんを突き飛ばして逃げようとするなんて、しかも自転車が速い速い。きっと何かのゴフトだ。
私の身体はミズキさんを起こすよりも先に、少年を追うため走り出していた。
どうしよう? 止めなきゃ、私が止めに行かなくちゃ。ミズキさんは道中で、自身のゴフトの制御は目を封じることでしているし、戦闘にはあんまり向かないって言ってた。つまり、何かしらの解決方法を持っているわけじゃない、と思う。
でもさ、私なら……私ならできるんじゃない?