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神の水

 ミズキさんは少ししたら出掛けると言い、パソコンに向かってカタカタと作業を始めたので声をかけるのも躊躇われて、私は背向かいの自席に腰掛けて資料に目を落とす。






『家族が詐欺にあった』

『神の水を買ったのに、奇跡もなにもなかった! 騙された』

『怪しい訪問販売が来た』



 詐欺じゃない? としか思えないが……。どうやら初めての”お出掛け”は、『神の水』が本物であるかどうかを被害者に話を聞いて、確かめてくるものらしい。


 読み進めれば、場所は金蚕支部の管轄内であり、かなり場所が密集している。この地域に絞って狙った被害のようだ。


 気がつくと、すぐにでも出発します! という姿のミズキさんが後ろに立っていた。


「チカちゃん行けますー?」


「は、はいっ」


 私は彼女の後ろをくっついていった。


 聞けば、警察側と対策局側両方にこんな話が来るのは、よくあることなのだとか。


 だからこそ結構ポピュラーな案件として私の勉強のためにも今回、日目さんと共に私もご一緒することになったのだろう。




 そういうことで通報が相次いでいる地域に来た。


 詐欺?にあったというおばあさんに話を聞くことになっており、その人の家へと向かう。


 ミズキさんの後に続き、大通りから何本か小道に入り、目的の家に到着してチャイムを鳴らして待つ。1分ほどしても反応がなさそうで、もしかしてアポ取ってあるのに出かけているのか? とミズキさんと話していると、家の中から物音が聞こえた。そしてその物音はこちらに向かっているようだ。


 ゆっくりとした動きで玄関扉が開けられて、想像していたよりも小さな体格のおばあさんが出てきた。


きっと家の持ち主、80代女性の前田キヌさんだ。



「こんにちはー前田キヌさんであっておりますかー? 私たちはゴフテッド対策局のものです。先日お電話した件で来ました」


 ミズキさんが身分証をひらひらと見せながら挨拶をすると、前田さんも上を向いて人の良さそうな笑顔を見せた。


「はい私が前田キヌです。こんなとこまでよく来てくださって……ささ、狭い家ではありますがどうぞお上がりください」


 お邪魔いたします、と靴をそろえて老人が住むには少し高い玄関の段差を上がり、和室に通された。


「私は腕がちょっと良くなくてね、年だろうけど左手が震えてしまって細かいことができないのよ」


 私たちが四角い机を挟んで畳の上に座ると、そう言いながら彼女は震える手で茶菓子の入ったカゴを私たちに勧めてきた。




「若い男の子だったわ、一生懸命に説明をしてくれてね」


「このお水を飲んだらこの手の震えも止まるかもしれない、あんまり出回ってない『賜物』だからってね」


 こんな人が来たという話を聞き、実際の水を持っているので見せてもらう。パッと見て500ミリリットルくらいのガラス瓶に入った水は、御神酒を彷彿とさせた。


 ミズキさんは、その瓶を受け取るとほんのわずかに眉を顰めた。



「これはいくらで買われたんですかー?」


 これくらいは聞いていいかと私が質問すると、前田さんは答えた。


「ええ、と確か15万円です」


 なるほど、と相槌を打ち、再びミズキさんがいくつか質問をし、それに前田さんが答えるということをした。

 買ったという水の入った瓶は、私たちで持って帰るそうで、前田さんに許可をとり持ってきたバッグに仕舞い込む。


 おそらく、これはただの詐欺事件で警察に引き継ぐことになると小声でぼそっと教えてくれる。


 よくもまあ、騙す方が悪いのは当然だがこんなおばあさんからよくそんなに水ごときで毟り取れるものだ。複雑な気分になる。





 そんなただの詐欺が何件かあり、次は50代男性の……名前なんだっけ?


「次行くのはどなたでしたっけ?」


「佐々木アキヨシさんですねー」


 その男の家は、アパートの一室だった。インターホンを押し、待っていると、伸びっぱなしの髪の毛をボサボサのままにした男性が出てきた。小汚い白Tシャツを着ており、全体的にすえた臭いがする。


 家の中は、汚くチラシが床に散らばって、ガラクタが壁側に積み重ねられている。今は一人暮らしということだが、リビングには机を囲んで4つ椅子があり、私たちはそこへ腰掛けて話し始める。


「どうも改めてギフテッド対策局のミズキと申します。今回通報された内容をお聞きしていいですか?」


「ええと、そうですね、ある日チラシが入っていたんですよ。『神の水売ります』ってやつが」


「それで?」


「そこには連絡先が書いてなくて、場所と時間帯だけ。なんというかすごく気になってしまって、幸せな気分になれるって書いてあってだからその……」


「行ったんですねー? 書いてあった場所へ、書いてあった時間に」


 ミズキさんの問いに、男は気まずそうにこくりと頷いた。敬語を使い慣れていないのか、それとも舐められているのか、彼は敬語とタメ口を行ったり来たりする。


 淡々と話を聞いていくミズキさんの隣に座っているだけで、私は何もできない気持ちで歯痒くなってしまう。ただ元々何も話さなくていいから、見学しててねーと言われてしまっているので、これが今日の仕事である。



 なんでそんな怪しいところに行ってしまうかなあ〜というのが、私の素直な感想だが、そんなのを口に出すことはしない。


 話を聞いていくと、中学生くらいの子供がおり1万円でその水を買ったそうだ。「なぜ信じたのか」という問いに対して、彼は語る。


「その子が言ったんです。自分はゴフテッドで、水に関わるゴフトだって! 見たんだ、何もしないのに水が渦巻くのを。だから買ったんです! でも飲んでも何もなくて……」


 彼は自分を落ち着けるようにため息を吐いて、おもむろに足元にあった空のペットボトルを机上に置いた。


「……これが買った水が入っていたペットボトル」


 えっ? それがそうだったの? 家の中がゴミだらけで、私たちの周りにも空のペットボトルやら、お酒の空き缶がゴロゴロと転がっていたから、ただの風景の一部かと思っていた。


「見ますね」


 ミズキさんはペットボトルを受け取り、しげしげと観察する。


「ペットボトルが結構、使いまわしている感じですがーこれは佐々木さんが?」


「元から」


中の水滴は買った水の残りだと補足を受ける。あと見てほしいものが他にもあると、男は別の部屋へ行った。




「おっとおっと‼︎ 当たりですよーこれ」


 ペットボトルに入ったほんの僅かな水滴を眺めながら、ミズキさんは少しだけ声を弾ませて私に言う。


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