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硝子の壁

作者: 瀧田新根

 《ユルゲン規則》に基づき朝六時に起きたクルト・フォン・キルヒャーは、真っ先に軋みを上げるベッドから抜け出すと、左右の違う色の目をおもむろにこすりながら、テレビスコープのスイッチをひねり入れた。テレビスコープは名前の通り、テレビジョンと『監視』のためのカメラが設置された装置だ。偉大なるユルゲンによって定められた規則、《ユルゲン規則》に基づき、各家庭には必ずこの装置が設置される事になっていた。たとえ、どんなに貧困であっても、世界の情勢をきちんと理解するため、また、自国の状況を確認するために、必需品として大小を問わず、配給されていた。クルトの家にあるのは十五型の小さい物であり、機能は限定的だった。薄型の外見に似合わず、ボタンが画面の下に設置され、ボタンを押すたびに、カチッカチッと固い音を立てるものだった。この音がなくなった時には変え時だと、親が笑っていたのを思い出していた。クルトの両親は今より内陸の地にある《希望の地》にある集合施設に入っている。早々クルトの様な労働者では面会に行く費用が出せないが、今でも定期的に元気でいる姿をテレビスコープを通じて、会話する事ができた。粗雑な音楽と共にディスプレイにはニュースキャスターが朝のニュースを報じていた。世界の情勢について事細かに伝えるそれは東の果て上海における民主化運動の様子を報じていた。未だに民主化などということにとらわれるとは、とひどくクルトには前時代的に思えた。

 偉大なユルゲンの登場は歴史において今から百二十年も前のの出来事ではあったから、一世紀以上も遅れている時代に対して、嘲笑を向けるのは当然の流れだった。ユルゲンの登場により、多くの争いごとは水泡の如く消え、平和という人類の悲願を達成せしめていたのは事実だった。ドイツ連邦の解体と自国第一主義の台頭により、鎖国的に国土の強靭化を行ったドイツ社会主義同盟。しかし、人の決定する行為に必ず付きまとう過ちを、是正するために最高意思決定機関、通称《ユルゲン機関》の創設を行ったのがその始まりだった。であるから、ドイツ社会主義同盟は常にユルゲンによって整理され、《ユルゲン規則》によって律し、ユルゲンの発言で人は動いていた。ユルゲンは偉大だった。様々な戦争が行われた中での救世主だった。特に経済戦争における国民の疲弊具合は、極度の貧富差を生み出し、憔悴しきった労働者と、裕福な経営者という二面性を浮き彫りにし、ブルーカラーの怒りは天井を超え、国家を揺るがす程に強大な人の波を作りだした。その中心にいたのがユルゲンだった。ベルリンに押し寄せる百三十万の群衆の先頭をきって、ユルゲンは連邦議会を包囲した。人の環は決して武力を用いず、議会を停止させるに至った。その月日は一年を経た。入れ替わり立ち代わり群衆は人の環を形成し、三日に一度は人が入れ替わった。ドイツ全土から人は集まり、一日でもそのデモに参加しようと日夜問わず押し寄せた。数多くの物資の配給もされた。国民の代弁者たるユルゲンは、全国民に、本当の《民主的》な抗弁方法を見せつけたのだ。

 ユルゲン・パブロ・ポル。齢三十のユルゲンは、その若さを情熱をもって国民を先導し、非武力の革命を成し遂げた。ユルゲンの指導に基づき、国家は一つに結束した。社会主義の国家として再編されると、富の再配分を行うために、事細かに決められた計画経済を、推進した。推し進められた経済再編は、従来の資本主義により富の一極集中の是正はしたが、長期的なスパンで見れば、全産業における生産性の低下を招いていたのは間違いない。食料も、衣料も、医療も、嗜好品も、細部に至るまでが計画された経済活動の中で行われる。どこか共産主義めいた推進は三十年余り続いたが、その間に国民の競争力の低下という病根を抱えるまでになった。であるから、設立されたユルゲン機関において、国家の生産力向上に――あるいは革新的技術開発ができた場合には、特典を与える事で競争力を確保しようと画策した。その思惑は今現在でも続いているし、多くの国民にとってもある種の《希望》として、存在していた。

 《ユルゲン規則》はこの様に絶対的な崇拝をもって、支持はされていた。当然テレビスコープの設置についても、《全て》の国民が協力的であったし、それによる《造反》の密告など、躍起にやるものだから、都市ベルリンは今や二百万程度の人口と二十一世紀初頭と比べ、半分まで減少していた。多くが《追放》という処分になっていたが、ここ数年はその件数も下火になり、青年部会も見知った顔で並んでいた。皆、愛国主義者であったし、それを誇りに思っていた。クルトの隣に住んでいるハンス・ダーヴィ・バッヘムにおいても、その傾向は顕著で、粗悪酒でがらがらに焼けた喉で、党歌を夜な夜な歌ったりもしているのを、叩けば壊れる様な壁から聞く事ができた。

 国の用意した住宅は余りにも簡素だったが、その反面実に機能的に設計されていた。クルトの様に独り身の世帯においては集合住宅の生活は学生寮に準じる自由奔放さをもっており、土曜日の夜六時になれば、多くの者が談話室に集まって国家の繁栄についての弁を肴に、一杯やるというのが通例になっていた。全部で百五十の部屋があるにもかかわらず、それに参加しないのは愛国心が足りないとも考えられるから、人前に出るのがあまり得意でないクルトであっても、必要な生活のための通貨だと認識して、苦い酒を飲んでいた。

 クルトは次の土曜日の集会のことを考えると胃が痛くなっていたが、それを紛らわせるように配給されているボロジンスキーの様な黒パンに夕食のあまりのポトフを合わせて簡単な朝食とした。なんとも西から東の味がするバリエーションの富んだ朝食は、クルトにとっては十二分な栄養源であった。同時に、質素な生活を義務付ける《ユルゲン規則》によって香辛料の生産は後回しにする生産計画によって、物資不足の状況を最低限まで抑えている事は、偉大なユルゲンの導きだともクルトは思っていた。

 テレビスコープから六時半を知らせる音が鳴った。チャイムが三度打ち鳴らされた。クルトはテレビスコープの前へと進む。画面に映し出されるのは一人の女性。《監視者》のマルガレーテ・ディ・ラスカリナだ。「おはようございます」飾り気のない言葉が響く。一度に多くのことを伝えない、豪奢で華美で他者を礼讃した様な言葉などは、差別を生み出す元凶となるため排斥された。言葉を最低限にすることは皆意識していたから、《監視者》に対して返す言葉は決まって、「おはようございます」のみ。相手の名称、相手を気遣い一言述べる、そんなことは一切行われない。機械じみている返答は、皆揃って同じタイミング、同じ音節になった。画面に並んだ確認できるだけで五十程度の小さい小窓には、黒い国民服を着用している人が映し出されていた。口の動きは揃い、発音された言葉が集束すると、すっと画面の中心にいる《監視者》のマルガレーテを見つめていた。目の動きは一度きり。まっすぐと見据え、それを動かさない。統一性ここにありだ。そう、クルトは自慢できた。

 朝の点呼は国民としての義務であり、一人の体調不良が、生産性の低下を招くのは当然の事だから、機械の歯車と同じく、毎日確認する必要があった。個人は社会のために、社会は個人のために成果を渡すのだ。そのために、必要な事なら何でも国家はやっていた。個人の管理というのが、国家事業に成り代わっているのも興味深いところだ。クルトにとっても、毎月出されるビタミン剤に、軽い胃炎を抱えていたために出される胃薬に、視力の低下を防ぐために毎日注すようにと配られる真っ赤な目薬。どれも半年に一度の身体測定でだされるものだ。必要があれば、国のデータバンクにアクセスできる医師が常駐する診療所に、無料でかかることができ、薬の合う、合わない、というのも簡単に調整する事ができた。こういった健康面のサポートもさることながら、結婚の相談、あるいは、離婚の相談なども生産性を上げるために必要だと考えられ、特に、三十を超えた者が独り身にならないように、多くの配慮がなされていた。その最たるものが、就業における引き合わせで、一つの仕事を最低限の二人の男女で必ず行う事になっていた。定期的に人員は入れ替えが行われるが、専門性の高い――例えばクルトが就いている食料生産工場の様な経験がものをいうものの場合はそのスパンが長くなったりした。クルトの相方は先月までは既婚者の女性だったが、今月からは変わるらしい。そのことに対して、クルトは少しは期待を持っていたが、それと同時に自身が《欠陥品》である事を感じ、憂鬱な気分になってはいた。

 クルトは《欠陥品》と言われていた。家族に、隣人に、同僚に、社会に突きつけられていた。彼の持つ欠陥は左目だった。視力を失ったのは、四歳の時におきた事故だ。塵芥車との接触事故が起きた。坂道に作られたゴミ置き場に、塵芥車を見に来ていたクルトは、両親が隣人と意見交換をしている間に、親の目を離れ、塵芥車の影に入った。ちょうど塵芥車がバックしている所だったため、クルトはラグビーボールの様に吹き飛ばされ、近くにあったゴミステーションに突っ込んだ。その距離十メートルはくだらないだろう。プラスチック置き場とガラス置き場の境に彼は突っ込み、辺りにゴミを散乱させた。顔面はガラスの入った黄色のケースに引っかかるように、体はプラスチック置き場にうずまるように止まった。悲鳴が聞こえた時には、彼の顔面は血だらけになっていた。叩きつけられた瞬間にガラス瓶が額に激突。頭蓋骨の固さもあり、ガラスは四散した。ガラス片は勢いよく彼の左目に突き刺さった。目が見えなくなったのは彼の不注意によるものだった。赤色の義眼は、《欠陥品》の烙印だった。それでも、彼は両親の不注意だとは《監視者》には一度たりとも言った事はなかった。

 定例的な宗教染みた点呼が終わると、各々職場へと向かっていく。ある者は山へ、ある者は平地へ、ある者は工場へ、ある者は海の底へ。クルトも海の底へと向かう一人だった。海水面の上昇は海岸線を劇的に変化させた。住むべき土地は海の底に沈み、多くの平地は大陸棚となって海の中に広がっていた。



 海は母なる大地の営みをやさしく包み込むものだと教えられた。クルトにとってそれは違和感しか無かった。ボートによって海上に作られた作業拠点まで行くと、やさしさという言葉に疑義を持つのは当然だと感じた。太陽の光を浴びて青く澄んだ海の底には、多くの住宅が存在していた。二十一世紀までは人々が住んでいた場所が、当時を残したまま海の中にあった。木製の屋根は一部が腐食し剥離し、その隙間から屋根裏部屋の概形が覗く家。コンクリートの三階建ての建物は、その姿をそのままに、窓サッシが錆、いつの間にか流れ出したであろう、窓ガラスの無くなったところから、小魚が出たり入ったり。十メートルはあろうかという杉の木は、水の中で葉をすべて流し、枯れていた。波に揺れる光の屈折が、信号機にゆらゆらと当たると赤色の、青色と光を反射させた。暗闇に浸るわけでもなく、そこに生命の営みの歴史を蓄えたまま、ちらちらとした波紋を映しこんでいた。

 カモメが空を飛ぶ。自由に、そこが自分の居場所だという様に。気持ちよく青空を駆け、大地を、海をと瞬く間に移動する。岩場の上で、少し飛び出たビルの頭で、信号標識の上で、時折羽を休める。人の営みの上で、しかとはぐくまれる生命の営みを、多くの者はきっとうらやましがる事が一般的だろう。今、人々は海の上を自由に行き来するというのは、限られた交通手段のみだけだ。自分の意思で、鳥たちの様に空を渡って行くことはできない。作られた船は限りがあったし、新たなドッグすら立てることが叶わない。いまだに全土でみても二か所しかない港は常に船が溢れていた。航空機などは、平地が少ないため、大して大きなものは飛ばせず、多くが破棄された。海の中に、静かに沈んでいる機体をたまに見かける事もあった。鉄道においても多くが引き直しがされた。山を削り、崖を削り、トンネルを掘り。地下に必死になって敷設した。波力、水力、風力といった発電は生き残っていたから、少ない電力を物流に極振りして人々は生活をしていた。かつての時代に比べれば、電気の最小限な世界は、陽と共に生きている、と実感できる。不便ではあったが。

 しかし、人々は気にしない。高望みをしない。羨望もしない。広大な海に虐げられ、生きる場所を減らしながらも、ドイツ社会主義同盟の人々は悲観的なこの状況を当たり前としてを受け入れていた。決してそれを他者、他物に責任を転嫁せず、あるがままに受け入れる。クルトも同じだった。決して悲観しなかったし、逆にどこか希望を持ってすらいた。自分たちが生きる事によって、未来につながるのだという崇高な理想が確実に、ユルゲンの言葉によって形成されていると感じていた。

 臨海作業スペース、通称ベース8には多くの小舟が集まっていた。広さは大きなドーム四つ分はあるだろう。人々が生活するには十二分すぎる空間を巨大なフロートを何個も繋げて形成させていた。幾つも設けられた巨大な碇が海中に向かって、境界線から水底へと伸びていた。

 魚を取るためのスペースには、要衝供養のいけすを作られ、日々決まった量の魚を収穫している。魚の加工一つについても多くの施設が必要だ。魚をさばく施設。一斉に百人近くが捌く事ができるスペースはその半数が稼働している。黒色のエプロンを身に着けた作業者が一心不乱に魚を捌く。獲られる魚は大体が決まった物だったから、皆慣れた手つきで、せっせと三枚におろしていた。今の時期はアジが多い。時期が変わればその時々の魚を得る。時期が来れば大量の昆布を引き上げ、時期が来れば巨大な回遊魚をとらえた船を出迎えた。

 雑魚を使った魚油を作る者たちは暑い窯の側で、魚を熱していた。作られた魚油は食料にもなるし、灯りにもなった。ドロリとした油を長い柄杓で救い上げて、つぼに収めていく。十、二十、百、千。どれも単調な作業であるから、腕に、肩に、腰に、足に、均一な負荷がかかるのだろう。上半身裸の男の筋肉は、引き締まり、掬い上げる度に隆起した。汗の浮いた肌は、てらてらと輝き、太陽のまぶしさを反射させた。クルトはその側を通っていく。彼らは三部交代制であるから、クルトよりも働き者だと知っていた。燃料になるものは、常に生産をしなければならない。例え暴風の時であっても、魚がある限りやり続ける。作られた燃料を本土に届けるために、各地の臨海作業スペースからひっきりなしに小舟が出ていた。

 魚一つとっても、人々が生活する上で、重要な資源であるから、使える物はなんでも使った。例えば、魚を捌いた時に出る臓腑も一つだ。臓腑の臭いに鼻が曲がりそうになるが、それらを集め粉砕、ミンチにしては鶏のエサとして加工する。本土へと送り届けられ、大量のチキンへと化けるのだから、クルトは不思議に思えて仕方なかった。

 電力を作り上げるために多大な投資を行い、フロートの周囲に大量の風車を立てている者たちの姿が見えた。過剰にならないように、古い物を破棄し、その場に新たな風車を立てる。それは浮島全体に及ぶから、全部の整備をするのに、年の単位がかかっていた。

 ユルゲンはそういった世界を作り上げた。人々が生活する基盤を海から取入れ、陸地に住む多くの残った人々を養うために。



 クルトは自身の作業場へと到着した。すでに別の班の者は到着しており、準備を終えていた。

 クルトは狭い更衣室に入り込んだ。潮風で錆の浮いたサッシが赤茶けた色を扉の木材と連なるように暖系色が並んでいた。軋みを上げる蝶番は、そのうち変えられる事だろうと思いながらも、奥へと入って行く。ロッカーが所せましと並び、男女の分けが無い、粗雑なロッカー。班ごとにまとめられたそこは、自分の隣には常に女性になるという事から、どこか羞恥じみた感覚をいつも感じとっていた。黒い国民服が乱雑にロッカーにかけられたままになっていたり、大きなカバンがロッカーからはみ出て居たりと、乱雑この上ない。女性用の下着も半開きになったロッカーから見る事はできたが、心の中にある怪しいん感情は、模範的な国民を目指すクルトはぐっと抑え込み、強烈に自制を促していた。

「おはようございます」左隣のマーシーが挨拶をしてきた。クルトは視線を上げると、こちらをに流し目で挨拶をするマーシーの顔があった。澄ました顔は目鼻立ちが整い、美しいと思っていた。形いの乳房をさらしたままで、ウエットスーツを着込む最中だった。クルトは顔を赤らめながら、「おはようございます」と下を向いて返した。この雰囲気はいつになっても慣れなかった。話慣れた間柄であっても、いざ相手の素肌を見るというのは、男性、女性という隔てなく、とても恥ずかしく思えたのだ。

 クルトには、明確な女性経験がない。そのため初心なまま、相手の顔も時々直視できない程だった。胸の内でもやもやとした感情はあっても、それが定形になった事はなかった。同学年の友人などがどんどんと結婚という儀式を経ていく中で、一人取り残されていた。一般的な男性に比べて、女性に対する感情は乏しいと思っていたクルトだったが、だからといって、男性に対して好意を持つというのとも違っていた。クルトは女性との関係を望んでいたし、事実過去に口説いた相手も女性だ。だが、そのすべてが《欠陥品》としての烙印によって、破談になっていった。

 クルトは《ユルゲン規則》の中で、男女貴賤無くという文言については、せめて男女の分けは必要だったのだろうと、どこか思っていた。しかしそれを口に出す事は、《ユルゲン規則》に対して疑義を唱える事になるから、非国民のレッテルを張られても困るという観点から、羞恥心をぐっとこらえて、生活をしていた。

 女性だってその羞恥心は知っているだろう。如実に顔にでるクルトの表情を見れば、職場で、トイレで、共同風呂で感じる恥ずかしさは絶大な物だと言えた。


 青色の空が突き抜ける様になっていた。ベース8の端には、多くの班が集まっていた。人数にして三十は下らない。クルトが知っているだけでも、自分と同じ作業に従事する者は、百をくだらないのだから、実際には少ないと考えるのだろう。しかし、二日に一度の休みを義務付けた《ユルゲン規則》によって、リズムの良い生活を送っていたのは確かだ。休みが多い、という訳でもなく、長期に休みを取れない仕事であるというのが正しい。生き物を扱う職場なのだから、当然、それは仕方のない事だという諦め方で片が付いていた。

 長い休みなど、仕事についてから取った事もなかったが、だからといって、それを嫌がるという感情は芽生えなかった。生活のリズムが出来上がっていたし、それを崩す事の方がストレスになったからだ。職場にくれば、気恥ずかしい思いはするが、やりがいのある仕事が待っていた。

 海底菜園。

 かつて人々が住んでいたビルの屋上などに作られた、アクリルの半球体が漂っていた。大きさはどれも半径五メートル程度の小さい半球体だったが、数が多くなればなるほどその姿は壮観だ。太陽の光をドームの反射する明かりが、蜘蛛の目の様にじろりと、視線を追ってくるように感じた。しかし、その中に設けられた施設は、蜘蛛とはまるで別。

 球体の群体の中心には巨大な黒色の装置が存在していた。《マザータワー》と言われる海底菜園の心臓部にあたる。水の処理を行い、周囲に大量に存在する海水を一部ろ過して、半球体の《チャイルドドーム》に送っていた。単位時間あたりに決まった水量のみを送り届け、過度なろ過は行えない。一つの《マザータワー》で二百程度の《チャイルドドーム》に水を送り届ける事ができた。《マザータワー》は何も水だけを送り届けているわけではない。黒いタワーにはいくつものケーブルが設置されていた。一つは空気。一つは養液。どれも必要なものであり、それをそれぞれの《チャイルドドーム》に向かって、延ばしていた。魚が食べる事を防ぐために被膜には硬質の黒いケーブルであった事から、どうもウニの様に見えて仕方がない、というのが仲間内では語られていた。

 クルトは一つの《チャイルドドーム》に向かった。半球体には番号が黒色で描かれており、《99》と少し塗料が剥げかかった形で記載されていた。半球体の最外周を通るようにチューブが張り巡らされているため、それをくぐり抜ける様に通っていく。ここまでの道中、すべてが海の中を通るわけだから、当然、流れに逆らないながら、あるいは押されながら必死になって、泳いでくるのだ。比較的穏やかなな内海であるから、天候にも潮流にも左右されにくいとはいえ、建物の乱立する中に作られている事で、複雑な海流が形成されているのは違いなかった。だから、チューブをくぐる時においても、前面から押し戻される感触を必死に全身で受けながら進んでいた。

 クルトのやってきたところには既に一人の人影。女性らしい柔らかいシルエットが黒いウエットスーツから見て取れた。新たに相棒になった職員だろう。

 ドームの中に頭を突っ込むと、すぐさま空気の層にぶちあたる。高さ二メートルという中に生い茂る緑の薗が形成されていた。《チャイルドドームの》の底面には少し一人分程度の出っ張りがあった。そこに腰を入れると丁度作業をするのにちょうどいい高さになる。重い装置を背負いながらではあるが、あると無いとでは作業の辛さが全く段違いだった。呼吸装置を外すと、前にい既に腰掛けている女性に挨拶をした。「おはようございます」飾り気のない挨拶は誰に向かっても同じである。

 「おはようございます」返される言葉は抑揚を排した様に安定的なとても機械的な音声。黒いウェットスーツの上からでも零れた黒い髪が、濡れててらてらと光を反射していた。緑色の瞳はクルトを品定めする様に上から下へ、下から上へとじっくりと観察していた。「クルト・フォン・キルヒャー。よろしく」胸の前に手を置いて、小さく頭を下げた。簡潔な挨拶は党員の証である。「ヘルガ・ド・ジータスよ。よろしく、《欠陥品》くん」クルトは、自分の目を隠すように顔を横に逸らした。初めから、《欠陥品》であることを指摘されるのは、気のいいことではない。《ユルゲン規則》における男女貴賤の差別をしないというのはどうなっているのか、クルトはむっとしながら頭の中でめぐらせた。ヘルガの形のいい顔は澄ましたままで、まったくクルトの事など気にしていないようだった。整った目鼻立ち。薄い唇。肌のツヤは良く、水にぬれていたという事を差し引いても色気があった。肌の色は少し黄色みがかっている。ハーフなのか、クオーターなのか。そんなことを思い浮かべていると、「クオーターよ。あまりじろじろ見ないでもらえるかしら」釘を刺されて、恥ずかしそうに視線を伏せた。ゴウン、ゴウン、という低いモーター音が定期的に鳴り響いて微かな振動を《チャイルドドーム》全体に反響させていた。まるで自分の心音を代弁している様だな、と胸が押しつぶされる様な気持ちになっていた。

「貴方が、噂の《欠陥品》なのね。噂は聞いている。試験栽培を行うほどに熟達しているのだということは、同志ラウラから聞いている。貴方が《欠陥品》と呼ばれながらも《十字勲章》の授与をされる事を、誰もが驚いているわ。《欠陥品》というのは余りにもお門違いだ――という建前と、栄誉を得るには分不相応だと、思っているらしいわ。噂がいくつもあるもの。貴方が《ユルゲン機関》に取り入りしたのだとか、賄賂を渡しているとか。――でもここを見れば違うと分かるわ。どうしてあなたは抗弁の一つでもあげないのかしら?」

 党員らしからぬ話し方に、クルトは戸惑った。頭の中で会話というものがぐるぐるして、何を言うべきなのか分からなくなりそうだった。必死に言葉を紡ぎだそうとした。

「結論、意味のない事である。経緯、自身の評価をあまり気にする必要はない。特に、他人の言葉に一つずつ訂正を行う事は不可能。以上」

 ヘルガは顔をしかめた。クルトの話し方に違和感を感じている様だった。

「完璧主義者の様なしゃべり方をするのね。今時どれだけの人が《ユルゲン規則》を正しく思っているというの? こんなところにテレビスコープなんてないのだから、普通に話せばいいのに」

「事実、軽率な言動である。対象、同志ヘルガ。注意、禁則事項に抵触する恐れがある」

「注意はありがたくもらうわ。でもここでの事で告げ口をするの?」

「……事実、注意喚起のみ。思想、その様な言動を行う事が通例である、という事は承知している」

 クルトは目を伏せたまま、海の中を自由に泳ぐ魚を見ていた。足びれに寄りそう様に寄ってくる小魚の感触を感じた。彼女の様な言動が一般的である事は重々承知はしていたが、あくまでもここは職場である。プライベートの空間と一線を画しておく必要があると感じていた。友人のギュンターと夜の町に繰り出すと、ギュンターも似た様に砕けた話し言葉になっていたが、クルトは一度もそれを崩した事はない。その根底には、やはり《ユルゲン》への強い心酔があったからだろう。

「訂正、思想、その様な言動を行う事は、プライベートの時間に限るべきと承知している。思想、公用においては、《規則》を遵守することが崇高な理想への基礎である」

「その定型文をやめて、とは言わないけれど、少しは砕けた言動を心掛けてほしいところだわ。これから同じ仕事をする相手なのだから、気を許して仕事をしたいものよ」

「……」

 クルトは、党員として正しくないと感じながらもしぶしぶという様に小さく頷いた。クルトは相手が強く来る時は、必ず折れる事にしていたからだ。自分の言動を通そうとしても、《欠陥品》の烙印は強く、どうやってもそれを覆す事はできないというのを知っていたからだ。苦渋の決断をしたのは何度でもある。そもそも、この試験栽培においても成果を気にする同期の思惑で、配置されたのがきっかけだった。決まりきった作業を行う事とは違い、失敗するリスクが高く、それでいて評価はそこそこである。失敗すれば自分の評価は下がり、場合によっては外洋開発へと駆り出される事になるだろう。長期に陸地を離れる事は、いくら党員であってもいいとは思えない者が大半だった。当然、クルトもそういった生活は何方かといえば嫌だとは思っていたが、仮にそうなったとしても、全力をもって職務を遂行するんだというプライドは持っていた。だから、試験栽培に配置されたとしても――それが、あらぬ噂で人事に影響がされたという事を、人づてで聞いたところで、やはり《欠陥品》だからか、という風に納得するに至った物だった。

 クルトが自身のことを軽視している訳ではなかったが、噂話と《欠陥品》というレッテルで不利益に働くのは身に染みていた。損な物だと思っても、それを呪う事はなかった。悲観的になる事は常だったが、それで精神的に追い詰められるという事もなかった。いい意味でも諦められる、自分自身への言い訳だった。人とうまくいかない、という事を諦めるための言い訳として、人から何でも押し付けられる、ということを諦めるための言い訳として、人に蔑まされる、といことを諦めるという言い訳として、その言葉は機能していた。本当の所、自分がどう思っているか、というのをクルトが考えた事はない。辛さから逃れることが最上であり、それができている間は、自分を見つめなおすという事もないだろうとは思っていた。今である種満足しているのだろうと、クルトは思う様に務めていたから、不満らしい不満というのを表立って出す事はなかった。

「とりあえずよろしく。《欠陥品》くん」

 ヘルガが表情を変えずに手を前に伸ばした。今の時代に前時代的な握手を求めてくる事に戸惑いながら、クルトは右手を前に伸ばして握り返した。


 試験栽培は日々の観察の成果によって行われる。一人でに作物が伸びるわけでもなく、管理をどの様にするかというのが必要な事だ。水の管理を、光の管理を、空気の管理を、養分の管理を、どれか一つでも疎かにできないうえに、植生に対するストレスを可もなく、不可もなくという塩梅が求められた。植物の生育にまったくノンストレスの状況で育成させると、食味の悪い硬い強い植物に育ったり、筋張った物ができたり、可食部分が極端に減少したりするという事もありえた。特に、クルトが作り出しているのは、この海底ではできないといわれていた、根菜類の生育だった。根菜の生育には、ふかふかな土地が必要であった。しかし必要な土を用立てて整備するというのは、連作障害を避ける上で邪魔な要因になっていた。であるからこそ、金属のラックと、限られたプラスチックか、ガラスのプラントボトルを使って疑似的な環境を作り出さなければいけなかった。だれもが横に延ばせばいいと考えるだろうから、クルトの前任も横に、横にと伸ばそうと養液に浸した状態で並べていた。生育はうまくいかなかった。根ははるが、細く、可食部分がうまくできない。という状況だった。クルトは考えた。根は下へと伸びるものだし、その理由は、多くの栄養を取り入れようと表面積を増やすためだという事をなんとなく理解していた。だから、試験管の様な――もっと太物だが、可動式根菜ボトルを使う事にした。径が指四本はゆうに入る太さの大きさの試験管で、中に少量の養液と水が混合された液体が沈んでいた。中には浮力でプラスチックの円盤が浮いていた。その中央には丸い穴が開いていて、根はそこから下へ下へと伸びる。一日に少量の養液を上部からぽたぽたと垂らすだけで良かった。《チャイルドドーム》自体の潤沢な湿度によって、結露した水がドームの外壁を伝って養液の入っている可動式根菜ボトルに集まるように設計したこともあり、水分に事書かないというのもこの設計の良いところだろう。太陽光が差し込めば勝手に水を作り上げる、という仕組みになっていたから、従来の《チャイルドドーム》に比べて水の使用量も極端に減少していた。《マザータワー》から供給される水の量が減れば、それだけドームを増やせる事になるから、この技術は革新的だと言えた。その上、生育が進めば可動式根菜ボトルに密着する様に根が張る事で、従来よりも可食部分が増加する、という事で、生産性が十二分に向上した。

 クルトにとってみれば、当たり前のことだった。観察し、設計し、改良し、設置し、検証する。結果としてその流れを続ける事で、自身の求める成果を作り上げたというのが正しいだろう。予測と違い事は多々あったし、可動式根菜ボトルの作成サンプルは二十を数えたが、ちょうどいい径を見つける事に躍起にもなっていたから、少ない割り当てされている《研究費用》という名前の身銭を切って対応した。給与が《ユルゲン規則》により通貨での支払いではなく、配給切符のやり取りとなっているため、その配給切符を交換する形で欲しい資材を手に入れる様にしていた。石鹸を我慢したり、歯ブラシを一回我慢したり。交換レートでみれば、衣料品の類は高く、日用品に限ればそれほどの交換になる。食料品でも構わないだろうが、空腹では仕事に支障が出る事もしばしばだったから、休日以外の食事は切り詰めない様にしようと決めていた。

「そんなことをやっていたわけ? ――献身的という言葉よりは、盲目的といった方が良いのかしら」

 クルトの説明の最中、ヘルガが呆れて零した。口調は呆れているが表情はいつものとおり澄ましているため、悪口なのかともおもったが、続いたため息で、馬鹿にしているとは違うのだ、とクルトは感じ取った。だからといって、それを訂正する事もない。事実を並べ、相手の理解を得たほうが得策かと思った。

「事実。試験栽培というものに、国家的に割り当てる予算がない。その上、この場所が窓際である事は周知の事実である。思想。この職場で全力を出さなくていい、という理由にはならない」

「そうだとしても、身銭を切ってまで成果を求めるというのは――貴方はどこか成り上がりを希望しているの? 尤も、受勲という事になるのだから、それは叶っているいるのだろうけれど。それはでも、結果であって貴方の目的とは、違うきがしてならないのだけれど。一体なにを考えていたのよ。次の人も同等の成果を出すことを執行部は期待するのだから、ハードルが上がったと取られかねないけれど?」

「事実。成果主義者でもないため、今回の成果は偶発的なもの。理想。必然的であった方がよかったけれど、結果を予測する事は叶わない。事実。改良の成果としか言いようがない。感情。受勲自体に感慨はない。それをうけたとしても《欠陥》である事に変わりがない」

 ヘルガが顔をしかめた。クルトの言葉に含まれる自虐的な物言いに対してのものだろうか、彼の語尾に合わせて眉を顰めて、作業をしている手を止めて振り返り、クルトの背中を眺めていた。作業の音が止まった事で、クルトも何か問題があったのか、と振り返ると、ぐっと顔を近づけたヘルガが眼前に飛び込んできた。目鼻立ちの綺麗なヘルガがじっとりと目を細めてみてくる様によって、一段心音が上がった。

「貴方、美徳と嫌味は背中合わせなのよ。素直に喜ぶっていう事はないのかしら。……あぁ、だから《欠陥品》だと言われるのかしら?」

「訂正要求。それは酷い言い方である」

 珍しく、すぐさまに言い返すクルト。ふん、と鼻息荒く、一息ついた。

「知ってる。だけど貴方の言い方も酷い言葉よ。誰もが『羨む』事を何でもないですっていうのは、鼻にかけているとしか言いようがないわ。受勲によって生活の水準も大幅に変わるのだから、それを羨むというのは当然でしょう」

「事実。誤解がある。受勲では生活水準は変わらない」

 ヘルガの目が点になった。

「え? だって、功労者に対して一定の褒賞が与えられる物でしょう。まさか辞退しているという訳ではないでしょうね」

「事実。辞退も何も何もない。勲章が送られるだけであり、褒賞として、『希望の部署に異動できる』という特権のみ与えられる」

「……それだけ?」

 腑に落ちないと言ったヘルガに、クルトはこくりと頷いた。

 すぐさまヘルガがため息をついて、天を仰いだ。ウエットスーツから覗く首筋にが色っぽく、クルトは再びドキリとした。ヘルガがドーム《99》に来てから、彼女の所作にドギマギさせられっぱなしだった。そもそも、ヘルガが自分の隣のロッカーであるという事もそれに拍車をかけていた。女性の肢体を見る事は日常的ではあったが、それでも、ヘルガに体を見ればどことなく胸に騒めきはあったし、自分自身の羞恥心もあったから、押しつぶされそうなほどの感情をもって、視線を合わせない様にするのが精いっぱいだった。その中で、先ほどの様に見つめられたりすれば、《欠陥品》であっても甘酸っぱい期待をしてしまうものだった。

「訂正。一つだけ褒賞がある。事実。受勲式に際して、《ユルゲン》との面会が予定されている」

「……もういいわ。生活に直結しないご褒美だけしかないというのがよく分かった。はー。まったく何にもならないのね。――ま、がんばってらっしゃい」

「事実。誤認がある様だ。受勲は僕一人だけではない」

「あとは誰?」

「事実。ヘルガが受勲予定となっている」

 クルトの言葉に、ヘルガは目を見開いてから、ガッとクルトの肩をつかんだ。

「なんで?!」



「事実。受勲の要件は受勲決定時にいる物が受ける事になっている。決定時には、前任者がすでに席を離れ、書面上はヘルガが正式に完了している事になっていた。経過報告として、ヘルガの前職の外洋開発から、すぐに内海に来れ無い事は伝わっていた。思想。個人的には業務に携わる、携わらないにかかわらず、そのチームを表彰している事になるため、この制度についての不満はない。事実。前任者においても受勲の内容を聞いて羨む事はなく、ヘルガ同様に『生活に直結しない』という栄誉は魅力が少ないと感じていた。結果。この受勲に関してはドーム《99》の管理人が行うというのは当然と考えられる。今回の件においては、以前から計画されていた物を模索して対応したに過ぎない。結果。計画の前倒しが行われ、三年程度の時間短縮と、百五十パーセント程度の生産性の向上が見込める事になっている」

 説明を終えると、憮然とした表情のヘルガを気にせず、クルトは夕食のグリルされたソーセージを丁寧に小さく細切れにしながら口に運んだ。付け合わせのザワークラウトは酸っぱすぎて口に合わなかったが、それでも、数少ない栄養源であるから、口をすぼめながら口に入れていた。

 夕食としては安定的なグリル野菜とソーセージの盛り合わせは、配給食堂で出される物でも大味なために人気があった。日替わりで変わる食事の内容ではあるが、食堂で食べる事で最低限の食品残渣となるように努めているのが、献身的な党員の姿であった。

 ヘルガはこういった食事を好まず、街の中にある配給券ではできないような食事を好んだ。表向き通貨が禁止されているのであるから、そういった闇の飲食街においては、配給券と闇通貨と交換をする事になる。嗜好品を多く好む――例えば酒類や煙草など――好事家はこぞって必要のない配給券と闇通貨を交換して《貯蓄》していた。

 だというのに、ヘルガとこうして顔を合わせて食事しているのには、クルトが固くなに闇通貨の利用を渋ったという事と、ヘルガがどうしても話を聞きたいという事から、折衷案としてこの人気のない第一食堂に来ることになった。

 ヘルガの前には手のついていないアウフラウフが湯気を立てていた。傍らにあるライ麦パンをちびちびと千切って口に運んでいる事から、食欲が無いという事ではないんだろう、とクルトは見ていた。だが、どうも釈然としない表情で、クルトの話を聞き終えると、一つため息をついた。

「私はそんな面倒な事に、わざわざ出る気はないのだけれど。特にユルゲンと会う事になるのでしょう?あの百三十は年齢を超えているという、あのユルゲンと。偉大な指導者である事は、国家の歴史を見れば間違いないとはおもうけれども、私が会う必要なんてないのではないかしら。計画の内容について、未だ一週間、二週間とやっている程度なのよ?」

「忠告。事実は変わらない。事実。ヘルガに必要なのは受け入れる事」

「なに、その言い方だと、私が狭量だというの?」

「謝罪。その意図はない。気分を害したのでば申し訳なく思う」

 むすっと頬を膨らませるヘルガに、クルトは頭を下げた。もういい、と言わんばかりに、右ひじをテーブルにつき手に頬を載せ、左手でアウフラウフにフォークを突き刺した。ほくほくとしたジャガイモが力強いヘルガのフォーク捌きにより割れていく。一口大にすると、すくって口に収めた。その最中であってもヘルガの表情は曇ったままだ。

 クルトは気の利いた言葉一つでも掛けようかと思ったが、頭の中でぐるぐると言葉が巡り、とりとめのない言葉ばかりが口に乗せかかった。それを無理やり嚥下する様に、ザワークラウトを口に押し込んだ。強烈な酸味が口の中に広がり、クルトは顔をしかめた。気道に入る、ツーン、とした感触が、不快になった。次には、軽く咳き込み、水を飲んだ。そんなことを二度、三度繰り返すと、ヘルガの視線が和らいだ。

「そんなにきついの?」

「――事実。かなり強烈な酸味がある」

 クルトの言葉に興味があったのか、ヘルガが断りもなく、クルトの皿に手を伸ばした。気にする事ではないにしろ、ヘルガの口が付いたフォークがザワークラウトに触れると、どこかこそばゆい感じがしてなら無かった。ヘルガは一口含むと、すぐに咳き込んだ。ゲホゲホと咳をすると、あぁ、と呻いてから水を口に含んでいた。

「……なにこれ。漬かりすぎじゃないかしら。普通こんな酸っぱい物食べないわよ」

「同意。僕もここでしが食べた事が無い」

 クルトは面白そうに、ヘルガを眺めると、鈍色のフォークをクルッと回した。ヘルガもクルトと同じ様に感じた事で、その様に感じるのが一般的なのかと思い、うれしく思えたからに他ならない。《欠陥品》とは言っても、一般的である部分を持っている事がうれしく、かつ、ヘルガの様な感情豊かな女性と共有ができる事が、クルト自身の欠乏した部分を代弁しているかの様に思えたからだ。

「嬉しそうね。他人が苦しむのが好き?」

「否定。苦しむ事は良く思わない。事実。ヘルガが僕と同じ様にこのザワークラウトを好んでいない事に少し安心をした」

「安心? 何に?」

 クルトはこんこんと左のこめかみを中指でたたいて、自らの赤い偽物の目を示した。

「思想。《欠陥品》でも一般の人と同じように感じるのだという事を認識できる」

 ヘルガは、ため息をついた。

「それだと、逆に私が《欠陥品》だと言われているともとられかねないけれど……。というか毎度の事だけれど、貴方の言葉の多くに、自虐的な言葉が多いのね。正直そういった下卑た言い方というのはどうかと思うわ。自分を認められない者は、他人を認める事もできないものよ?」

「感謝。ヘルガの忠告に感謝する。訂正要求。自己を認めていないわけではない。自己が《欠陥品》だと自認している」

「その言い方よ。――分かってないのかしら、それともずれているのかしら。《欠陥品》って悪口じゃない。私も貴方に初対面でそうは言ったけれど、それは――受勲者だという事に対する僻みよ。自分とは違うんだっていう。分からないって顔してるけど、簡単に言えば、ずるいって思ってたわけじゃない。だから周りの人も貴方の粗を探して、それを突き詰める様な綽名を貴方に与えた訳でしょう。この二週間、一緒に仕事して思うのだけど、貴方、相当頭が切れるわ。でもそれは特定の分野だけ。人との付き合いなんて、まったく上手くいかないでしょう? なんでって思った事はないのかしら。私も人付き合いは苦手な方だけど、あなたはもっと違うわ。絶対自分の内をさらけ出さない。そのステレオタイプな《ヘルゲンコード》を使うのも自衛のためかしら? 話し方一つで人との関係なんて変わってしまう物よ。私は故意に線引きをするから――ってなんでこんなに話しているのかしら。……まぁいいわ。貴方がどうだっていう話よ。《欠陥品》なんて自分で言うところから見ても自己評価が低いんじゃない? もう少し評価を上げてもらわないと、私から見れば皮肉にしかならないのよ。もっと自己を確立なさいよ」

「……。それはどういう?」

 ぽろりと本年が出た。定型文を忘れている事すら忘れ、クルトはヘルガに答えを求めた。自分の中にはそれに対応する答えが無い。その筋道も見えない。だからこそ、聞こうと思った。人生で初めて面と向かって言われた事で、とどか認識がずれ始めているらしい。自分らしさなんて言うものを考えた事もないで党に命を懸ける事ばかりを考えている二十数年だったから、正しい、と思っていた物が否定された時に、解法となる手順も、解答となる事象も何も内に無い事に気づいた。

 ぽっかりと胸の中が空虚に思えた。だからこその言葉を漏らしたのだ。これは本音。本気の問に、ヘルガは驚いた表情を見せた。今まで定型的な回答しかしないロボットが、いきなり感情を持ったような物に思えたのだ。

「……驚いた。貴方も本音を漏らすのね。ロボットか何かだと思われても仕方ないと思ったけれど。……ふふん? でも、私に問う訳? ……たった二週間で貴方を語る私に、貴方の何たるかを問うというの? それは性急すぎるというものじゃないかしら。そういうのは互いに理解を深め、自己と相手の認識を相互に照らし合して確立できるものじゃないかしら。それには――貴方の気の許す相手が必要でしょう」

「理解……するように努める」

 渋面のクルトはソーセージを細切れにしながら小さい口でそれを咀嚼した。その子供がいじける様な様子を見て、ヘルガはにやりと笑った。

「貴方、いままでに女性と付き合った経験なんてないんでしょう?」

 わかる、と言わんばかりに満面の笑みを浮かべて、ヘルガは笑いかけた。その笑みが何と捉えればいいのか分からなくてクルトは、固まった。笑われている事に、心外だと怒るべきなのか、事実を認める、今まで通りに切りかえすべきなのか、感情が入り乱れたクルトの頭の中はぐちゃぐちゃになっていた。といっても、恥ずかしいとも思えなくはなく、ザワークラウトより酸っぱい味が喉の奥に溜まっていた。

「ははっ、わっかりやすい。貴方ね、女性と居る時は、明るい表情に努めなさいよ。互いに楽しいと思える時間でなければ、二度と共有したいとは思わないでしょう? 人付き合い全般、同じだと思うけれど、そういったことを学んでこなかったのよね。とても面白いわ。なるほど、――なるほど。だから《欠陥品》と逃げるのね」

「そういう、訳じゃ」

「違うって? ほら、いつもの完璧主義の仮面がはがれている。ふふっ。そんなの別に気にする事ないじゃない。今、ここにいるのは、私と貴方だけなんだから。――ほら、また期待した。だったら、なんて声をかけるのかなぁ? 相手に期待するのなら、見返りを少し匂わせて提示なさいな。――貴方が望むのはなに? 楽しいひと時? それとも別の事? 今まで見ていた画一的な日常とは、まるで違うでしょう? その時間を楽しもうとは考えない? ねぇ。《欠陥品》でないところを見せて、私に何かをおねだりしてみたら? ――ほら、また期待した。分かりやすいんだ。貴方面白いわ。そんな表情をコロコロと変えるのね。やっぱり人との付き合い方を全然知らないって感じるわ。ほら、何か弁明はある?」

 クルトはにやにやと笑うヘルガを直視できず、視線を落とした。恥ずかしくて、顔がとても熱くなった。今までの経験で、他の人からこんなに多くの投げかけをされたのは初めてだった。親友だと思っている、ギュンターであっても、時々問いを投げかけるが、矢継ぎ早ではなく、相手の出方を見るというのが通例だった。であるから、頭がいっぱいであるというのが正しいところで、次にそれを笑うヘルガに対して、羞恥心が隙間を埋めていた。

 ヘルガに対して思うところは色々あった。彼女の姿形は美人であったし、クルトの様な堅物であっても今の様に話をしてくれる。仕事場の《99》の中では、色彩が緑と青であるにも関わらず、花咲いた様に色づいていたのは、ヘルガが多くのことをペラペラと話していたからだ。クルトは黙々と作業を行う事が多かったが、この二週間、多くの事を話した。ラウラの時には全く無かった話が大半だった。ヘルガの交友関係の話、ヘルガが聞いてきた噂話、クルトの評価についての噂話、ヘルガやクルトの趣味、陸地での生活の事、……とても多くの事を話した。

 その上で、今、積み上げられた問いは、彼女の事を意識していたクルトにとって、胸の内を見透かされている様に思えてしまうところだった。頭が正常に機能していない。頭の中に渦を巻く感情は、彼女に対する興味と、自分への羞恥。顔が火を噴いていた。

 クルトは伏せていた視線を上げた。目の前にはにんまりとした笑みを浮かべたヘルガ。一息入れようと思えば思うほど、息が詰まった。

「そんなに目を白黒させないで、素直になったらどう? 貴方の中にある言葉は、今、あふれ出そうじゃない。だというのに、一つも発しないというのは、貴方の積み上げてきた知識が、時間が、足りていないという証拠よ。これを一般的には、経験不足っていうのだけれど、貴方はまた自分を《欠陥品》だって言い逃れようとしているでしょう? 違う? 違う、なんて事はないでしょう。経験不足は、補えばいい。経験すればいいだけの事よ。相手にそれをさらけ出すでもよし、自分で類似事案から想像想像して答えるでもよし、答えなんてないんだから。一度の失敗を怖がり、前に踏み出せない、そういったところは、貴方の人付き合いにはあるのよね」

「……感謝。ヘルガの言葉が身に染みる」

 そう、とヘルガは意外そうにクルトを見た。右手に持っていたフォークを置く、磁器と触れ合う硬質な音が聞こえた。

「事実。僕はヘルガの事を尊敬している。思想。僕はヘルガに、人との付き合い方について教えてほしい。提案。仕事中に話す事をこの先も続けてほしい」

「あら、意外と細やかな提案なのね。もっと――思い上がった物かと思ったけれど……」

「承知。自分の事を高く評価していない」

「今、その話をしていた様に思うのだけれど……まぁいいわ。貴方がそれを求めるというのならば、私にとっても退屈な時間にしたくもないしね」

 ヘルガはいたずらそうに笑みを浮かべた。



 クルトの前に一人の男が座って居た。分厚い胸板、太い腕。高い身長にハンサムな顔。赤い髪を短くして、清潔感もあった。黒い瞳がクルトをとらえていた。黒い国民服の第二ボタンまでがきついためが開けられ、白いシャツが覗いていた。首元には金色のネックレスがかけられ、質素を重んじる国民達はきっと嫌な顔をする事だろう。

 ギュンター・フォン・レアンドロスはクルトとの付き合いの古い友人だだった。海底開発局の職員として、《マザータワー》と《チャイルドドーム》の設置を行っていた。クルトとは仕事が違うにもかかわらず、同じ年に配属となった事、近くの業務である事から、懇意にしている仲ではあった。口数の少ない方のクルトに対して、ギュンターは活発な男であったから、クルトの様子を都度うかがいながらではあった物の、親交を深めていた。ギュンターもヘルガ同様、《ヘルゲンコード》には否定的だったが、公私を分けて使い分ける程度には、外面というのを気にしていた。

 彼は、それと同時に家族を大事にしていた。生活の基盤が海から三百メートルというところであるから、いつ海面に飲まれるかという恐怖心があったようだ。大潮の時には海に飲み込まれるのではないかという怖さ、大風の時には白波が立ちいつなんどき波に攫われるか、太陽の照り変える中ではうだるような暑さに苛まれ、冬になれば吹き付ける海風に身が削られた。どの季節についても穏やか時はむしろ少なく、ドーバー海峡の猛烈な風は、ギュンターにとって憎悪されるものの一つだった。だからこそ、家族を大事に、安全にしたいという思いが芽生えていたのだろう。可愛い娘を溺愛し、出来た妻に苦労させないために、と考える一方、国民の義務として、子きちんと育てなければいけないという重圧もあったのだろう。

 だからこそ、二人は陸地にある一見の酒場に来ては語らいをしていた。黒い年季の入ったカウンターには、小さい亀裂が入っていたが、一つ一つ丁寧に透明な塗料で埋められていて、手触りは平たんそのものだった。吊り下げられたオレンジ色の光を放つライトからの光が、手元に置かれたグラスに差し込んでいた。足の長い椅子に二人は腰掛け、ギュンターは足を組み、クルトはくるぶしで足を交差させてぶらぶらとさせていた。

 カウンターの奥には酒精の強い順番に瓶が並び、白色、琥珀色、茶色、緑色、青色など多彩な色が反射していた。海底に差し込む光が見事な海の中の仕事をしている二人であったが、この独特な光の旋律は其れとは一概にできず独特な柔和さをもって二人の目を楽しませていた。

 バーテンダーが奥の方で一人の男性客と話していた。ラジオの代わりにつけられているテレビスコープが、党を賛美する党歌を高らかに歌い上げていた。そのため、バーテンダーの会話が届く事はなかったが、時折笑い声が耳に入って来て、和んだ雰囲気を横で感じた。

「クルトは、あまり強い酒は飲まないのだったか」

「肯定。必要最低限にとどめる様心掛けている」

「はは、最小の酒なんて、何の役に立つ? 大した酔いすらも否定し、自己を律し続けるというのが、どれほどの意味がある?」

 クルトは小魚の背骨の乾物をぱりぱりと咀嚼しながら、ギュンターの問いを考えた。何の役に立つかという事を考えだしたら、国のためという大きな目標にぶつかるが、それが《欠陥品》としての逃げなのか、と考えると、違う目的があるのではないか、と思う様になった。国のため、国のためと向けられた意思は、自己の考えとして尊重はするが、しかし、それ以外にも、自分が酔う事を忌避している節があるのは腹を探っているとあった。

 クルトは自分自身を見失っているのだろうか、とも思った。だからこそ、酩酊状態になる事で、自分をさらなる不確かさにすることを嫌がっているのだと思えてしまう。不確かな状態は、自己に不安、というドロリとした負の勘定を胸の中に広げさせていき、定形のクルトという個を蝕んでいく毒と同じださえ、思えて仕方なかった。

 その根底には、《欠陥品》が自分である、自分が《欠陥品》であるという認識を歪めないためにだろうか。

「思想。自己の不安定さを避け、《欠陥品》という自己認識を歪めないため、という卑屈さからだろう」

 クルトの言葉に、ギュンターは、おや、と顔を覗き込んできた。今までの付き合いから、クルトがこういった場合には「国家のため」だとか「《国民の理想》のため」だとか極論的な応答がある物だと思っていたのだろう。クルトにしてみれば、意外そうに覗き込んでくるギュンターの表情は間抜けで、しかし、新鮮だった。

「悪い物でも食べたのかい? 少し、考え方が変わった様だけれど」

「否定。そういった物は食していない。――ただ、慣れてきただけ」

 《ヘルゲンコード》の崩れに対して、またしてもギュンターは顔を覗き込んできた。クルトが発言方法を崩すというのは、今までの付き合いではなかったことだろう。クルトもそういった発言をギュンターの前でした事などなかった。だが、今は自然と言葉が出る気がしていた。

「君がそういった言葉遣いになるというのは、俺にとっては新鮮だけれども、何かあったのかい?」

「――僕の所に、新しい《相方》が来た」

 あぁ、とギュンターは身を引いて居住まいを正すと、頷いた。

「たしか君の年齢に近い女性なのだろう? 党の事だ、早く所帯を持たせようと躍起になって青年部を動かしているというのがあるだろうがなぁ。どうなんだい? 君の目にかなう女性なのかな」

「――。肯定、否定では答えられない。気になる、というのであれば確かにそうだ」

「それは――なんとも目新しい答えじゃないか。《ヘルゲンコード》は無駄を省くために作られた体系だろ。要約する文言を文頭に置き、簡潔に物事を伝える。だというのに、君はそれを崩し始めている。それを喜ばしいというのか、あるいは、党員として窘めるべきなのか、非常に悩ましい物ではあるけれど。個人的見解を述べるのであれば、君の今の感覚というのは、持っていた方が良い物だろう、と思う。その意識変化というのは、その《相方》が要因なのかい?」

「肯定。彼女の言葉に多くの未知数が存在している。――それを聞いていると、答えていると、とても、とても不思議な気分になる」

「どういった気分なんだい?」

「――面白いと思う反面、自分自身の既存の殻が瓦解していく感じだ。――ギュンター。これは、《造反》案件なのだろうか?」

 なるほど、とギュンターは頷いてから、一口、手元で遊んでいた琥珀色の液体を飲み込んだ。クルトも、それに合わせて一口、魚の骨をコリコリと齧った。

「一般的な事を言えば、かつての《造反》密告の大粛清時期なら、そうだ、という事だろう。しかし、今はあれから何年も経っている。《造反》により追放となった者の数も今やそれほど多くはないだろう。皆、住み分けができている様になった、というのが正しい。俺の様に《ヘルゲンコード》を日常から最小限しかつかっていなくても、《造反》には、もやは当たらない。誰もが一定の線引きをしたんだ。白い装束を身にまとった《処刑隊》なんていうのが未だにあるという方が時代錯誤なのではないか、とすら俺は思うね。未だに月に一度は《追放者》を追い立てるために、半径五十キロを見回りしているのだろう? あれらが時折掲げる人の首というのに、どれだけの意味があるのか、多くの国民は分かっては居ないさ。俺でも分からない。秩序を守るためというよりは、ただただ、恐怖を与えているだけに過ぎない、と思うよ」

「――同感する。と同時に、党の意思は尊重する。街に、確かに党の利益にそぐわない者たちが溢れていない、という現在の状況は歓迎するべきだと思う。いたずらに秩序を脅かす事が無いのだから」

 ギュンターは頷いた。しかし、肯定の意は述べなかった。言葉を発しないまま、アルコールで流し込んだ。

「クルト。君は過去というのをどの様にとらえているかい?」

 単純な投げかけにクルトは考え込んだ。過去というのがどこを指しているのか、いくつも枝葉が分岐し、思い描いた物が湧いては消えて行った。過去といえば、このドイツ社会主義同盟が一つの国家の体裁を成さない時代の事だろう、というのは予想する事は難くなかった。しかし、それがユルゲンの台頭以前なのか、以後なのか、あるいは、社会的にその風潮の後押しがあった時期なのか、それとも忌まわしき民主主義というのが跋扈していた時期なのか、多くの可能性はあった。歴史という物は画一的に事実のみを羅列した年表以外の物は《ユルゲン規則》によって禁止されていたし、恣意的な論調を語る事などはもってのほかだった。であるから、ギュンターの問いに微かな違和感を持っていた。

 優等生ぶるのであれば、彼の言が彼の対外的に見せている――はずである――模範的な様相と一線を画すと切って捨てる事も可能だろう。はたまた玉石混交の言葉であるとして、誰に聞かれる事のない議論を進めてもいい。クルトの心の声だけで考えれば、過去という不確かな議論を確定的な文言――特に《ユルゲンコード》の様なかっちりとした文体では如実に――の中では行うのが難しいのではないかと思っていた。

 過去とは、主観によって彩られたものであり、それを排するために《ユルゲン規則》によって事象のみを見る事になっている。だからこそ、クルトの中でチクタクと錘によって左右に触れる応えが、口に乗っては消えて行った。

「そんな渋面はよしてくれよ。他意はないんだ。酔っ払いの独り言と言っても構わない。今までの君ならば二言目には《ユルゲン》に対する背信だとか、党への背信だという、《一般的見地》を示してくれる事だったろう。だというのに、今日の君はどことなく違う。従来とは違う何かを君の中に見出している。その《相方》からの影響は多大にあるのだろう。君が答えを窮するなどという事は、それを如実に表しているじゃないか。これは過去という個人の主観がものをいう物を論じるよりも、より顕著な物事の変化だ。君はそれを理解しつつもいまだ悩んでいる?」

「肯定」

 そうだろうな、とギュンターは頷く。琥珀色の液体が満たされたグラスで遊びながら、

「過去について聞いたというのはね、クルト。この俺は、この社会というのが、本当に《全て》を導いているのか、それに対する自信がなくなってしまったのさ。《造反者》がどうなっているのかそれを俺は知らないし、この街以外の状況なんてテレビスコープで放映される事なんてない。国家の体裁は整っているが、世界の体裁を整っている、と言えるほどの情報があるわけでもない。だから俺は分からなくなっているんだ。何が俺たちを形作った? 偉大な《ユルゲン》は枠組みを作っただろうが、俺たちの立っている歴史を作ったのか? それであれば、なぜ過去を隠匿する? 結果として俺たちは混流された歴史の一部でしかないという事を、結果的に示しているのではないか? 確固たる決意のもとに参集した組織、というのが党の始まりだったというのに、新たな時代を作るのだと躍起になって身内を切り捨てて行ったにもかかわらず、結局は過去にあった出来事の焼き直しになってやしないか? そう思えて仕方がないんだ」

 クルトはギュンターの言葉に沈黙で答えた。彼の悩みははたして《正しい》疑問からの派生なのか、というのが分からなかった。

 同時代を生きる者たちにしてみれば、この様な自己の歴史観など雑事でしかない。《一般的》感性で考えていたクルトの内には、過去を過去としてとらえる必要性について、意味のある行為なのか、という思いが半分と、ヘルガとの関わりからの視点を変えて見れる様になりつつあることから、果たして現状というのもがギュンターが示したように、かっちりとした世界というにはほど遠いのではないかという思いが半分と、入り混じってはドロドロになり、玉虫色した煮え切らない感情だけが胸の中に渦巻いていいた。

 答えを出す必要性もないが、とクルトは思いながらもギュンターにかけるべき言葉を模索した。

「ギュンターへの答えは、人とは一体なにであったのか、という事に帰結すると考えられる。『我が国』の現在における、――一般的見地から述べるのであれば、それは無意味な事と考えられ、制度も政策においても不要とされる《感情》と同等の無である。しかし、それが欲しい訳ではないことは分かっている。――月並みな言い方しかできないが、ギュンター、君は悩みすぎなのではないか。僕が言うのも憚れれるが、正しい物の見地というのは、常に流動的である、と思う。がしかし、そのものさしにとらわれるか、あるいは、ものさしとして見続ける事ができるのか、は別物だと思えて仕方ない。僕の場合には、国家というものさしは変更されていない、僕自身の視点が変更され、しかし、概形たるそれは変化しようがない。《国家》は常に国家なのだ。ギュンターはそれが揺らいでいる。正しくない事と、僕が提示したとしても、そのものさし辞退が崩れているのだから、意味をなさない」

「だから、悩みすぎだと?」

「肯定。ギュンターの思考は論理性を失いながら、《感情》にとらわれている」

 それは違いない、とギュンターは笑った。笑みの薄さが湖面に張った氷の様で、すぐに砕かれそうなほど弱かった。が、その本質は頑強であるから、湖面の中まで見通す事のできない濁りをもって、彼自身の本心を何一つ表に出そうとはしなかった。

 クルトは少し考え込んだ。ギュンターにかけた言葉が正しい、というのはあくまでも自身の価値観での話だと、思い直したからだ。《ユルゲン》であれば、どういう言葉をかけたであろうか。偉大な言葉というのはそれ一つで、指針を形成し、人々の心の支えになる事だろう。だというのに、クルト自身の言葉とくれば、矮小な木々の如く風にゆらぐ事だ。ギュンターの中にある暴風の様な悩みを何一つ受け止める事はできない、のだろうな、と思うと、どこか寂しい気持ちになった。

「論理性の破綻は分かっているさ。――あぁ、酔っているとでも思えばいい。この年になるまで、そんな感情など持ち合わせていなかったというのに。がむしゃらに党利になることをだけを考えていればよかったというのに。どういう事だろうと自己を顧みる事など無意味だというのに。しかしそれでも答えを求めてしまうんだ。分かっているさ。俺が徐々に異端化しているのだとは分かっている。それの理由として考えるのであれば、子供の事を考えてしまうというのがある事も。脳裏に浮かぶのだ、自然の中を散策する家族との時間というものを。新緑の、あるいは、深緑の大樹が生い茂る山道や、かつての歴史を感じさせる巨大なメタセコイヤの姿。葉の隙間から差し込む光の筋は、霧によって淡い光線となって大地に揺らぎをもたらす。歩く度に小さい枝はの踏む抜く音が全身をついて鼓膜を震わす。鼻孔をくすぐらせる緑の湿気を含んだ香が、生を如実に想起させるのだ。小川のせせらぎに、小鳥たちの唱和が輪唱となって渦を巻き、隔絶された世界と思えることだろう。今、そういった場所などこの街のどこにある? 木は管理区域に残り、許可がなければ入る事はできない。川は生活の基盤であるから、半径二百以内に近づく事も許可されていない。見る事のできる自然など、画面の中にある物以外。あぁ、そういった物にあこがれてしまうのか。あるいは、《追放者》と同じく《理想》を求め始めているのかもしれないな。《現実》を求めた党を支持したというのに、なんとも皮肉な事だ」

「違う」

 クルトは反射的に否定をした。しかし、その言葉がどこに対する否定なのか、発した本人すら分からなかった。だが、一度深呼吸すると、彼に対する肯定をするための否定であった事が理解できた。

「何が違うと? 俺の考えが異端的である――」

「違う。そうじゃない。ギュンターの考えを否定する事ではない。むしろ、それを君が否定することを否定するのだ」

 要領を得ないという表情のギュンターは眉間にしわを寄せて、クルトに視線を向けた。コトリとグラスを置く音が、間の抜けた軽快な音を立てた。

「ギュンター。君は自分のことを否定している。その行為は党利に背く事だ。自己の肯定を正しく持つことが、党を導くのだ。《ユルゲン規則》に規定される義務は、大きく個々の自己肯定感を高めるために形成され、相乗的に国家を躍進させるために作られているのだ。願望を持つことを否定はしていない。しかし、それを口外にすることを良しとしていないだけだ。恣意的に国家が見るべき《目標》や《高み》というのを個人の願望で歪められたくないというのが正しいだろう。だからこそテレビスコープで繰り返し伝えられる《真実》に重みがある。だからこそ、街中に大量に設置されたドラッグスコープで監視される事など、だれも気にしないのではないだろうか。見られている。個人の権利の侵害だ。そういう意見があってもしかるべきだというのに、だれもがこの国家の体裁を保とうとしているのだろう。

 教育においても同じだと思う。個人的にどこまでも学習をする、という機会が与えられず、高等教育に進むには中等教育で一定の成績を修めた一割のみになる。それ以外の人は教育をするというよりは労働力として期待される。高等教育のさらに一割が上等教育に進む。つまり、この世界の中で、誰しもが上等教育を受けているということは無くなった。教育機関に行かなくても、自主的に教育する事は可能であるというのだから、阻害されたと思う必要もないが、中には教育の不平等だと騒ぎ立てる事も考えられるだろう。だというのに、一人も出ないというのは、この国家を保つために必要な事であると同時に、不必要な事は口にしないというのが共通認識で出来上がっているからだ。

 だからこそ、君が個人的に感情を内に持っていることを否定する事など、まったく問題がないじゃない」

 ギュンターはぽかんと口を開いて、クルトを見た。今まで見た事もないもを見る様な視線は、クルトを透き通り、背中まで見通されている気にはなったが、クルトは今までと同じく、ちらりと視界の端でそれを眺めただけで、後は、手元のグラスに視線を戻していた。気にする事などない、というのがクルトの心境だった。ヘルガとの話しで、幾度となく個人的感情の応酬というのはしていたから、それ自体を否定などする必要はないと思っていた。

 ただ、一般的である事や、国家というものを重んじる《姿勢》は必要であろうし、それなしには国家が、党が立ち行かないというのも分かっていた。

 かつては盲目的に党に追従していたからこそ、クルトは多くの心境の変化というものを戸惑いながらも受け入れるために、必要な措置だと思っていた。

「君がその様なことを言うなんて、その――《相棒》はよほど魅力的なんだろうな」

 ギュンターの言葉に、クルトは先ほどの饒舌さは何処へ行ったかというように、頬を少し赤めらせて沈黙で応えた。

 クルトの中学生の様な反応をみて、ギュンターはくく、と笑った。



 ユルゲン・パブロ・ポルは、今や四代目に差し掛かっていた。予定では後四十年は今代のユルゲンが取り仕切る事になっていたが、先代のユルゲンが崩御してからそれ程日が経っていない中での即位であったから、《ユルゲン機関》はせわしなく手続きに追われていた。ユルゲンは同一人物であり、本来事務処理的に考えても、何も難しい事はない、と思うだろう。

 しかし《ユルゲン機関》が定めた同一生命体による権限移譲は、ユルゲン以外に決して適応させないために、二重、三重で無意味とも思える確認事項が追加されていた。その時間の浪費を促進する様な退屈極まりない確認作業を《ユルゲン機関》の面々は喜々として――あるいは全力で――取り組んでいた。何一つ見逃さない、そんな気概を蓄えていたにもかかわらず、今代のユルゲンの一言で簡素化される事が決定すると、なんとも寂しそうな顔を見せていた。

 とはいえ、今代のユルゲンはいまだ十代であるから、その真言がいまだ影響力があるといえるほどではなかった。精悍な姿であり、上等教育までを詰め込まれているものだから、論理的に考えても能力は高かった。

 同一遺伝子を持つ特有個体である。とされているが、人間の複製という禁忌を国家元首で実験しようとする狂気の沙汰を誰一人として止めるものはいないのか、あるいは、そうあるべきであるとして――特に国家の最高機関を中心として、異を唱える者などいなかった。であるから、その姿は過去に渡っても一切の変化はなく、あの革命の火を常に灯していた。

 三代目が崩御する際にも多くの国民は、「そうであろう」という事だけであり、そこに感情の起伏は発生しない。当然、次のユルゲンがその座に就く事は分かっていたし、次のユルゲンも当代のユルゲンと同等の者だろうという事は理解していた。唯一の違いといえば年齢がまた若返る程度の認識であり、悲しみも、寂しさも発生することはない。だからこその《唯一無二の党首》であり、過酷な時代を生き抜くに値する、と国民から支持されるに至っている。

 ユルゲン。その言葉を借りるのであれば、「謀略の中で生き抜いた獣」であり、「知性のあるべき愚者」とはなりえないと豪語していた。このため、《ユルゲン機関》には、「知性なき聖者」のみを連ね、ユルゲンを頭とした最高権力機関を創設するに至った。

 国民は歯車であり、ユルゲンの見る世界へと連なる駆動機関であり、ユルゲンのための世界そのものだった。

 クルトとヘルガはその中枢へと足を踏み入れていた。

 堅苦しい式典など、ヘルガは嫌な顔一つせず、『表面的には綺麗に繕って』その場をしのいでいた。彼女の美貌も相まって、広報部門などがしきりにクルトではなくヘルガの写真を撮っていた。しかし、彼女は同志の姿らしくぴくりとも一つの笑みも投げかける事なく澄ました表情を――きりりと見せつけている様が、何とも恰好の良い事だった。

 クルトは、自信なさげな表情を浮かべていたし、この様な式典に一遍の楽しみも持ってはいなかった。義務的な感情のみでこの場に出ていた。以前の彼であれば、そこに思考の一つも介在する余地はなく、模範的な『党員』を装う事ができたであろう。現在においては、ヘルガとの会話――あるいは教育――により心臓の横にじんわりとした感情のるつぼを持っていたものだから、それが悪く影響して、表情を曇らせていた。

 そんなクルトを窘める様に、時折ヘルガが嗜虐的な視線を見せるのだが、周囲の者からみれば、時折見せる色香を含んだ熱っぽい視線ととらえ、この二人がどうやらそういった中であると勘違いさせるには十分すぎる情報となっていた。当の本人たちはそのことを理解せず、ヘルガにとってみればだらしない『上司』の教育をしているだけであったし、クルトにとってみればこの場にいる事が『びくびく』する事だった。

 式典がつつがなく進行し、《ユルゲン機関》の副機関長である剃髪のハーミットから、受勲を受けると、簡単な謝辞を述べる事でやっと、開放される事となった。

 受勲者は彼らを含めて最高位の『柏葉付き十字勲章』を含めて十人であったから、一人ひとりに簡単な挨拶が行われ、ハーミットの偉ぶった態度を眺める事になった。ねっとりとしたしゃべり方は嫌味をもって、相手の功績を称えるが、しかし、うちに透けて見える嫉妬心は拭い去れず、皆一様にひきつった笑みを浮かべてそれに答えた。

 だが、ヘルガは毅然として――さっさとこの場を去りたいがために――問題を起こさずに行動を務めていたから、周りの人々から際立って輝きを放っている様に見えて仕方なかった。たかが《十字勲章》ごときでと思われている事はひしひしと刺す様な視線で感じているのだろうが、身じろぎ一つしていない。

 そんな側におどおどしたクルトがいる者だから、立食の段になった時には、ヘルガの周りに人だかりができる事になった。美しく、聡明で、毅然としたというのが同志としての琴線に触れたのだろう、とクルトは思ったが、同時に胸の中に、もやもやとした感情が渦巻いているのも感じた。それを紛らわすために、積み上げられた食事の処理にかかる事で、気を紛らわせていた。

 周りの雑踏に対して、ヘルガはきっちりと口を真一文字に結び、拒絶の感情を含み、告げた。

「私の相方は、ずっと水の底にいたのです。貴方たちが夜の町でいそしむ中、きっちりと職務を全うしていた。私は彼の側に居るだけで、今回の受勲になった。何を誇ると問われるのならば、彼の功績を誇るものです。貴方たちの戯言などさざ波でしかなく、彼にとってはこの空間に『飲まれている』だけです。普段の彼はそんなことはありません」

 《ヘルゲンコード》も使わずに告げられる言葉は、強烈であり、人だかりを静まり返すには丁度良かったのかもしれない。

 「君たち少し」と声がかかった時には、クルトは心臓の音が一オクターブ高くなったが、その相手を確認すると、さらに心臓を鷲掴みされた様な痛みを伴ってきた。胃がキリキリとを音を立て、ネジ切れる気がしたが、痛みだけがずーんと響くだけで、それ以上のことはなかった。

 声をかけてきたのは、ユルゲンの近衛の一人であり、奥の椅子にでんと座りつけている、ユルゲン――最も若い姿ではあるが――がにんまりとした笑みを浮かべていた。

 近衛は金糸刺繍の施された黒を基調とした近衛福に身を包み、青色のシャツの袖口がす、と見えた。人だかりの中のヘルガと、その影に隠れて食事を頬張っていたクルトを一瞥すると、ついてくるように声をかけた。クルトが目を白黒させると、ヘルガががっと腕をつかんで、彼を引っ張っていった。

 連れてこられたのは大広間に隣接する部屋の一つだった。大きさは一般的家庭から見れば十二分に広いものであり、簡素な調度品をみると、如何に《ユルゲン機関》であろうとも、社会主義的な一端をのぞき見滝がしてうれしく思えた。部屋に設置されているのはたかだか机と椅子。白い化粧材によって無垢な印象を与えてくるが、がらんとした空間である事が寒々しさを感じさせた。だからといって乳白色に彩られた壁材のすっきりとした色合いが、オレンジ色の天井からの光によってやんわりとしていた。

 だからということだろうか、クルトも少し落ち着きをもって、この状況を飲み込めていた。

 部屋に入ってから面接の様に向い合せにされた机に、つくこともできず、ただ入口で立ち尽くす二人。

「何があるのかしら」

 ヘルガの疑問に答えるすべを持たず、一緒になって疑問符を頭に浮かべるクルト。どうせ、面倒な事であろうと思う反面、何も起きない――この段になってなお――事を想像している自分の随分とした能天気さに、クルトは苦笑した。

 バタンと扉が開き、供回りを連れて一人の少年が入ってきた。先ほど大広間で嫌というほど見ていたユルゲンその人だ。

 先ほどまでのぞんざいに見下ろしていた視線とは打って変わり、弓なりにしならせた瞳、笑みを蓄えた口からは白い歯が覗いていた。

 黒を基調とした国民服に、金刺繍というのは近衛と変わらないが、唯一無二の指導者然と胸に複数の勲章が輝いていた。

 初代ユルゲンから現在に至るまで授与された数々の勲章であるが、一等に輝くのは黄金柏葉剣ダイヤモンド付き十字勲章であろう。見るからに重そうなその勲章を乱雑に服に留めて、歩く度にきらきらと反射するオレンジ色の光が彼の威光であるとのべている様だった。

 真っ白な髪は綺麗に整えられ、左右に前髪を分けて油でなでつけていた。ルビーの様な赤い瞳が此方を見ると、少し背筋がうすら寒く感じた。

 すくっとユルゲンが右腕を上げた。敬礼でもするのか、と身構えたが、そんなことはなく、額に軽くあてがうと、

「ごきげんよう!同志諸君!」

 子供らしく元気な挨拶だな、と思ったが、自分の中にあった《ユルゲン》というイメージが音を立てて瓦解していくのが分かった。

 ヘルガも同様だったらしく、目を点にして目の前にいる少年を見ていた。

「我が間違いなく四代目ユルゲンの名を冠する者である。ひれ伏してもよいぞ。同志」

「――」

 絶句した。ユーモアという物を排する、機械的な存在であろうかとも思っていた者が、この様な軟派な存在であったとは。

「なにか気に障る事でも言ったか? 二人とも固まっておる。ユーズ。我の言動はおかしいか?」

「気にする事はないかと思いますが――一般的にはユルゲン様は、一代目の印象の影響を色濃く残しているのが通例かと。そのギャップに戸惑いをお持ちになられているのでは?」

「確かに、そうであろうなー。そうは言っても我は我だし」

 おどけて見せる少年は、年相応といった感じだ。今の中等教育者であってもここまで表情豊かに語る者は少ないだろうとは感じられた。彼の中にあるのは『自由』に近似した物であろうことは想像でき、彼自身を縛る《ユルゲン規則》は存在しないのだろう、とさえ思えた。画一的に統一された世界観を有しながらも、それ自体が空気のように曖昧で、自然体であるのだから、クルトが思った『規格外』という感想も強ち外れていない、のではないかと勘繰った。

 訝し気に視線を向ける二人に対して、ユルゲンは、気にした様子もなく席を勧めた。

 彼はさも当然といった形で二人を見る様に質素な椅子に腰かけた。近衛の一人が、玉座でも持ち出すのではないか、と勘繰っていたが、肩透かしになった。

「我と話すにあたって何ら貴賤を気にする必要はないぞ。世は平等であるのが常であるし。我もそれを望んでいる。同志が身構えるのは分からないでもないが、気にする事はない。ここで仮に失言や失態があったところで、それを問題にするようなこともないと、我の名のもとに告げておこう」

 ふふん、と鼻をならすユルゲンに、向かい合う様に席に座ると二人は一度顔を見合わせた。

「この方が――ユルゲン?」

「肯定――四代目を名乗られたのを確かに聞いている」

 そうよね、とヘルガは頷いた。

「我は、我であるし。そう意外そうな顔をすな。よいぞよいぞ、そのコロコロと変わる表情はとても愉快なものだ。他人と話すというのもいい勉強になることだ。我は我の配下――尤も我はそういうのはいらんと言っているが――と話す事が多いのでな。なにかと外の情報を得るには、この様な場しかないのだよ。ユーズもいい奴であるのだが、融通は利かぬ。我の食事についても事細かに取り決めがあるのだが、少し、少しでいいから甘味を増やしたいと申し出たところ、『健康を害する可能性があるので却下します』と能面でいわれてしまったからな。別に恨んではおらんが、切ないものだな。自己管理で生きるのではなく、生かされているというのをひしひしと感じるものだ」

「……大変そうでありますね」

 ヘルガの相槌に、「そうなんだ」と鷹揚に頷いてから入口で控えているユーズと呼ばれた近衛を見た。

 クルトもつられてまじまじとユーズを見てみると、筋肉質な体育に美男子と言える小顔。色気のある流し目に、高い鼻。長い髪は左目を隠す様に垂れ下がってはいるものの、それを気にした様子もない。太い脚の側には近衛特有のサーベルを携えていた。心外そうに眉をゆがめているのだが、形のいい顔では絵になった。

「して、二人の受勲内容は何になる? 細かいところまで我は覚えておらぬ。少し説明してくれるとありがたいのだが」

「え、えぇ。――クルトお願い」

「肯定。事実。……事業は――」

「まてまてまて。その古めかしい言語体系はなんだ。もしや形骸化して久しい《ユルゲンコード》を丁寧になぞる馬鹿がいるか」

 ヘルガが、ここにいると言いたげに、クルトを一瞥した。

 ユルゲンがため息をついた。

「《ユルゲンコード》は冗長しがちな会議を早く切り上げるために用意された言語体系だ。日常会話ではまず使わん。あれを策定したのは――二代目か。記録では一日に十二時間近く会議があったらしいが、それを圧縮するために言葉に『限度』を設ける目的で設置されたのだ。我も日常会話ではまず使わん。我がユルゲンだからと畏まる必要はない。むしろ、それは我に対する固定観念の押し付けにつながるぞ」

 ユルゲンの言葉に、クルトは言葉を失った。自分の信じていた物はそういう理由があったものなのかと。しかしそれをだれが知っているのだろうか。あの毎年更新される手帳めいた冊子を読み込んでいたところで、『禁止』意外の文言なんて出てこない。理由まで考えることを『良し』とするのか。

 否。断じて否。クルトの人生において、《ユルゲン規則》は法律の上位でありそこに『効率性』を求めるために追求された規則は、彼自身に最低限の人としての枠を設けていたのは、その規則があったからだ。それが根本から揺らぐのであれば、クルト自身の拠り所は何処になるのか。

 だからこそ、口には出さないまでも、憮然とした表情で、この国のトップを見つめていた。齢いまだ十代である事は明白な少年を睨みつける。それだけの行為で、隣に座るヘルガはクルトがどういった心境であるのか察したらしい。すぐさまに肘で小突いて、視線を窘めた。

「よいよい。我に対して良い感情を持っていないとしても、国のために奉仕する精神があるのであれば、問題ない。我の言葉は常日頃から《ユルゲン機関》において『最適』に変換される。過去の規則に照らし合され、今や千を超えるみみっちい、《ユルゲン規則》との整合性をとっておる。だというのに、法律に明記されているものとの整合性もとるのだから、我の言葉の真意が伝わらないというのもざらではあるな。だからといって、それを排除する事もできぬ。当然、監査機関としては有用であるし、我の言葉に不合理があっては、国民が混乱するというものだ。

 同志クルト。同志の考えるところはつまり、後に引けぬようになっているというところだろう。しかし、我はそれを謝罪する事はない。何故かと思うのは当然の事だと思うから、補足をしてやるとだな。我は国の代表であると同時に、この国顔である。定める規則もそこによる解釈は人それぞれであり、法律と違い解釈を加える裁判所も存在はしておらぬ。が、それを補ってしかるべきものは存在する。俗に《処刑隊》とよばれておるがな。あ奴らは、《ユルゲン機関》の裁定者になる。元々は追放をするべき者だけを選別するために作られたものだが……しばしば強権を振りかざす事があるが。

 それを否定するわけにもいかぬ。彼らにも彼らなりの考えがあってのことだろうと思っている。そこに偶発的なり、恣意的なりに文言が抜かれ、真意が伝わらぬ事も大いにあるだろう。人倫の中で申せば、初等教育時点で多くの見地を学ぶと考えられるので、そこに適応できない者が仮に居たとしても、すべてを救う、という事を我らは行うべきではないと考えている。我らが掲げた社会主義というのは国家に帰属する個々を救済するための国家づくりでなく、社会に帰属する個々が国家のために国を作る事であり、そのための社会を構築するのが我の仕事だと考えているのだ。

 であれば、個人の中に――多少の落ちこぼれが発生したとしても、その社会的基盤が形成されているのであれば我ら指導者側が謝罪する事はありはしないのだよ」

「発言よろしいでしょうか」

 ヘルガが機を見て言葉を投げた。クルトでは言葉を発しないだろうと思っての行動だろうか、一度もクルトを見る事無く、誠実に問いかける。

 ユルゲンは「畏まらなくていいぞ」と念押しをして頷いた。

「彼の、問題点というのは、彼の功績と比べても、非常に微々たる問題かと。彼は国家において重要な責を全うしていると思います。彼の行った功績は、海中菜園における試験栽培の本格化として、従来、生産性が皆無であった根菜の生産体制を確立したことであります。これにより、少量ではありますが、海中菜園でニンジン、ジャガイモ、カブなどを精算する事が可能になりました。地上と違い、連作障害もありませんから、持続的に精算が可能という事になります。

 生産性を向上させるために、温度管理などが必要になるでしょうが、水中であるため霜が降りるということもありませんし、悪くて日照不足という問題程度でありますから、その生産性の高さがうかがえます

 であるからして、彼の抱える問題点は処罰の対象には――」

「まてまて、我がいつ処罰の話をした」

 ユルゲンはヘルガの言葉を遮って手をかざし、言葉を止めさせた。クルトは、自分の事だというのに、まったくの実感を伴っていなかった。そればかりか、子供の様だなぁとひどく他人事に感じていた。だが、それを口にはできず、もごもごと下を向いた。

「我は別に同志の処罰をする権利など有してはおらぬ。確かに、強権を振りかざせばできないことでもないだろうが、言い方は悪いが『末端』を処罰したところで何かが変わるとは思ってはおらぬ。上の者を処罰するからこそ意味があるというものだが……。体制も変わらぬまま、というのであれば、彼の様な者が増えるとも限らん。――そうさな。確かに――確かに、初等教育の方法を変更する時期なのかも知らんな。そういう意味であれば処罰はするだろう。が、同志たちをどうこうしようとは思わん」

 その上で、とユルゲンはクルトに声を掛けた。

「我は同志クルトの話を聞きたいのだ。――書類上、同志のうわさ話などは上がってくることはないし、同志の目についても聞いてみたいとは思うしな。我の周りに隻眼の者などおらぬ。どうしてその様な経緯となったのかも非常に興味深い。さらに言うのであれば、先ほどの場面であっても、同志は異議を唱えず、周囲の者から奇異な視線をむけられていたであろう。どうしてなのか、そのあたりは気になったのだ。『受勲者』は同列に扱われる。十字勲章だろうと、柏葉付きだろうと剣つきだろうとだ。同じ受勲でありそこに上限はない。功績の大きさという事で大きい態度をとるのはあるだろうが。だというのに、その常識を排してなお、同志を快く思っていないというのは多くの態度から分かった。だからこそ、同志ヘルガが彼を『庇う』行為がどうも腑に落ちなくてな。ま、気軽に話してくれたまえよ。――あぁお茶でも出させよう。せっかくの食事を中断させたのだ、それくらいは用意できるだろう?」

 後ろに控えていたユーズがすぐさま部屋を出て行った。阿吽というのはこういうことかと感心すると同時に、自分には『無理』だ、とクルトは心を痛めた。



「自分のことを語るというのは、勇気のいる事だろう。同志はそれを嫌っている」

「それは私も思っているわ。彼は怖がっているのよ」

 恐縮した様にクルトは肩をすぼめた。

 机の上には紅茶をいれたポットに、スコーンが用意されていた。イングリッシュアフタヌーンティーでもあれば、色とりどりに用意された菓子の類が並ぶ事であろうが、グレートブリテンであっても、この未曾有の海面上昇を逃れる事はできず、プライドを引き裂かれながら、物資不足と戦って無理やりにでも勝ち取っている事だろうが、ここはドイツであり、その様な形式的でかつ、宗教染みたお茶の時間を要求する物ではなかったから、簡単に用意されたというのが実に似合っていた。

 ナプキンの上でスコーンを砕きながら口に運ぶユルゲンは、実に年相応という姿だった。彼が「甘い物がなければ話はできんだろう」という理論から、ユーズに大広間から甘味をもって来るように要求すると、ユーズはあえてあの場には無かったスコーンを持ってきた。初めは怪訝な顔をしたユルゲンであったが、「毒でも盛られてはかなわないので」とクールに言いつつ、巷ではあまり使われない上白糖を使った物だという事を聞くと、目を輝かせてそれに飛びついていた。

 その合間にクルトの昔話を慣れない標準語でぽつぽつとクルトが語ると、再三を投げかけてきては、根ほり、葉ほりクルトの心情を聞き出そうとしていた。ヘルガもそれに同様し、二人からの攻撃をしのぎ切れる事なく、頭から煙が上がり始めたところで、二人はクルトにそういった言葉を投げかけたのだ。

「過去のトラウマというのは恐ろしいものであるなぁ。実際にそれを体験した者以外には理解できぬものではあろうが。そうか……そういうところに教育というのは必要なのかもしらぬな」

「それって、教育を延長するとか考えるので?」

「違うな、教育の延長は無用に学を付けさせる事になる。必要なのは生きる力であり、現在の初等で十二分に勉強できておるだろう。一般常識としての歴史を学ぶ程度となり、恣意的な年表以外の物は『自己で調べろ』としているのも、教育内容を軽くするための配慮だ。つまり勉学とは『自己での研鑽』が必須であり、それを行った者のみを上等教育まで上げているのだ」

「しかし、一度その機会を逃すと二度と無いようにおもいますが」

 ヘルガの尤もな質問にクルトは頷いた。しかし、ユルゲンは違うな、と頭を振った。

「我が立てている構想とそれをくみ取って《ユルゲン機関》が作成した教育要領には次のとおりとなっているはずだ。初等の中ではすべてが中等へ、中等から成績の優れた一割を高等へ、高等の中でさらに成績の優れた一割が――という風にされているだろう。あれは何度でも教育を望むのであればやり直しても構わないという事だ。おそらく、皆三年間学習したら、二度とできないと思っている節があるがな。もう一度三年間履修しなおせばいいのだ。それを妨げるという文言は、一言も、どこにも、書いてはいないのだ。

 いいか。ユルゲンは多くの者をユルゲンと同じところに来てもらうために直言をしているのだ。隠し立てしている訳でもないのがだ、裏を穿って見るものがいないのも問題なのだ。統一規格の世界は必ず、歪が生まれてくるものだ。いつまでも人はその枠の中にとらわれ続ける事が出来ぬ。それは歴史が証明している。

 だからこそ、ユルゲンはユルゲンとして、出来る最大限の譲歩をして人々を導いていかねばならぬ。《処刑隊》たちもそれを理解して、《追放》をしているのだ。追放する事に多くの意味があるが、野に放たれた《追放者》はどうなると思う?」

「想像がつきかねます」

 そうだろうと、ユルゲンは頷く。クルトに視線を向けた。しかしクルトは首を左右に振るのみで言葉を発せない。

「世界の情勢がどうなっているのか、分からぬからこそ、この国の者は、枠にはまり不平不満を押し殺していける。が、それを開放してしまえばこの社会は混沌としたものになってしまうだろう。――追放者たちは、それぞれでコミュニティを作り、時折このユルゲンにたてつくのだ。依って、見せしめとするために、《処刑隊》は文字通り粛清を行う。なに。たてつかなければ好きにしていいと放逐しているのだがね。中には友好的な《追放者》というのもいるのだ。その者たちとは、取引もあったりするが――あぁ、これは口外禁止だったか。まぁよいではないか。

 ともあれ、彼らを追放するが故に、我らの国家は、国家としての最低限の要素を内包できているのだ。彼らが追放されず、この国にとどまり続ければ、嫌でも規則に従わないであろう。そうなれば秩序が脅かされるのは自明の理だ」

「そうだとは思いますが、しかし、なぜ一時期、急速に《追放》が行われたのでしょうか。あの時期で活発的な団体もなかったかと思うのですが」

 そうだな、とユルゲンは頷いた。どこまで話そうか、という様に逡巡しながら、スコーンを千切ってはジャムを付けて口に放りこんだ。二度、三度と手を動かして、考えがまとまったのであろうか、小さく頷いた。

「フーベルト・フォン・グレルマンと、カタリナ・オブ・トラントフ。この二名が活躍した時期であるな」

「それについては私から話をしましょう」

 ユルゲンの言葉を引き継ぐように、ユーズが口を開く。いままで後ろに控えていただけだったが、ちらりと胸を見れば、《処刑隊》のマークがついている事が分かる。

 近衛とはいえ、形式的な警護だけでなく、元々かなりの武闘派である事はうかがえた。

「フーベルトとカタリナはの情報については《深度1》の機密扱いになっております。公表してもいいかと思ったんですが、一部公表できない理由があるので軽度の機密ということに。口外をしていただかなければ別段問題はありません。

 この二人は受勲者で、同志と同じく海洋開発を行っていた者になります。外洋の開発に加わっていた様で、その年数は長かったとの記録があります。二人が同じ職務についていたという記録がありますが、詳しい時期等は記憶していないのでお答えはできませんが、その間に、二人は信頼し合う仲になっていた様です。

 二人が陸地の勤務になると、機関紙の発行に携わるようになりました。二人はそこで一つの画策をします。国家転覆を行う事で、アメリカ大陸と同様に新自由主義に彩られた世界を構築しようと考えていた様です。それは単なる夢想であれば、誰も問題はなかったのですが、実際には、大真面目で考えていた様です。だからということではないですが、過激な言動がそのころから目立つようになってきており、機関でも目を付けている状態でした。

 二人が機関紙に一つの暗号文書を綴り始めると、機関は目ざとくそれを見つけ、二人に問い詰めた様ですが、『読者に向けたレクリエーションだ』という事で、重大な問題には繋がらないと結論づけられ、継続的に監視する事で捜査を打ち切っています。

 翌年には、暗号文書の呼びかけにより二百人程の群衆がデモ行進を行い機関では騒然となっていました。団体行動の抑制はありませんが、扇動、主義主張などは国家反逆行為に直結すると考えられたのです。デモの内容が、生活に直結する配給制度に対する不満であった事も、人々を扇動する大きな要因になると考えられました。

 結果、両名を含め彼らの賛同者の多くを放逐する事で、事態の収束を図る事としました。第二、第三の彼らが出てくるとも限りませんから、迅速に、確実に行われる必要があったのです。このため、急速に《追放》を推奨する施策が取られ、『隣人であっても疑うべき』と、テレビスコープで連日煽り続け、総勢一万人近い人を《追放》したという経緯があります。その時代から《追放》件数は年々減少はしております」

 そのような経緯があったと、知らない二人は納得した表情で、ユーズの言葉に頷いた。ただ、クルトは鵜呑みにはできなかった。

 先ほどのユルゲンの話もそうだったが、彼らの独自の解釈が入っているというのはひしひしと感じていた。《ユルゲン規則》でいう、効率性とは一線を画した文言で事実だけでなく、恣意的に歪められている気がしてならなかった。

 しかし、それを口にする事はできなかった。今目の前にいるのが、国の最高指導者であったし、その隣には武力の象徴が控えていた。横に座っているヘルガも、決して『愚問』を口にすることはできない、というのは想像するに難くない。クルトにはこの状況が胃が痛くなるだけであったから、さっさと切り上げたいとも思っていた。

 そのために、自分の経歴すら洗いざらいさっさと話したというのに、今やまた別の火種に移りつつあった。ユルゲンとヘルガは変に同調している様だったし、これからもしばらく時間がかかる事に辟易し始めていた。

 だからという訳ではないが、視線を落として、食べもしないスコーンをじぃっと見つめているというのが現状だった。

 早く終われ、そう思う度に、時間が長く感じて仕方なかった。一秒が長く感じ、秒針の進む音が遠くに感じた。実際、時間の長短などありはしないにもかかわらず、感情がそれを引き延ばしている。一秒は一分の様に感じ、大量の思考が数舜の内に頭の中に渦を巻き、正しさなんていう物を吹き飛ばしていく。暴風の様な思考は彼自身の悩める姿そのものであった。

「彼もだいぶ煮詰まってしまていることだろうな。多くのことを言いすぎた、のだろう。そろそろ放してやらないといけぬな」

「あら、普段ならもっと話に付き合うのよ、――きっと、ユルゲンという名前に委縮しているのだわ」

「それは、それで我の威光もあるというので、喜ばしい限りだが……。とはいえ、同志らの時間を拘束してしまう事にもなる。楽しい時間を過ごせた事感謝するが、同時に、同志のせっかくのパーティーの時間も潰してしまった。――もし希望があるのであれば、何等かの便宜を図ろうかと思うが?」

「――それは、魅力的な提案ですわ」

 クルトは理解できないという様に、ユルゲンを見た。なぜ、自分たちにここまでの好意を持っているのか腑に落ちなかったが、しかし、さらに深堀する気にもなれなかった。

 クルトが考えるとおりであれば、ユルゲンの興味というのは、クルト自身、ヘルガ自身の人間性の収集が必要なのではないかと、最初は思っていた。彼は人間性とは隔絶された環境――これはクルトの想像するところの典型的なドイツ人の生活様式という物であり、それによって《監視》《統制》の内に存在する環境が形成されていると考えられた。人間性を排斥した者が形成される要因となりえる、規則性を追求した生活が、ユルゲンという完全な個を創造するためには必要だと考えていた。

 だが、実際話をしてみたらどうか、といえば、クルトの想像とは違うという事を如実に表していた。

 完成されたユルゲン像は瓦解し、塵芥と化した肖像は、彼の暴風の様な性格によって吹き飛ばされた。

 残っているのは、『一人間味』の大味な存在であり、ただの興味本位という好奇心の類のみで話をしているのだという事をひしひしと感じていた。

 クルトの辟易している問題というのはそこだった。あまりにも個人的な感情ではあろうということは分かり切っていたにもかかわらず、その感情を止めれずにいた。クルトは、自分の理想とする存在がただの人間だという事を認知した瞬間から、『嫌っている』だけなのだ。

「結論。申し出は、辞退させてもらう」

 クルトは、一切の躊躇なく、ユルゲンの申し出を断った。

 その言が意外だったのか、ヘルガはクルトをくわっと開いた瞳で見た。余りにも想定外だったのだろう、手に持っていたスコーンがさらに落ちた。

 ユルゲンは気を悪くした様子もなく「そうか」と頷いた。

「我も感謝はしているからな。もし思い出す事があれば、その時でもよい。今、この場でというのも――頭がまわらんだろう」

 にやりと含んだ笑みを浮かべて、ユルゲンは紅茶を啜った。



 揺蕩う水面の光が、燦燦と降り注ぐ光をゆらゆらと歪めて《チャイルドドーム》に降りていた。今日も天気は良く、ドームの中は湿った空気と、植物の蒸散でドームの天井にはうっすらと水滴がついていた。クルトはその中でいつもと変わらずに作業を行う。とはいえ、手の動きはいつもよりも鈍く、ゆったりとしたものだった。心ここにあらずという感じは、手元の不確かさからも分かり、時郎以、「あ」とか「う」とか何かを気づいた様なうめき声を上げていた。養液をこぼしたり、濃度を間違えたり、設置にてこずったり、普段ならば淀みない動きが曇っていた。

 ヘルガはその事に突っ込むこともなかった。ただ、彼の様子を時折視界の端に収めながら、いつもと違い様子を観察していた。普段であればラジオでもあるかの様に、ヘルガの言葉が《チャイルドドーム》の中に響き渡っている事だった。今日の出来事、以前の出来事、ヘルガの友人の話、ヘルガの話、唐突に生まれるヘルガからの問いかけに、きっちりと反応するクルトというのが通例だった。

 今日は二度程投げかけがあったが、それに対する反応がいまいちだったのか、ヘルガが言葉を発る事をやめ、様子を見るだけにとどめていた。彼の反応が薄味だったこともそうだが、先日のユルゲンとの会話以降、様子がおかしいクルトをイジメる事も徐々に飽き始めていたというのもあった。

 しかしだからといって、ヘルガの性格上、沈黙を守り続けるというのも難しい事だったから、クルトが呻く度に、身を翻して怪訝そうな顔を向けていた。

 そろそろ限界に来たのだろうか、うるさいと言わんばかりにフィンで蹴り飛ばした。

「痛い」

「知ってる。そうじゃなきゃやる意味ないじゃない」

 なんで、といわんばかりに、ぐるりと体をねじってヘルガに向き直った。下面の入口に向かって投げ出した足が、ペタペタとアクリルにあたる音がした。

「今日はずいぶんと、ヘマばかりじゃない? どこか調子が悪い、と聞くのが一般的でしょうけど、私から見れば、あの時から随分と調子が変な様子じゃない。一体なにがあったのよ。私から見ても、途中から――変な感じだったし、あの子供に会った事がそんなに、気になる事だったの?」

「肯定」

 随分と素直に、クルトは頷いた。しかし、続く言葉はなく、すぐに沈黙してしまった。目はヘルガを見ないし、口も少なからずへの字に曲がっている。気に障る、というのが正しいのだろうが、にじみ出る態度はあるものの、表立ってそれを告げようとはしなかった。

 何かを自制している。何かはユルゲンに対する不敬だろうという事は分かっていたが、クルトの中でもそれがかちっと固まらず、曖昧なままでもやもやとした気持ちにさせた。

「素直じゃない。でも、態度は違うのね。何を押し殺しているの? それとも何か気になる事でもあるの?」

「――」

 逃げの言葉を吐くべきか、あるいは、本心からぶつかるか、何方がいいののか分からず逡巡。停止する動きを取り繕う様に、一度「あ」と発して沈黙を破った。

「外の事が気になる」

「外って、どこの事よ。まさか、塀の外ってこと?」

 クルトはゆっくりと首肯。

「……貴方がそんなことを気にするなんて言うのは、どういった変化かしらね。でも、なるほど」

 ヘルガは何かを考える。一度腕を組んで、左手で顎をさすり、ついで、左右の腕を組みかえて、また何かを考える。時折クルトの様子を見て、ぶつぶつとつぶやいた。

「難しく考える事ではない。ユルゲンに言われて、どうなっているのか気になる。特に、外でも『普通』に生活しているという。僕にとっての『普通』とは違う、普通があるのだという事に、興味が湧くというのは当然だ。その上で、《追放》とは何なのだろうか。国家に対する反逆に対して、どこまでの恩寵があるというのだろうか。《処刑隊》というのも、過去に存在した『軍隊』というものと変わらないのだろうか。とすれば、この国家とはかつてあったドイツ連邦と何が違うというのだろうか。そんなことを考えてしまうだけだ」

「他言はしないけど、あまり表立っていう話ではないわ。私の予想より、もっと吹っ飛んだところに貴方の意識は行ってるわけか。いえ、こっちの話よ。――きっと見た目が幼いユルゲンが、あの様な言葉を弄したのだもの。貴方の事だから、きっと、気になって仕方がないというところなのでしょうね。

 否定はしないわ。私だって、気になっては居るもの。それはどういった世界なのかしらね。確かに、気になるじゃない」

「……よく話をする相手がいる。その者が酔った席で言った。緑の有る世界に対するあこがれというものだったが、その時は僕は否定も肯定もできなかった。ただ、今なら共感できる気がする。――そういった世界というのは、確かに興味深い」

「あら、興味深いというより、憧れるって素直になった方が良いんじゃない?」

「憧れとは少し違う気がする。未知に対する興味というのが近い。好奇心。そういう物ではないか」

 ヘルガは声をあげて笑った。クルトは自分の言った言葉に面白いことがあったのだろうか、と頭をひねったが、思い至らなかった。だから、なぜいきなり笑い出したのか、訝し気に眉をひそめてヘルガを見た。もしかしたら躁の気でもあるのかもしれないとも思った。とはいえ、そうではない事はこの付き合いになってから分かっていた。余りにもカラカラと笑うものだから、なんとなく、けなされているきはした。

 ひとしきり笑い終えると、ヘルガは薄く浮いた涙を人差し指で拭った。

「なるほどね。好奇心。良い言葉じゃない。アイスマンの貴方が、そこまで思うっていうのは傍目からみると、成長しているって感じるわ。それも一足飛びになっているわね。良いことじゃない。ふーん。好奇心。では、その好奇心、貴方はどういう風に――解消しようとするの?」

「というと?」

「いい? 好奇心を得た時に取る行動は三つ。一つは解消する様に突き進むタイプ。もう一つはすっぱりとあきらめるタイプ。最後に一人で悶々と抱え込むタイプ。貴方はどうしたいとかあるわけ?」

「……。行きたいとは思う」

 ヘルガが目を見開いた。

「それは外の世界に?」

「そう。外の世界に」

 水面の文様が光の環となって降り注ぐ《チャイルドドーム》は、まるで天使の羽の様に、にじんだ光線をアクリルに映し出していた。

 ヘルガは息を飲んだ。

 自分から塀の外を希望する者が目の前にいる事に。

 クルトも言ってから驚いた。

 自分が塀の外を希望する事に。



 塀の外の世界とは過酷なものである。フィル・ファン・ヴェリキーは、重厚な装備を身にまとい装甲車の上から緑の広がる世界を眺めていた。

 轍が作られた未舗装道路は必要以上に凸凹しており、車両が時折跳ね上がった。サスペンションの良く効いた車という訳ではないから、その際にがくんと、首が持ってい行かれる気がした。重い装備も相まって、着地する瞬間には、両足を踏ん張っていないと地面にめり込むのではないかと思える程だった。

 精悍な表情はさすがは《処刑隊》の名を持つだけあると感じさせるほど引き締まっていた。その上、下唇の左側には、鋭利な刃物で裂傷した様な傷跡があった。金色の髪は短く刈られ、固いヘルメットの下に押し込められていた。眼下を見下ろす青い瞳は、サファイアの様に夜空に浮かぶ満月の白い光を浴びて輝いている様だった。

 フィルの乗る車の後ろには、すぐさま別の車両が控えており、それが、巨大なトラックであるというのが確認できた。銀色のコンテナを後ろに牽引したコンボイは、低い唸り声をあげるエンジンの振動を周囲にまき散らしながら走っていた。

 いつもの定例行事だった。そのことで気負う必要性もなく、与えられたことをつつがなく、終わらせるだけ。危険もない。ただの荷物の運搬であり、そこにアンブッシュはありはしない。共に協力関係にあるのだから、という『あたりまえ』の関係性を構築できている。

 フィルはたしかに最初、面食らったところはある。国家に対しての反逆に対してい《追放》するという事が、妥当なのか。もしその凶刃が国家に向く事があれば、それは安全保障にとって巨大な遺恨を残す事になるのではないか。かつてのとおり、『全て』を敵にしてでも排除するべきなのではないか。しかし、《ユルゲン》はそれをよしとはしなかった。綺麗な題目は一切なかったが、統制できない者を国家に置く必要がないだけ、という真っ当な理由により、国家からの追放という処分を行った。《追放者》は当初反発を行った。当然過酷な大地に放り出されるわけであるし、彼らの言い分としては『国家により、多くの国民が騙されている』という論調で、定期的に『解放』を目論見、塀の中の世界に対して、攻撃を仕掛けていた。

 その行動の一番の理由というのは、ドイツ社会主義同盟がため込んだ財をかすめ取るための手段でしかない事は明白であったから、国家としても毅然として、盾突く者は一切の躊躇なく血の海に沈めて行った。時には大規模な攻勢に打って出たコミュニティもあったようだが、そのこと如くを破壊せしめる武力が、ドイツ社会主義同盟にはあった。

 主たる物が強化装甲服。防弾・防刃についてはかねてよりの研究成果の結晶といってもよかった。複合炭素繊維に金属糸の配合とによる軽量ボディ―アーマーと、衝撃を吸収するための緩衝材の組み合わせは、数キロの重量を誇る防弾プレートに匹敵する強度を誇っていた。NATO弾をもってしてもそう簡単には打ち抜けず、『装甲』という名前に恥じない防御力を有していた。

 対して、火力の底上げはされず、むしろ非殺傷性武器が多様される事になる。痛みをもって相手を教育するための武器群は、多岐にわたる事になった。ガス、音響、衝撃。

 中でも強化が著しかった物は音響・振動だった。超音波を用いた特殊な形状の――尤も銃に似た形状になったが――音響兵器は、相手の平衡感覚を狂わし、その場でのたうち回る程に苦痛を与える兵器として仕上がった。耳栓などをしても無意味であり、固有振動が相手に当たれば、立ちどころに三半規管を狂わした。

 防ぐためには、かなり重厚な防音装備を身にまとう必要性があり、仮にそれを着込めば、運動性の低下から、非致死弾の的となることは必至だった。

 相手が無効化された所で、なお歯向かう者を《処刑》の名のもとに、斬首する。チェーンソーを構えた強化装甲服の姿は、見る者に恐怖を与える代名詞となった。

 見せしめが増えれば増えるほど歯向かう者は減った。彼らのもたらした苦痛の数に比例して、恐怖を与えたに過ぎない事は明白だったが、銃とは違い、相手に見せつける死は、根深く残る恐怖となった。火器を通しての死の簡便化から、旧来の苦痛を伴う死と同等になった事で、『心』による支配は成功せしめたといえる。

 恐怖政治というものは、その恐怖が薄れない限り続くものである。ユルゲンはそこを弁えていた。であるから多くのコミュニティは、あえて戦う姿勢はとらず、共栄の道を歩む事になった。

 共栄の道といっても、何もなければ死を待つだけだったかもしれない。家畜もおらず、土地も未開の山林のみ。

 ユルゲンは彼らに一つの優しき手を伸ばしていた。林業である。

 管理するべき林業とその開墾を指示し、そこにおけるコミュニティは自由にしていいとした。その代わり、海産物と林業で生産された物の取引を行った。

 油は貴重なものであったから、魚油だろうと豆油であろうと等価で取引された。塩は国家から出され、コミュニティは砂糖を提供した。

 そうしてコミュニティは徐々に反映され、今に至る。

 開墾された土地の面積も初めはたった二十人程度が暮らすだけの集落の集まりであったのが、今では一コミュニティに千人以上の人が集まっていた。

 集落ごとに水による争いはあった物の、コミュニティ同士が相互の利益を確保するために、共に利益相反にならない様、特産品を分けるという事で一致した結果、安定的な発展が見込まれる事になった。それも、ある一定の不満が表出してこない間というのは、どこのコミュニティも分かっていたから、互いにけん制をしていた。

 コミュニティには名前が付けられていたが、ドイツ社会主義同盟はそれを認めていなかった。感知しているコミュニティ毎に番号を割り当て、管理をしやすい様に勤めていた。ヒンデンブルグだと名乗っていたコミュニティもあるが、国家にとってみればただの《1号》でしかなかった。

 フィルはこの未開の世界が、あまりにも洗練されていない事に辟易していた。そのことを考えても仕方がなかったが、これから会う事になる男の汗臭さや、ほこりっぽい集落の空気が、潮風によって洗われる画一的な都市によって形成された清浄のイメージと相反して嫌だったのだ。

 個人的主義主張をする事もなかったが、コミュニティの者たちを《番号付き》と蔑んで隊内で陰口をたたいていた。多くの者たちも、フィルと同じ様に、野性味にあふれたコミュニティとのかかわりを『必要』だとは感じておらず、自らの生産基盤の拡充に充てるべきだろう、という意見が大半だった。

 わざわざ、土臭い大地の中に根を生やしている《追放者》と係りたいとは思わなかった。であるから、ユルゲンが認めた貿易だったとしても、それを一切国の中には公表せず、隠し続けていた。そこに、追従者が現れたり協調者が出たりすることが問題だと、《ユルゲン機関》で熱弁をふるった《処刑隊》の隊長の言は尤もだと支持がされていた。

 何故、ユルゲンは慈悲を示したのか。フィルには計り知れない。

 だからと言って、ユルゲンを否定もできない。

 であるから、フィルもまた、この大地のありようについて、悩んでいた。



 《2号》はベルリンから南西に百キロという比較的近くに建てられたコミュニティだった。平地も多く、海からは比較的に近い最古のコミュニティ群の一つだった。

 顔役はかつて国家に対して反逆を行った者であったが、それでも年代を経るとその尖った思想も落ち着き、自らのコミュニティの発展に努めて居た。

 フーベルト・フォン・グレルマン。その思想はドイツ社会主義同盟の中で開花し、多くの同調者を伴って行われた行進は、彼を慕う者たちにとって最高のショーだった。

 今から三十年も前の出来事にも関わらず、多くの人の中に、くすぶり続ける炎を灯した愚劣な行為。そう国家は見ていた。

 国家を揺るがす行為であり、統一的な意思見解を国是とする中では、イレギュラーな意見具申などは《ユルゲン規則》を全うせしめようとする国民に対する、離反行為であり、それを是とする事は決して許されない。フィルはそれであっても、この数年、フーベルトと会い、話しをし、取引を進める中で、決して一般的な見地からは計れない者だという事は理解していた。

 ユルゲンのそれと同じ様に、国家の在り方を憂える《国士》である事は間違いなく、国家という枠組みが彼に合わないというのは言うまでもない。自由主義の名の元に、自由意見を戦わせて、その先に国家の行く末を決める。そのために多くの言葉を操り、多くの人心を操り、多くの資金を集めて見せた、彼の手法は、コミュニティそのものを体現するほど『自由』であった。

 フーベルトは二十の時に追放となっていた。今では白い頭に、目元、口元に皺が多くみられた。人の好さそうな笑みを浮かべ、熱い闘志を燃やした金色の瞳を爛々とさせていた。フィルの目の前にいた時には、カタリナも側に控え、あまりに突飛な言動を咎める様な視線が常にあったから、幾分も落ち着いて――普段ではぎらぎらとした言動であったが――国家に対する言葉も謹んでいた。それでも、時折発する反国家的な言葉は、彼が『そう』であるという事を如実に表していた。

「お前たちが、どの様に国を作り続けているかいまだに興味が尽きないところではあるが。オレに言わせれば、相変わらず人倫を無視した国造りをしている事だと、笑うところなんだ。とはいえ、外の世界に出たところで、コミュニティは必要であるし、国家に依存していると言われればそれまでだろうがな。オレらも生きにゃならないし、お前たちも同様に、生きる事に必死だという事は理解しているよ。そのために、安定と程遠い『感情』に起因する《犯罪》を取り締まるというものの本質は理解できる。

 それを汲んで、生活しろと強要される事は、オレにはできない事だったがな。あれは息のつまる世界だと言わざる負えない。でもお前らには居心地がいいのだろう?

 毎日SSRIでも飲んで精神安定を強要されている様なものじゃないか。自己を排して国家に尽くすという理想だけで、《社会主義》といいつつも《共産主義》の体制が作られて久しいものだ。

 結局ユルゲンに一任しているのだろう。意味など考える事もせず、はい、ユルゲンにお伺いを立てれば、電子計算機よろしく、理の通った――皮肉でいってるんだぞ――答えを用意してくれるじゃないか。まったく度し難い依存体制じゃないか。

 それを咎める事に何の罪になるというのか。まったく理屈だけでは通せない世界もあるという事を理解するべきだとおもうんだが。

 オレが二十の時に決起したときから、お前らの世界は多少なりとも変わったのかね。いいや、絶対に、という頭を付けてでも否定してやる。

 オレらが塀の外で作り上げた世界の方が、何倍も何十倍も優れていると思っているよ。

 だからこそ、お前らも『たかり』に来てるんだろう? でだ。今日は何をいくら持っていく」

 口を開けばこの調子であったから、フィルはフーベルトに会うのが好きではなかった。自分たちのことを棚に上げている様な口ぶりに、嫌気がさしていた。

 彼らが規則を破ったからこそ、外に出ているのであって、ただ、規則を守れさえすればいいのに、という様に思っていた。

 死の危険もあった、地道な嫌がらせを行ったのだから、本来であれば、目の前に座っているとおり、のうのうとしている、というのは理解できないとも感じていた。

 だが、フィルは大人であった。我慢する事には慣れていたから、自分の意見をいたずらにぶつけるという事はなかった。

 フーベルトもその辺りは分かっているのだろう、最初こそは強烈に言葉を並べるフーベルトだったが、今では、暖簾に腕押しだと思っているのだろう、フィルの前では大分おとなしくなっていた。

 今では、端的に――これでも端的である――取引の話ができる様になっていた。

 嫌な顔一つせず、今回の取引の内容を告げるフィルに、フーベルトはつまらなそうな視線を向ける、というのが毎度のことになっていた。

 月に一度は顔を合わせているわけだから、そんなに感慨もわかない。

 フィルは今すぐにでも塀の中に戻って、さっさと自分の殻に閉じこもりたいとも思っていた。最低限、テレビスコープからながれる思想的なニュースの心地よい事。

 ベッドの上で横になり、その傍らに愛犬が鎮座する。それをいつもの通り毛づくろいしながら、時間を過ごすというのが彼の最高のひと時だった。

 そのため、と思いはすれど、外の乱暴で粗野な空気は嫌だった。

 目の前に出されているなんの茶葉かわからない白湯の様なお茶を愛想笑いを浮かべながら一口すすった。

「今回の取引もいい物でありました」

 検品後の形式的な挨拶は欠かさない。次もあるのだ。次の次も。そのために、自分を殺すというのは当然の事だった。

 顔に微塵もそれを出さす、フィルは命令を実行する道具となって、時折能面の様な表情を晒しながらも、無事に完遂する。

 フーベルトは、業を煮やしたように頭をくしゃくしゃとかきむしると、フィルの肩を抱き寄せた。

「本当にもったいねぇな。お前みたいになんでもやるようなやつは、ぜひともオレの手下に欲しいものだがな。いつも嫌味をいってもニコリともしないその度胸も大したものだと思うぜ。普通、自分の頭や、信念とかっていうのををこけにされたら顔を真っ赤にしてくるものだろう。だというのに、その涼しさはなんだ? もしかしてお前がオレらと同じ意思を持っている、とも考えてみたが、オレの幾たびの誘いも断っていやがる。そうすると、どういったことか、と考えざる負えない。

 そうだな、これはカタリナにあった時に感じた感覚に似てるんだ。あいつも、自分の中に合う鬱屈した正義感に歪んだ、箱入り娘だったよ。一日中、画面に向き合って仕事に対してなんの不満も持っていなかった。当然体力がなかったから、外洋開発ではソフトウェア担当だったがな。でも、一言も不満も、不平も言わないんだぜ。普通あり得ないだろう。それが他者に対してであれ、自己に対してであれ、何等かの不満を表に出すというのにさ。

 オレの母親だって自分に厳しくあろうとする姿勢から、時折それを自傷行為として体現させていたし、父だって酒と煙草で発散していた。オレもそういったやつらの子供だから、不満を内に溜めるよりは外に出しやすいのかもしれないがよ。

 カタリナの鬱屈さは、正気を逸していたぜ。まだるっこしい《ユルゲンコード》を使って機械みたいにしゃべりやがる。だからというわけじゃねぇが、冷たい印象を受けるわけなんだよな。それこそ北海の様に流氷が漂っているってやつだ。にこりと笑えば可愛いのに、それを一切みせず、『クール』を気取っているわけでもないから表情に時折の揺れもない。あるのは本当にきっちりとした信念で、バグらないとどうしようもねぇって、思ったわけ。

 だから生の喜びを知ってもらうために、いたずらをしようって話たんだ。当然、カタリナは冗談だと思っていたさ。とはいえオレはそのころ、是が非でもカタリナを笑わせてやりたいって思っていたところもあるからさ、受勲した後に、配置転換を呼びかけられた時には、二言目にはあいつをオレのバディにするようにって条件つけたんだ。

 当然だよなぁ。オレはその当時から自分のために生きてて、常に社会に対して不満だらけだったんだからよ。機械みたいな世界の中で、それを強いられるような生活は、大層生きづらいもんだぜ? それはお前も感じてるんじゃねぇの。それともそれすら織り込んで生きてける訳? それならその分厚い面の皮だって理解はできるけどよ。でもカタリナは違った。一枚づつあいつの心の根の皮をはいでやれば、そこには常にもった不満だらけだっていう。

 オレがいたずらしようと提案したときだって、もしかしたらすっとするかもしれないという考えはあったらしい。それはそうだよな。常に監視されているという恐怖心が、街中で常に監視を続けるドラグスコープによって、幼少期のころから作られているんだからよ。

 だからという訳でもないが、一回その認知の差を埋めてやれば、又はひっくり返っちまえば、後は、簡単に進んでいくわけ。それに慣れちまえば怖いもんなんて何もねぇ。

 オレの相棒としては申し分のない働きだったし、共に、そういう生き方で行こうときめていたから、――生活の基盤はちがえど、本当の意味での《同志》になったとおもえたんだぜ。お前らが形式的に言っている監視するための番号や、心のない《同志》という言葉よりもかなり身のあるものじゃねぇか。

 それを分かっているから、お前の中にある、くすぶり続けている火を、オレはどうなるのか見たいとおもっているんだ」

 だから、とフーベルトは笑いながら手を伸ばした。握手だ。

 同志になれ、という冗談めかして笑った。

 


 フィルの前にヘルガが現れたのは、宵闇が支配する、《外出禁止時間》の中だった。二人が会うのは決まってこの時間であったし、冬の寒さだろうと夏の暑さだろうと関係なく、決まって《本部》の一室だった。

 未だに《本部》には多くの人がいた。時折叫び声が反響するのは、牢に入れられた被疑者の叫びか。呪詛の事く反響する叫びを笑い飛ばすのは、《処刑隊》とってはいつもの事であったから、悲痛な金切声が上がる度に、けらけらと職員は笑っていた。今日もよくないているとか、今日はおとなしいとか、そういった状況の変化は、単調な彼らの執務においては、娯楽に近かった。

 鉄格子のある地下から、彼らの本部がある一階には、多くの執務スペースがあった。どれも扉はつけられておらず、布性のブラインドを下ろして仕切りをしていた。

 室内のオレンジ色の明かりが揺らめく度、中にいる影がゆらゆらと蠢いた。地下からあがる怨嗟の声にあてられているかの様で、奇声が地下から吹き抜けを通じて上がってくると、職員たちの笑い声によってかき消される程だった。

 何人の職員がそこにいるのか分からせないために、音は反響し、常にざわざわとした耳障りな音が《本部》には満ちていた。二十四時間流れるテレビスコープの音は、ただのBGMに成り下がっていた。

 直径二百メートルの円形にくり抜かれた円形の《本部》は全部で四棟建っている。正方形の四隅に配置された円形の建物群の中央には、広い運動場が用意されていて、どの棟からも入る事ができた。しかし、利用時間は制限されておりどの棟が何時に利用するかは、その日に発表された。監視も充実し、金網は三重になっており、簡単には逃れられない。

 運動場は一周六百メートルのトラックが用意されており、多くの囚人はそこを走る事でストレスの発散をしていた。

 今の時間では、《本部》の外を見たとしても闇の中に全てが埋もれ、その様子などうかがい知る事はできなかった。

 ヘルガは久しく会うフィルに苦い顔を向けていた。今まで連絡がなかったにも関わらず、いまさらどうした、というのがヘルガの心境ではあったが、それを露骨に顔に出すあたり、彼女のはらわたは煮えくりかえっていた。

「どういうこと?」

 まず初めに浮かんだのは疑問だった。

「クルト・フォン・キルヒャーは良い男か?」

「……遠まわしに考えれば、その問いはハラスメントになるわ」

「いまさら、そんな言葉があるとはおもえないよ。男女の格差を皆無にするために、性差は加味されない。相手が不快に思ったところで、それは大した問題にはならないのは、君もよく理解しているだろう。だからこそ、わざわざ、こんなところを辞めていったのではないか?」

 ヘルガはため息をついた。相手の事などただの羽虫同然だと思っている。それが透けて見えて嫌だった。

「わざわざ、それを再認識させるためにこんなところに呼び出したわけではないのでしょう? さっさと本題にはいりましょう」

「なに、そう急くこともないだろう。君にとっても悪い話しではないのだから」

 どういうこと、とヘルガは頭をひねった。フィルとの付き合いなんて前からも大してあったものではなかった。相手が色目を使ってくるのであれば、多少はあったのだろうが、フィルはヘルガに興味がない、というのが正しく、仕事の付き合い以外をしようとはしなかった。当然ヘルガから、フィルに対して特別な感情を持っている訳でもなかったから、そういった冷たい関係で十分だった。

 であるから、今回わざわざ、フィルが申し出をし、こんな場所にヘルガが足を運ぶというのは、どういった理由があっての事なのか、想像がつかなった。ただでさえ言葉のきついヘルガの事であるから、最初は疑われたのだろうかとも思った。だが、わざわざこんな真夜中に呼び出すというのも、違うと経験上から高をくくってきてみれば、さも当然の様に椅子に腰かけたフィルを見たものだから、一発でもすかした顔を殴ってやろうかとも思った程だった。

 フィルの思わせぶりの態度は先ほどの言葉からもにじみ出ていた。何かを企んでいる、というのが正しいのだろうが、彼と仕事をした二年間を振り返っても、そんな表情を見せた事などなかった。だから、よほど楽しい事なのか、右手に持ったペンをクルクルと回していた。

「悪い話じゃないって、何があるわけなのよ」

 一向に話さないフィルにしびれを切らして、ヘルガは尋ねた。しかし、気持ちの悪い笑みを浮かべたフィルは、ヘルガを見ているだけだった。

「正直、こんな時間にまで呼び出されて、良い気がしていないのは察してよ。《本部》に居る事に抵抗がある者は、貴方の様に多少、ネジの緩んでいる者だけよ」

「自分はネジは緩んではいないさ。むしろ我慢強いと言ってほしいくらいだけれど。今それを議論する必要性もないだろう。そうだね。最初から提示をした方が君の性格には会っているだろう。――外に行く気はないか?」

 ヘルガの頭には疑問符が浮かんでいた。これは尋問なのだろうかとも思った。外に行くというのは、《追放》と同義であるのであれば、何等かの嫌疑がかかっているのか。そう思えると、背筋が寒くなった。

「私に疑いが?」

「いや、君に嫌疑がかかっているわけではない。これは個人的な提案だ」

 フィルの言葉にヘルガは息をのんだ。あまつさえこの職に就いているものが口にする事ではない、と思った。

「驚く事ではないと思うけれどもね。自分は塀の外に出ているわけだし。そこで何を見たとしても、おかしなはなしではないとおもうんだが」

「普通の人だったらそうだと思うわ。でも事、貴方がそんなことをいうなんて、というのが正しい。それをおかしいと言わずに、何だというのかしら。自分のことを鑑で見ることをお勧めするけど」

「毎日みているよ。なんだか自分の評価が微妙に低い気がしないでもないが……」

 ヘルガは笑った。

「貴方の評価なんて、はじめっから無いに等しいじゃない。仕事人間である事は認めるけれど、それ以上に誰も付け入らせない、完璧主義者で壁の塊じゃない。だというのに、それで他人に評価を求めるっておかしいわ。やはり鑑を見たほうがいいとは思うけれど」

 少し機嫌を損ねたのか、笑うヘルガと対照的にフィルはつまらなそうな顔をした。先ほどまでの気味の悪い笑みは腹の底へ押し込んだようだ。

「どう言ってもかまわないけど、話を聞く気はないか?」

「貴方がどうしてそんな考えになったのか、聞いてあげてもいいけれど、それはここじゃないといけなかったのかしら。それこそ酒の肴になるとは思うのだけど」

「――ここが自分の居場所だからだ」

 そう、とヘルガは見下したように笑った。

「でもいいわ、話を聞いてあげても」

「……。微妙に立場が逆転しているような気もするが、――君に言わせれば、立場の逆転なんて言う言葉も礼を失するというものか。まぁ文句を言っても仕方あるまい。

 自分の考えの変遷など話してもしかたないから、結論からすっぱりと言うならば、《2号》でフーベルトに会ったからだ。というのが正しい。

 今まで何回も会っているというのは指摘されるだろうが、毎回、毎回事欠かさず、外のことを話しをするのだ。いくら自分に興味がなくても、興味が沸くように角度を変え、位置を変え、彼は自分に話しをするんだ。それを毎度あしらってはいたのだが。

 そこに思いが生まれるきっかけは、本当に単純に――興味が沸いたのだ。なぜか、と言われてもそうであるとしか言えないが」

「貴方が興味を持つというの?」

「その指摘は否定しない。『日常的』であることを望んでいたからこそ、自分は我慢してこれていたのだが、それ以外に対して興味を持つなど、自分にも大きな変化だとおもう。その上で、フーベルトは自分を高く評価してくれていてね。であれば、自ら《追放者》になる事も吝かではないのかもしれないと思っているんだ。

 外には、外の魅力が存在しているから、という事もあるが。最も大きな点としては、『この世界』に疑問を持ったというのが正しい」

 ヘルガは腕を組んでフィルの言葉を促した。

「疑問といっても何等かの綻びがあるというだけであって、それが確信めいた、答えがあるわけではないのだが。それは、本当に《ユルゲン》は居るのかという疑問だ」

「私は彼に会ったわ」

「そうさ、誰もが見た事があり、幾人もの人が直接対話をしている。しかし、《ユルゲン》という過去の指導者ではなく、過去の指導者を模した《ユルゲンの様な者》がいるだけでしかないと思っている。フーベルトの様な《熱》を《ユルゲン》から感じないのは、『何故』なのか、とおもったのだ」

「……熱を感じると?」

「話す言葉、彼の動き、仕草、どれもが、フーベルトは自由を求めていると感じた。そのために、一切の枷をあてはめない様に『努力』していると感じた。一般的にはどこか『セーブ』をするような事であっても、彼にはそれがない。自分に意見を言うときでも、一度目も、二度目も、何度たっても言いたいことの本質は変えず、ぶれず、一切の隠匿はしない。本気でぶつかっていると感じるよ」

 ヘルガは驚いた様子で、前のめりになってくるフィルを眺めた。当時からは考えられない心境の変化だと言わざるを得ない。

「その熱に充てられたと?」

「そうだ。それは疑問と共に自分の中に小さい矛盾を作りだしている。だからこその考えだ」

「……貴方の中ではそうなのだろうけど、どうして、私に声をかけたのかしら。貴方との付き合いなんて、仕事以外なかったとおもうのだけれど」

「それだ。君は当時から意見を持っていた。自分の意見を。それを上は良しとはしなかったが、自分はそういうものなのだろうと思っていた。そこで、周囲から『浮いていた』君の事だから、きっと考えが変わらず、相変わらず一人で憤慨しているんじゃないだろうか。そう思ったのさ」

「哀れみでもあるというの? 貴方は私の上に立ち、コントロールでもしたいの?」

「違う。――なんといえばいいか。君も外の世界を知れば、きっと『そちら側』に行ける者なのだろう、と思ったんだ」

 ヘルガは沈黙した。塀の外の世界については、考えた事がない、という訳ではなかったし、クルトとの話でも出てきたものだ。

 タイミング的にみても、それが何等かのカマかけの可能性もあったから、ヘルガはどう返答するべきか悩んだ。

 フィルとの付き合いの中で、そういった器用なことをする相手ではないのは分かっていたが、だからといって、命令には実直な者である事は違いない。であれば、裏で糸引く何かがいたとしても、おかしくはないとは思った。

 と同時に、外の世界への渇望は確かにあった。

 それは、クルトも同じ事だろう。きっと彼も、と思った。なんで彼のことを思い出したの分からず、ヘルガはただただ沈黙する事しかできなかった。



 クルトは初めて塀の外を見た。

 辺りを興味深くじろじろと見ていた。子供でもあるかの様に、くまなく、そしてそれを忘れない様に。

 木々の一本一本の枝葉。道に生えている雑草。赤や黄の花。青色の蝶の乱舞。その脇を走り抜ける装甲車に乗って、外の世界を初めて見た。そこには多くの感情が渦巻いていた。嬉しさも、苦しさもいままで感じてはいなかったが、この世界をみると、どうしてか、胸が締め付けられるように感じられた。

 海の中は良く見ていた。青に染まる世界を長く見ていた、という事もあるのだろうか。この緑に染まる世界は、彼にとって珍しい物でしかなかった。

 花弁が風で揺れ、そこに寄ってくる虫の姿は、海で見かけるサンゴに集う魚の様であったし、木々に大きさも形も違う鳥たちは、ウミネコと比較しても全く違っていた。

 茶色の木々だけかと思えば、白樺の様に白い幹の物まであったし、緑だけの葉だと思えば、色づいているものもある。「それは枯れているんだ」と言われても、試験管の中で起きる枯れと違って植物全体が枯れるという事ではないらしい。

 特異な出来事はクルトの目を楽しませたし、同時に多くのインスピレーションを与えてくれた。植物がきちんと生っているというのを見た事ないクルトにしてみれば、大地に根差した植物の姿を見るのは新鮮であったし、同時に水が無くてもいいのだろうかと感じてしまった。養液に浸す事がほとんどである海での生活と比べれば、地面に刺さっているだけと見えてとても奇異な感覚を得た。しかし、自分の体以上に大きな木々が何本も伸びているというのが事実としてあり、いつも試験管の中だけで育てているというのは、本来の姿ではないのだという事を実感させた。

 先日に、ヘルガから話をもらっていたとはいえ、当日になって装甲車に詰め込まれたときにはさすがに緊張の度合いは高くなり、心臓の高鳴りが周りに響いてしまうんではないかとさえ思えた。ドクンドクンと脈打つ心臓の音は激しい運動をした後ににて早鐘であったし、押さえつけようと思っても止められる物でもなかった。

 隣に座ったヘルガが意地悪そうに笑っていた事で、いつも通りで大丈夫なんだ、という事をどうにか認識する事ができた。それでも平常心に戻るには時間がかかっていたし、前に座っていた隊員たちの姿を見ると、自分が《追放》されている気分にはなった。

 その上、連れてこられたのはコミュニティの一つであるから、彼らが何も言わずにクルト達をおいていけば、《追放》されることになるだろう。

 あの塀の向こうに戻る術など、手形も持っていない自分たちにはできやしない、という事を認識していた。

 しかし、それでもなお、目の前に広がる緑の自然は魅力的だった。

「これが本当の世界ってやつだよ」

 フーベルトの声にクルトは晴れやかな表情で頷いた。

 高い塀で囲まれた世界から見れば、一切の情報は遮断され、海を中心とした世界観だけが設定されていた。海に沈んだ街並みを見て、そういう世界があったのだという事を夢想する事はできても、実際にそれがどういう世界なのか、なんて事は露も知らない。良くてフランスの現状などを伝える資料映像や、かつて繁栄を誇ったとされる大英帝国の今を伝える映像を見れば、『世界的な街並み』を知る事はできた。が、自然に囲まれた世界というのは全く見る事はできなかった。

 暗き森に例えられる森林地帯は、昔以上に繁栄の真っ最中であった。

 都市の構造が築かれ、小さいコミュニティ同士が相互繁栄を後押ししていた。今も、また作られている大きな木造建築を見れば、自分たちが済んでいたコンクリートやプレハブの世界というのは、なんとも冷たい物であり、冷めた石の文化そのものだと認識できた。木造建築の温かみは色合いだけではなく、その木材からにじみ出る香りにも起因するのだろうとクルトは思った。少し鼻をくすぐる香りは、新鮮な海産物の磯臭い塩の鼻につくにおいとは違い、甘さを含んだ匂いと言えた。実際に甘さがあるわけでもなかったが、香り高い部屋の中においては、一段とそれを認識せざる負えなかった。土の香りというのも初めて嗅いだが、鼻孔に入り込む刺激臭のない臭さというのが、目新しかった。

 フーベルトのごつい体を見ると、クルトは自分の体が貧弱に思えて仕方なかった。太い腕、分厚い胸板、太い脚。それらに筋肉の隆起が服越しでも分かった。大して自分も全く筋肉がないわけではなかったが、一般的な体形――クルトにとっての――ではあったものの、フーベルトに比べて半分以上は薄いと感じていた。自分の体をまじまじと見る機会などなかったが、目の前にでんと投げ出されているフーベルトの二の腕を見れば、嫌でも想像してしまった。

 だからといって、この空間に対して嫌気を持ったわけでもない。多くの人が見せている笑顔というのが、『自然』である事が一番の魅力であった。

 声を掛ければ笑顔を見せていたし、時折笑い声も響いていた。

 同時に地を這う様な怒号に、空笑いしながら走りさる少年の姿も見えた。

 全部が、どういった状況であるのか、クルトには理解ができなかった。監視社会の中で、感情豊かにある人々とは疎遠であったし、一日二度の服用によって感情の抑揚は無くなっていた。平坦である事が常ではあった。

 蜜蝋の淡い光は、いままで浴びるのが当たり前だった電球の明るさと全く違っていた。揺らめく炎に影が一緒になって踊っていた。丸太で組まれた壁には陰影がの濃淡が作られ、少ない光源であっても薄暗さを感じなかった。とはいえ、昼間だというのに、灯りをともしているのだから、結構な椀飯振舞であるとも感じた。クルトにとってみても、明かりというのは重要であり、時間を決めて使用するのが常だったから、富んでいると感じるのは否めない。

 羊毛で織られたフカフカの絨毯に足を載せれば、なんとも背徳感のある感じがした。フーベルトはさも当然という表情で赤茶けた椅子にどかっと座っていた。

 ヘルガはおずおずとした表情をして、黒色の椅子に腰かけていたが、椅子の感触の柔らかさにどうやら驚いている様だった。クルトも同じであった。いつも座っている椅子には綿をつかったクッション材なんて無かったから、古びた――錆びの浮いた――椅子を日常的に使っていた感覚と比べても、とても羨ましかった。

 部屋は四十から五十平米とこじんまりとしたものだったが、屋根裏があるらしく、上に伸びた階段が部屋の北側には見てとれた。一般的にどういった用途の部屋なのかと勘繰りもしたが、目の前に座るフーベルトを見れば、『来客用』だけの用途なのだという事が塑像できた。

「おもしろいやつだな。オレの言葉にうなずくだけ頷いて嫌な顔もしなねぇな。おい、名前はなんていうんだ?」

「クルト・フォン・キルヒャー」

 完結に述べたクルトの前に、フーベルトは手を伸ばした。その意味がクルトは分からなかった。相手と握手をするというのは、どういう意味なのかが理解できなかった。

「なんだ、握手をしらないのか? ――いや、意味が分からないのか。これは友好を示すために、手を合す儀式だ。挨拶と同義だぜ」

 笑ったフーベルトは一度手をぐっと差し出した。断る事もできず、クルトはフーベルトの右手を握り返した。

 どれほどの力を入れればいいのかと考えたが、それは杞憂に終わった。軽く握ると、それで良いという様に、フーベルトが軽く上下した。

 フーベルトの力が弱まる。離すサイン何だろうとおもい、パッとクルトは手を離した。

「飲み込みがいいじゃねぇの。あのフィルですら最初は痛いくらい握ってきやがったんだぜ?」

 入口で女性と談笑するフィルを見ながら、フーベルトは苦笑した。クルトはフィルについて大して知らなかった。ヘルガの元の同僚であるというのは聞いていたが、どういう関係性であるかというのを突っ込んで聞くのも怖かった。クルト自身とヘルガとの関係性についても不確かなものであった。いずれはいい関係になりたいと思っていても、自分自身の画一的すぎるという問題がある事だから、よく見せようと努力はしていたが、果たしてそれがいい方向に向かっているのかすら不明だった。であるから、フィルとの関係性に触れてしまい、もし仮に、男女間の関係であるという事が分かれば、クルトはどうしたらいいのか分からなかったから、聞く気になれなかった。

 しかし、少なくとも今は仲良さそうでもなかった事から、胸を暗になでおろしていたが。

「この町はもっと発展する。そうするためにオレたちは自然と戦っているんだぜ。――なぁ、クルト。お前は何と戦ってきた?」

「僕も海と戦っている」

「海。そいつはいいな。オレも昔、外洋の荒波の中でクッソ狭いコンテナ船に乗り込んで作業をしていたんだ。外洋に浮島を作るんだっていう大層な構想でよ。内洋のおだやかなところじゃないからできねぇってな。今お前はどこで何をしている?」

 クルトは、外洋に居た事を聞いて、フーベルトに対して親近感を湧き起こった。同時に、厳しい仕事という事を分かっていたから、尊敬の念も抱いた。

「内洋で試験栽培をしてる。野菜をつくってる」

「試験栽培――はー。まだあんな無駄な事やってんのか。でも、《受勲》したというから、一定の成果は出せたっていう事か。というと、なるほど、そのほそっこい体であっても、きちんとした頭があるって証拠じゃねぇか。あそこはオレがいた時から、……こういう言い方悪いけど外洋に連れて行くための口実作りだよなぁ。できの悪いやつを連れて行くっていうのも変な話だが、それだけ外洋開発は期待されてねぇしな。オレがいるときから何ができたか、って聞いても、結局成果らしいものはないだろう」

 クルトは首肯した。外洋開発における成果らしい成果はクルトが試験栽培に携わっている間に話は入ってきてはいたが、どれも成果らしいものは見受けられなかった。

 荒波の中に浮島を設置する事の難しさは誰もが理解していたし、実際にそれは多くの困難が伴う作業だった。であれば、かつての石油採掘プラントと同様に高所に設置するという方がまだ可能性はあるだろう。しかし、水面に巨大なフロートを設置するという事が、どれだけ労力のいることか。素人のクルトであっても、なんとなく無理な気がしていた。

「あれは、土地がないドイツがどうやって面積を増やすか、と想像したときに、突飛な発想ではあったが、海上に島を作れれば、その分多くの生活拠点を作れる――という《ユルゲン機関》の馬鹿が考え出した五十年計画の一つだ。オレだって初めて聞いたとき、無理だって思ったね。理由は分かる通り、『資源』が足りない。それもものすげぇ足りねぇよ。フロートを作って繋げる、っていったってよ。そのフロートを陸地で作れないから、『海上で作ろう』としてるんだぜ? 海底採掘をして得られた土砂を利用して、資材を生成して……あの小さいコンテナ船でそれをやってるって、どんだけ非効率かわかるよな」

「それに対して、《ユルゲン機関》からは是正はなかったんですか?」

 ヘルガが口をはさんだ。クルトももっともな質問だと思っていたが、問いに対してフーベルトはすぐさま首を左右に振った。

「ないんだな。あの機関は承認はするんだが、取り下げや、是正という事は一切しない。それは、《ユルゲン規則》で《ユルゲン機関》がユルゲンの言葉の追認をする機関だという事を定めてしまってるからだ。ユルゲンから、ありがたい是正の言葉がない限り、自分たちでは何一つ是正なんざできねぇんだよ。オレらが現在のドイツをよくねぇって思う最大の要因だよな。『議会』に相当するはずの《ユルゲン機関》は民意を汲む事もせず、ただのうのうと判子を押す作業をしてるんだぜ。国家を良くしようという物は『形骸化』しちまって、ただ無知な《ユルゲン》にすべてを委ねる。ユルゲンの帝国ができちまった。本当に国民の事を考えている者なんて、なぁ、あの中にいるといえっか?」

「――人を機械化させることで、思考を奪い、我慢を強いて、不平不満をもみ消し、微かな褒賞でおだてる。国民を家畜にしているのと同等だと、私はおもいますが」

「辛辣な言葉だが、それが事実だろうな。オレもそういった懸念を持っていたからわざわざ回りくどい手を使って、『自由』を勝ち取ったさの。あの管理された世界というのは、人の住む世界じゃない。意思を排した世界でしかないとオレは思うぜ。ユルゲンに会ったんだろう? どう感じた」

「ただの子供です。それ以外には何とも」

「世間知らずの子供だと評価したやつがいた。カタリナだけどな。あいつはユルゲンに会ったからこそオレらと共に外に出た。あまりにも『頭』にするには足りないんだとよ」

「分かる気はします。少し、考え違いをしていたというか、想像とは違っていたというのが……」

 フーベルトは笑い、人差し指でヘルガを指したあと、「あれを見ただろう」と再び笑い声をあげた。

「あいつは、本当に変わらない。昔からあのスタイルなんだとおもうぜ。だけど、周りが神格化しすぎているから、さらにそれを崩そうと努力をしてんじゃねぇのかな。それが、実際に会うと、だいぶ落差があってな。幻滅するよな。とはいえ、あいつの立場も考えれば、まぁ、仕方ないのかもしれないが。それで国民の生活をないがしろにしていいというものでもないしな」

「そうですね。ただ国家として帝政である事には変わりはないのですから、それを認められる……ほど私も度量が広いわけではない、と思います」

「なるほどなぁ。まぁ、それも一つの答えだ。そういう答えがでた中で、あとは、『残る』のか『出る』のか、というのを考えるだけでいいがな。我慢できるなら残ればいいしなぁ。――なぁ、お前はどう思う。そちらの美人さんはオレらと同意見な様子だが」

 フーベルトはクルトに尋ねた。クルトの中で答えが出ていないのを分かっていた上での問いかけだろう。

 ここでクルトが答えられなくても、誰も何も言わない。それこそ『自由』なのであるから。しかし、長年染みついた『義務感』は払拭する事ができない。何か言わなければならないと思った。そこに誰かの批判があるわけでもないにも関わらず、焦燥感が沸き起こった。どうしたらしい。だれかに答えをゆだねる事もできず、クルトは絶望の縁に居た。

 自分がこれほどまで思慮が足りないのだと、自身を責める。顔面を白くさせて、唇をかんだ。

「そこまで悩むこたぁねぇと思うぞ。考えつかないっていうのなら、それも一つだろう。ただ考えがあるのであれば言ってみればいいぜ。『議論』ができる」

 クルトはフーベルトの言葉にすくわれた気がした。実際に彼の中には答えはない。だからこそと考えた。

「僕は、頭が良くないから、理解が追い付かない、と思う。が、一番気になっている事は、『自由』とはなにか、という事を考えている。自由は制限されていない状況、であるという事と文言は知っているが、仮に、全ての制限がない状況、というのであれば、どこにも自由は存在しえないのだろうとも思う。例えば、外の世界においても、見た限り、一般的に考えた略奪の限りは容認していないだろう。すべてにおいて自由というものが獲得できない以上、ある程度の制限というのは当然の事だと、思っている。だからこそ、僕は、あの世界も自由でないとは言えないし、この世界が自由足りえるとも考えられない。僕の許容できる制限であれば、そこに付随する自由は、『自由』であり、世界を変革せしめてまで求める物なのだろうか。かつて《処刑》が行われていた時であれば、死に直結するという点において、制限は恐怖を内包していたであろうが、今のドイツの中にそういった悪感情は存在しない。せめて、フーベルトと同じく、《追放》になるだけ。その中で、なぜ国民はこぞって《追放》されないのか。否、かつてはそういう時代もあったのだろうが、今の時代にはないという意味だ。無知蒙昧であるからこそ、その自由を享受している、と考えられなくもないが、果たしてそうなのだろうか。――そうか」

 クルトは言葉を区切り、自分の中で決着をつけた。

「僕の中にも自由はある。他人からみたら、窮屈な世界なのかもしれないが、それが、そうであると、誰も分からないだろう。でも、僕には、『自由』とは《ユルゲン》に仕える事で成立していると思える」

「なるほど、フィルよりしっかりとしてるじゃねぇの。あいつは、お前より権力持ってるのに、その辺は『口外』しないからなぁ。その辺りが良さでもあるが、その信念の強さは買うがな。――つてーと、お前は、残る、という選択が主みたいだな」

「……早急に答えを出すものではないと、僕は思う。が、今はまだ、そういう事だ」

「そうだ。それでいい。疑問を持つ事は悪い事じゃないし、それを自分でよく推考するべきだ。何が『良い』のかをさ」



 クルトは一人チャイルドドームに居た。

 一緒にいるべき相手は今は居ない。がらんとした空間は、一人分の広さでしかないはずなのに、どこか寂しかった。そんな気持ちになるというのも、前から考えれば大分『人』らしくなったのかもしれない、そう思えた。

 ヘルガは自らの意思で外に出た。彼女にはこの窮屈な世界が辛抱できないものだっただろう。自ら、というのは文字通りであり、フィルと共に、その場に残ったのだ。ヘルガの事を考えれば、それが一番よかったのだろうとクルトは思ったが、外の世界の一端を覗いただけで決めるられるほど、クルトには思い切りもなかったから、どこか羨ましい気持ちが強かった。

 自分も残ればよかったのか、とも思った。ヘルガは魅力的な女性ではあったし、外の世界にも魅惑があった。

 大地に根ざした植物群をみた後であれば、今目の前に矮小な植物のなんと悲しい事か。力も弱く、窮屈な世界の中で伸びるその食指は、自分の様に思えて仕方なかった。管理され、狭い場所に閉じ込められ、それでもそこに生きている。青い葉を上へと伸ばし、白い根は細くなりながらも試験管の中で成長していた。横に根を張る事ができず、窮屈そうに身をかがめていたが、それでも、死には至らない。

 色彩の薄いニンジンができていた。

 細いニンジンだ。

 赤に近い橙色をした独特の色は薄く、黄色みがかっていた。

 見栄えは悪いかもしれない、味も、大地でできたものよりも悪いかもしれない。

 栄養価はどうだろうか。

 生産性も悪いんだろうか。

 それでも、身はできている。

 クルトはそれでもと考えた。大地の恵みではなく、人々の知恵によって生産された食物の類は、かなり多くある。クレソンも、サニーレタスも、ブロッコリーですら水耕栽培している。トマトもウリも、今ではジャガイモすら手を伸ばそうとしている。

 確かに生産コストは高いだろう。ドイツ社会主義同盟の土の面積の多くは今なお、増え続ける国民のために供与されている。屋上を、露地を、埋め尽くす様に食料生産はされていたが、だからと言って賄いきれるものではない。作れるところで作り、それを国家に供出する。計画的な生産の達成のために、人々が作業に従事し、そして作り上げる。

 隣の家のハンスだって今なお食料生産に従事している事だろう。もしかしたら、遠い海へと出払っているのかもしれない。彼は、家族を持っているから、安全な勤務になっている事は請負いだったが、だからと言って、魚を捕るために海に出る事だってあるだろう。

 肉はどうか。鶏はケージで生産できたと聞いていたが、豚、牛に関しては飼料生産が追い付かないため見送られていた。今なお、肉といえば鶏肉であったが、それもほとんど配給される事はなかった。自分の周りで、鶏肉・鶏卵の生産をしているものがいただろうか。

 そうえいば、チーズなどは一体どこから手に入れていたのだろうか。牛乳もそうだ。いったいどこにそんな資源があるというのか。

 ふと思った。

 あぁ、と思いいたる場所があった。あの大地だ。

 自分の見ていた世界の側で、常に、外とのつながりはあったのだ。

 なるほど、社会とは、個だけでは成立しえないのだ。

 それは自分も同じなのか。未だ一人の《チャイルドドーム》から新たに来るであろう相棒はどうなっているのだろうか。一人でこのまま仕事を続ける事に不満はなかったが、一人でやり切るには少し、骨が折れた。手が欲しいな、と思っていたが、ヘルガが居なくなってからまだ二週間である。上もそんな些事を気にしないのだろうという事は分かっていたから、いつも通りになるように努めた。

 燦燦と降り注ぐ太陽の日差しはドームの中を熱いくらいに熱していた。蒸発した水分が、体にじっとりとへばりつく。夏の日差しは暑く感じるが、同時に海の中だという事もあり、それほどの熱を感じない。いずれは、とクルトは思い描いた。トウモロコシでも栽培してみようかと。

 次に来る相方と、試行錯誤をしてみよう。

 クルトは少し、うきうきした気分になった。それが感情であると漠然に思いながら、空を見上げた。

 まぶしい日差し。これから始まる夏に思いを馳せた。


稚拙な文章ですが最後まで読んでいただきありがとうございました。

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