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わたしの婚約者

わたしの婚約者は…次期宰相様

作者: 浅姫夢見

わたしはノイヤー伯爵家令嬢マーガレット。

伯爵位を賜る父は、領地の防衛に携わる部署の一人だ。公爵や侯爵には頭が上がらないし、貴族と言っても、とてもお金が潤ってるわけでもない。領地がないため、収入は専ら父の給金のみ。そのお金は跡継ぎの兄の教育にたくさん使われるため、わたしは今日を生きるためのお金が宛がわれるのみ。もちろん、食と住は保障されてるため、ほとんど衣に費やされる。

他の令嬢たちにお呼ばれして、同じドレスを何度も着るわけにはいかない。それが、貴族としての嗜みであり、矜持らしい。

…らしい。

そう、本当はドレスなんてどうでも良い。数時間のために新しいドレスを発注し、本当にお金がもったいない。

公爵家や侯爵家、領地を治める辺境伯家と同じようにお金を使ってたらいつかとんでもないことになりそうだと危機感を抱いているのは、ノイヤー家でもわたしと家のお金の流れを把握している執事頭のみ。とても頭が痛くなる。

そんなわたしの悩みを唯一真剣に聞いてくれるのは、公爵家のアメリアだけ。

そもそも、公爵家とのつながりが持てたのも単なる偶然。侯爵家のお茶会にお呼ばれして、たまたまぼそっと呟いた言葉をアメリアが聞いてしまった。「お茶会のためだけにまた新しいドレス。ほんともったいない」そんな言葉を公爵家の令嬢に聞かれてしまったと大慌てしてしまったのを覚えてる。だけど、アメリアはそんなわたしをよそに、わたしの手を両手で掴むと、「わたくしもそう思います。同じように思ってくださる方と初めてお会いしました。わたくしたち、仲良くしましょう」アリスブルーの瞳をキラキラさせ、少し頬を上気させながら嬉しそうに笑っていた。そんなアメリアを同性でありながら、とても可愛らしく綺麗だと好ましく思った。


それからわたしたち二人は、互いの家を行き来し合う間柄となり、正式な場以外では、愛称で呼ぶようになった。

わたしのことはマギーと。アメリアのことはアミィと。

わたしたちは会うたびに、貴族社会のもったいない慣習について、ああでもない、こうでもないと言い合い、胸の内に押さえ込んでいた他の人には絶対に言えないようなことまで話した。ドレスが重いとか、ご飯を思い切り食べられないとか、そもそもお茶会が面倒とか、とてもじゃないが、他の令嬢令息には聞かせられない。

共に過ごす時間が長くなるにつれて、次第にアメリアの交友関係も知るようになった。

イーサンはアメリアの兄であることはわかったが、オリバーが誰なのかアメリアもわかっていなかった。オリバーもイーサンも優しいお兄さんみたいな人で、アメリアのお家に遊びにいくと、いつも一緒に遊んでくれていた。

二人の第一印象は絵本の中の王子様だった。オリバーは金髪碧眼の優しい王子様。イーサンは銀髪碧眼の優しい王子様。二人とも顔立ちも整っていて、背も高くて、運動神経もよくて、とても頼りがいあってたくましい。オリバーは『仮面の王子様』に出てくる王子様そっくりで、イーサンは『銀の狼王子』の王子様にそっくりなのだ。きっとこの絵本は二人を題材に描かれたものだと確信している。


ある日のことだった、伯爵と公爵では滅多と会うことは叶わないがわたしがいつも遊びに行くし、アメリアもうちに遊びにくるからと、父がわたしの迎えもかねてアメリアの父に挨拶にきたのだ。

もちろんその日もアメリアだけではなく、イーサンとオリバーも一緒に庭園で遊んでいた。挨拶を終えた父が公爵とともに庭園にくると、わたしに声をかけるよりも先にオリバーに片ひざを地面に突き、忠誠を示した。なにかを話している姿ではあったが、オリバーは笑顔を崩さず父になにかを言っているようではあった。ただ、聞こえないから何を話したのかはわからない。

帰りの馬車で父が焦ったようにわたしに注意した。そして独り言を繰り返した。


「マギー、皇太子とはいつ出会ったんだ!無礼を働くんじゃないぞ。あぁ、でもそうか…アメリア様は婚約者だから…そうか、考えれば分かるじゃないか…それに、イーサン様も乳兄弟で在らせられる。なんで考え付かなかったんだ。わたしのような者がお会いできるとは…」


皇太子?婚約者?乳兄弟?

何をいってるの?誰のこと?


「お父様…いったいどなたのことを話されているの?」


「マギー!?オリバー様がいらしたじゃないか!?オリバー様は皇太子じゃないか。アメリア様も正式にはまだ違うがオリバー様の婚約者として内定している。それに、イーサン様はオリバー様の乳兄弟だぞ。そのような方々とお前は付き合いがある。それがどういうことかわかるな?」


父はわたしを諭す。

わたしの行為で、家を繁栄させることもできるし、逆に没落に追い落とすことにもなりかねないと。

わたしは受けた衝撃を受け止められなかった。

アミィと気安く呼び、イーサンともオリバーともふざけあっていた。

思えば失礼な言葉を浴びせたこともあった。

なんてこと!わたしは自分の仕出かしたことに頭を抱えきれず、その場で意識を手放した。


夢を見た。

4人で遊ぶ夢を。思い返せばアメリアのそばには常にオリバーがいた。父の話を聞いた今であれば、それも納得する。

それよりもわたしの目線の先には常にイーサンがいることに気づく。お茶会をしているとき、庭で花を摘むとき、散歩をしているとき、夢で見るわたしの景色はイーサンを中心としていた。

優しい兄のような存在だと思っていた。だけど、3人とわたしの身分の違いが大きすぎることに気づいた。

今年初等教育を卒業する。来年からは高等教育に進学となる。いずれ婚約するようになればイーサンのような優しい人が良いと思っていた。あわよくばイーサンとそうなればと、心の隅で思っていたのだ。

イーサンとオリバーがアメリアの手を取り、笑顔で駆けて行く。わたしの先を3人で進んでいく。わたしは追いかけても追いかけても追いつくことができなくて、逆にどんどん距離が離れていく。


『待って』 

『いかないで』

『置いていかないで』

片手を前に突き出すも届かない。涙があふれて目の前がぼやけていく。

つらい

胸が痛い


『お願い、待ってイーサン!』


はっと視界が変わる。


ここは・・・


ぼやけた視界から徐々にクリアになる。突き上げられた右手。視界に広がる天幕。

わたしのベッドだ、と分かったら、いきなり掴まれる右手。


「マギー!」


聞きなれた声。

だけど、ここにいるはずのない人の声。

声のほうに顔をゆっくりと動かす。

しっかりと確認できる。わたしが求めている人だと。


「・・・イーサン」


「気が付いたんだね。心配したんだよ」


「どうしてここに・・・」


「伯爵が身分が違いすぎるからもう会わせないほうが良いと父に進言したと聞いてね。父は子供のことは身分には関係ないと拒否したらしいが、マギーのことが心配であわてて追いかけてきたんだ。そうしたらマギーが帰りの馬車で気を失ったって聞いてね。心配したよ」


アリスブルーの瞳が揺れている。

本当に心配してくれていたんだとわかる。本当に優しい人。


離れたほうがいいの?

会わないほうがいいの?

家のためにそうするのが正解なの?


胸が痛い。

胸が、目頭が熱くなる。

ぼやける視界。


左手で目を覆った。


「・・・無理です」


「マギー!?どこか痛いの?」


わたしの名前を何度も呼ぶ。その声は高等教育に進学した頃に低く声変わりをした優しく落ち着く声。


会わないなんて無理。離れるなんて無理。

わたしの一つの行為が伯爵家に影響を与えるようなことがあるかもしれない。家を守る伯爵としての父の言葉が解らないわけではない。

だけど、アメリアはわたしに初めてできた心許せる大切な友達。オリバーは皇太子かもしれないけど、一緒に遊んでくれる優しい兄。・・・イーサンは妹のような存在だとしてもそばにいられるならそれでいい。そばにいたい。離れたくない。


わたしの右手を掴む手に力が入っている。少し痛い。だけど、それよりも心配してここにきてくれていることが嬉しくて、そんな痛みなんてどうだっていい。


「会わないなんて無理です。三人と一緒にいたい。わたしを・・・わたしを置いてかないで」


わたしは左手を右手を掴むイーサンの手の上に重ねた。

ぐすぐすと泣くわたしの顔はとてもみっともないものだったはずだ。涙でぐちゃぐちゃだし、鼻も赤くなってると思う。

令嬢としてはあり得ない姿だとわかっているし、百年、いや千年の恋も一瞬で覚めるくらいの酷い姿だということもわかっている。

目を見開いたイーサンがそれを物語っている。その様子に胸がずきんと傷ついたことは認めるけれど、ここでこの手を離せば、夢の中のようにみんなが離れていってしまう気がして寂しくて悲しく、とても胸が痛いのだ。

イーサンはすぐにいつもの優しい笑顔に戻り、わたしが横たわるベッドによいしょっと言って片膝を乗せ身を乗り出した。そして、右手から片手を離すと、わたしの髪を撫でてくれた。頭の天辺から耳の横に向かって何度も何度も。


「大丈夫だよ。ずっと一緒にいるよ」


そう笑ったイーサンに胸がドクンと音を立てた。ぎゅっと握られたように胸に痛みもある。それに顔がものすごく熱い。

だけど、その表情から目が離せない。

シルバーヘアがさらさらと揺れ、アリスブルーの瞳が細められている。イーサンの周りにお星さまが降り注いだかのようにきらきらしたものが瞬いて見える。

絵本の中の王子様が目の前にいるのかと思った。

何がなんだかわからなくなってきて思考回路が停止寸前だ。羞恥心がむくむくと大きくなり始め、頭の中が真っ白になっていく。何か言わなきゃと思うのに言葉がでない。

なけなしの頭で考えられたのは、これ以上頭を撫でられたら頭が沸騰するってことだった。

イーサンの手から抜け出した手で、頭を撫でている手を掴んだ。


「あっあの・・・あっもっもう、大丈・・・大丈夫で・・す」


ふふっと笑ってイーサンは手を放してくれた。

しばらくして落ち着いたわたしはイーサンを馬車まで見送り、見舞ってくれたお礼を述べた。わたしには笑顔を絶やすことはなかったが、父に向き合うときには真剣な表情となり「考えておいてくれ。また返事を聞きにくる」そう父に話した。何を考えるのかはわからないが、次期宰相候補と言われるイーサンのことだ、きっと政かなにかだろうと深くは考えないこととした。

父も父で「過分なご配慮に感謝いたします」とかなんとか話していた。なにを感謝するの?頭の中は疑問符でいっぱいであったがわたしには立ち入ることのできない難しい話なのだろうと思い、関係ないことだと頭の隅に追いやった。

小さくなっていく馬車の後ろ姿を目で追う。

さっきまでは恥ずかしかったのに、離れるとやはり寂しいという気持ちが膨らんでいく。すぐにでも会いたいと思う。

同じ初等教育の時にはアメリアを送り迎えするイーサンやオリバーと会うことはすぐにかなったが、別々の学園に通いだすと休みの日にしか会うことがかなわず、次の休みの日までが待ち遠しく、遠く感じた。

馬車が過ぎ去った道を見て、ため息が出た。


もう見えなくなってしまったのね。


踵を翻し、家の中に向かって歩き出そうとした。しかし、後ろから父に話しかけられて再度父のほうに振り向いた。


「イーサン様が好きなのか?」


思わぬ質問に急上昇で顔が熱くなった。


父はわたしのその姿を見て目を見開くと、すぐに息を吐いて、「そうか、わかった」とだけ言葉を残し一人先に邸に入っていった。


いきなりなんなの?好き?好き? …好き

ふっと胸に落とし込まれたその言葉はすっと胸になじんだ。そして、胸の中からじわあっと温かさが広がっていった。

胸に手をやると、いつもよりも速い鼓動。

顔に手をやると、いつもよりも熱い頬。

目を閉じると、浮かぶイーサンの笑顔。


目頭が熱くなり、視界が歪む。

顔の前で握りしめた手にぽたぽたと涙がこぼれた。


この感情が…好きってことなんだね。


しっくりときた自分の感情がはっきりと恋情だとわかった。

だけど、公爵家と伯爵家では身分が違いすぎて、この恋は叶うはずもないと石で頭を殴られたような衝撃が走ったのだった。



それからは、忙しくもないのに勉強や習い事を理由にアメリアの家に遊びにいくことを避けてしまっていた。

学園でアメリアに何度も誘われるが、時には婚約者候補とお見合いがあるなんて嘘をついた。そんなことなんてありもしないのに。

そういえば、最近父からお見合いの話がなくなった。以前は伯爵家にとって良い縁談だと一週間に一度10冊以上の縁談用紙をもちこんできていたのに。まだ早いと断っていたけど、それが通じたのだろうか。でも、イーサンとは難しいのであれば、この恋をあきらめるためにお見合いに精を出すのも良いかもしれないと思う。

アメリアに話した言葉を本当のことにしてしまえば、嘘をついて胸が痛んでいたこともなくなる。

わたしはその夜、さっそく見合いについて話を切り出し、次の休みの日に顔合わせとなった。

縁談用紙もなく、こんなに早く顔合わせなんて、なぜだか腑に落ちないことが多いが、父が決めた顔合わせなら伯爵家にとって損はないのだろうと頭を切り替えた。


顔合わせの前日の夜に父と母から一つの大きめの箱を渡された。

中を確認すると、新しいドレスが入っていた。父曰く、相手方からの贈り物だそうだ。

部屋で一人そのドレスを確認する。シルバーのマーメイドラインのドレス。胸から腰にかけて斜めに栗色のフリルが装飾されていた。

よく見るわたしの栗色の髪と合わせてあるのだろう。顔も知らない相手だが、気遣いが少し嬉しくなった。

こんなドレスを仕立ててくださる人なのだから、きっと優しい人に違いない。きっと、素敵な結婚生活も送ることができると、この顔合わせで婚約を決めようと誓い、眠りについた。


「お綺麗です、お嬢様」


両サイドに編み込みをされ右下にまとめられた髪。小さな頃からわたしのお世話をしてくれていたばあやが琥珀色のわたしの瞳の色と同じ簪をまとめられた髪に刺した。昔と変わらない皺の入った笑顔に安心する。「お嬢様にとって良い縁談でばあやも嬉しくなります」とまだ結婚も婚約もしたわけではないのに涙を浮かべている。そんなばあやに良い報告ができるように両手に拳を作り気合を入れた。

シルバーのドレスに袖を通すとわたしの体にマッチした。鏡をみて思う。イーサンの髪の色だと。胸が痛くなったが、この痛みともお別れしないといけない。わたしはわたしの幸せを探すしかないと。


馬車に揺られ顔合わせ会場に向かう。

顔合わせは正式な場所として縁結び業者が専門の会場を用意している。いくつもの小さな部屋で区切られた会場や一つの部屋しかない会場、色々あるが、伯爵家の身の丈には区切られた会場で十分だった。だけど、着いた会場は一つの会場しかない貸し切り形式の会場だった。貸し切りのほうがお金が高いのに、どこからお金が出たのかと思うと背中がひやりとした。だけど、相手方がすべて準備してくれたと知って、うちでは一銭も払っていないことを聞き、申し訳なくも思うが、うちにはそんな余裕もないことを知っているため有難いと素直に思った。


父は母のエスコートをし、会場に入っていく。

わたしは弟のエスコートで会場の中に向かう。

広いホールの先に真ん中に両開きの扉とその左右に片開の扉がある。それぞれの家が左右の片開の扉から入り、顔合わせがうまくいけば両開きの扉から出ていく。うまくいかなければそれぞれの左右の扉から出るようなしきたりだ。

出てくる扉を確認して会場で働く関係者が「おめでとうございます」と「また良き(えにし)と巡りあいますように」を使い分けているらしい。うまくいったかそうじゃないかが一目瞭然でとてもわかりやすいようになっている。

この縁談で婚約を決めると心に誓っているため、絶対に真ん中の扉から出てやるとさらに気合を入れ歩みを進めた。


「きゃ」

「わあ」


わたしのドレスに突進してきた小さな男の子。見覚えのある容姿。


「マギーごめんなさい。もう、テッドいけないわ。走らないってお約束したでしょう?」

ドレスに身を包んだアメリアが当たった衝撃で少し後方にしりもちをついている男の子に駆け寄った。

テッドと呼ばれる男の子。そうだ、アメリアの一番下の弟のカルステッドだ。シルバーヘアにアリスブルーの瞳、イーサンに瓜二つなのだ。

でもどうして…


「どうしてアミィがここにいるの?」


「えっ?だって、お兄様とマギーの顔合わせでしょ?家族みんなで来ないと失礼じゃない」


カルステッドを抱き起しながらアメリアが何食わぬ顔で言い放った。


わたしと…誰のですって?


わたしは弟の手を離し、父を追いかけた。扉に手をかけている父の腕を掴み、


「どういうこと?なんでイーサンとの顔合わせなの?説明して」


状況が呑み込めず焦りを隠せない。


「表情を取り繕いなさい。はしたないぞ」


そんなことどうだっていい。状況の説明を求めているのだ。


「お前だってそう願っていたじゃないか。何が不満なんだ」


不満とか不満じゃないとか、願っていたとかそうかもしれないけれど、そういう問題じゃない。

だって、公爵と伯爵が婚約なんてほとんど例がないくらいありえないこと。それがわかっているからあきらめようとした。

なのに、なのに、顔合わせですって?

いつ決まったんだ、いつからそんな話が出ていたんだ、わたしが胸を痛めた日々はなんだったんだ、聞きたいことも言いたいことも山ほどあるけど、母も弟もわたしの姿にあわやと驚き、どうしたら落ち着かせることができるのかと手を拱いている。


そして、反対側の扉が開く音とともに、そこから現れたのは紛れもないイーサンだった。

わたしはイーサンの姿を確認すると、高ぶっていた感情が音をたててぷしゅーとしぼんでいったのだった。


「どうしたのマーガレット?そんなところで止まっていないで入りなよ」


公式の場だからか、愛称ではなく名前で呼ばれることに聞きなれず違和感を覚える。しかし、冷静にそう話すイーサンに今度は詰め寄り、


「なっなんで…どういう…えっ?いつから?」


なんて話したらよいのかわからず、言いたい言葉が出ない。


「マーガレットはわたしとの婚約が嫌なのかい?」


「そっそんなわけっ」


「なら落ち着いて。顔合わせを終わらせよう。それから話はゆっくりとできるよ。

さあ、伯爵と夫人も中へお入りください」


わたしは顔合わせの間中、放心状態だった。あれよあれよという間に話は進み、わたしが高等教育へ進学したのと同時に正式に婚約をすることとなった。

顔合わせも終わり、両開きの扉が開けられ、それぞれの家族が出ていく。


「いずれは本当の姉妹になれるね、嬉しい」

そんなかわいい顔して言われても、まだ頭がついていかないのだけれどとアメリアに対して思ったけれど、会場に残されたのはイーサンとわたしの二人だけ。

これもしきたりで、うまくいった二人がお互いのことを話し、理解を深める時間にするのだとか、…なんとか。よく知らない。

だけど、二人きりとなり、いっきに現実に引き戻される。

わたしの隣の椅子にイーサンが移動すると、いきなり隣から抱きしめられたのだった。


「驚いたって顔してるよ」


「それはっ…!」


顔を上げると目の前にイーサンの綺麗な顔があり、言葉を続けることができなかった。

近い、顔が熱い


「マギーは俺のこと好いていてくれてると思ってたけど、勘違いだったのかな?」


返事の代わりにイーサンの腕の中で顔を左右に振る。愛称で呼ばれると、嬉しくて胸が熱くなる。


「夢でイーサンと何度も呼んでいたのはすごくかわいかったのに」


「なっ!」


聞いていたの!?恥ずかしくてもう顔を上げられない。


「マギー、好きだよ」


唐突な告白に顔を上げてしまった。

近いけど、優しいいつものイーサンの笑顔がそこにある。

わたしの額に口づけると、さらに強く抱きしめられた。


「やっと…ここまでこれた」


達成感にあふれた声に、イーサンもわたしとの婚約を望んでくれたことが本当なのだと嬉しくなる。

胸も目頭も体中全部熱い。イーサンに抱きしめられて感じる人の温かさにも泣きたくなる。いや、もう泣いてる。


う~という呻きにも似た声がわたしから発せられる。


伝えたい言葉がある。こんな声を聴かせたいわけじゃない。

もっと他に、伝えられないとあきらめていたこの想いを…


「…好き…うぅ~……好きなの」


ははっとイーサンがとても幸せそうに笑うから、

つられてわたしも笑顔になる。


「っ、それは反則…」


何がと言いかけた言葉はイーサンによって遮られた。頭を腕の中にがっしりと収められてしまったから。

だけど、その前に見えたイーサンの顔は赤くなっていたと思う。イーサンの胸から聞こえてくる鼓動が速いと思う。

同じように赤くなったり、速くなったり、イーサンもわたしと同じだと思うととても幸せな気持ちになる。


あれだけ痛かった胸がドクンドクンと高鳴る。

恋した人が同じような感情を向けてくれることがこんなに尊いことだったなんて知らなかった。

幸せでも涙が出てくることを初めて知った。


身分でもなく、わたしを選んでくれたことに、わたしを見てくれたことに嬉しさがこみ上げ来る。


ありがとう、イーサン


わたし、イーサンを絶対に幸せにするからね


この顔合わせの人と幸せになろうと決めた誓いは、絶対に叶えられそうだ。

だって、今こんなに幸せなのだから。




読んでくださりありがとうございました。

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