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第8話 戦時下における聖職者の事情

2020/09/15 本文を細かく修正

ハレルヤのセリフ『魔物の活性化の影響で祖国が滅びまして』を『若い頃に祖国が滅びまして』に変更。

「若手の育成に協力してくださいませんか? ベイビースケルトン及びベイビーゾンビを一体召喚するごとに、五百マーネをお支払い致します。もちろん獲得した魔石は全てあなたの物ですよ」

「了解しました」

「即答かよ、おい!」


 冒険者ギルドでの飲み会の終盤、【召喚士】の職業レベルが2になったクーネルが次にどんな魔物を召喚するのかという話の最中、ハレルヤはクーネルに対してスケルトンとゾンビの召喚を求めた。

 目的は先程告げた通り若手の育成のためである。

 実はこの十年の間、神殿は若い聖職者たちの死亡率の高さをどうにかしたいと常々考えていたのである。


「魔物の活性化以降、回復魔法を使うことの出来る聖職者の需要は増加の一途を辿っております。現状は若手であろうと容赦なく戦場へ送られるというありさま。時代だからと言ってしまえばそれまでなのでしょうが、私は彼らが生き残る確率を少しでも上げてやりたいのですよ」

「確かにどこの戦地でも神官やシスターは引っ張りだこですからね」


 傷を癒し、悪しきものを浄化する力を持つ職業【僧侶】を持つ聖職者の存在は戦場には欠かせないものとなっていた。

 魔物との戦いに無傷での完勝などという状況はあり得ない。

 そんな時、傷を癒し命を繋ぎ止める回復魔法が使える【僧侶】が一人いるだけで、救われる命はかなりの数に上るのである。


「しかし戦うことの出来る聖職者というのは、元来多いものではありません。戦場の雰囲気に飲まれて無防備に立ちすくんでしまう者、人の形をしたスケルトンやゾンビを倒すことを躊躇して逆に殺されてしまう者は毎年かなりの数に上っているのです」

「スケルトンやゾンビといったアンデット系の魔物は討伐難易度が高いからなぁ。血が流れていないから切り傷なんざいくら増やしても意味がねぇし、痛みを感じないから、多少の攻撃では怯ませることもできやしねぇ」

「ああ、それにゴースト系が相手だとほぼ聖職者の独壇場になるんだよな。奴ら相手に最も効果を発揮するのはなんと言っても〈浄化〉の魔法だ。聖職者が一人いるかいないかで、部隊の損耗率は全然違ってくるからな」


 クーネルもギルドマスターも聖職者の重要性は良く理解していた。

 アンデットやゴーストとの戦いにおいて聖職者は歴戦の戦士並みの存在感を示すのである。


「だから戦場に行く前に戦いを経験させておきたいと?」

「そういうことです。職業【僧侶】を手にした者たちは皆すべからく見習い神官かシスターとなり、神殿で治療と魔法の修行を積んだ後、戦地へと送られます。クーネル殿が神殿で出会った者たちも、そう遠くない内に各々の任地へと派遣されることでしょう。しかし生き残れる者はそう多くはありません。私は預かった者の責任として、彼らの生存率を少しでも上げてやりたいのですよ」

「でも、戦いの訓練は神殿でもしているのでしょう?」


 戦いに行くことは分かっているのだから彼らとて無為に時間を過ごしているわけではない。

 神官やシスターたちは神殿騎士を相手に、しっかりとした戦闘訓練を受けているはずなのである。


「訓練と実戦との間に大きな差があることは、お二人には説明するまでもないことでしょう。どれだけ訓練を積んだところで、実戦に適応できなければ死んでしまうのです」

「まぁ、それは確かになぁ」


 所詮訓練は訓練の域を出ない。実戦と訓練は全くの別物なのである。

 命のかかった実戦において生死を分けるのは、押し寄る絶望に立ち向かう勇気、咄嗟の判断力、熱き魂と冷静な思考なのだ。


 それは静謐な神殿で勤めを果たしているだけでは、決して手にすることの出来ない代物なのである。

 泥にまみれて血を流し、涙が枯れたその先に、その境地は存在しているのだから。


「私は彼らに実戦を体感させることの出来るこのチャンスを是非とも活かしたいのです。彼らは驚き慌て、涙を流して気絶もするでしょう。しかしそれらを今の内に体験しておけば、いざ本物の戦場に立った時に死ぬ危険性はぐっと減ると思うのです」

「そうですね。なんだかんだ言っても初戦闘が一番死亡率が高いですからね」


 クーネル自身、ハレルヤの話には思い当たるところがあった。

 初めて戦場に放り込まれた時は無我夢中で、冷静に周囲を見るゆとりなどこれっぽっちもなかったのである。

 部隊の古参兵たちが気にかけて未熟な新人をフォローしてくれたから、今もこうして生きていられるのだ。


「壊れた神殿の片付けは、毎日昼過ぎから日が落ちるまで行う予定でおります。クーネル殿にはそのまましばらく神殿に留まってもらい、地下の訓練施設で魔物の召喚を行ってもらいたいのです。まずはベイビースケルトンからお願いできますかな?」

「え? しかしそれでは、冒険者ギルドでの教官の仕事に支障をきたしてしまいますが」

「ああ、だったらこっちの開始時期を少し遅くすれば良い。どうせ訓練所の整備もしなくちゃならないからな。神殿の片付けは後五日なんだろう? それが終わったら、冒険者ギルドの方に顔を出すようにしてくれ。六日後からは、午後から神殿での召喚を行うようにすれば良いじゃねぇか」

「いや、出来ることなら午後には別の仕事を入れたいんだが」

「だったらそれを終えた後で行けば良いさ。お前さんなら半日仕事もその半分の時間で出来るだろう?」

「そりゃまぁ多分可能だろうけどさ」


 そういう事になったので、クーネルの一日は翌日から仕事漬けになった。

 起床時間は日が登る前である。

 これは元々軍で同様の生活をしていたために苦に思うことはなかった。


 冒険者ギルドであらかじめ受けていた依頼書を片手に、午前中は半日仕事に精を出す。

 壊れた壁の補修の手伝い、空き家の解体や町に張り巡らされた上下水道のごみ取りなど、実入りは良いものの力と体力が必要で長い間放置されていた依頼を優先的に消化していったのだ。


 一度宿舎に戻って、昼飯を食べたら神殿に直行だ。

 半日かけて吹き飛んだ石材や長椅子の回収を精力的に行った。


 日が暮れた後は神殿の地下へと移動する。

 召喚魔法を使って魔物を召喚し、未熟な聖職者たちの訓練風景を眺めていた。



 当日朝にハレルヤから説明を受けた若き聖職者たちは、当初この話を楽観的に考えていた。

 訓練ならば毎日のように神殿騎士たちと行っている。

 それに召喚されるのは、アンデットの中でも最下級。

 まともに動くことも出来ないベイビースケルトンなのだから、恐れることなど何もないと高をくくっていたのである。


 しかし、実際に魔物と相対した途端、彼らは自らの体が動かないことに気が付いた。

 目の前で床に這いつくばっている小さな骨の塊が元は人間の赤ん坊だと考えた途端、構えた武器を振り下ろすことが出来なくなってしまったのだ。


「どうしたのですか? 誰でも構いませんので誰か前に出る者はいませんか?」


 ハロワック神殿の地下に広がる地下訓練施設の壁にズラリと整列した若き聖職者たちは、誰一人として自ら動こうとはしなかった。

 いや動こうとしなかったのではない。動くことが出来なかったのである。

 彼らは事ここに至ってようやく思い知ることとなったのだ。

 戦うということは、目の前の魔物を殺すことなのだという事を。


「あなたたちは実際の戦場に行っても同じように立ちすくむのですか? 魔物は待ってくれないのですよ?」


 そうなのだ。今目の前で床に転がっているのは、魔物の中でも最下級に属する弱い魔物なのである。

 攻撃手段もなければ自らの意思で移動することも出来ない。

 一方的に攻撃が出来る相手だというのに、若い彼らは誰一人として動くことが出来なかった。


「仕方ありませんね。ではまず私が手本を見せてあげましょう」


 そう言うとハレルヤは愛用のメイスを片手にベイビースケルトンへと近づいていった。

 かつては戦場で猛威を振るったという、大神官自慢の一品が今はただただ恐ろしい。


 気負うことなく標的に近づいていったハレルヤは、メイスを振りかぶり、気合を込めて振り下ろした。


「オラァ!」

「「!?」」


 大神官の口から発せられた思いのほか力強い気合の言葉に、若き聖職者たちは動揺し動きを止めていた。

 一方クーネルは別の理由で驚いていた。

 てっきり「コラァ!」派だと思っていたハレルヤ大神官が「オラァ!」派だったからである。


「魔物を退治する時は、腹の底から大声を上げて気合を込めて武器を振り下ろしなさい。気合やら掛け声やらは存外馬鹿にできないものがあります。声を上げながら武器を振り下ろせば、この程度の魔物であればあなたたちならば一撃で仕留めることが可能です」


 それでも誰一人として手を上げる者がいなかったので、ハレルヤは仕方なく指名をして順に魔物を倒させていった。

 若き聖職者の中には魔物を倒すや否や、ふらつき膝をついて嘔吐を繰り返す者もいた。中には気絶している者さえもいる。


 見ている者たちは一人残らず気分が悪そうだ。

 それでも彼らは十体目のベイビースケルトンが討伐され、今日はこれで終わりだと聞いた途端ほっと息を吐いていた。


「どうやら勘違いをしているようなのでお知らせしておきます。【召喚士】が同種の魔物を召喚できるのが一日十回までだから今日はこれまでなのです。明日も十回、明後日からは更にベイビーゾンビを追加する予定ですので覚悟しておいてください」


 ハロワック神殿の地下訓練施設に悲鳴が木霊した。

 スケルトンだけではなくゾンビの相手もしなくてはならないと聞かされて、彼らは揃って嫌な想像をしてしまったのである。


「やはりクーネル殿に提案をして正解でした。あなたたち、そんな調子ではすぐに死んでしまいますよ? 今の内に戦いに慣れておきなさい。戦場ではこれとは比べ物にならない程の地獄が待っているのですから」


 ハレルヤはそう言うと、呆然としている若い聖職者たちを置き去りにしてさっさと地上に戻ってしまった。

 クーネルもその後に続いていく。

 頼まれた仕事はこれで終わりであり、後は彼ら自身の問題であるからだ。


「ご苦労様でしたクーネル殿。こちらの依頼完了の書類を冒険者ギルドにお持ちください。さすれば冒険者ギルドを通してクーネル殿に依頼料が支払われる仕組みとなっております」

「ありがとうございます、ハレルヤ大神官様」


 ハレルヤは今日は飲みに出かけるつもりはないようだ。

 ひとけのない神殿の中にはクーネルとハレルヤの姿しかなかった。

 ちょうどいい機会だと思ったので、クーネルは疑問に思っていたことをハレルヤに聞いてみることにした。


「ところでハレルヤ大神官様は「オラァ!」派だったのですね。てっきりこの国は「コラァ!」派が多数を占めていると思っていたのですが」

「私は元々この国の生まれではありませんからね。私がまだ若い頃に祖国が滅びまして。それでこの国に流れてきたのですよ」

「ああ、だから「オラァ!」派なのですか」


 「オラァ!」派「コラァ!」派というのは、聖職者を掛け声で分類したものである。

 聖職者にも剣術や武術と同じく流派が存在しているのだ。

 それが掛け声の違いに現れていることを知った時は流石のクーネルも驚いたものだった。


「私が所属している国境警備隊にはメイス二刀流の「コラァ!」派の僧侶がおりましてね。あいつが「コラァ!」と叫びながら竜巻もかくやの勢いで戦場を駆け巡る光景が目に焼き付いていたので、てっきりこの国の聖職者の皆さんは全員が「コラァ!」派だと思っていたのですよ」

「手数で押すのは「コラァ!」派の特徴。私のような「オラァ!」派は一撃にすべてを込めますからな」


 どちらが良いというわけではない。それぞれに優れている部分があるからこそ、様々な流派が生まれてきたのだ。

 ハレルヤ大神官は「オラァ!」派の達人だった。

 これから国内では数多くの「オラァ!」派の聖職者たちが生き延びて魔物を屠り続けるのだろう。


 その手伝いを出来ることをクーネルは嬉しく思っていた。

 そして借金を少しでも減らすために、冒険者ギルドに足を向けたのである。



*初日終了時におけるクーネルの借金総額:15億267万1109マーネ


*六日経過時点でクーネルが稼いだ金額。


 神殿の片付け、時給千マーネ×五時間×五日間:二万五千マーネ

 壊れた壁の補修の手伝い:三千マーネ×三日間=九千マーネ

 空き家の解体:三千マーネ+百九マーネ(端数サービス)

 町に張り巡らされた上下水道のごみ取り:三千マーネ



 マンポテトの納品及び、極小魔石の回収、計五十体:三万マーネ

 ベイビースケルトンの召喚及び、極小魔石の回収、計五十体:三万マーネ

 ベイビーゾンビの召喚及び、極小魔石の回収、計三十体:一万八千マーネ


*現時点におけるクーネルの借金総額:15億255万3000マーネ

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